2020/08/03

あさがほ

200803a

そこと知られぬ吹上の

終夜せはしき声ありて

この明け方に見出でしは

つひに覚めゐしわが夢の

朝顔の花咲けるさま



さあれみ空に真昼過ぎ

人の耳には消えにしを

かのふきあげの魅惑まどはし

己が時逝きて朝顔の

なほ頼みゐる花のゆめ  (伊東静雄)

 

| | コメント (0)

2020/06/12

60年目の6.15と樺美智子さん

60年安保の時、日本は戦後15年なりけるを、今年ははや戦後75年。遥けくも60年の歳月の流れたる。

されど、我らは決して忘るまじ。6.15と樺美智子さんを。

この日に起きたることと樺さんの死こそ、真の意味での戦後日本の出発点たることを。

 

2006151b

写真右は、6.15当日の樺さん。午前中、ゼミに出席せる後、スカートからズボンに履き替へたりて、デモに加はり国会に向かふ。この写真ぞ生前に確認されたる最後の姿となりぬる。「エコノミスト」別冊「安保にゆれた日本の記録」に、婦人雑誌「マドモアゼル」提供とて掲載されたる。

写真左は、国会構内での惨劇の直後、女子学生に左腕を抱えられて横たはる樺さん。この時すでに息絶へたるとぞ。麥書房刊「ゆるせない日からの記録」より。

 

2006152b

樺さんの葬儀の模様。アサヒグラフ緊急増刊「安保の嵐・一ヵ月」より。

 

2006153a

翌16日付の朝日新聞特別号外。

下はこの号外の裏面の写真特集。

 

2006155a

 

【このブログの、過去なる樺さん関連記事】

 

45年目の6.15、樺美智子さんの2枚の写真(2005年6月15日)

 

とっておき号外に見るあの時(7)-樺美智子さんの死(2006年3月6日)

 

60年安保の6・15から半世紀、樺美智子さん忘るまじ(2010年6月12日)

 

6.15と樺美智子さん 1960年-2014年(2014年6月15日)

 

 

| | コメント (0)

2020/05/24

ふと思ふリリー・マルレーン

いかなるにや、ふとリリー・マルレーンの旋律、頭に浮かびたりて、繰り返し流れ続けるは。

第二次世界大戦の欧州。ドイツ軍と連合軍の熾烈を極める戦闘のさ中、毎夜9時57分にベオグラード放送から流れる歌に、双方の前線兵士たちが聴き入り、この歌の放送時刻には戦闘を停止して聴き入ることもありけりてふ。

戦時下にラジオから流れたるは、ララ・アンデルセンの歌ひたる。
その後、マレーネ・ディートリヒの持ち歌とて、あまねく知られたる。

 

歌詞を余なりに文語調に意訳すれば、かくの如し。

兵舎の前の街灯が
二人の逢瀬を照らすとき
ほのかな燈火あかりの懐かしさ
あの街灯をもう一度
いとしのリリー・マルレーン

二人の影が重なりて
一つの影に鎔けるとき
たれに見られて困りょうか
あの街灯をもう一度
いとしのリリー・マルレーン

帰営ラッパが鳴り響き
二人の別れの辛きとき
離れずもがな君のそば
あの街灯をもう一度
いとしのリリー・マルレーン

ともしびのみがすべて知る
我が通へぬその場所で
君が毎晩待つことを
あの街灯をもう一度
いとしのリリー・マルレーン

静寂しじまの中に浮かぶ夢
君の唇熱き胸
夜霧が包むうたかたに
あの街灯をもう一度
いとしのリリー・マルレーン

 

 

| | コメント (0)

2020/05/11

私ハアマビエト申者也

Photo_20200511175201

 肥後国海中江毎夜光物出ル 所之役人行見るに づの如く者現ス 私ハ海中二住 アマビエト申者也 當年より六ヶ年之間 諸国豊作也 併 病流行 早々私を写シ人々二見せ候得と申て 海中へ入けり 右ハ写シ役人より江戸江申来ル写也 
   弘化三年四月中旬

| | コメント (0)

2020/04/26

行春

200426


三高寮歌「行春哀歌」

(前言葉)
われらがはなやかに美はしかりし青春の饗宴うたげは、
かくもしづかに、またかくもあわただしげに尽きなむとす。
友よ、さらに新しき盃をもとめながら、われらともに
うすれゆく日のかげにこの哀歌を聲ひくゝ誦せむ。

