2012/01/27

春風待ちかね、一足先に確定申告して来たり

120127a「春風とともに」てふキャッチコピーにて、確定申告の周知図りたりけるは、いつぞの昔なりや。

確定申告は、何の規則によるや知らずも、毎年2月16日から3月15日までとされたるに、春一番の吹き荒れる時期と重なるイメージいと濃し。

この期間中の税務署、いみじう込みわきて、提出だに番号札取りて順番待ちとなること、少なからず。

余は、確定申告により税金払ふか還付さるるかに関はらず、このところ毎年、確定申告期間に入る前に、税務署に赴きて提出することにしたり。

申告書の作成なむ、国税庁のホームページにて、必要なる数字、打ち込むのみにて、自ら面倒なる計算為すこともなく、いとど易う仕上がりて、必要書類一色すべてプリントアウトさるる。

1月中に提出に赴きても、期限前なりとの理由で断られたるためしは一度もあらず。

早めに行きたれば、訪れる人影もまばらにて、税務署職員の対応も親切なるは。

今年は、8000円ほど還付さるる計算となれり。

確定申告の済みたれば、あとはひたすらに、立春に至りてやがて春風の吹くこと、待つのみなり。

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2012/01/23

『ALWAYS』3作目、君は知るや1964年

120123『ALWAYS 三丁目の夕日’64』を観てきたり。

こはシリーズ3作目にて、1958年(昭和33年)の東京を舞台にせる1作目・2作目から、6年の経過せる1964年(昭和39年)へと、時代ぞ移れる。

観客をいかに自然に、昭和30年代にタイムスリップせしむかが、このシリーズのポイントなるに、3作目はいよよスクリーンにて確認出来ぬくらひの細部に至るまで、凝りに凝りて64年の時代の空気を再現したり。

パンフを後から読みたれば、山崎貴監督も、鈴木オートの夫婦演ずる堤真一、薬師丸ひろ子も、奇しくも1964年生まれとは、驚きなるぞかし。

吉岡秀隆、小雪ともまだ生まれておらぬ時代なりけり。

64年を知らぬキャスト、スタッフたちによりて、現実の64年よりもリアルに時代を再現せるとは、映画ならではの魔術とこそ。

余はこの時代、いにしへの都にて、シュトゥルム・ウント・ドランクの只中にありき。

挑戦、高揚、勝利、陶酔、沈滞、背信、分裂、別離、次なる道への模索。

戦ひ済んで日が暮れて‥‥赤々と燃ゆる夕日の中、傷だらけになりボロボロの体を引きずりて、帰りし日。

なけなしの金はたきて贖いし35円のチキンラーメンに生卵入れ、湯をかけて3分間待てる、これ余にとりて最高の贅沢にして、世の中にかほど美味きものはあらじ、と感涙にむせび、わななきながら食らふ。

新幹線の開業や東京オリンピックなんどは、余とはあまりにもかけ離れたる遠くの出来事なりき。

テレビだになければ、ブルーインパルスによりて東京上空に描かれたる五輪の雲のことなむ、新聞にておぼろに知りたる。

貧しきことが当たり前の時代なれど、四方八方の無限に開かれたりて、いづくにも往くことの能ふやうな、めくるめく空気ぞ満ちたること、いまも覚ゆる。

64年を知る身には、スクリーンの64年の、いみじう上手く描かれたるに、時の鏡を見たる心地にて照れ臭く、自分史と重なりて胸に刺さるところの少なからずありけるは。

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2012/01/14

胃カメラ検査中に異変起き、入院・点滴ぞ

120114a昨日は、毎年恒例となりつる胃カメラ検査受くるとて、朝9時前に病院に赴く。

いつもなら検査そのものは10分足らずにて、検査後30分ほど休息したるも、会計を終へて病院を出るは正午ころなるが常なり。

昨日も鎮静剤なんど打たれた後、胃カメラ喉をするすると通りて、食道・胃わたり撮影し回り、これにて終了てふ時ぞ、医師や看護士たち、にはかに慌てふためきたる。

「あなや、脈拍の急上昇したりて、不整脈いでたり。とく入院の必要あるぞかし」と、緊迫せる声にて云はれ、余は何がなにやら、ちとも解せぬうちにストレッチャーに乗せられ、そのまま病室に運ばれたり。

