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2005/02/28

如月二月は逃げていき、明日から弥生三月

05-02-28_15-262月は逃げる、といわれる。2月が足早に逃げていく。

今年の2月は寒かった。立春以降、急に寒さが強まったような感じだ。

日の光は日増しに春めいてきて、昼の長さもずいぶんと長くなった。

2005年もこれで、6分の1が終わった。カレンダーの3枚目をめくって、明日から3月だ。

春を待ちきれない鳩たちが、マイシティ新宿の壁面で日向ぼっこをしている。

「いい抜け道がある」‥? いえいえ、春への抜け道など、どこにもありはしないのだよ。

ひたすら、じっと待つのみ。

あと3週間もすれば、春のお彼岸だ。暑さ寒さも彼岸まで。

ひな祭りが過ぎれば、少しは春めいた陽気が訪れるだろうか。

(表の新着情報:「21世紀の歩き方大研究」の新世紀つれづれ草に、「南セントレア市を拒否した住民たちの見識」をアップロード)

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2005/02/27

新宿駅開業120周年でさまざまなイベント

05-02-27_18-10新宿駅が開業してから3月1日で120周年を迎えるというので、さまざまなイベントが行われている。

東口コンコースでは、巨大な鉄道模型が展示されていて、新幹線や特急列車のミニチュアを、希望者に操縦レバーを操作して運転してもらうイベントが人気を呼んでいた。

僕は新宿駅の歴史は比較的新しいのかと思っていたが、これは大きな認識間違いで、1885年の品川線(品川・目黒・新宿・目白・板橋・赤羽)開通と同時に開業しており、1925年に開業した東京-上野間よりもずっと歴史が古いのだ。

3月5日には、新宿駅開業120周年記念号というミステリー列車が企画されている。大人5800円、子供4800円でお弁当、お飲み物付き。すでに満員御礼だそうだが、どの方面に行くのだろうか。

また5日と6日はエキコンの新宿版のようなミニコンサートもある。

新宿駅は、もう10年も20年も、いつもどこかで改装工事が行われていて、工事が終わって完成した状態というのを見たことがない。

それほど新宿という街の変貌がすさまじい速度だということなのだろう。いまも大規模な改装工事の真っ只中で、乗降客をさばきながらの工事のため、なかなか進展していない。

利用者にとって最も待ち望まれるのは、現在は地下通路を通るしかない東口と西口を地上で結ぶ東西自由連絡通路を、一日も早くつくってほしいことだ。

東西自由連絡通路は、当然のことながら発展著しい南口とも自由に行き来できる構造でなければならない。

どんな計画になっているのか知らないが、あと5年後くらいには出来てほしいものだ。新宿駅開業125周年の格好の目玉になるのではないだろうか。

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2005/02/26

首都直下地震で避難生活700万人、サバイバルの道は

今朝の朝刊各紙は、首都圏直下地震の被害についての中央防災会議専門委の想定を大きく報じている。

最悪の場合、経済損失は国家予算を超える112兆円となり、死者は1万3000人、避難生活をする人は700万人という。

この首都圏直下型地震は切迫しているというのが地震学者の一致するところで、発生確率は10年以内だと30%、30年以内だと70%という。

僕の感じでは、死者の予測はこれでも少なすぎると思うが、避難生活700万人という数字はおそらくこんなものだろうと思う。

不思議に思うのは、いつも死者の予想は数字で示されているのに、負傷者がどれくらいになるかの予想がないことだ。死者数と避難者数から推定するに、緊急に手当ての必要な負傷者は、数10万人にのぼるのではないか。

700万人の避難者のうち疎開する人を除くと、避難所での生活を余儀なくされる人は460万人と推定される。

これだけの膨大な人間の避難所生活というのは、おそらく世界でも例をみない事態で、そもそも水や食糧が全員にいきわたるのか、という基本的なところからして不安がいっぱいだ。

自分の家やマンションが倒壊したり火災で焼失してしまったら、避難所以外に行くところはないが、運良く家が倒れも焼けもしなかった場合は、自宅でのサバイバル生活が可能だろうか。

最大の問題は、ライフラインの復旧見通しと、食糧および水であろう。

専門委の想定では、断水は340万軒で、4分の3まで復旧するのに4日。停電は200万軒で、95%まで復旧するのに6日。ガスの停止は120万軒で、80%まで復旧するのに2カ月かかる。

そうなると、ガスが止まったままで、6日間なんとかしのぐことが出来れば、水道と電気はほぼ復旧するとみていい。

ガスが止まって困るのは、フロをわかせないことだが、フロくらい入らなくても死ぬことはないだろう。

そこで、6日間を水道と電気なしで耐え忍ぶことを考えておかねばなるまい。

なんだか、あのY2K(2000年問題)騒ぎのころを思い出すが、小型のカセット式ガスボンベによるコンロは必需品だろう。

ミネラルウォーター、カップ麺、缶詰などの備蓄があれば、避難所生活をしなくても、電気と水道が復旧するまでの6日間を乗り切れるような気がする。

Y2Kは空振りに終わったが、あの時の経験を生かして、サバイバル用品を整備しておきたい。

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2005/02/25

「教えて!goo」キャンペーン広告の気になる回答

JRの駅や地下街などに、「教えて!goo」のキャンペーン広告が大々的にはられている。

「教えて!goo」に寄せられた数々の奇問・難問の質問部分だけを、拡大してポスターにしたもので、興味を引く内容で通行人を立ち止まらせている。

「イタコを呼びたいのですが、お祭以外でも可能でしょうか、依頼先または連絡先等ご存知の方よろしくお願いします」など、回答を知りたくなる質問が30項目ほど並ぶ。

gooには、「ポスターの回答が気になる」という声が多くよせられているそうで、駅張りポスターギャラリーという緊急企画を掲載している。

駅張りポスターの内容を全部見ることが出来るだけでなく、それに対してどんな回答が寄せられているのか、読むことが出来る。

gooに限らず「はてな」でもそうなのだが、ネットの威力が検索だった時代から、いまやあらゆる知的好奇心と実用的必要性に基づく質問に、積極的に回答を出すことがネットに求められている、といえよう。

その意味では、記事の検索にすら課金というブレーキをかけて、知的好奇心を妨害している新聞社系サイトは、完全に時代に遅れつつあるような気がする。

少なくとも、その新聞を購読している読者については、その新聞の記事を過去にさかのぼってフリーで検索出来るようにしなければ、おかしいと思う。

「教えて!goo」に見られるように、知りたい欲求に対していかに迅速に有用な回答を引き出すことが出来るかは、21世紀のメディアの勝敗を決する重要なテーマではないだろうか。

