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2005/09/26

自然に戻れないコウノトリの哀しさ

人間に飼育された動物が自然に戻るのは、ことのほか大変なことのようだ。

ひとたび人間から餌をもらうことを覚えた動物は、自然界にとけこむすべを知らず、自力で餌を取れないだけでなく、同じ種類の野生の動物たちから仲間はずれにされて、時によっては殺されることもある、と何かの本で読んだ記憶がある。

日本でいったん絶滅し、兵庫県豊岡市で人工飼育による繁殖を続けた結果、24日に自然に戻された5羽のコウノトリのうち、最も若い2歳のメスが放鳥から1時間半後に、生まれ育った県立コウノトリの郷公園にある屋根のないケージに舞い戻り、それから一歩も外に出ようとしない、という。

テレビのニュースで映された放鳥の様子は、いきなり人間から突き放されて、とまどいながら飛び立つコウノトリの姿が、なんとなく気の毒でもあった。

傷ついて動けなくなった鳥や獣が、人間に保護されて手当てを受けた結果、再び仲間たちのいる森や山に返される光景は、ときどきニュースでみかける。

これはまだ、もとの仲間たちがいるから、戻っていってもなんとか受け入れてみらえるだろう、という見通しがある。

しかし、野性で生息している仲間のいないコウノトリは、放鳥された後、自分たちで生きていけるのだろうか、と心配になってくる。

メスが戻ってきたケージには、見学者たちの観察用として羽を切られた9羽のコウノトリが放されていて、このメスは彼らから威嚇されたり突付き回されたりしていて、それでも外に出ないというから、なんとも哀れな話だ。

それでも人間の立場としては心を鬼にして、無理やりに追い立て続けてでも、自然に戻した方がコウノトリのためなのだ、という意見もあるだろう。

コウノトリを絶滅に追い込んだのは人間だ。その人間がこんどは、人工繁殖がうまりいったからといって、嫌がるコウノトリをなんとか自然に戻そうとしているのは、なんだか勝手すぎやしないか、という気もしないでもない。

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