水溜りの中の、さかさまになった東京
梅雨本番。しとしと降り続く雨で、都心にも水溜りが出来る。
子どものころ、僕は水溜りをわざわざ踏んで歩くのが好きで、親からよく注意されていた。
長靴だったから、踏みたくて仕方なかったのかも知れない。
歩道の途中に大きな水溜りがいくつもあると、歩行者たちは水溜りのない部分を石蹴りのように飛びながら歩いている。
雨が降っている最中の水溜りは、落ちてくる雨滴によって絶えず表面がさざめいていて、黒っぽいただの水溜りだ。
しかし、雨が途切れた時には、水溜りの中に、逆さになったもう1つの世界が見える。
新宿西口の地下道をくぐりぬけて、パッと視界が開けたあたりの水溜りの中に、東京都庁の第1庁舎が逆さになっている。
窓の一つ一つまで、きれいに見えているのは、うつつか幻か。
設計者の丹下健三さんは、水溜りに写る光景までも計算に入れて設計したのではないか、と思うほどだ。
鏡でもない水溜りが、なぜこんなに実世界をくっきりと写し出すことが出来るのか、僕には不思議な気がしてならない。
水溜りの中の世界が虚像だと、言い切ることが出来るのだろうか。
僕たちが実世界だと信じているこの世界も、やはりある種の虚像であり、僕たちは移ろいゆく現象の断片を、個々人の水溜りを通して見ているだけのような気がする。
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