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2005/02/24

映画のシーンなど入れたDVDジャケットを作るには

File01481このところ、テレビの番組を録画したDVDディスクのジャケット作りに凝っている。

自分が見て内容が分かりさえすれば、ジャケットなどなくても、メモ書きしたシールをはっておけば事足りるのだが、そこはせったく焼いたDVDなので美しくいきたい。

ビデオテープの時は、背のラベルをワープロやパソコンで作成していたが、テキスト文だけで画像が入る余地はない。

しかし、DVDは画像の入ったジャケットを作ることが可能なのだ。

手順は次のようにする。

DVDのHDに録画した番組をDVDディスクに高速ダビングして、ファイナライズする。(ファイナライズしないとパソコンで再生出来ない)

そのディスクをパソコンで再生して、冒頭のタイトルのあたりでジャケットに使いたいシーンを一時停止させ、静止画をキャプチャーする。

エーワンの「ラベル屋さん」というソフトで、CD/DVDインデックスカード(品番51158)を選択する。ソフトは無料でダウンロード出来る。

作成画面から、画像の挿入を選び、さきほどキャプチャーした静止画を取り込み、大きさや位置を調整する。

画像の上に、必要なテキストを挿入する。

エーワンの品番51158のフォト光沢紙にプリントする。この用紙は、家電量販店や文具店などで売っていて、20枚入って500円弱だ。

再生してみて気に入ったシーンがなかなかないようなら、映像からキャプチャーせずに、映画のパンフレットやポスターなどの画像を使うのもいい。

手元になくても、ネットにはさまざまなチラシやポスターの画像があふれている。

僕が最近の数日間に作成したジャケットは、「太陽がいっぱい」「ベン・ハー」「タイタニック」「シェーン」など映画10作品余りと、クラシック音楽番組30本ほど。

なれてくると、1枚作るのに10分ほどで出来上がる。

こうして作成したDVDのジャケットは、著作権の問題があるので、くれぐれも自分が個人的に楽しむ目的以外に使用してはならないのは当然である。

(表の新着情報:「21世紀の歩き方大研究」の新世紀つれづれ草に、「道真の東風吹かばの句で考える、『な‥そ』の使い方」をアップロード)

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2005/02/23

粗大ゴミ券に個人情報を書きたくないが‥

粗大ゴミの出しかたは難しい。自治体の粗大ゴミセンターに申し込むと、だいたい1カ月くらい先の収集日を指定される。

電話で伝えた大きさに応じて料金を言い渡されるので、その額の粗大ゴミ券をコンビニなどで買って、粗大ゴミにはる。

これを指定日の朝8時までに、通りに面した建物の玄関わきに出しておくように言われる。

この粗大ゴミ券には、氏名をフルネームで書くほかにマンション名と部屋番号も必ず記入するようにと言われる。

が、粗大ゴミ券を買った段階で料金は払っているのだから、そこまで個人情報を書く必要はないのでは、と首を傾げてしまう。

朝8時までに出しても、取りにくるのは昼ごろか午後になることが多い。

僕の家のあたりでは、その間に何者かが粗大ゴミを運んで持っていってしまうことが、しばしばある。学生なのか、外国人なのか、あるいはリサイクル業者なのか分からない。

そうすると回収に来た粗大ゴミセンターの委託業者から電話がかかってくる。「粗大ゴミが出ていませんが、どうされましたか」などという。

「指定の時間までに出しましたよ。ありませんでしたか。じゃあ、誰かが勝手に持って行ったんですね。このあたりは、いつも持っていかれてしまうんですよ」と説明する。

回収業者はそのまま帰っていくが、僕がはった粗大ゴミ券はどうなるのだろうか。回収しなくても、自治体に料金が入っていくのは、なんだか釈然としない。

それよりも、勝手に持っていった者が、粗大ゴミ券に書かれた僕の名前などの個人情報を見てしまうのが、なんとも薄気味悪い。

こういうことがよくあるから、粗大ゴミ券に細かい個人情報を書くのはイヤなのだ。

明日は、その粗大ゴミを出す日だ。粗大ゴミ券には何も書かずに空白にしてはりたいが、そうしたらどうなるだろうか。

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2005/02/22

1992年に作成した超長行の「幻の自己紹介」

僕のブログからリンクしているahahaさんが、筒井康隆氏の「朝のガスパール」(以下、朝ガス)を読んで、こんな記事を書いている。

朝ガスに実名登場していると打ち明けた僕とahahaさんとのメールのやりとりの引用が中心なのだが、新聞連載で連続4日間に渡る実名登場のくだりを読んだ衝撃度がよく表れている。

ahahaさんは、しばし呆然と立ち竦んでいたそうだが、無理もなからんと思う。

朝ガスの連載から13年が経つが、僕がこの実名登場についてどのように総括しているのか、実は知る人ぞ知るところに、心境を延々と縷々綴っている場所がある。

それは、ASAHIネットの自己紹介の中である。あんな短い中で、何が書けるのかと不思議に思われるかも知れない。

いまは50行以内という制約がある自己紹介だが、朝ガスの連載が終了した1992年春の時点では、自己紹介に行数制限はなく、書く気になればいくらでも書くことが出来た。

僕は、1992年4月からほとんど毎日、いまでいうブログのような感覚で、日記風に綴って自己紹介に追加していき、ついに世にもまれに見る超長行の自己紹介に膨れ上がっていった。

ASAHIネットはこの年10月1日から新規に書く自己紹介は50行以内という制限を設定し、僕はその前日の9月30日までセッセと書き溜め続けたのだ。

これがいわゆる「BANYUUの自己紹介」で、当時、ASAHIネットの会議室でずいぶんと話題になっていた。

しかしパソコン通信が廃れてしまうと、ASAHIネットの会員でさえもほかの人の自己紹介を読む機会は少なくなり、会員以外の人は読むこと自体が出来ない。

そこで、このBANYUUの自己紹介をだれでも読めるようにと、僕の表のサイトの中に新設ページをつくって全文を掲載することにした。

表のサイトのトップページから入れるので、興味のある方、時間のある方は話のタネにどうぞ。

(表の新着情報:「21世紀の歩き方大研究」に、新しいページを設け、「ASAHIネットの幻の自己紹介-BANYUUの蛮勇日記帳」を全文掲載)

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2005/02/21

R25の今週号に「花粉のバカ!」とあるが、記事は?