鎮静剤いまだ醒めずして、おぼろなる状態の余に、看護士たちは、病歴や家族構成なんど、矢継ぎ早に尋ね、余は何と答えたるやも覚へぬまま、なにやらぽつぽつとロボットのごとく、無機的に話をしたるらし。

さるほどに、心電図の測定始まり、一定間隔にて自動的に血圧測る装置なむ、装着せらる。

異変の起きたる自覚だに、ゆめゆめなかりけるに、気がつけば余の右腕には点滴のコードつけられたるは、なにごとぞ。

そも、余はこのまま何日間か入院せむとや。はたまた日帰り入院にて済むにや。見通しを看護士に尋ぬるも、「医師の診断いかんなるぞ」と云ふのみなり。

かくて病室のベッドに横たはり、朝の時点にては想定もせざる入院生活の身となれり。

パソコンやテレビはもとより、ケータイも新聞も本も、何もなき空間にて、無為なる時間は遅遅として進まず。

医師の診断はいかに、と早うに知らまほしきところ、看護士なむ入り来て、「入院のご案内」なるパンフ渡され、「入院診断計画書」に署名させらる。

いよよ、こは長期入院になるらむ、と気の滅入ること、云ふもさらなり。

やうやう事態が動きたるは、夕方4時ころなるは。

心電図なんどの検査の結果、循環器系に異常なし、と看護士の告ぐる。

ついで、胃カメラ担当の医師の来たりて、上部消化管にも異常なく、とくに自覚症状なければ、これにて退院とするも可なり、とぞ。

かくて、やまどりの尾のしだり尾のごと、長長しき半日入院はジ・エンドとなり、余は5時過ぎ、からうじて病院から解放されたりけり。

結果的に、いかなる異常もなしとのお墨付き得て、我が家に帰還し、あらためて変哲なき平凡なる日常の有り難さなむ、しみじみと噛み締めたる。

途中経過に波乱あるも、終はり良ければすべて良し、とこそ。

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2012/01/07

梅一輪一輪ほどのあたたかさ

120107a去年の暮れ、スーパー店頭の花屋にて、ふと思ひ立ちて、梅の鉢植をひとつ贖ひたり。

樹木の鉢植を贖ひたるは、初めてのことなるは。

鉢には、紅梅の札あるも、なべて固き蕾のままにて、いつ咲くにや見当もつかず。

さるを、昨日の寒の入りを境に、一輪また一輪と紅き花の咲き始めたる、いみじうをかし。

梅一輪一輪ほどのあたたかさ。芭蕉の弟子服部嵐雪の句なり。

この句は、梅の花の一輪また一輪と咲くに連れ、暖かくなりて春の訪れ来たる様を読みたる、と解釈さるること少なからずも、はたして、さなりや。

余は、否と思ふ。

この句は、春には遠き厳寒のころ、さしづめ、いまころの時期の句なるべし。

「一輪一輪」と続くるもよけれど、最初の「梅一輪」でいったん区切り、あらためて「一輪ほどのあたたかさ」と読むのが趣あらむ。

春を待ちわびる気持ちとは裏腹に、凍てつく寒風の吹きすさぶ中、梅が一輪咲ける。

人は全身全霊にて、そに一輪ほどのあたたかさぞ見たる。

一輪は一厘に通じ、ほんの僅かのあたたかさなれど、そはやがて訪れる春への確かなる予兆なるぞかし。

寒さの最も厳しき時期、一輪の梅が発散するあたたかさに、人は期待を膨らまさずにおられるものかは。

その落差の大きさこそ、この句の命であり、春への希望膨らむ動的なる句として、あまたの人に愛吟さるるゆえんと覚ゆれ。

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2012/01/01

つつしみて2012年の新春を寿ぎ奉る

Nenga2012a

あらたまの年立ちぬれば、めでたきこと、なのめならず。

ここにかしこみて、はつはるを寿ぎ奉る。

けふは空のけしき、うらうらとのどかなりて、薄雲の中から輝ける日も燦燦として、大気の一新されたる心地す。

今年2012年はいかなる年になるらむ。

かへりみれば、こぞはひたぶるに、あさましう辛き年なりけり。

大地震、大津波、原発大事故、政治の無策、とうに破綻せる財政、経済の低迷、少子高齢化の加速、等々。

何重にも絡み合ひ縺れる閉塞状況の中、われらの行く手に待ち受くるは、いかなる未来ぞ。

世の中の平穏安泰にして、ひともわれもみな無病息災に、一日一日をつつがなく過ぐさるることを、願ふのみなり。

2012年は、ひともわれも、みなみな健やかに穏やかに過ぐせる1年とならまほし、とこそ。

