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2006/01/31

愛ルケ終了で思い出す「朝のガスパール」最終回

airuke日経朝刊に連載していた愛ルケが、今日の446回目で終了となった。

タイトルの「愛の流刑地」という言葉が、最後の1行に出てくる。

この1行を書きたいがための446回であったか、とは言わない。

不倫の愛欲に溺れて後戻りできなくなった、中年作家と人妻の愛の営みのすべてが、愛の流刑地そのものであったのだ、と解釈したい。

新聞連載小説の最終回でいまも強烈な思い出となっているのは、今から14年前、1991年から翌年にかけて朝日新聞に連載されていた筒井康隆さんの「朝のガスパール」最終回だ。

1992年3月31日、161回目のこの最終回は、「それではフィナーレ。各レベルへと去っていく登場人物とお世話になったかたがたへのTHANKS・TOを含め。敬称略でいってみようか。GO!」という冒頭の3行の後、文章は一切なしで、なんと241人もの人名が延々と並び、最後の「完」の文字になる。

asagas3

ここに書かれている人名は、小説の中のさまざまな虚構のレベルに登場してきた人物や、この小説と連動して設置されていたパソコン通信専用会議室に書き込みを続けた人たち、など、架空、実在を問わず、ステージのカーテンコールのような感じになっている。

はからずも、この連載の108回目から111回目まで、連続して4日間も実名登場するはめになった僕の名前もある。

僕の名前の2行ほど後には、ドストエフスキー、トルストイ、エミール・ゾラの名前も見える。

筒井さんにして初めて可能だった、人名だけを並べた前代未聞の最終回であった。

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2006/01/30

火星に居住したら毎日、カイコを食べることに?

最初にことわっておくのだが、これから食事をする方や、ムシの話は苦手の人、気持ち悪い生き物はダメ、という方は、ここで読むのをやめた方がいい。

将来、宇宙飛行士になって、ゆくゆくは火星に居住してみたいと考えている人にとって、見逃せないニュースが新聞に載っている。

火星の基地に長期に渡って居住する者にとって、食糧となる植物や動物を火星で栽培・飼育することが出来るかどうかは、大問題である。

宇宙航空研究開発機構(JAXA)の研究班「宇宙農業サロン」は、火星での動物性たんぱく質として、カイコが最適という研究提言をまとめ、2月5日から米国で開かれる国際学会で発表するという。(今朝の日経朝刊)

カイコというのは、繭をつくって人類にシルクの糸を提供し続けてきた、あの「お蚕さま」のことである。

研究提言によると、火星基地の温室で栽培しやすい植物としては、玄米、大豆、芋、小松菜などが適当だが、これだけでは動物性たんぱく質が取れない。

そこで、桑を栽培してカイコを飼育すれば、カイコの繭から絹の衣服が作れる上に、カイコそのものを蛋白質として食用に出来る、というのだ。

いわば、医食同源ならぬ衣食同源で、一石二鳥というわけだ。

火星で豚や牛を飼育するよりは、カイコの方がはるかに効率よく育てられる、ということも、火星でのメーンの食材として浮上してきた理由だ。

養蚕の盛んな地域では、カイコが食糧にされていた歴史もあるというのだが、火星ではどんなふうに調理して食べるのだろうか。

ここからは僕の想像になるが、まずは食べるのに抵抗が少ない料理として、カイコのハンバーグやミートローフあたりがいいだろう。

しだいにカイコの味になれてきたら、火星で栽培した小松菜とカイコの中華風炒めや、カイコと芋の煮付けなどが食べられるようになるかも知れない。

つぎのステップとしては、カイコの空揚げや天麩羅、カイコ鍋などもいいかも知れない。

さらに、カイコの酢の物、カイコの刺身が食べられるようになったら、あなたは火星居住者の中の食通となるだろう。

最後に極めつけは、カイコの活き造りであり、カイコのオドリ食いだろう。

僕はハンバーグでも無理な気がするので、火星に居住するのはあきらめたが、平気だと思う方は、いまからカイコ料理にチャレンジしておくのも悪くない。

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2006/01/29

新宿ホコテンで奇妙なパフォーマンス・動画つき!

