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2004/12/10

自分はなぜ他の誰でもなく、自分なのかという疑問

最近は、当たり前とも思える根本のところで立ち止まって考えてしまうことが往々にしてある。

宇宙が無から誕生して137億年。さまざまな星の誕生と死滅の繰り返しの中から、46億年前に太陽や地球が生成された。
無機質な灼熱のマグマの海が冷えて、複雑な化学反応の中からやがて原始生命が誕生した。

生命は39億年かけて多岐に渡る進化を遂げ、700万年前に類人猿から猿人が分かれて、やがて原人となる。

原人の中から20万年前に、現世人類が誕生し、1万年前に文明が始まった。

ここまでは、僕は理解できるし、「地球カレンダー」にもまとめている。

だが、ここから先がどうしても僕には分からないのだ。

なぜ僕は、ほかの誰でもなく、いまのこの僕なのか。僕の自意識を持ち、僕の自我を持つ人間は、なぜ他の人でなくて僕なのだろうか。

僕が、この僕という人間の意識であることの必然性が分からない。またそれは誰が決めたのだろうか。

おそらく、古今東西、無数の人たちが、これとまったく同じ疑問に悩まされ続けてきたに違いない。

僕がこの世に生を受けたのは、何兆分の1のさらに何兆分の1よりももっと小さい奇跡のような確率のはずだ。

僕が生まれてこなかった確率の方がはるかに高いのだ。これは、何も僕に限らず、どの個々人にとっても同じことが言える。

生まれてこなかったら、僕はこの世界を認識することは出来ないはずだ。そしたら、この世界は「僕にとって」存在していないと同じことではないのか。

もう一つの疑問は、このような極微小の確率で自分が生まれてきたのは、何のためなのかということだ。

若いころは、何のために生きるかで真剣に悩んだりもした。

だが、いまは何のためか分からなくても、ともかく生きている。何かの役に立てる年齢はとっくに終わっているのに、とにもかくにも生きている。

このこと自体、不思議でたまらず、これでいいのだろうか、と思いつつも。

追記:先月26日にインフルエンザの予防注射をした副作用なのか、しばらく微熱とだるさが取れなかったが、今日はすっきりとした体調になった。インフルエンザの抗体が身体の中に出来たということなのだろうか。体調と精神は、深くシンクロしていることを感じる。

(表の新着情報:「21世紀の歩き方大研究」の新世紀つれづれ草に、「精神が理想とする世界と、身体の醜さとのはざまで」をアップロード)

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