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2004/11/20

人類が時間の意識を持ったのは、いつごろからだろう

静かな土曜日だ。誰もいない家にずっと一人でいると、時間が止まったような錯覚に陥る。

時計の針の位置が、少しずつ確実に変わっていることに気付いて、ようやく時間が流れていることを知る。

つるべ落としの秋の日というが、外をみればもう真っ暗だ。

今日一日が終わり、また明日がやってくる。人間が、時の経過を意識したのは、いつごろからだろうか。

20万年前に原人から進化した現生人類は、たぶん時の経過を意識し、人間は死によって生と区別される状態になることに気付いていたに違いない。

では原人たちは、時間の意識があったのだろうか。180年前に出現した新しい原人ホモ・エレクトスは、火をつかうことを覚え、言語もこの段階から少しずつ作られていったらしい。

昨日と今日の区別。今日と明日の区別。自分と相手の区別。自分でも相手でもない第三者の区別。人間と動物の区別。人間と植物との区別。こうしたことを仲間に伝えるためには、何か区別出来る音を発する必要があったのだろう。

火を使うことによって、火がつく、火が消える、火で熱い、水は冷たい、などの表現が必要になっていったのかも知れない。

時間の意識は、言語とともに発生したような気がする。

それより前の原人たちや、猿人たちは、一日の終わりや歳月の経過を、どのように意識していたか。

おそらくは、何かが変化し続けているこの世界の実相を、表現できないもどかしさで感じ、そこに流れている何かがあることを、息をひそめて見つめていたに違いない。

ではいまの僕たちは、時間の正体についてどれほど知っているか。猿人たちや原人たちが感じた漠たるもどかしさは、いまもそれほど変わっていないのではないか。

僕たちは、時間にがんじからめにされているようで、時間そのものについては何も知っていないに等しいように思う。

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