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2004/09/28

今宵は中秋の名月、月が鏡であったなら‥‥

 今日は中秋の名月だ。東京では西の空から晴れてきて、お月見が出来そうだ。

 前にも書いたが、月は地球のどこからでも、見るものが等しく同じ月を見ることが出来る。

 日本では満月だが、イラクで三日月で、ニューヨークでは上弦の月で、モスクワでは下弦の月だ、なんてことは決してない。

 そこで、こんな歌も生まれる。昭和11年、渡辺はま子が歌って大ヒットした「月が鏡であったなら」だ。

 月が鏡で あったなら
 恋しあなたの 面影を
 夜毎うつして 見ようもの
 
 この歌は「こんな気持ちでいるわたし ねえ 忘れちゃいやヨ 忘れないでネ」と続くのだが、この「ねえ」の歌い方は、やるせなさたっぷりに、歌ではなく「せりふ」のように発しなければならないのだ。

 1番の歌詞だけがやたら知られているが、2番もいいなあ。

 昼はまぼろし 夜は夢
 あなたばかりに この胸の
 熱い血潮が さわぐのよ

 なんとレトロで純情な時代だったのだろうか。古きよき時代ではあったが、日本はこうした中、しだいに戦争への泥沼に踏み込んでいく。
 この歌は、未曾有の破局が待ち受けていることをまだ知らない、つかのまの無邪気な幻影のような甘い響きがあって、それが悲しい。

 そうだ。僕は月の話を書いていたのだ。

 秋の月を詠んだ短歌や俳句は数知れぬが、とどめはこの歌だろう。

 月見れば ちぢに ものこそ悲しけれ わが身一つの秋にはあらねど (大江千里 古今集)

 この「わが身一つの‥」は、教科書では「自分ひとりだけの秋というわけではないが」と口約されているが、何かもっと背景があるように思えてならない。

 というか、このくだりは、みなそれぞれが、わが身の秋に置き換えて鑑賞できるのだと思う。

 東の空、雲の間を分け入るように、満月がのぼってきた。

 月が鏡であったなら‥‥ねえ。

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