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2004/11/14

君はフランシーヌ・ルコントを知っているか

ブッシュ再選を受けて、イラクのファルージャでは米軍が武装勢力1000人を殺害したとニュースが伝えている。

世界に漂う絶望感の中で、僕たちに出来ることは何なのだろうか。

File01401.jpg

今日たまたま、昔のレコードを見ていたら、ドーナツ盤のジャケットの中に、色あせた新聞記事の切り抜きがはさまっているのを見つけた。

1969年の、たぶん朝日新聞の記事を、僕が切り抜いてとっておいたもので、おそらく僕の手元にある最古(?)の切り抜きだ。

それは3月30日朝のパリで、フランシーヌ・ルコントという30歳の女性が、焼身自殺をした、というベタ記事である。
この女性は、ベトナム戦争やナイジェリア内戦に心をいため、自殺した時は、ビアフラの飢餓についての切り抜きを持っていたという。

フランシーヌ・ルコントという遠い国の、見知らぬ女性の死に、心を動かされた日本人がいた。作曲家の郷伍郎氏と、作詞家のいまいずみあきら氏だ。

二人はこの事件から受けた感動を、たちまち一つのフォークソングに書き上げた。

041114francine.jpegこれが新谷のり子が歌って大ヒットした「フランシーヌの場合」である。

一番の歌いだしの「フランシーヌの場合はあまりにもおばかさん」というところはよく知られているが、二番は次のようになっている。

ホントのことを云ったらオリコウになれない
ホントのことを云ったらあまりにも悲しい
3月30日の日曜日
パリの朝に燃えたいのちひとつ
フランシーヌ

三番はこんなふうになっている。

ひとりぼっちの世界に残された言葉が
ひとりぼっちの世界にいつまでもささやく
(以下繰り返し)

焼身自殺で何が変わるわけでもないことは、フランシーヌ・ルコント自身が一番よく知っていたに違いない。
にもかかわらず、彼女の死は、いつまでも僕たちの心に残り続けている。

世界がますます悪い方向に向かっているいま、フランシーヌの死の意味を考えてみるのも、決して無意味ではないだろう。

今日は「表」のつれづれ草に、ブッシュ再選によって呆然と立ちすくむ世界について書いた。この中で僕は、ブッシュを選んだアメリカの狂気を、宗教的トランス状態に陥った悪魔の国、と表現した。詳しくは、つれづれの方を読んでいただきたい。

(表の新着情報:「21世紀の歩き方大研究」の新世紀つれづれ草に、「グッバイ、アメリカ 宗教的トランス状態に陥った悪魔の国への決別」をアップロード)

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コメント

1969 VietNam leconte suicide Biafra
で検索しても、そんなことを書いたページは
どこにもありません。
ひょっとして誤報ではありませんか。

投稿: tomochan2002 | 2005/02/10 12:54

なぜ英語で検索されたのか分かりませんが、ベトナム反戦がらみの事件なので、このニュースが英語の新聞に載ったり、英語のサイトで話題になっている可能性は極めて低いと思います。
ヤフーでフランシーヌ・ルコントで検索すると54件出てきます。ウィキペディアにも3月30日の項に載っています。
ベトナム戦争当時、大変話題になった出来事ですので、かりにAFP電が誤報であったら、そのこと自体がニュースになっているはずです。

投稿: BANYUU | 2005/02/10 14:41

なお、ルコントはleconteではありません。検索で出てこないのは、そのせいもあるのではないでしょうか。綴りはFrancine Lecomteです。

投稿: BANYUU | 2005/02/10 15:25

こんにちは。私は新宿ゴールデン街で店をやってるものですが8年程前まで郷伍郎さんとよく酒を飲み、いろいろお世話にもなりました。しかし突然パッタリお見かけしなくなり電話も繋がらなくなり、どうしていられるのか、ずっと気になっております。もし近況を御存知の方がいたらと教えていただきたいと思うのですが……。

投稿: ヨーコ | 2005/02/13 09:58

「フランシーヌの場合」を作曲した郷伍郎さんの近況なり消息をご存知の方は、ヨーコさんに知らせてあげてください。上のコメントのヨーコさんの名前をクリックしてホームページに行くと、連絡先が書いてあります。

投稿: BANYUU | 2005/02/13 19:19

BANYUUさん、フォローありがとうございます。郷さんは10年ほど前、単身パリに行き地元の新聞の尋ね人欄にフランシーヌの親族の方を探していますという広告を出し一ヶ月弱パリに滞在しながら連絡を待ったのですが残念ながら何も連絡はなかったそうです……。
ひょんなことからココにたどり着きましたがBANYUUさんのコラムの問題定義は、考えさせられること同調することが沢山あり、興味深く読ませていただいき、友人との会話にもネタらせて頂いてます。これからも読ませて頂きます!