 

  静かに来たれなつかしき 友ようれひの手をとらん
  くもりてひかるまみに 消えゆく若き日はなげく

  われらが影をうかべたる 黄金こがねつき美酒うまざけ
  見よ音もなくしたゝりて にほへるしづくつきむとす

  げにもえわかぬ春愁の もつれてとけぬなやみかな
  君が無言のほゝゑみも 見はてぬ夢のなごりなれ

  かくも静かに去りゆくか ふたつなき日のこのいのち
  歌える暇もひそびそと うするゝかげのさみしさや

  あゝ青春は今かゆく 暮るゝにはやき若き日の
  うたげの庭の花むしろ 足音もなき「時」の舞

  友よわれらがき夢の 去りゆく影を見やりつゝ
  離別わかれの酒を酌みかはし わかれのうたにほゝゑまん

                    

【注】メロディーは与謝野鉄幹の「人を戀ふる歌」(妻をめとらば才たけて‥‥)と同じなり。

 

 

| | コメント (0)

2020/01/08

ベランダに蝋梅香る

200108

 

蝋梅の 花ほつほつと 新年の 窓に顕たせて ひそかなるかな (高嶋健一)

| | コメント (0)

2020/01/01

つつしみて2020年の新春を寿ぎ奉る

2020

 

あらたまの年立ちぬれば、めでたきこと、なのめならず。

ここにかしこみて、新年を寿ぎ奉る。

けふはさやかに晴れ渡りて、まこと新春の気に満ち満ちたる心地す。

21世紀も5分の1が経過し、光陰の速さにたじろぎひれ伏すのみ。

新しき2020年、われらが遭遇せむとするは、いかなる世界ぞ。

首都直下地震、南海トラフ巨大地震、富士山噴火、いずれも時間の問題なるに、今年はいかにや。

温暖化による猛烈台風や豪雨禍は、今年も襲来せむとや。

ただひたすらに、世の平穏安泰にして、ひともわれもみな無病息災に、一日一日をつつがなく過ぐさるることを、願ふのみなり。

 

 

| | コメント (0)

2019/11/12

わが家から富士を望む

1911126

今朝は雲一つなき秋晴れにて、余の家より望む富士は、さやかに冴へわたりて絶景なり。

かくも鮮明なる富士を見るは、この季節のはつかに数回のみなるぞ。

 

 なまよみの 甲斐の国 うち寄する 駿河の国と こちごちの 国のみ中ゆ 出で立てる 富士の高嶺は 天雲も い行きはばかり 飛ぶ鳥も 飛びも上らず 燃ゆる火を 雪もち消ち 降る雪を 火もち消ちつつ 言ひも得ず 名付けも知らず くすしくも います神かも せの海と 名付けてあるも その山の 堤める海ぞ 富士川と 人の渡るも その山の 水のたぎちぞ 日本の 大和の国の 鎮めとも います神かも 宝とも なれる山かも 駿河なる 富士の高嶺は 見れど飽かぬかも (万葉集より)

 

| | コメント (0)

2019/10/23

ハゼ天丼に11年ぶり再挑戦

余はかつて、30年来の念願なりしハゼ天丼をつひに食せること、ブログに綴りけり。

されどその店、ほどなく店じまいしたり。かくてハゼ天丼に接する機会無きまま11年が経ちぬ。

いかなるにや、このほど突如としてハゼ天丼の記憶、脳裏に浮かび上がり、時あたかもハゼの季節なれば、いま一度食らひたき想い、沸沸として如何とも止み難し。

ねっとにて天ぷら屋なんど調ぶるに、ハゼは漢字で沙魚と書くことを知る。

沙魚を供する天ぷら屋探して電話にて問ふに、お好みにて天丼作ること能ふてふ店ありて、早速訪ひたり。

191022b

ハゼ3匹、カボチャ、ナス、シシトウの天丼に赤だし香の物付きで、2350円弱なり。

11年前の店はハゼ5匹入りて1200円なりしこと思へば、いかにも高価に過ぎ、往復の交通費含みては3000円にもなんなんとす。

ハゼそのものは期待に違はず美味なれど、この値段にてはリピートは二の足踏まざるを得ず。

ほかに庶民的な値段にてハゼ天丼供する店はなきやと、さんざんねっとをぐぐれるうち、いでや大発見にたどり着けるは。

そは、余の住まひから歩きて数分のところなる日本蕎麦屋にて、この季節限定のハゼ天丼御膳なるメニューあるとぞ。

ただちに訪れたるは云ふまでもなし。

191023a

ハゼ2匹、長ネギ、シシトウ、サツマイモの天丼に、小盛のせいろ蕎麦とお新香がつき、消費税込みで1100円ポッキリ。交通費もかからず。

天丼の美味さは云ふもさらなり。蕎麦の絶品なること特筆すべし。

近くにありながらこの店知らざりけるは不覚なれど、むしろ今知りたることこそ幸ひなれ。

ハゼ天丼御膳は11月中旬までのランチタイムに食すること叶ふとぞ。

 

