京都の紅葉に思う、赤く燃えることの意味
京都の紅葉は、このところの暖かさの影響で、例年より10日ほど遅れているようだ。
それでも今日は、比較的紅葉が進んでいる高峯のふもと、光悦寺を訪れて色鮮やかな紅葉をたっぷり楽しんできた。
落葉樹の葉はなぜ紅葉するのだろうか。
これは、一年の使命を終えた葉が、光合成を終えたことのサインであり、葉緑素をもはや生成しないという意思表示にほかならない。このため、葉っぱからは緑の色素が消えて、赤や黄色が前面に出てくる。
紅葉は、葉っぱにとって使命終了の達成感の表明であり、やがて来る落葉への死出の祝祭である。
その赤く燃えるような色は、光合成を無事に務めさせてくれた太陽への感謝であり、葉っぱたちが半年間という生涯の最後の最後に、念願かなって太陽と同化したことの証のようにも思える。
紅葉を見ていると、自分の人生と重なってくる。
自分は、なすべきことをきちんとなしたのだろうか。紅葉という祝祭は、自分にも訪れるのだろうか。
人生のたそがれを前にして、最後に赤々と燃えてみるのも、悪くないな、と思う。
BANYUU
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