2019/11/12

わが家から富士を望む

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今朝は雲一つなき秋晴れにて、余の家より望む富士は、さやかに冴へわたりて絶景なり。

かくも鮮明なる富士を見るは、この季節のはつかに数回のみなるぞ。

 

 なまよみの 甲斐の国 うち寄する 駿河の国と こちごちの 国のみ中ゆ 出で立てる 富士の高嶺は 天雲も い行きはばかり 飛ぶ鳥も 飛びも上らず 燃ゆる火を 雪もち消ち 降る雪を 火もち消ちつつ 言ひも得ず 名付けも知らず くすしくも います神かも せの海と 名付けてあるも その山の 堤める海ぞ 富士川と 人の渡るも その山の 水のたぎちぞ 日本の 大和の国の 鎮めとも います神かも 宝とも なれる山かも 駿河なる 富士の高嶺は 見れど飽かぬかも (万葉集より)

 

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2019/10/23

ハゼ天丼に11年ぶり再挑戦

余はかつて、30年来の念願なりしハゼ天丼をつひに食せること、ブログに綴りけり。

されどその店、ほどなく店じまいしたり。かくてハゼ天丼に接する機会無きまま11年が経ちぬ。

いかなるにや、このほど突如としてハゼ天丼の記憶、脳裏に浮かび上がり、時あたかもハゼの季節なれば、いま一度食らひたき想い、沸沸として如何とも止み難し。

ねっとにて天ぷら屋なんど調ぶるに、ハゼは漢字で沙魚と書くことを知る。

沙魚を供する天ぷら屋探して電話にて問ふに、お好みにて天丼作ること能ふてふ店ありて、早速訪ひたり。

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ハゼ3匹、カボチャ、ナス、シシトウの天丼に赤だし香の物付きで、2350円弱なり。

11年前の店はハゼ5匹入りて1200円なりしこと思へば、いかにも高価に過ぎ、往復の交通費含みては3000円にもなんなんとす。

ハゼそのものは期待に違はず美味なれど、この値段にてはリピートは二の足踏まざるを得ず。

ほかに庶民的な値段にてハゼ天丼供する店はなきやと、さんざんねっとをぐぐれるうち、いでや大発見にたどり着けるは。

そは、余の住まひから歩きて数分のところなる日本蕎麦屋にて、この季節限定のハゼ天丼御膳なるメニューあるとぞ。

ただちに訪れたるは云ふまでもなし。

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ハゼ2匹、長ネギ、シシトウ、サツマイモの天丼に、小盛のせいろ蕎麦とお新香がつき、消費税込みで1100円ポッキリ。交通費もかからず。

天丼の美味さは云ふもさらなり。蕎麦の絶品なること特筆すべし。

近くにありながらこの店知らざりけるは不覚なれど、むしろ今知りたることこそ幸ひなれ。

ハゼ天丼御膳は11月中旬までのランチタイムに食すること叶ふとぞ。

 

 

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2019/09/23

秋分の夕焼け

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東京の夕焼け。

遠き昔の幼き日々に、この風景を幾度も見たる記憶あり。

まっかっかっか 空の雲。みんなのお顔も まっかっか。

子供の頃、余は東京に居らず。されど、しかとこの光景に見覚へあるは、いかなるにや。

ぎんぎんぎらぎら 日が沈む。

かの記憶は、夢か幻か。

 

 

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2019/09/06

月と木星

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西の空、ふと見遣れば上弦の月に接近して、木星のさやかに輝けるこそ、めでたき光景なれ。

十三日は中秋の名月とぞ。

 

 

 

 

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2019/07/04

雨のベランダに訪問者

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降りしきる雨の中、一匹の蜻蛉飛び来たりて、ベランダの枯れ枝に停まる。

余が見遣ればやや飛びて梅雨空を一度二度旋回し、再び同じ枝に戻りたり。

網戸ひそかに開け、ケータイのカメラ向けるも、気にせずひたすら停まり続くるは。

 

この蜻蛉、声かけなば返事するや否や。試みに尋ぬれば、ちさき声にて応じけるぞよ。

「汝いかでここに来つるや」

---知らぬ。

「雨宿りかとぞ」

---違えり。雨なんどいかほどのものか。

「いま何ぞ考えおるや」

---考へごとはせず、時間を味わひつる。

「明日は如何にするらむ」

---なにをあくせく、明日をのみ思ひわずらふ。

「いまから何処に行かむとや」

---けせらせら。

 

一時間のちに見遣れば、まだ停まりたり。二時間のち三時間のちに見れば、向きを変へたるもやはり同じ枝に居るは。

四時間のち見れば、蜻蛉の姿消へて雨上がりに枯れ枝のみ残れり。

 

 

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2019/06/24

Vergis-mein-nicht

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             わすれなぐさ

 

                ながれのきしのひともとは、   

 

       みそらのいろのみづあさぎ、    

 

       なみ、ことごとく、くちづけし    

 

       はた、ことごとく、わすれゆく

 

                   Ein Blumchen steht am Strom

 

                   Blau wie des Himmels Dom

 

                   Und jede Welle kust es

 

                   Und jede auch vergi
 
  

                         (ヰルヘルム・アレント  上田敏訳 海潮音)

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2019/04/22

ベランダの藤、爛漫

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ベランダの藤、いま満開となりぬ。

去年の春には、花芽の全くつかざる幾鉢かあれど、今年はみなみな艶やかに高貴に、あまたの花房付けたり。

行く春の 後ろを見せる 藤の花  一茶

藤の花房、揺れて初夏を呼ぶ。

品高き ここちこそすれ藤なみの なみにはあらぬ花の色かな 樋口一葉

清少納言の云ふ如く、藤の花はしなひながく色こく咲きたるいとめでたし。

 