 

| | コメント (0)

2019/09/23

秋分の夕焼け

190923a

東京の夕焼け。

遠き昔の幼き日々に、この風景を幾度も見たる記憶あり。

まっかっかっか 空の雲。みんなのお顔も まっかっか。

子供の頃、余は東京に居らず。されど、しかとこの光景に見覚へあるは、いかなるにや。

ぎんぎんぎらぎら 日が沈む。

かの記憶は、夢か幻か。

 

 

| | コメント (0)

2019/09/06

月と木星

1909063b

 

西の空、ふと見遣れば上弦の月に接近して、木星のさやかに輝けるこそ、めでたき光景なれ。

十三日は中秋の名月とぞ。

 

 

 

 

| | コメント (0)

2019/07/04

雨のベランダに訪問者

190704c

 

降りしきる雨の中、一匹の蜻蛉飛び来たりて、ベランダの枯れ枝に停まる。

余が見遣ればやや飛びて梅雨空を一度二度旋回し、再び同じ枝に戻りたり。

網戸ひそかに開け、ケータイのカメラ向けるも、気にせずひたすら停まり続くるは。

 

この蜻蛉、声かけなば返事するや否や。試みに尋ぬれば、ちさき声にて応じけるぞよ。

「汝いかでここに来つるや」

---知らぬ。

「雨宿りかとぞ」

---違えり。雨なんどいかほどのものか。

「いま何ぞ考えおるや」

---考へごとはせず、時間を味わひつる。

「明日は如何にするらむ」

---なにをあくせく、明日をのみ思ひわずらふ。

「いまから何処に行かむとや」

---けせらせら。

 

一時間のちに見遣れば、まだ停まりたり。二時間のち三時間のちに見れば、向きを変へたるもやはり同じ枝に居るは。

四時間のち見れば、蜻蛉の姿消へて雨上がりに枯れ枝のみ残れり。

 

 

| | コメント (0)

2019/06/24

Vergis-mein-nicht

Wasurenagusa001   

             わすれなぐさ

 

                ながれのきしのひともとは、   

 

       みそらのいろのみづあさぎ、    

 

       なみ、ことごとく、くちづけし    

 

       はた、ことごとく、わすれゆく

 

                   Ein Blumchen steht am Strom

 

                   Blau wie des Himmels Dom

 

                   Und jede Welle kust es

 

                   Und jede auch vergi
 
  

                         (ヰルヘルム・アレント  上田敏訳 海潮音)

| | コメント (0)

2019/04/22

ベランダの藤、爛漫

1904222bb

 

 

ベランダの藤、いま満開となりぬ。

去年の春には、花芽の全くつかざる幾鉢かあれど、今年はみなみな艶やかに高貴に、あまたの花房付けたり。

行く春の 後ろを見せる 藤の花  一茶

藤の花房、揺れて初夏を呼ぶ。

品高き ここちこそすれ藤なみの なみにはあらぬ花の色かな 樋口一葉

清少納言の云ふ如く、藤の花はしなひながく色こく咲きたるいとめでたし。

 

| | コメント (0)

2019/04/16

春愁を想ふ

190416b

 

  げにもえ分かぬ春愁の
  もつれてとけぬなやみかな
  君が無言のほほえみも
  見はてぬ夢のなごりなれ

  かくも静かに去りゆくか
  ふたつなき日のこのいのち
  うゑたる暇もひそびそと
  薄るるかげのさみしさや

  ああ青春は今かゆく
  暮るるにはやき若き日の
  うたげの庭の花むしろ
  足音もなき「時」の舞

  友よわれらが美き夢の
  去りゆく影を見やりつつ
  離別の酒を酌みかわし
  わかれのうたにほほえまん

  

      (三高行春哀歌より)

 

| | コメント (0)

«イワン・カラマーゾフの言