無料の情報週刊誌「R25」最新号の表紙に、大きく「花粉のバカ!」と書かれている。

てっきり花粉対策の大特集でも組んでいるのかと思って、持ってきた(買ってきた、と書けないところが、こちらの弱みなのだ)。

ところが目次を見ても、花粉のカの字も見当たらず、ていねいにページをくくって、最後の48ページまで見たが、花粉に関する記事は載っていない。

これって、看板に偽りありではないか、なんだ買って損した、と憤りかけたが、これは買ったのではなく、定価ゼロ円で有難くいただいてきたのである。

表紙に書いてあることが中身になくても、怒ってはいけない情報誌なのだ。

「花粉のバカ!」というのは、そういう内容の記事があるという示唆ではなく、通行人の気をひくための単なるイラストということらしい。

しかし、どうせなら、表紙に合わせて花粉対策の大特集でもやれば、「R25」のカブはもっと上がったのにと思う。

もしかすると、花粉対策の特集はすでにやっているのかも知れない。

それにもかかわらず、2月10日ごろから猛威を振るうと予想されていた今年の花粉が、寒さのせいかいっこうに多く飛ぶ気配がないため、「花粉のバカ!」と表紙で八つ当たりしている、ってことだろうか。

ま、タダの情報誌になんだかんだモンクをつけるのは、ヤボってこったな。

シャラポワの胸ポッチ写真が載ってるだけでも、お礼をいわなくてはなるまい。

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2005/02/20

イノシシと思って撃ったら‥忠臣蔵のような話が

五段目で運がいいのは猪(しし)ばかり、という川柳がある。

この五段目というのは、歌舞伎の仮名手本忠臣藏五段目のことである。

歌舞伎通の方なら目をつぶっていても筋が思い浮かぶだろうが、ここで基本的な流れをみてみると‥

夜の山崎街道で、早野勘平が千崎弥五郎と出会って別れる。

与市兵衛(勘平の女房お軽の父)が雨宿していると、ヌッと現れた斧定九郎に刺殺されて50両を財布ごと奪われる。

(チチチチチチチと緊迫した三味線の音をバックに、財布を口にくわえた定九郎が黒羽二重のすそで血に染まった刀を落ち着いて拭う。この場面は、悪党の魅力たっぷりでゾクゾクする)

イノシシが現れて走り回り、追ってきた勘平が鉄砲で撃つ。イノシシは逃げ、弾は定九郎にあたって死ぬ。

その後、勘平は自分が舅を撃って殺してしまったと錯覚して、腹を切って死ぬ。

弥五郎も討ち入り後に切腹して死ぬ。

というわけで、五段目の登場人物4人はすべて死ぬことになり、死ななかったのは運よく弾が当たらなかったイノシシだけというわけなのだ。

昨日の新聞に、この五段目を思わせるニュースが載っていた。

茨城県で猟をしていた2人の男が、畑でイノシシを見つけて3発を撃って仕留めた。

ところがイノシシと思ったのは、民家の飼育場から逃げていたブタで、このブタを河原で解体して持ち帰った2人の男は書類送検された。

このブタはなんと運が悪いんだろう、と思う。飼育場からようやくのことで逃げ出したところを、イノシシと間違われて撃ち殺され、解体されるとは。

茨城で運が悪いはブタばかり、では川柳にもならないが。

(表の新着情報:「21世紀の歩き方大研究」の新世紀つれづれ草に、『時間の岸辺から』第72回「はなこさん襲来」をアップロード。これは欧州の邦人向け日本語新聞「英国ニュースダイジェスト」に同時掲載)

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2005/02/19

岡本喜八監督死去、「大誘拐」は最高傑作だった

岡本喜八監督が食道がんのため、81歳でなくなった。

「日本のいちばん長い日」は見たには見たが、どんな内容だったのかほとんど覚えていない。

強烈な印象を受けたのは、1991年の「大誘拐」だ。

北林谷栄演じる82歳の大金持ちのお婆ちゃんが、風間トオルら3人のチンピラに誘拐される。

誘拐されたお婆ちゃんは、しだいにチンピラたちを操って主導権を握っていく。

ついには身代金を自分で100億円と決めて「ビタ一文負からへんで」と宣言し、チンピラたちは「お婆ちゃん、ムチャクチャ言いおる。だいいち、百億なんてどないして運ぶんや」と真っ青になる。

北林谷栄の好演は特筆すべきだが、振り回される県警本部長の緒形拳、お婆ちゃんたちをかくまう樹木希林もなかなかいい。

お婆ちゃんはテレビ局を手玉に取り、全国に自分の姿と声を生中継させることに成功。そして、前代未聞の現金100億円の受け渡しへ。

岡本監督は、コミカルなシーンを随所に交えながらも、正面から堂々とこの誘拐ドラマを描いていて、ドキュメンタリーのようなテンポの速い迫力で、観るものを釘付けにする。

お婆ちゃんの豪邸には、戦死した3人の息子の遺影が額に入れて飾られている。「お国って、なんやろなあ」とつぶやく姿が、誘拐劇の主導権を握るに至ったお婆ちゃんの気持ちを表している。

ビデオでも何度となく観たが、何度観ても面白い最高傑作である。

岡本監督のご冥福をお祈りいたします。合掌。

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2005/02/18

ローマの大学に世界初の悪魔祓い講座

今日の読売の夕刊によると、ローマにあるカトリック系大学で、世界初の悪魔祓い講座が開講し、17日から講義が始まった、という。

開講の目的は、「本当に悪魔に取り付かれたケースと、精神的問題とを見分けられるようにする」こと、という。

最初の講師は、エクソシスト(悪魔祓いの祈祷師)のガブリエレ・ナンニ師で、約100人の聖職者たちが受講した。

受講料は180ユーロ(約2万4000円)だそうだ。

「本当に悪魔に取り付かれたケース」というのは、どうやって見分けるのだろうか。ていうか、本当に悪魔が取り付くものなのか???

分かった! いるいる。悪魔に取り付かれたモノどもが。あの国にも、かの国にも、この国にも。うじゃうじゃといるぞ。

おのれ、政治家に取りついた悪魔どもめ。経営者や学者に取りついた悪魔どもも、ワンサといる。

自国の利益を振りかざして、世界に戦争を仕掛けて回る悪魔ども。一国の国民を10万人も殺してもなお、殺し続ける悪魔め。

地球をぶち壊すことなどものともせずに、ひたすら利潤・利益のみを追い求めて、生き血を吸い続ける魑魅魍魎ども。

これらはみな、精神的問題では解明不可能な狂気の仕業で、悪魔が取り付いたのでなければ、決して出来ることではない。

しかし、悪魔祓いをするにも、あまりにも数が多すぎて、祈祷師たちが何万人いても足りないのだ。

悪魔どもは、祈祷師たちが追い祓っても追い祓っても取り付いてくる上に、どんどん増殖して地球をしだいに支配しつつある。

そのうち、悪魔たちにも免疫が出来てきて、祈祷くらいではビクともしなくなるのではないか。

いずれ、悪魔祓い講座の受講者たちの大半が、悪魔に取り付かれた者たちになっていて‥‥そのころには、講師役のエクソシストにも悪魔が取り付いていて‥‥

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2005/02/17

何種類ものIDとパスワードがごちゃごちゃ

インターネットでちょっと買い物をしたり、チケットをとるのに便利なのが、登録制のサイトだ。

たとえばローソンなどのコンビニ系、紀伊国屋などの書店系、びあなどのチケット系、等々。

便利ではあるが、個人情報を丸裸にして登録しなければならず、情報漏れは覚悟の上でこうしたサイトを利用するしかない。

それともう一つの問題は、IDとパスワードの管理だ。僕の場合は、いつとはなしに、こうしたサイトへの登録が20件から30件にもなっている。

数が少ないうちは、それぞれのIDとパスワードを暗記していたが、増えてくるにしたがって覚えきれなくなってきた。

IDはサイトから与えられるものもあるが、自分で好きな英数字を登録できるものもある。バスワードは生年月日や電話番号などを避けた上に、時々は変更することが望ましいという。