今日の昼過ぎ、新宿の歩行者天国でなんとも奇妙なパフォーマンスに出くわした。

宇宙から来たような真っ白なコスチュームに身につけた2人の女性(?)が、「僕らはみんな生きている」などのメロディーに合わせて、軽快な踊りを披露しているのだ。

何かの宣伝のような感じもするが、説明は一切なく、周りでチラシを配っているわけでもない。

1曲踊り終わると、この2人はそれぞれ赤と緑のビニールコードのようなものを取り出して、やおら観客の方へ走り出す。

女性と見えたこの2人は実は男で、キャーキャー逃げまどう女の子や主婦などを捕まえては、コードのようなものを無理やり耳に押し当てている。

何かの曲か音楽プレイヤーの宣伝なのだろうか。それにしても周りに集まったほとんどの人には意味が分からない。

僕がとっさに頭に浮かんだのは、これを写真ではなく動画としてブログに載せてみたい! ということだった。

ケータイを動画モードに切り替えて、撮影ボタンを押す。

撮影した映像を、ムービーキャスターでフラッシュファイルにして掲載したのが、下の動画だ。

左下の再生ボタンを押すと始まる。終わってからもう一度見る場合は、いったん停止ボタンを押してから再生ボタンを押す。



同じ動画を、右のサイドバーでReal Videoファイルにしたものを掲載してみたが、こちらは画質も動きもギクシャクしている。

ケータイでとっさに撮影したムービーをフラッシュにすれば、ココログに掲載出来ることを確認できたのは大きな収穫だ。

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2006/01/28

ASAHIパソコン休刊の驚き

ASAHIパソコンが2月28日発売の3月15日号を最後に休刊する、というベタ記事が朝刊に載っていた。休刊とはいうものの、このまま廃刊になるものと思われる。

1988年に創刊して以来、パソコン初心者から上級者まで幅広い層を対象に、日本のパソコン普及に貢献したきた雑誌だけに、驚きだ。

最終号で399号になるという。記念すべき400号は日の目を見ないことになる。

パソコンやネットの普及によって役目を終えた、というのが休刊の理由だが、部数の伸び悩みなど経営上の問題もあったに違いない。

僕は、特集の内容など中身しだいで年に1回か2回買っていた。

初心者向けの記事が多ければ、上級者には物足りないだろうし、上級者を満足させれば初心者は寄り付かなくなり、ターゲットをどのあたりに置くかが絞りにくい状況になったのかも知れない。

新聞社の発行する雑誌は、なかなか維持が難しい。

朝日ジャーナルの廃刊の時も驚いたが、今回のASAHIパソコン休刊も、これからますますIT社会が進もうという時だけに衝撃だ。

ASAHIパソコンのサイトを見てみたが、休刊の話はどこにも載っていない。

よほど急に決まった話なのだろうか。

(表の新着情報:「21世紀の歩き方大研究」の21世紀エッセイ「時間の岸辺から」に、「海女さんとともに海に潜った女性記者とモーツァルト」をアップロード)

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2006/01/27

富士山七変化の7番目の表記、ついにナゾを解明!

23日のブログ記事「グーグルアースの富士山七変化」で、最後までナゾになっていた7番目の表記を、ついに発見した。発見というよりは、ナゾを解き明かすことに成功した、といったほうがいいかも知れない。

