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2004/11/29

アラビアのロレンスの永遠の女性

「英国ニュースダイジェスト」の最新号が送られてきた。今回の号には、「時間の岸辺から」の67回目「働かざるもの」が掲載されている。

この号をなにげなく見ていて、英国在住の多胡吉郎氏が書いている「英国偉人伝」で、アラビアのロレンスについて書いている記事が目にとまった。

映画の「アラビアのロレンス」は、女優が一人も登場しない映画として知られているが、実在のアラビアのロレンスもまた、生涯を通じて結婚をしなかったばかりか、女性との肉体的交渉を持たなかった、という。

かといって同性愛ではなく、あらゆる欲望を封殺して修道士のような生き方に徹していた、というのだ。

そんなロレンスにも、たった一人、永遠の女性がいたことが、近年になってクローズアップされている、と記事は書いている。

ファリーダ・エル・アクリというロレンスより6歳年上のアラブ人女性で、ミッションスクールの教師だった。

2人は、アラブ独立の形態がどのようであるべきかをめぐって、心を許して話し合う仲になった。

ロレンスにとってファリーダは、母であり、姉であり、恋人であり、穢れなきアラビアそのものだったのだろう、と多胡氏は書いている。

そして、ファリーダは、ロレンスにとって至純の夢を昇華させた永遠の存在だったに違いない、と続けている。

僕は「アラビアのロレンス」の映画をビデオで観た時、ロレンスの過酷なまでの生き方はアラブへの情熱だけでは説明しきれないように感じていたが、この記事を読んでロレンスの心のよりどころがやっと分かったような気がする。

アラブ解放の夢と挫折。ロレンスの哀しみを、誰よりも感じて理解していたのは、アラブ人のファリーダだったのだろう。

ファリーダは、ロレンスと親交があったことを終生誇りにし続けて独身を貫き、1976年に94歳で生涯を閉じた。

出会いと理解、そして支えあうということについて、しみじみと考えさせられる話である。

(表の新着情報:「21世紀の歩き方大研究」の新世紀つれづれ草に、「宇宙のドラマを生む舞台としての、真空の正体を考える」をアップロード)

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コメント

以前、映画「アラビアのロレンス」のなかで、主人公のロレンスが朝早くから英国製と思われるオートバイを黙々と整備している姿を見て、なんともいえぬダンディズムを感じたことが思い出されます。学生当時バイクにのっていた私も、バイクの整備は早く起きて朝にやろうと決めました。
あのかっこよさは女性には理解できないものだろうなと、当時は思っていました。

ところで、ロレンスは、イギリス軍人として、本国イギリスの政策をどのように見ていたのでしょうか。

帝国主義諸国による植民地分割、オスマン帝国からのアラブ民族の解放、シオニズム。それらをさらなる混沌におとしいれたイギリスの三枚舌外交。いまなお続く中東の混乱。ロレンスの生きた時代は、今の中東にそのままつながっていますね。

投稿: Rough Tone | 2004/12/02 01:59

Rough Toneさん、こんにちは。ロレンスは、中東におけるイギリスの優位を守るために、自分が利用されていることを充分承知していたでしょう。しかし、トルコ軍を撤退させるためにアラブの反乱を指揮していくあたりから、しだいにアラブへの思い入れが強くなり、アラブ独立を本気で考えるまでになったのでしょうね。結局、ロレンスは部族単位でしかまとまることの出来ないアラブに裏切られ、アラブ独立を口約束に終わらせた本国イギリスにも裏切られます。二重に裏切られたロレンスの苦悩は、いまもアラブの苦悩そのものなのだという気がします。

投稿: BANYUU | 2004/12/02 11:11

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» 『アラビアのロレンス』 [骨董と偶像]
かつて、史劇を中心としたスペクタクル映画というものがあった。そういった映画のチラシなどには赤&青地に白く「シネラマ」とか、あるいは70mmなどと入っていたものだ... [続きを読む]

受信: 2004/12/22 02:46

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