そうなると、いよいよ混乱してきて、確かに登録したサイトなのに、IDとパスワードの双方あるいはどちらかを思い出せずに、ログインできなくなってしまうこともしばしばだ。

サイトによっては、バスワードを忘れたときのために、秘密の質問とそれに対する秘密の答えを登録させておき、正しい答えをした人を本人と認定して忘れたパスワードを提示する、というところも少なくない。

ところが、どのサイトにどんな答えを登録したのか忘れてしまって、秘密の質問が提示されても答えられないことがよくある。

こうなるとお手上げである。

IDとパスワードをノートなどに書いておくのは危険というが、そんなことを言ってはいられない。

覚えている分だけ書き出してみたが、それでも半分くらいしか分からない。

パスワードの代わりに、指紋や虹彩、静脈、声紋など個人の生体情報を読み取るようにしたら間違いないのに、とも思ったが、いや待てよ、と思う。

スパイ映画では、他人の指紋や虹彩によって、堂々とセキュリティーを突破して進入するシーンがよくある。

自分の指紋でログインしたのに、「その指紋はすでにほかの方がログインしています」というメッセージが出たら、どうすればいいのだろう。

僕の指紋でログインしているそいつはニセモノだ、と訴えても、システムは僕の訴えそのものを受け付けないだろう。

もはや、僕が僕であることを証明する方法はなくなるのだ。その時、僕はいったい何者となるのだろうか。

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2005/02/16

京都議定書をせせら笑うアメリカがめざすのは

今日のブログは表の「つれづれ草」と連動して書く。

南太平洋に浮かぶ小さな国ツバルではこのところ、満潮時に海岸線を越えた波によって周辺が冠水する事態がひんぱんに発生している。まさに国が海に沈みつつあるのだ。

インド洋の島国モルディブも、ほとんどの地域が海抜1メートルで、海面上昇による国土水没の危機がひしひしと迫ってきている。

「米国は、自分たちが世界の安全を守っているというが、実際は逆だ」というモルディブの人の訴えが、今日の夕刊に載っている。

温暖化防止の京都議定書が今日16日、ようやく発効のはこびとなったが、温室効果ガスの最大の排出国であるアメリカは、断固として議定書を拒み続けている。

アメリカ上院は、「経済に影響を及ぼすいかなる温暖化対策も拒否する」という決議案を、95対ゼロで可決しており、この傲慢な姿勢には共和党も民主党もないのだ。

しかしながら、米国防総省は英オブザーバー紙にすっぱ抜かれた内部報告書で、こんな予測もしている。

「近い将来、異常気象の頻発によって食糧・水資源の争奪戦が起き、難民が大量発生する恐れがある。これは米国の安全保障にとって脅威だ」

食糧や水が欠乏して苦しむ人々のことを思いやるのでなく、米国の安全保障にとって脅威だ、と言い切るあたりがアメリカの恐ろしいところである。

アメリカはひょっとして、温暖化の進行で食糧や水が地球の人々にいきわたらなくなった時、アメリカ一国だけはどんなことをしてでも生き延びる決意を固めているのではないだろうか。

やたらに規制や束縛をかけたがる国々なんぞ、もうどうにでもなって、飢え死にしようが反米暴動が起ころうが、アメリカにとっては知ったことではない。

アメリカが最後に生き残ること、それだけが重要であり、むしろアメリカとしてはそのほうが、せいせいすると思っているに違いない。

(表の新着情報:「21世紀の歩き方大研究」の新世紀つれづれ草に、「温暖化によるシロクマとイヌイットの危機は、明日の人類の姿」をアップロード)

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2005/02/15

水を入れたペットボトルは猫除けになるか

050214_101500街を歩いていたら、妙な光景に出くわした。

角地に立てられた中規模のマンションなのだが、取り囲む敷地の境界に、水を入れたペットボトルをズラリと並べている。その数、40本から50本はある。

ははーん、これは猫除けだな、とすぐに分かる。

ひところテレビで、水を入れたペットボトルが猫除けの効果がある、と放映されたことから、猫嫌いの人たちがワッと飛びついた時期があった。

しかしその後、ペットボトルにビクとも動じない猫の姿が映されたりして、猫除けの効果はない、ということになっている。

それどころか、水を入れたペットボトルが太陽光を集めるレンズの役目を果たして、火事になった事例があったりしてからは、ペットボトルは危険だとさえいわれている。この記事なども参考。

こんなに多くの水入りペットボトルで囲まれたマンションも珍しいが、よっぽど猫嫌いの人が住んでいるのだろうか。

「猫に餌をやらないで下さい」という注意書きも張られているということは、これだけペットボトルを置いても、餌を求めて出没する猫たちを防ぎきれていないようだ。

水を入れたペットボトルに猫除けの効果がある、と最初に言い出したのは、埼玉の主婦とも茨城の主婦とも諸説がある。

沢山のペットボトルを並べて輪をつくり、その中に魚やマタタビなど猫の好物を置いて、空腹の猫たちを連れてきたらどうするだろうか。

この程度の「実験」はすでに行われていて、「効果なし」の結論になっているのかも知れない。

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2005/02/14

確定申告はスタート前でも受け付けてくれる

僕は会社を早期退職して以来、確定申告をしなければならない年と、する必要のない年とがある。

今年は確定申告が必要な年なので、早めに申告書を作成しておいた。

確定申告書は、国税庁のホームページから作成できる。(こういう方法があるということは、僕のこの記事へのahahaさんのコメントで教えてもらった)

必要な数字を入力していけば、面倒な表計算をすべて自動的にやってくれて、あとはプリントアウトして証明書などの書類を張って、税務署に持っていくだけでいいのだ。

確定申告の期間はあさって16日からということになっているが、実は何日か早めに行ってもちゃんと相談コーナーも出来ているし、受け付け場所もあって、受け付けてくれるのだ。

