仙台七夕飾りに想う、遠い夏の日
今日は1年の折返し点だ。今年も半分が終わって、明日からは後半に入る。
新宿のタカシマヤタイムズスクエア2階の玄関に、仙台七夕飾りが登場した。
この飾りを見ると、はるか遠くの記憶に中におぼろに浮かぶ仙台を想いだす。
どれくらい遠い昔のことなのか見当もつかないが、僕が仙台にいたころ七夕の夏が2度めぐってきた。
記憶の中の七夕飾りがゆれて、当時のことが断片的な静止画のように、つぎつぎにコマ送りされていく。
青葉城、伊達政宗、東北大学、青葉通りのケヤキ並木、エンドーチェーン、七十七銀行‥‥
いまでも夢の中に、当時住んでいたマンションの周辺が、極端にデフォルメされて出現する。
そのマンションの裏手には市場などなかったのに、なぜか夢の中ではいつも同じ市場が出てくる。
仙台にいた時、僕の人生の中でたった1度きりとなった出来事を体験した。
当時、仙台市長を巻き込む大問題となった談合事件のレポーターとして、地元テレビに出演したことだ。
生出演ではなく、夜のニュース用に2時間ほど前にビデオ収録したのだが、4回も5回もトチってNGを出したあげくにようやくOKとなった。
当時は僕もまだ30代(!)の若さで、怖いもの知らずだったから、こんな大それたことが出来たのかも知れない。
揺らめく仙台七夕飾りを見ていると、青葉城恋歌のメロディーがどこかから聞こえてくるような錯覚に陥る。
季節はめぐり また夏が来て
あの日とおなじ 七夕祭り‥‥
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