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2019/04/16

春愁を想ふ

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  げにもえ分かぬ春愁の
  もつれてとけぬなやみかな
  君が無言のほほえみも
  見はてぬ夢のなごりなれ

  かくも静かに去りゆくか
  ふたつなき日のこのいのち
  うゑたる暇もひそびそと
  薄るるかげのさみしさや

  ああ青春は今かゆく
  暮るるにはやき若き日の
  うたげの庭の花むしろ
  足音もなき「時」の舞

  友よわれらが美き夢の
  去りゆく影を見やりつつ
  離別の酒を酌みかわし
  わかれのうたにほほえまん

  

      (三高行春哀歌より)

 

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2019/02/05

イワン・カラマーゾフの言

190205c 父親なむ枝の節瘤だらけなるを喜びて、「これさらに効くにや」なんど言ひなして、実なる娘の折檻にかかりたる。

 我はまさしく知りたるに、鞭で打ち続くうち、一打ちするごと性的快感を、文字通り性的快感を覚ゆるほどに興奮高まり、やがては一打ちごとにますます快感を募らせゆく手合ひの居るものなり。

 さなる手合ひは一分殴り、つぎには五分殴り、十分殴りして、長々と打てば打つほどに、いよよ酷く、しげけく、効き目あるほどに殴るものなる。子ども泣き叫び、つひには泣き叫ぶことだに能はずなりて、「ててぎみ、ててぎみ、ててぎみや」と喘ぐのみにぞなりたる。

  (中略) まさに子どもたちの、か弱さこそ迫害者の心をそそり立てるらめ。逃げ場もなく、頼るべき人もなき子どもたちの天使のやうな信じ易き心、そが迫害者の忌まわしき血を燃え上がらせるなり。

  (中略) 女の子を、教養豊かなる両親はありとあるかぎりの方法にて痛めつけたり。理由なんど自らにも分からぬまま、殴る、鞭打つ、足蹴にするてふ有様にて、女の子の全身を痣だらけにしたりけるぞ。

 (『カラマーゾフの兄弟』より、イワンがアリョーシャに、けだもののやうな大人たちの子ども虐待を語る)


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2019/02/01

暁の空に天体ショー

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朝まだき、雪はいかにと外を見やれば、冴えまさる暁の夜空に、この世のものとも思へぬ光景ありて、しばし時を忘れたり。

暁の明星となりてきらめく金星の下を、新月まぢかの細き月の触れぬほどに近づき、右上には木星もまたたけるぞ。

宵の天体ショーは、目にすること難くなけれど、夜明け前の空を見遣る機会はめったにあらずして、雪の予報あればこその、僥倖なり。

なにやら佳きことの起こる予兆かと。

 

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2019/01/22

ベランダにロウバイ咲ける

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蝋梅は幻のごと咲きにけり 昭和平成 夢のまた夢


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2019/01/01

つつしみて2019年の新春を寿ぎ奉る

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あらたまの年立ちぬれば、めでたきこと、なのめならず。

ここにかしこみて、新年を寿ぎ奉る。

けふはさやかに晴れ渡りて、大気の一新されたる心地す。

歳月の過ぎ往くさま、つとに速度を上げて、まさに光速の如し。

新しき2019年、われらを待ち受くるは、いかなる世界ぞ。

分断と格差、憎悪と対決、無責任と無関心、一握りの指導層たちのせせら笑ひに、われらは無力やも知れぬ。

ただ、世の平穏安泰にして、ひともわれもみな無病息災に、一日一日をつつがなく過ぐさるることを、願ふのみなり。

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2018/10/21

今朝、わが家より望める富士

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富士の山はこの国なり。我が生ひ出でし国にては西おもてにみえし山なり。その山のさま、いと世に見えざるなり。さまことなる山の姿の、紺青に塗りたるやうなるに、雪の消える世もなくつもりたれば、色濃き衣に、白き衵着たらむやうに見えて、山のいただきの少し平らぎたるより、けぶりは立ちのぼる。夕暮は火の燃えたつも見ゆ。(更級日記)


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2018/09/24

径にバッタ、空には名月

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近くの径を歩けるに、いずこよりか緑の葉の、はたと地面に落ちぬ。

目を凝らし見遣れば、こは葉のやうに見えて葉にはあらず、バッタなるぞや。

バッタを間近で見るは、子どもの頃に原っぱなんどで見て以来のことなり。

都会にもかやうに生息するとは、このあたりはいまだ自然の健全に残れる証かと。  
 

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夕刻、いでや東の空に、中秋の名月の、まさに出でんとするところなり。

東京スカイツリーの真上に、乗っかるやうに掛かれるさま、いとをかし。

佳き秋の訪れを感じずにいられるや。

  

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2018/09/14

ハナカイドウも狂ひ咲ける

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長月も半ばとなり、秋づきたる冷気の中、ふと見やれば、ベランダのハナカイドウの、ほつほつと狂ひ咲けるは。

毎年、弥生の末より卯月にかけて、ほの赤き花あまた咲かせたるに、秋に再び咲きたるは初のことなり。

文月には、藤の花の七房ほども狂ひ咲きたりて、あやしと驚けるに、ハナカイドウまで秋に咲けるは、いかにぞや。

この夏の荒荒しき暑さによるものか、はたまたさらなる天変地異の予兆かとも。

ハナカイドウの花言葉は「美人の眠り」とぞ。

眠りを破られて、恥じらふやうに咲ける風情に、こころ騒がずや。

 

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