僕はこれまでも、確定申告スタートの日を待たないで少し早めに行くようにしていて、今日も午前中に税務署に行って、ネットで作った確定申告書を提出してきた。混雑してなくて、スイスイと通るのが気持ちいい。

スタート前でも受け付けてくれるのなら、なぜ16日からスタートと言っているのかとも思うが、税務署としては集中的に確定申告を受け付ける態勢を取るのが16日から、ということなのだろう。

ということで、確定申告書をすでにつくっている方は、明日行けばまだ混雑していない中で申告できるはずだ。

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2005/02/13

泥棒を追う時、待つはずがないのに「待て~」と叫ぶ理由

秋葉OLさんのブログに、「泥棒さんのスタイル」という秀逸の記事が載っている。

マンガなどでおなじみの、ほっかむりに唐草文様の風呂敷、という泥棒のスタイルがどのようにして形成されてきたのかについて、さまざまな資料をもとにユニークな考察を展開している。

この記事に触発されて、僕もかねがね気になっていた泥棒を追いかける時の「決まり言葉」について書いてみたい。

昔のマンガや映画では、泥棒に何かを盗まれた人が、泥棒を追いかけながら、「ドロボー、待て~」と叫ぶのが定番のシーンになっている。

僕が以前から不思議に思っているのは、「待て~」と言われて待つ泥棒がいるだろうか、ということだ。

「待て~」と叫んで追いかける被害者は、泥棒が決して待つはずがないことを百も承知の上で、叫び続けているのだ。

では、古典的な泥棒追いかけシーンにおける「待て~」には、どのような意味があるのだろうか。

「待て~」は、泥棒に対しての要求・命令というよりは、周囲の人々あるいは声が届く範囲にいる一般人に対するメッセージであり、これには次のような重要な内容がこめられているとみていい。

1.私はたったいま、泥棒の被害にあった直後である。

2.その泥棒は逃走している最中で、私はそれを追いかけている最中である。

3.泥棒は走って(ここのところはとくに重要である)逃げていて、私との距離はあるものの、まだ私の視界の範囲にいる。

4.この叫びが聞こえた人は、泥棒を捕まえるか、せめて進路を妨げるかして、加勢していただきたい。

これだけの膨大なメッセージが、「待て~」という極めて短く簡素な叫びに含まれていることは、注目に値するのではないだろうか。

それは火事の時における「火事だ~」の叫びと同じで、叫ぶことによる警報サイレンであり、周囲の人々への救援依頼の信号になっているのだ。

「待て~」という叫びがこれだけ豊富なメッセージ性を持つからには、この叫びを耳にした泥棒を動揺させずにはおかないのは当然だ。

これを聞いた人たちが正義感や義侠心にかられて飛び出してきて、横から、前から、逃走を妨害するかも知れず、泥棒は危険な立場におかれるのだ。

叫ぶ側はこれらのことを考えているわけではないが、とっさに口をついて出るのはなぜか。

おそらく、直感的には盗まれた金品について「待て~」と願っているのであって、逃げる途中の泥棒が盗んだ金品を落とすなり投げ出してくれたならば、被害者としてはそれで当面の目的は達成される。

この「待て~」が有効なのは、盗品を抱えて走って逃げる古典的・牧歌的な泥棒に対してであって、バイクを使ったひったくりや盗難車で逃走するような泥棒には、ほとんど効果がないことは言うまでもない。

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2005/02/12

自分のところのエレベーターに閉じ込められドキリ

つい数日前に、うちのマンションのエレベーターの定期点検があったばかりというのに、エレベーターのドアの調子がおかしい。

開きかけたドアが途中で急に閉まって、入ろうとしているのにガツンと挟まれることがたびたび起こる。

定期点検で見逃したのか、定期点検がきっかけでおかしくなったのか。

僕の家の階だけの異常なのか、どの階でも起こっているのか分からないが、ともかく管理人に言って業者に直してもらわなければ、と思っていた。

その矢先、さっきエレベーターに乗ったら、僕の階に着いたのに、ドアが開かないのだ。「開」ボタンを押してもビクともせず、あらためて階のボタンを押しても、エレベーターは押し黙ったまま、何の反応もない。

出るに出られないではないか。ドラマに出てくるエレベーターに閉じこめられた人間の心境とは、こういうことなのか、とあせってくる。

「非常呼」と書かれたボタンを押そうかと思ったが、これを押すとどこにつながるのかと、一瞬考える。

この時間は、すでに管理人室は閉まっていて、誰もいないはずだ。ボタンを押し続けても、空しく時間が経過していくだけではないのか。

それとも、自動的にエレベーター会社に通報がいく仕組みなのか、あるいは管理人がいない時間は消防署につながるのか、などとあれこれ考える。

ほかの階のボタンを押したら、その階から出ることは出来ないか、と試しに押してみる。

すると、ほかの階に移動する前に、いままで凍り付いていたドアがウソのようにスルスルと開いた。

ようやく、エレベーターから脱出できた。なんなんだ、いったい、このエレベーターは。

どうせ閉じこめられるのなら、妙齢の女性と一緒に閉じこめられてみたかったなあ。それなら長時間でもいいぞ、なんて思えてくるから勝手なものである。

(表の新着情報:「21世紀の歩き方大研究」の新世紀つれづれ草に、「第三のブラウザ、Firefox 1.0はサクサクとして新機能満載」をアップロード)

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2005/02/11

電気製品などの使用説明書はどこに置くべきか

電気製品やカメラ、ビデオなどの使用説明書は、どこに保存しておくべきか。これはなかなか難しい問題である。

かつては、使用説明書を集中的に入れておく専用ファイルを作って、一箇所にまとめておくことにしていた。説明書と保証書、それに買った時のさまざまな書類などを括っておく。

ところがビデオデッキやビデオカメラなどのように、ひんぱんに取り出して見る必要がある説明書は、これではとても不便になってしまう。

そこで、ものによっては設置場所の近くの棚や引き出しなどに置くように変えてみたが、いつの間にか説明書の保管場所が際限なく拡散して、どの説明書がどこにあるのか、だんだん分からなくなってきた。

今日も、パナソニックのテレビの使用説明書をちょっと見ようと思ったのに、あると思っていた場所にない。ではほかの場所だろうかと、あちこち探しまわったが結局見つからない。専用ファイルの中も探したが、もちろんない。

説明書のおき場所は、決して忘れないように、最も目に付くところで、すぐに取り出せるところにしていたはずなのに、いつの間にか行方が分からなくなっている。

こうした使用説明書に限らず、重要な書類はどんなにはっきりと分かる場所に「重要」と大きく書いてとっておいたつもりでも、急に必要になった時には、たいてい見つからないものだ。