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2011/12/28

昔の仕事仲間の女性たちと、珠玉の時持てり

Party001c年の瀬、昔の仕事仲間の女性たち、余の家に集ひて、同窓忘年クリスマス会なむ開催せる。

あまたの懐かしき顔ぶれ、歳月を経るもみな、うるはしく清らなりて、夢のやうなるひとときを過ぐす。

余にとりては、ほぼ15年ぶりの再会となるひともいて、ひたぶるに感無量なるは。

数日ののち、欧州より一時帰国したる女性迎へて、みなで再び、集ひたり。

ふたつの同窓会、いみじう盛り上がりて、時の経つ速さの、うらめしとこそ覚ゆれ。

時よとまれ汝は美しき。

持つべきは佳き仕事仲間かな。

あらたまの年もまた、これらのメーバーにて、きと再会を果たさむ。

(写真は絵画風に画像処理なむ施せる)

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2011/12/21

朝日新聞号外にて振り返る2011年 その3(追補)

師走も押し迫れる中、突然の重大ニュースぞ世界を駆け巡れる。余のブログ恒例の「朝日新聞号外にて振り返る‥」掲載後に、新たなる号外出でむこと、この企画開始せる2006年以降初のことなり。今回は追補として掲載す。

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12月19日 朝鮮中央放送は19日正午から特別放送を行ひ、北朝鮮の最高指導者、金正日(キム・ジョンイル)総書記の、17日朝、現地指導に向かふ列車の中にて急死したると伝へたり。金総書記なむ、94年に死去したる父の金日成国家主席の後を継ぎ、軍事優先の独裁体制敷きて、強権的なる国家運営進めたるも、国際社会から孤立、慢性的なる経済不振から脱却すること、つひに能はざる。後継は三男の正恩(ジョンウン)氏決まりたるも、若く未知数の後継者への権力移行を不安視する声少なからずして、核開発や拉致問題の行方は油断許さぬ情勢なるぞかし。


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朝日新聞号外にて振り返る2011年 その1
朝日新聞号外にて振り返る2011年 その2
朝日新聞号外にて振り返る2010年 その1
朝日新聞号外にて振り返る2010年 その2
朝日新聞号外にて振り返る2009年 その1
朝日新聞号外にて振り返る2009年 その2
朝日新聞号外で振り返る2008年 その1
朝日新聞号外で振り返る2008年 その2
朝日新聞号外で振り返る2008年 その3
朝日新聞号外で振り返る2007年
朝日新聞号外で振り返る2006年

とっておき号外に見るあの時(1)-昭和の終焉
とっておき号外に見るあの時(2)-元号は平成
とっておき号外に見るあの時(3)-湾岸戦争
とっておき号外に見るあの時(4)-毛沢東の死
とっておき号外に見るあの時(5)-ロッキード事件
とっておき号外に見るあの時(6)-空の大惨事
とっておき号外に見るあの時(7)-樺美智子さんの死


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2011/12/18

階段踏み外して転倒し、贖ひたる陶器ぞ粉砕せる

111218けふは、新宿駅のコンコースから地下通路へ降りる階段を、何とはなしに歩きつつ、無意識のうちに足踏めば、あと1段あるを飛ばしたりけり。

あなや、と気付きたるも遅く、余の体は宙を舞ひ、もんどり打ちひっくり返りて、固き床に勢ひよく、どうと倒れぬ。

余の人生にて、これほど派手に転倒したりけるは、初めてのことにて、亀の甲羅の裏反したるが如く、無様な仰向けとなれり。

もこもこのダウンジャケットのおかげにや、すんでのところで後頭部を床に打ちつけざることこそ、幸ひなれ。

あまたの通行人ら、一斉に余を見やりて、ばつの悪きこと、このうへなし。

やうやう起き上がりつつ、まずはケータイの壊れざるかを確かむるも、とくにこぼちたる様には見へず。

そこで余が、はたと気付けるは、はつかに30分ほど前、陶器を贖ひて手に持ちたりけることぞかし。

売り場の人、丁寧に新聞紙に包みて、さらに袋に入れてくれたるに、その陶器は無事なりや否や。

袋、軽く振りてみれば、かちゃかちゃと音のするは、何事ぞ。

家に帰りて、袋の新聞紙広げたれば、オーマイガッド!

