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2005/01/27

人間死ぬ時は裸だが、小千谷の旅館入浴客の災難

今日のブログは、「表」のつれづれ草と連動して書く。

「人間、死ぬときは裸」とよく言われる。

どんなにお金をためても、勲章をもらっても、あの世に持っていくことは出来ない、という悟りのような意味で使われる。

また、人間生まれる時も死ぬ時も裸、という言い方もよくされている。

世界一の億万長者でも、権力の頂点を極めた者も、広大な家屋敷と金銀財宝に囲まれた者も、死ぬ時は例外なく裸なのだ。

こうしたしみじみとした教えも、旅館の風呂に気持ちよく入っている時に、屋根が突然落ちてきて裸のまま死ぬとなると、あってはならない悲劇となる。

昨日、新潟県中越地震の被災地の小千谷で、旅館の屋根が雪の重みで崩落して、男性入浴客2人が下敷きになって死亡した。

旅館に来た客が、最もリラックスして生きている喜びを感じるのは、お風呂に入っている時だろう。

だれもが裸で安心しきっていて、身も心も解き放たれて無防備になれる数少ない愉悦の場なのだ。

屋根が落ちてきた時は、さぞ驚いたことだろう。裸で押しつぶされるのは、さぞ痛かったに違いない、と想像する。

死ぬ前にものを考える瞬間があったとしたら、せめて何か身にまといたい、ということだったのではないか。

素っ裸のまま、あの世行きとは、あまりにも酷過ぎる。

(表の新着情報:「21世紀の歩き方大研究」の新世紀つれづれ草に、「一寸先は闇の人生、何の変哲もない平凡に日々の至福」をアップロード)

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