そのくせ、すでに粗大ごみに出して存在しない壊れたビデオデッキの説明書などが、後生大事にとってある。

捨てることも難しいが、とっておくのも難しい。

昔の人は、使用説明書などとは無縁の生活を送っていたのに、と思う。

ユビキタス社会になっていくにつれ、使用説明書がなければ家に住むことも外を歩くことも出来ない時代になっていきそうだ。

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2005/02/10

北朝鮮が核兵器をつくったと声明、窮鼠猫を噛む危険

 朝鮮中央通信によると、北朝鮮外務省は10日、第2期ブッシュ米政権の対北朝鮮政策と関連して声明を発表、核問題に関する6カ国協議について「参加を無期限中断する」と表明した。 また「朝鮮人民が選択した思想と制度、自由と民主主義を守るため、核兵器庫を増加させる対策を講じるであろう」と指摘、核抑止力の強化も強調した。 さらに「われわれは、ブッシュ政権の増大する(北朝鮮)孤立圧殺政策に対抗して自衛のための核兵器を製造した」とした。(北京・共同)

これは日本にとっても、アジア全域にとっても、また世界全体にとっても、重大な事態である。

サダム・フセインは「ない」ものを「ない」と言ったのに、ブッシュは「ある」と思い込んで戦争を始めた。

キム・ジョンイル政権の「ある」は、単なるブラフだろうか。しかし「ない」ものを「ある」とは言わないのではないか。

ブッシュは「脅しに屈しない」と強気に出るだろうが、北朝鮮がミサイルに核弾頭を装備した場合、やすやすと射程距離に入るのは韓国と日本なのだ。

日本国内では、拉致問題をめぐって、とりわけ横田めぐみさんのものとされた遺骨の鑑定結果をめぐって、対北朝鮮強硬論が噴出している。

経済制裁せよ、の勇ましい声が日増しに高まる一方で、北朝鮮は「経済制裁は宣戦布告とみなす」と表明している。

過去の歴史をみても、戦争の勃発というのは、じつに些細な出来事が引き金となって起こっている。

アメリカや日本が、強硬姿勢を貫くならば、戦争に突入する可能性は決して少なくないのだ。

いったん戦争が始まれば、北朝鮮は軍事力を総動員して戦うだろうし、核兵器を持っているのならば最も効果的なタイミングで使用するだろう。

最初の核弾頭は、韓国と日本の米軍基地に向けて発射され、間髪をいれずにソウルと東京に向けて発射されるかも知れない。

これに対してアメリカは直ちに平壌に核の報復を行い、捨て鉢になった北朝鮮は全面核戦争の中で自爆することさえ想定される。

極東を舞台にした第3次世界大戦は、欧州やロシア、中国が止めるまもなく始まって、わずか数日間で終わるだろう。核の打ち合いという主要な戦局は、数時間で終わるに違いない。

しかしその段階で、地球全域にばらまかれる放射能と環境破滅によって、世界もほどなく終焉する。

こんどの戦争は、勝者なき戦争なのだ。

正論をふりかざして北朝鮮を追い詰めていけば、窮鼠猫を噛むの危険は高まるばかりである。

強硬派の指導者たちは、核戦争になってもやむをえないから北朝鮮には絶対に譲歩するな、というのだろうか。

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2005/02/09

飛行船ツェッペリンNTが新宿上空に

05-02-09_17-09世界最大の飛行船ツェッペリンNTが、9日午後、新宿の上空に現れた。

飛行船は、超高層ビルの周りを2回旋回して、池袋方向へ消えていった。

所有する日本飛行船のサイトによると、この後はサッカーの北朝鮮対日本の試合が行われる埼玉スタジアムの上空に向かったらしい。

ツェッペリンNTは、世界に3基しかなく、ドイツ以外で所有しているのは日本だけ。全長75メートルとジャンボ機よりも長いが、定員は乗務員2人を含めて14人。

ドイツでは遊覧飛行にこれまで4万人が乗船し、現在1万人が順番を待っているが、1年以上待ちの状態という。

飛行船といえば、1936年、ニューヨーク近郊のレイクハースト飛行場に着陸直前のヒンデンブルク号が大爆発、その決定的瞬間の写真があまりにも強烈だ。

ヒンデンブルク号は安全なヘリウムガスが戦争の影響で入手できずに、水素ガスを使ったことが大惨事につながった、とされている。

ツェッペリンNTはヘリウムガスで浮上していて、マッチで火をつけても爆発しないという。

また飛行中に直径30センチの穴が開いても、ガスが抜けきるまでに8時間かかるため、墜落することはない、とのことだ。

騒音を発せずに空中に連続して24時間停留していることが可能で、遊覧用や災害対応、撮影などいろいろな用途に使えそうだ。

ユックリズムを地で行くような環境対応の乗り物だが、図体の大きさに比べた定員の少なさはあらゆる乗り物の中で、際立っている。

そこがまた、高速大量輸送の流れに背をむけていて、魅力的でもあるのだが、どれくらい採算がとれるのか、いささか心配にもなってくる。

日本飛行船によると、日本ではまだ仮飛行の許可になっているので、遊覧飛行はやっていないが、いずれ営業飛行が認められた段階では、一般を対象とした遊覧飛行コースを設定したいとしている。

ちなみにドイツでの遊覧飛行は、70分コースが一人335ユーロ(約45000円)だ。

日本でも、新宿や横浜などを1時間一周して5万円程度なら、多くの人たちが申し込んで順番待ちになるのではないだろうか。

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2005/02/08

小泉首相が「鬼の霍乱」とは、「撹乱」かと一瞬思った

風邪をひいて公式日程をキャンセルした小泉首相のことを、細田官房長官が「鬼の霍乱」と評した。

僕は「鬼のカクラン」という言い方は聞いたことはあるにしても、どんな字を書くのかも意味も知らなかった。

カクランとは「撹乱」かと思ったりして、郵政民営化をめぐって自民党を撹乱させる、というようなことをイメージしていた。

正しくは「霍乱」で、日射病や暑気あたりのことだそうで、さっそくコイズミさんは「冬に霍乱はないよ」と語ったという。

「鬼の霍乱」の意味は、ふだん丈夫な者が思いがけなく病気すること、なので季節はどうでもいいらしい。

鬼という言い方は、いろいろな意味に使われているが、コイズミさんは改革の鬼であることを、とっくに断念したかに見える。

オニとは陰(=姿が見えない)からきた言葉なので、国民の目にだんだんと姿が見えなくなってきているコイズミさんには、ふさわしいかも知れない。

鬼が出てくる諺は多い。

鬼に金棒。鬼に衣。鬼の目に涙。鬼も十八番茶も出花。鬼の空念仏。鬼が笑う。鬼の首を取ったよう。鬼が出るか蛇が出るか。

「鬼の居ぬ間に洗濯」というのは、なぜ洗濯なのだろうかと前から不思議に思っていたが、「心の洗濯」の意味だそうで、それなら分かる。

傑作な諺は、「鬼を酢にして食う」で、恐ろしいものを何とも思わないことの意味だ。

酢の物にされた鬼は、たまったものではあるまい。三杯酢だろうか。鬼はどんな味がするのだろう。不味そうだな。

(表の新着情報:「21世紀の歩き方大研究」の新世紀つれづれ草に、『時間の岸辺から』第71回「青い大発明」をアップロード。これは欧州の邦人向け日本語新聞「英国ニュースダイジェスト」に同時掲載)