投稿: ヨーコ | 2005/02/19 16:14

せっかくパリに行ったのに、フランシーヌの親族の方からの連絡がなかったとは、郷さんもがっかりされたことでしょう。親族の方としては、名乗り出られない事情があったのかも知れませんね。
その後、ヨーコさんも郷さんとは連絡がとれていないのでしょうか。何か消息でも分かるといいですね。
これからもよろしくお願いいたします。

投稿: BANYUU | 2005/02/19 18:02

リンクさせていただきました。
がんばってください。

投稿: mit-s | 2006/11/15 18:21

この歌は40代後半から50代以上の人であれば好き嫌いは別として 意味が気になるながらもなんとなく口ずさんでいた曲です。おそらくすくなくとも、.そのころは、今ごろよりも人の命も大切に考えていたと思います。そして作詞された方や 作曲者また歌っていた方も、いろいろな思いがあったのだと推測されますが80万枚も売れうれるとは、いい曲ですが2007年のいまだとどうだったでしょうかフランスの人も反応は複雑だったのじゃないでしょうか。いまだとおそらくフランシーヌの場合はあまりにもお馬鹿さんが、人を誹謗中傷するのでだめだとか、著作権の侵害だとか 逆に人権の自由というものがいったいなんなのだろうと考えてしまう。あぁいろいろと難しい世の中になってしまいました。

投稿: こう | 2007/01/20 10:20

こうさん、考えさせられるコメント、ありがとうございます。この歌がヒットした背景には、ベトナム反戦のうねり、スチューデントパワーの爆発、カウンターカルチャーの台頭など、時代が大きな転換点に差し掛かっていたことがあると思います。
旧来型のさまざまな価値観が音をたてて崩れていった時代でした。まっとうに生きようとして死ぬしかなかったフランシーヌを、あえて「おばかさん」という逆説的な言い方をすることによって、何が本当におりこうで何が本当におばかなのかを、抑えた表現でシニカルに問題提起しているように感じます。
さらに、この歌の凄いところは、「フランシーヌの場合は」と言うことによって、それでは、あなたの場合は、私の場合は、と一人一人への問いかけが暗黙のうちに含まれていることでしょう。
こうさんのおっしゃる通り、2007年の今ならば、おばかさんは差別表現だなどという横槍が入って、日の目を見ないかも知れませんね。

投稿: BANYUU | 2007/01/20 15:02

本日は3月30日の日曜日でした。
昔の歌がふと思い出されて、このページにたどり着きました。
「あまりにもおばかさん」ということばが、初めて聴いたときから気になっていました。すごい歌詞ですよね。この歌を聴いた人がそこに引っかかりを感じることで、歌詞全体の意味を考えようとするのであれば、実に効果的な歌詞だと思います。
死刑になりたいからという理由で通り魔殺人を起こしたり、石油利権を確保したいからという理由で戦争を起こしてしまう現代、「あまりにもおばかさん」なのはいったい誰か、と考えさせられてしまいます。

投稿: byw00166 | 2008/03/30 22:50

byw00166さん、はじめまして。
そうでした。今日が同じ3月30日の日曜日なのですね。
「あまりにもおばかさん」というくだりは、当時の時代状況が生み出した心の叫びのようなものだと思います。この逆説的な言葉によって、本当に「おばかさん」なのは誰なのか、また「オリコウ」になることが良いことなのかを、聴く者すべてに、静かに問いかけているような気がします。
あれから39年が経過して、相も変わらず「オリコウ」な指導者が仕掛けた大義なき戦争で、膨大な人々が犠牲になり続けている世界は、あまりにも悲し過ぎます。


投稿: BANYUU | 2008/03/30 23:22

ボクも3月30日に気がついて、フランシーヌ検索でこちらに来ました。
フランシーヌ・ルコントの抗議の自殺、あの当時はもっと人のいのちに地球よりも重みがあったし、だからこそ一人の犠牲が戦争に訴える意味が大きかった。
昨今の人のいのちの軽さを思うと、本当に隔世の感があるなーと感じます。

大国の戦争の倫理、個人の歪んだ感情が起こす身勝手な殺人があげる無意味な流血。
なんだか歪みつづける時代が断末魔をあげているような思いがします。

投稿: keibi | 2008/03/31 20:52

keibiさん、こんにちは。あの当時は、日本でも世界の各地でも、既成の古い価値観を打ち破ろうとする真っ当なパワーが燃えさかっていて、フランシーヌ・ルコントが身を持って問いかけたものを、真面目に考えようという空気がありましたね。
いまは、人の命の尊さと言われても、空疎でウソっぽい響きしか感じられない時代になってしまいました。アフガンでイラクでガザ地区で、毎日毎日、人の命が虫けらのごとくに潰されていって、誰もそれを異常とも思わない時代。ちよっとしたことで、見ず知らずの他人を平気で殺すアメリカや日本の若者たちにも、この時代の空気が感染しているのだと思います。

投稿: BANYUU | 2008/03/31 22:38

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