追記の形で、23日のブログの最後に、ナゾの解明と7番目の表記の写真を掲載したので、ご覧ください。

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ホリエモン逮捕の2カ国語号外、ようやく入手

06-01-27_13-2723日夜のホリエモン逮捕。テレビのニュースには、繁華街や駅前などで配られた号外を、食い入るように読む人たちの様子が映し出されていた。

僕も欲しい気がしないではなかったが、家でテレビを見ていたのだから仕方ないか、と思っていた。

ところが、その後、今回の朝日新聞の号外は裏が英字の号外になっている、という貴重な情報をいただいた。

教えてくれた人も入手出来てないということだったが、その写真が載っているブログを見たら、この日英2カ国語の号外をなんとしても欲しくてたまらなくなった。

発行から2夜が過ぎている号外を、どこでどうやったら手に入れることが可能だろうか。

街頭で配布される号外は販売店に来ないのが普通だが、ダメモトを承知でともかく販売店に電話をしてみる。これが25日朝のことだ。

「号外は販売店を経由しないので、こちらにはまったくありません」と言われる。

「なんとかして入手する方法はないものでしょうか」と僕は聞き方を変えて食い下がる。

「おそらく、本社にももう残ってないと思いますが、それではいちおう聞くだけ聞いてみましょう」と言われる。

それから1日半経過しても、何の連絡もないので、やはりダメだったのだな、と僕はすっかりあきらめていた。

号外は新聞社の中にいても、なかなか確保できないものだ。

出稿部などには、刷り上がった号外がすぐに20部ほど届くが、何人もが傍線を引いてチェックする一方、街の声などを取材する記者が号外を手に駆け出していく。

号外配布を担当する販売局では、配布する人員の確保や配置に追われて戦場のような有様となる。

こうして、号外の嵐が去って一段落した後の社内には、わずかな保存用を除くと、どこを探しても号外は残ってないことがほとんどだ。

それが‥‥昨日の夕方近くなって、販売店から「確保できました」という電話があった。

僕にとって幻の号外を、身近で意外なルートから入手することが出来たのは、まことにラッキーであった。

号外は、だれにでも無料で配布されること、手から手へと手渡しされること、どこにも売っていないこと、などメディアの中でも極めてユニークだ。

1つの号外に、2つの大ニュースが掲載されたことがある。

1972年11月6日。北陸トンネル列車火災で500を超す死傷者、そして大島上空で日航機ハイジャック。

また、同じ日に、2つの号外が発行されたこともある。

1976年8月21日。桜美林高校の甲子園全国優勝、そしてロッキード事件で橋本登美三郎・元運輸相を取り調べ(号外の後、同じ日に逮捕)。

号外の命は本来、配布された一瞬限りしかないが、そのはかなさのゆえに、号外はかえって生々しい現代史の証人になっているように思う。

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2006/01/26

加湿器の手入れを怠り、2冬でメルトダウン

06-01-26_16-43二冬ほど前に買って連日使っていた加湿器が、突然、「点検」ランプが点灯したまま作動しなくなった。

一度も読んだことがなかった説明書を、棚の中をひっかき回してようやく探し出し、このランプが点灯した時にはどうすればいいのかを、ドロナワで調べる。

まずは、このランプが点灯した場合は、「高温異常の注意です」という説明に驚く。

その場合の対応は、加熱筒を始めとして内部のさまざまなパーツを解体して、それぞれを丁寧に掃除するようにと書かれている。

イラストに従って、内部を開けてみて仰天した。

プラスチッの各種パーツや、ゴムのパッキン、フィルターなどが、すっかり溶解してドロドロになっており、しかもそのドロドロが化石のように底に固まって、さながら鍾乳洞の内部のようになっているのだ。

もはや、パーツを取り出すことも洗うことも不可能なケロイド的惨状で、よくこんな状態でこれまで加湿を続けていたものだ、とあきれる。

説明書の「お手入れ」のところを読んで、僕はしばし呆然とする。

水槽、加熱筒、フロート、カバー、ガイド、吹出ノズル、ゴムパッキン、クリーニングフィルターの8つのパーツは、それぞれ解体して取り出し、週に1、2回程度の掃除をする必要があったのだ。

僕は、水槽については空になるたびに水を補充していたが、それ以外は二冬以上に渡って一度も手入れをしてこなかった。

起こるべくして起きたメルトダウンであり、これが原発だったら何百万人もの死者が出たところだろう、などと思ったりする。

もはや使用不能なので見切りをつけ、新たな加湿器を買いに行く。

ハイブリッド方式、スチーム方式、気化方式、超音波方式と、いろいろなタイプがあって、迷ってしまう。

それぞれに長所と短所があって、値段も大きく異なるのだが、加湿効果が高くて作動音が小さく価格も安い、という理由によって僕は、ダウンしたのと同じスチーム方式のものを買う。