贖ひたるばかりの陶器、見事に砕け割れたるは。

しばし破片かき集めて眺むるも、覆水盆に戻らずよりもなほのこと、元に戻るはずのあろうかは。

されど、ものごとはみな、考へやうなり。

この陶器、余の後頭部の身代はりとなりて、割れてくれたにこそあなれ、と思へばまた、有り難きこと限りなきかな。

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2011/12/09

朝日新聞号外にて振り返る2011年 その1

今年も残すは20日余りとなれり。このブログの恒例なる「朝日新聞号外にて振り返る2011年」にて、今年1年を振り返りてみたし。

この年末恒例企画で紹介せし号外は、2006年が8件、2007年が4件、2008年は北京五輪金メダルあまたありて18件、一昨年2009年は10件、昨年2010年は11件なりき。

今年2011年は、東日本大震災てふ1000年に一度の大惨事ありけるも、号外の数は予想外に少なくして、はつかに7件に終はんぬ。

腑に落ちぬは、全国紙、地方紙ともに、福島原発事故に関する号外の、1件も発行せざることなるぞかし。

その訳を推測するに、発生当初の情報隠蔽、その後のデータの小出し、健康被害なきことの根拠乏しき強調、なんどによるかとぞ。

されど、はたしてそれのみなるにや。

原発爆発や炉心溶融の号外配布により、首都圏での大パニック起ること必定ならむとして、新聞社自らが号外発行の抑制したることなきや。

このブログでは、今年の朝日号外を掲載するにあたり、番外として原発事故発生直後の、通常紙面の1面を併せて掲載す。

日付は、号外および通常紙面の発行されし日付なり。

2011_001a

3月11日 午後2時46分、三陸沖の極めて広き範囲を震源とせる巨大地震発生す。これに伴う巨大津波、東北から関東の沿岸に襲ひかかりて、未曾有の大惨事となりぬ。地震の規模は当初M8.4と発表されたるに、やがて8.8からさらに9.0と修正されて、我が国の観測史上最大なること判明したり。死者は12月現在で、宮城、岩手、福島をはじめとする12都道県にて1万5000人を越へ、いまなほ3500人以上が行方不明者のままなりけり。

次の4件は、号外にあらず、通常紙面の1面なり。

2011_002a

3月13日朝刊 福島原発事故は、地震発生から丸一日経過せる12日午後3時36分、1号機にて爆発音を伴ふ水素爆発の発生したる、と経済産業省の原子力安全・保安院の発表したりて、やうやう深刻さの明らかになりゆけり。政府、東電とも、すでに炉心溶融の可能性なむ認むる。


2011_003a

3月14日夕刊 14日午前11時ごろ、福島原発は1号機に続きて、3号機も水素爆発を起こし、事故の危機的なる状況に、国民はもとより世界が震撼す。この段階におきても、政府は「放射性物質の大量に飛散したる可能性は低し」と強調する説明ぞ、懸命に繰り返し続くる。


2011_004a

3月15日朝刊 福島原発は1号機、3号機の水素爆発に続き、14日には2号機の燃料棒の露出したりて空焚き状態となれり。政府は1号機、2号機、3号機ともに炉心溶融の可能性高しとして、放射性物質を高濃度に含む蒸気の、大気中への放出に踏み切る決断を下せり。


2011_005a

3月15日夕刊 福島原発は15日午前6時ごろに、2号機にて爆発音あり。さらに地震発生時には運転停止中の4号機も、火災の発生したりて、1号機から4号機までが制御不能となれる。放射性物質の大量飛散の恐れ現実のものとなり、東京を含む各地にて高き放射線量、観測したる。この時点にては、フクシマの事故がレベル7にて、1986年のチェルノブイリ事故と並び、世界最悪の原発事故なるとは、国民に知らさるること、つゆもなかりけるは。

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朝日新聞号外にて振り返る2011年 その2

2011_006a

5月2日 オバマ米大統領は1日夜、国際テロ組織アルカイダ指導者たるオサマ・ビンラディン容疑者、パキスタンにおけるアメリカ軍の作戦により死亡したる、と緊急声明を発表。2001年9月11日の同時多発テロの首謀者とみなされきたるにより、この発表受けNYのWTC跡地にては数千人の群集、歓喜の声上ぐる。遺体はイスラム教の教義に反して水葬に付され、この措置に対して疑問の声も残れり。