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2005/02/07

市場競争の徹底で、2050年まで人類は持たない

今日の日経と毎日の夕刊に、とても重要な記事が2つ掲載されている。

まず日経夕刊。国連による世界初の地球規模の生態系評価報告書案がまとまった、という記事。

評価は「ミレニアム生態系アセスメント」と呼ばれ、95カ国、1300人以上の科学者が4年がかりでまとめた。

それによると人間の活動によって、生物種の絶滅は自然におこる絶滅に比べて1000倍の速度で進んでいる。

1950年からの40年で、森林や草地の14%が喪失し、過去20年で沿岸のマングローブ林の35%が破壊された。

報告書案では、この傾向が続けば2050年までに、残された森林や草地の20%が破壊され、「この結果、人間の生活自体が立ち行かなくなる」と警告している。

もう一つは、毎日夕刊に載った「なぜ環境破壊は食い止められないか」という佐伯啓思氏の記事。

それによると環境問題が高まった70年代に比べ、この30年の環境意識の低下は著しい。

原因は、市場競争原理の徹底と世界化にあり、発展途上国も旧社会主義国も含めて、市場は個人の利益と欲望を自由に実現する舞台とみなされるようになった。

社会主義の崩壊によって、個人の自由という理念が勝利したと受け止められていることも大きく影響している。

これらの結果、個人の自由に制約をかける「公共性」は著しく弱体化し、第一級の公共性をもった環境問題に対して、解決する糸口さえ見つけられない結果になっている、というのだ。

日経と毎日、この2つの記事を合わせて読むと、いまの世界の指導層はだれもが市場競争に血道をあげ、生き馬の目を抜く利潤追求以外には何も考えられなくなっているということだ。

世界を支配する最高の規範は利潤追求であり、能力主義と効率主義がすべての評価の指標となる。人々はさらなる利便性を求めて、ひたすら快適な生活に没入していく。

国家も企業も個人も、勝ち組でなければ負け組みになるしかなく、しかも一握りの勝者群と多数の敗者群の間の格差は広がっていて、地球環境だの生態系だのと言っていたら、たちまち落ちこぼれて掃き捨てられてしまうのである。

もはや2050年まで人間社会が生存し続けることは難しく、それ以前に危機的なパニックを迎えることになるのではないか。

破局が目に見えるほどに迫ってきた時には、あわててどんな対策を講じようとも手遅れである。

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2005/02/06

クラシック音楽の演奏映像データベース

WOWOWなどの番組を録画して、僕が大量に録りためたVHSテープの大半は、クラシック音楽のコンサートのビデオだ。

テープだけで600-700本にも上り、それぞれに収録曲名や演奏者を記載したラベルを作って貼っているのだが、どのテープにどんな曲が入っているのかが自分でも把握できなくなってきた。

この曲の、あの演奏者によるものを、視聴したいと思っても、それがどこにあるのか、ラベルを探してもちょっとやそっとでは分からない。

そこで、3、4年がかりで、VHSテープに録画したクラシック音楽のデータベースをエクセルで作成してきた。

テープの背に、市販のカラー番号シールを張っていく。ベルリン・フィルは緑、N響は赤、などと大まかな色分けをしておく。

その番号シールに合わせて、エクセルに、作曲者、曲名、オーケストラ、指揮者、楽器演奏者などを入力していく。

気の向いた時に、少しずつ入力していって、一昨年暮れにようやくVHSテープ分のデータベースが仕上がった。

ところが去年から、ビデオテープに録画するのをやめて新たな録画をDVDに入れるようにしたことから、データベースとの整合性をどうするかが、問題となってきた。

VHSテープをダビングしてDVD化するのか、しないのかも、このデータベースのありかたを左右する。

しかし、とりあえず、去年から今年にかけてDVDに録りためた分については、DVDケースに別の番号シールを張って、エクセルのデータベースに追加していくことにした。

その作業が今日でようやく完成し、この時点で延べ1452曲のクラシック音楽について、コンサート番組のデータベースが出来上がった。

曲別に並べ替えをやってみると、自分でも分からなかった僕の個人的な好みがクッキリと現れる。

一つの曲で最も多くの演奏があるのは、ベートーペンの交響曲第7番で、ショルティ、アバド、カラヤン、バーンスタイン、朝比奈隆など11種類の演奏がある。

ストラビンスキーの「ペトルーシュカ」は10種類の演奏がある。

交響曲や管弦楽曲が圧倒的に多いのは、僕の好みというよりは、そもそもテレビのクラシック番組がオーケストラに偏重していることも一因だ。

僕としては、もっと室内楽曲や器楽曲の演奏番組をコレクションに加えていきたいと思っているのだが。

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2005/02/05

面倒な確定申告、ネットでやってみようと思ったら

今年も確定申告の時期が近づいてきた。僕は会社勤めをやめているので、申告といっても記載する項目はわずかなのだが、それでも毎年、書き方がさっぱり分からなくてお手上げになる。

どうして税務署への提出書類はこんなに書き方が難しいのだろうか。シロウトがちょっとやそっと見ただけでは、何をどう記入したらいいのか、全く理解できない。

いつも必用書類を用意して税務署に行き、相談の順番を待って書き方を教えてもらっているのだが、それでもなぜこの欄にその数字を書くのかといった、基本的なことが飲み込めない。

インターネットで確定申告が簡単に出来ると聞いたので、国税庁のサイトを見たらe-Tax(イータックス)というネットで申告できるシステムが出来ている。

その仕組みを読んでみたが、まず本人確認書類を添えて開始届出書というのを税務署に提出し、税務署の審査を通れば、識別番号、初期暗証番号、CD-ROMに入ったソフトが送られてくる。