説明書を見ると、やはりこれも、週に1回必要という内部の掃除が大変そうだ。

水でもみ洗いしたり、歯ブラシでこすり洗いしなければならない箇所もある。

さらに、つつかないでください、取り外さないでください、などと書かれているパーツもあって、忠実に手入れをするとなると、それだけでかなりの作業になる。

週に1回はとても無理だが、月に1回くらいは、やるっきゃないかな。

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2006/01/25

マイシティ地下、女性洋品店のブタのおしりにドッキリ

06-01-21_12-361街を歩いていて、不思議なモノに出くわすことはよくあるが、これはいったい何だろうか。

新宿のマイシティ地下2階のファッションやブティックのフロア。

ここの3軒ほどの店の入り口に、ピンクのブタの置物がおかれている。

その置き方が、どの店もきまって、おしりを通路に向けているのだ。

ジーンズの店や水着の店など、いずれも若い女性向けの洋品店ばかりだ。

ブタちゃんについての説明はどこにもないが、その丸々とした健康そうなおしりを見ると、僕はなんだか男が見てはいけないものを見たような気になってしまう。

なんといったらいいのか、あの、その、一言でいうと、若い女性のハダカのおしりを連想させる艶めかしいエロチシズムを感じさせてくれるのだ。

いや、これは決してオジサンの妄想とばかりはいえまい。

なぜなら、この妖しいブタちゃんがいるのは、女性が体に、とりわけ腰から下に着用するものを扱う店ばかりなのだ。

それも、頭の方を通路に向けている時はなく、いつも決まってオシリを向けているのはナゼダ?(と、しだいにコーフンしてくる僕)

このブタたちの由来や狙いをなんとかシリたい、と思ってネットでいろいろ検索してみたが、分からない。

かといって、女の店員さんに聞くほどのドキョーはない。

かくなるうえはせめて写真でも、と勇気を出してケータイを向けて撮ったのが、右上の写真だ。

女性のオシリを撮ったわけでもないのに、僕の心臓は早鐘のように鼓動し続け、このままブタちゃんの前で卒倒してしまうのではないか、と思ったほどだ。

オーラを発して挑発するブタちゃんたちは、若いメスのブタに違いない、とオジサンは確信している。

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2006/01/24

回転ドアとライブドア、勝ち組の魔塔ヒルズの本性

06-01-24_15-37僕の家のベランダから、はるか彼方に六本木ヒルズが見える。

あまりにも遠くに、おぼろにかすむその威容は、僕とは別世界にそびえ立つ幻の魔塔のように見える。

僕はこれまで、六本木ヒルズに行ったことは一度もない。近づいて見たこともない。

話題の美術展などがある時に、行ってみようかと思ったこともあったが、やっぱりためらわれた。

仕事の上での用件があるならともかく、僕などが気軽に訪れる場所ではない、という気がするのだ。

六本木ヒルズが、事件の舞台としてマスコミにハデハデしく登場したのは、ホリエモン逮捕に至る今回のライブドア事件が二度目である。

一度目は、もう健忘症のメディアからすっかり消えてしまったが、一昨年3月の回転ドア事故であった。

回転ドアとライブドア。まったく無関係に見える二つの「ドア事件」は、超ゴージャスできらびやかな六本木ヒルズの本性を、はからずも国民の前にさらけ出してしまった点において、同根である。

6歳の男児の頭を挟み込んで命を奪ったあの回転ドアは、ここをスマートに通過するすべを心得ているヒルズ族と、それに準ずるエグゼクティブやセレブのための、プライドと優越感の通り道であった。

言い方を変えれば、ここの回転ドアは、ビルへの入場資格を無言のうちにチェックし選別している現代の関所だったのだ。

事故の後、回転ドアは撤去されたが、ライブドアのほうは小泉改革と符牒を合わせるかのように富と名声を肥大させ続け、ヒルズ族の頂点に君臨するに至った。

ホリエモンがヒルズの38階から一気に拘置所へと転落した様子は、その落差のあまりの大きさに目がくらむほどだ。

六本木ヒルズは、格差の拡大が広がる中、上流階級ないしは裕福層だけが、お金の心配をせずに大手を振って歩くことが出来る社会の、誇り高きシンボルだった。

ライブドアの崩壊をみていると、勝ち組の象徴とされた六本木ヒルズの実体の多くの部分が、虚業のあやうさによって支えられていたのではなかったか、という気さえしてくる。

夕方になって窓の灯りが燦然と輝くヒルズは、ここから見ると虚飾の塔のように見える。

ヒルズで起きた二つの「ドア事件」は、日本の社会の実相を異なる角度から映し出した鏡像なのだと思う。

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2006/01/23

グーグルアースの富士山七変化

Fusiyama世界各国の衛星写真と地形の立体画像で、まるで宇宙から地球に降下していくような感覚で、目的の場所に接近していくことが出来るグーグルアースというツールがあちこちで話題になっている。