2011_007a

6月2日 菅政権が震災対応や原発事故対応に追はるる中、自民・公明は内閣不信任案提出し、民主内部にても小沢、鳩山グループの同調せる動きあり。窮地に立てる菅首相、「震災対応に目途つきたる段階にて、若き世代に責任引継ぎてもらひたし」と表明し、不信任案はからうじて否決されたり。菅首相、7月13日には「原発に依存せぬ社会目指すべし」と表明して反響呼ぶも、辞任の時期めぐりて、政局はごたごたが続き、8月26日に辞任表明に至れり。


2011_008a

7月5日 松本復興担当相は、震災被災地訪れたる際の一連の放言の責任取りて、5日午後辞任を表明。松本氏は、岩手の達増知事との会談にて、「東北の何市がいずこの県とかや知らざるぞ」と発言。宮城の村井知事には「県にてコンセンサス取れや。さらずば、我々は何もせぬぞ」「お客の来る時は、自らが入ってから客呼べよ。分かりたるか」なんどと叱責。この様子、ニュースにて繰り返し放映されて、「何様のつもりなるや」と、被災地は云ふもさらなり、強き反発呼びたりけり。


2011_009a

7月14日 フランクフルトにて13日に開催されたるサッカー女子W杯準決勝で、なでしこジャパンはスウェーデンを破りて初の決勝進出を決めたり。この試合、日本は先制を許すも、得意のパスサッカー生かし、川澄のゴールにて同点とし、沢が勝ち越し点、さらに川澄が追加点を挙げて3-1で快勝す。


2011_010a

7月18日 この日の日本時間未明に行はれたるサッカー女子W杯の決勝、なでしこの相手なむ、世界ランキング1位にて対戦成績0勝21敗3分と1度も勝つこと能はざりける強豪アメリカなる。なでしこは、終始アメリカの猛攻にさらされるも、延長戦を2-2で終へてPK戦に持ち込めり。キーパー海堀は米国1人目のシュートを右足1本にて神がかり的スーパーセーブ、これにて流れを日本に引き寄せ、歴史的初優勝を決めたり。沢はMVPと得点王にぞ輝ける。惨憺たる出来事の続きたる今年、なでしこの快挙なむ日本人に感動と希望、勇気を与へて社会現象となれる。「なでしこジャパン」は今年の新語・流行語大賞に選ばれたり。


2011_011a

8月29日 菅直人氏の後継選ぶ民主党代表選の投票、29日行なはれ、野田佳彦氏が新代表に選出さる。30日、衆参両院の首班指名選挙におきて、第95代内閣総理大臣となれり。自らを「どじょう」になぞらへてスタート切るも、低姿勢の安全運転に徹するあまり、「何を為さんとするにや、いっかうに伝はらず」てふ辛き評も。内閣の前には、待ったなしの社会保障改革、その財源となるべく消費税なんどの大増税、国論を二分したるTPP参加問題、行き詰まりの普天間基地移設問題、等々、難題ぞ山積したる。


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2011/12/04

富士見坂ならぬ我が家から、富士山望める幸運

111204a江戸時代の古地図によれば、富士見坂と名の付ける坂、江戸に15ありけるとぞ。

明治大正期には、道路や坂の整備進みて、富士見坂は20箇所になむ増しける。

現在、23区内に在する富士見坂は、23箇所なるらしきを、実際に富士の望めるは、はつか2箇所のみてふ。

うち文京区護国寺の富士見坂は、ビルの隙間から、からふじて富士の一部が見ゆるのみにて、富士山と認むる姿の望めるは、荒川区の西日暮里富士見坂ただ1箇所なり。

それも、10年余前にマンション建設に因りて、左半分隠れ、いま右半分のみ望めるを、さらにいま、大手不動産会社による超高層建築の計画ありて、やがてつゆほども見ること能はずなるべしとや。

