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2005/01/16

阪神大震災から10年に思う、これから世界は

明日は阪神大震災から10年だ。

10年一昔というが、世紀変わりをまたいでのこの10年は、実感としては二昔か三昔もの変化がある。

95年はようやくインターネットが日本にも使われ始めたころで、新聞社系サイトのはしりとしてasahi.comがスタートしたのも、この年の夏ごろだったと思う。

あのころ、これほどまでの急激なネットの広がりは、だれにも予想できなかった。

ネットだけではなく、ケータイの進歩、薄型大画面テレビ、DVDなど、10年の移り変わりは驚異的だ。

テクノロジーの爆発的な進化と併行して、人類は自らの存在基盤と生命圏を、もはや復元不可能なまでに破滅の淵に追い込んでしまった。

人間の愚かさは、この10年の間にその度合いをいっそう増したように思う。

科学の力で、神になり代わったつもりでいる人間たちの、歯止めのなさ、節操のなさ、傲慢さは、もはや救いがたい。

土星の衛星タイタンの鮮明な写真を地球に送らせる力があるのに、なぜ人間は戦争をやめるすべを持たないか。

何千年もの間、あくことなく繰り返してきた戦争一つ、地上から終了させることが出来ずに、テクノロジーだけが化け物のように肥大化して、地球を爆発寸前の状態にしてしまった。

「表」のつれづれにも書いたが、21世紀は2035年ごろに終焉するような気がする。もはや手遅れなのだ。

人類は急ぎ過ぎた。人類は競い過ぎた。人類は身の程知らずだった。人類は繁殖し過ぎた。

文明は、ゆるやかな下降、そしてゆるやかな衰弱へ。これが2015年ごろまでの次の10年の流れだろう。

その後は、急速な生態系の破綻と、気候の暴走、そして陸地の冠水・水没、あらたな病原菌やウイルスによるパニックと、21世紀は雪崩をうって崩壊していくような気がしてならない。

これを避ける道はただ一つ、文明の大幅な縮小と後ずさり、経済成長の放棄、戦争の完全な停止とあらゆる戦争システムの棄却しかあり得ない。もちろん、これは不可能なことであるが。

(表の新着情報:「21世紀の歩き方大研究」の新世紀つれづれ草に、「95年からのこの10年、日本と世界は道を間違えた」をアップロード)

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