ソフトをインストールしてe-Taxにアクセスして、市区町村などが発光する電子証明書を登録する。

とまあ、これだけのことを先にやっておかないと、ネットでの確定申告は出来ない仕組みなのだ。

それくらいの面倒は我慢してやってみようかとも思ったが、審査を経てCD-ROMなどが送られてくるのは、開始届出書を出した翌月末頃になると書いてある。

ということは、いまから届出書を出しても3月末になって、確定申告の時期は終わっているではないか。

民間だったら一週間もすればCD-ROMや識別番号などが送られてくるのに、お役所というのはどうしてこうもノンベンダラリと時間がかかるのだろうか。

ということで、今年の確定申告も税務署に足を運んで、書き方を丸ごと教わってその通りに書き写すしかない。

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2005/02/04

新宿に中身が空洞のヨロイマン

05-02-04_12-19新宿駅の近くの路上。店の前のイスに、鎧に身を固めた男(?)が、立春の日差しを浴びて、気持ちよさそうに。

それにしても、いつまでたっても動かないものだと思って、近くで見てみると、中に人が入っているのではなく空洞。つまりは鎧そのものであって、中はもぬけの殻なのだ。

いろいろと触ってみる人が少なくないとみえて、胸にNO TOUCHと書かれている。

実際の中世の鎧なのだろうか。渋い光沢を放っているが、ディスプレイ用に最近作られたものなのかも知れない。

中に人が入ることが出来るのだろうか。どのくらいの重さなのだろう。

これを着て、新宿通りのホコテンを歩いたら、すごい人だかりが出来るのではないか、などと想像する。

夜道で、こんなものが歩いているのに出会ったら、ゾッとしそうだ。

ドッキリカメラ風にやってみたら面白いかも。

(表の新着情報:「21世紀の歩き方大研究」の新世紀つれづれ草に、「日が長くなって立春、日経と朝日では春の訪れが正反対」をアップロード)

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2005/02/03

朝日だけ週刊誌見出しの「スイカップ」をなぜ削る

050203今朝の新聞各紙に、週刊新潮の広告が載っていたが、朝日だけはその中の「スイカップ」の見出しの一部を削って空白にしていた。

朝日は以前にも「スイカップ」を同じように削って、この言葉が削らなければならないほどのものなのか、と話題になったことがある。

一般に、新聞が週刊誌見出しの文章を削って空白にするというのは、よほどの大問題に限定されているはずだ。

それは、差別用語や猥褻な言葉などの新聞禁止用語か、あるいは自分の新聞や会社に対する誹謗中傷などのケースが普通だろう。

朝日が削り続けている「スイカップ」は、どの理由に該当するのだろうか。差別用語なのか、それとも猥褻なのか。

あるいは品がないからだろうか。これが品がないといえば、週刊誌の見出しなどは半分以上が品がないことになりはしないか。

スイカップを削って、朝日の品位が保たれたと本気で考えているとしたら、失笑ものだ。

読売、毎日、日経はいずれも、そのまま「スイカップ」で載せているが、とくにヘンな感じは受けない。

それよりもむしろ、削って空白の見出しのまま新聞を作った朝日の方が、よっぽど異常な印象で、むしろ猥雑感すら漂っている。

新聞にとって、空白を出すことは自殺行為に等しい。

このような過剰な自己検閲を続けていると、そのうち権力が記事や広告の内容や見出しを変えるように要求してきた時に、抵抗する論理を失ってしまう。

朝日が批判している某マスメディアのように、いずれ重要な記事や見出しについて、事前に政治家に説明することさえ受け入れてしまうのでは、という危惧を感じる。

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2005/02/02

全国の裁判所が「一太郎」を使用している皮肉

昨日の「一太郎」判決について、今朝の新聞はいずれも大きくスペースを割いて報じている。

その中で傑作だったのは、「裁判所、いつもは一太郎」という朝日の記事だ。

それによると、最高裁が一太郎を導入しているため、80年代から全国の裁判所でも書類を一太郎で作成するようになっている、というのだ。

では、ジャストシステム側が松下電器の特許を侵害しているとして、「一太郎」と「花子」の製造、販売差し止めと製品の廃棄を命じた昨日の東京地裁の判決文も、一太郎で作成されたのだろうか、と誰もが関心を持つ。

記事によると、高部真規子裁判長は東京地裁総務課を通じて、「別の文書作成ソフトで判決文を書いた」と答えたそうだ。

これまたスゴイ。潔癖というか、折り目正しいというか、揚げ足を取られないよう、細心の注意を払っている様子がうかがえる。

さすが、真の規則の子、真規子裁判長の名ににふさわしい、と感心してしまう。別のソフトとは、ワードだろうか、などと推測してみる。

いつも一太郎を使っている地裁の職員たちが、よく別のソフトを使いこなせたものですね。

東京地裁は今後も、判決文などの作成に一太郎を使わないのだろうか。東京高裁や最高裁は上級裁判所だから使い続けるのかもしれないが、全国のほかの地裁はどうするのだろうか。

東京地裁総務課は「判決の対象は製造業者で、ユーザーが利用中のものには影響ない」とコメントしているのだが‥

今日の東京株式市場では、ジャストシステムの株価が大幅に下落した。控訴すれば判決は確定にならないとはいえ、影響はとめどなく大きい。

高見の見物に徹するマイクロソフト社の高笑いが聞こえてくるようだ。

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2005/02/01

一太郎は松下電器の特許を侵害、と判決

 ワープロソフトの「一太郎」 が、松下電器産業の特許権を侵害しているとして、ジャストシステムに対して製造、販売の差し止めと製品の廃棄を命じる判決を東京地裁が出した、というニュースにはびっくりした。

 一太郎の日本語変換システム「ATOK」はジャストシステムが開発したものだ。それでどこが特許権侵害かというと、「ヘルプモード」のボタンを押してから別のボタンを押すと、そのボタンの機能説明が表示される仕組みが、松下電器産業の特許なのだそうだ。

 1800万本を売っている人気ソフトだけに影響は大きく、ジャストシステムは間違いなく控訴するだろうし、控訴すれば判決は確定しない。

 基幹部分ではなく、「ヘルプモード」のボタン操作の部分で製造、販売差し止めと廃棄とは、なかなか厳しいものだ。

 ほとんどのソフトやプログラムは、多かれ少なかれ、先駆者たちが開発した便利な仕組みを取り入れているものだが、あまりに特許権でがんじがらめに縛るのもどうかなと思う。

 結局、特許という制度があるからには、他社による特許封じのために特許を取っておかざるを得ない、という事情もある。

 たとえばの話、ほとんどのソフトが使っている切り取り、コピー、貼り付けなどのおなじみの操作も、どこかの企業の特許なのだろうか。

 これだけさまざまなIT機器や関連ソフトが広がってくると、どこまでが特許でどこまでが普遍的な操作なのか、判然としなくなっている面がありはしないか。

 そもそも、ブログというのは、どこかの企業の特許なのだろうか。さまざまなブログサービス会社は、その企業に特許使用料を払っているのだろうか。

 それ以前に、パソコンそのものは、どこかの企業の特許なのかどうか知りたい。あるいは光ファイバーはどうだろうか。知られていないだけで、これもすべて特許が確立しているのだろうか。

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