住民ら、日暮里富士見坂を守る会なむ結成し、区長や区議会なんどに働きかけ、NHKのニュースウォッチ9にても取り上げられたり。

世界的にも、その国の最高峰の、首都よりさやかに望めるは稀有のことなりて、「眺望遺産」と位置付けるべしとの声も少なからず。

かやうに富士の眺望、東京からつぎつぎに消へゆく中、余の家からは奇跡的に、富士山の優美なる姿、ちとも欠くることなく望みたり。

こは、偶然の幸運としか云ひ様のなく、あまたの方向に超高層ビルの林立し増殖しゆく中、たまたま富士の方向に、これまで高層建築の建たざりけるによれり。

願はくは、この方向には、末々までも高層建築の建つることなく、居ながら四季折々の富士を眺めつつ、のどかに暮らしたしとこそ。

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2011/11/25

霜月も残り数日なるに、いまなほ朝顔の咲けり

111125aけさの寒さ、なのめならずして、日中の気温もさほど上がらず。

このところ、ベランダの朝顔の鉢、なべて枯れ果てたる様なれば、やうやう取り片付けばや、と気にかかれり。

けふは、枯れたる蔓どもを鉢ごと捨てむとて見れば、いでや、ちさき花2輪、からうじて、けさ咲きたるとおぼしき風情にて、枯れ蔦の間に顔を覘かせたるは。

この朝顔は、7月初めにネットにて贖ひし4鉢のうちの、1鉢にのみ咲ける。

もはや、咲くこともあらじとて、余は水も遣らざるに、生命力の強きこと、ひたぶるにいみじ、とこそ。

最後の力を振り絞りて咲ける花のあるを、いかでか捨つるべき。

あと何日、花の付くるやは知らねど、しばし待ちて、蔓の朽ち果つるまで様子を見むこととす。

師走の朝顔、見ることの叶ふやいなや。

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2011/11/18

このブログ、アクセス数60万を越せり

11111804年6月に開設したるこのブログのアクセス数、けふ、やうやう60万を越せり。

アクセス数の多きが良しとも思はぬを、むしろ7年5箇月てふこの間に過ぎ去りし歳月こそ、感慨深きもの覚ゆれ。

ほぼ毎日更新し続けたるは最初の2年間のみにて、3年目以降は、すずろになむ更新することにしたり。

書くことのなければ書かず。書くことあらば書く。これ、ブログの鉄則なるべし。

書くも良し、書かぬもまた良し。

「表」のサイト「21世紀の歩き方大研究」の方は、更新することの絶へて久しければ、アクセス数もほとど足踏みする様にて、いまだ55万4900ほどなり。

それもまた、ものごとの流れなれば、良しとこそ。

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2011/11/12

折り紙にて組めるは、クリスマスツルー

111112a新宿駅東口のビルに、ひときは人目を惹けるクリスマスツりーあり。

近づきて見れば、こは無数の折鶴を縦横に組み合はせて、作りいづるデコレーションぞ。

例ならば頂上には星のある習ひなれど、星に替はりて一羽の折鶴の羽ばたきたり。

こはクリスマスツルーとこそ呼ばまほしけれ。

右下のトナカイとサンタも、折り紙にて設へたるは。

大震災の犠牲者の鎮魂と復興への祈りなむ込めて、千羽鶴をイメージしたるらむと見ゆる。

こを制作したるは、いかなるデザイナーもしくはアーチストなりや。作りたる人の感性ゆかしき作品なるぞかし。

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2011/11/09

立冬の昨日は初暖房、けふは初加湿器ぞ

111109a毎年のことながら、暦の上なる四季の始まりのうち、最も実感と合致するは立冬なるぞかし。

立春は2月の初めにて、こは寒さの底なり。

立夏は5月のGW直後にて、やうやう新緑の季節となりぬる時期、風のさはやかにして心地よきころぞ。

立秋は8月、夏の甲子園開幕のあたりにて、炎暑のピークにほかならず。

しかるを立冬は、冬将軍のこの時を待てりとばかり、強き寒波に見舞はれること、しばしばにして、北の国々からは雪の便り相次ぐ。

昨日の立冬、暦通りの寒さ受けて、余はつひに今冬の初暖房をぞ入れたる。

暖房のみ入れたれば、空気の乾燥、ひたぶるに喉を直撃したるやうに覚へて、けふは初加湿器なむ作動させたる。

暖房に加湿器とくれば、電力使用もかさむらめと思へども、体調には替へ難し。

冬の訪れ急迫にして、今年も残り50日ほどとなりぬ。

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