都市の街並みや建物もくっきりと識別出来るリアルな衛星写真に、軍事上の機密まで知られてしまうのでは、と本気で心配する声も出ているほどだ。

FujiyamaグーグルアースはこれまでWin版のみだったが、このたびMac版も登場した。

そのMac版を使ってみた秋葉OLさんが、「グーグルアースでびっくり」というブログ記事の中で、富士山を見つけて接近していった話を書いている。

僕はWin版だが、この記事に触発されて、さっそくグーグルアースで富士山に飛んでみた。

富士山は、伊豆半島を目印にして、半島の西側の海岸線を北に同じ長さだけ延ばしたあたりに、赤褐色になっているので見つけやすい。

Fuji-sanいろいろとやってるうちに、富士山の英語表記が、アクセスするたびにさまざまに変化していくという、にわかには信じられないような事実を発見!?

最初に見た時、富士山の英語表示はFusiyamaになっていた(1番上)。

ところが、いったん富士山から大きく上空に上がって、地球が丸くなるほどのところで、マウスで地球を1回転させ、再び富士山に接近してみると、表示がFujiyamaに変わっている(上から2番目)。

huzi_san不思議に思いながら、もう一度、大きく後退してから地球を回転させ、接近したみるとこんどは、Fuji-sanになっている(上から3番目)。

回転させても変わらないこともあるが、何度かやっているうちに、こんどはHuzi Sanに変わった(上から4番目)。

こんな読み方ってあるだろうか。これではヒューズィさんだよ。

fuji_mountainいろいろやっているうちに、Fuji Mountainも出てきた(上から5番目)。

地球を回転させなくても、接近の仕方をいろいろ変えて、あちこちの角度から接近して、上空からだけでなく、斜めからやや横に望むようにして、接近と離反を繰り返していると、よく変わっていくようだ。

秋葉OLさんのMac版でも同じ変化が確認され、さらにもう一つ、Fuji-no-Yamaという表記もあって、全部で6通りの表記が出ることが分かった。

Fuji-no-Yama僕は昨日は何度やってもFuji-no-Yamaの表記が現れなかったが、今日、富士山の北側から接近していったところ、ようやくFuji-no-Yamaの表記が現れた(一番下)。

あと1つあれば、富士山七変化になるのだが、そのうちにひょっこり出現するかも知れない。

グーグルアースはどうして、アクセスするたびに富士山の英語表記が変わるのだろうか?

日本人の間でも、ふじやま、ふじさん、などいろいろな呼び方があって定まっていないこともあると思うが、ランダムにさりげなく変わっていくあたりは、グーグルアースのイキな遊び心に違いない、と僕は思っている。

****************

Mt追記(1/27):富士山の7番目の表記は? このナゾがようやく解明できた。

7番目の表記を作るのは、あなた自身であり、僕自身なのだ。七変化を完成させる最後の表記は、グーグルアースのユーザーが自由に作ることが出来る。

右の表記は、僕が作った7番目の表記である。もちろん、作った後で変更することも可能だ。

さあ、あなたもどうぞ自由に、自分だけの七変化を完成させてください!

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2006/01/22

雪が凍った歩道はスケートリンクのようにツルツル

06-01-22_16-59今日は雪がやんだが、気温が低いため歩道の雪が凍結してテカテカ、ツルツルになっている。

革靴ではとても歩けないので、今日はトレッキングシューズを取り出して履いて外に出たのだが、それでもうっかりすると滑りそうになってしまう。

商店や飲食店などの中には、店の前の歩道をちゃんと除雪して、通行人が歩きやすいようにしているところもあるが、そうでないところは雪かきも何もしてなく、雪はスケートリンクのように凍結していて、どこを歩いたらいいのか困ってしまう。

道路の北側の歩道は、日が差したことでいくぶん凍結もゆるんでいるが、南側の歩道は建物の北側になって日が当たらず、一日中、固く凍結したままだ。

とくに、このあたりに増えているさまざまなマンションの前の歩道は、どこもたいてい雪かきがなされていない。

降雪時の雪かきの責任態勢がはっきりしていないのだろう。

ほかにも、店が営業しているのに、従業員が雪かきをした形跡がなく、歩道に雪が積もって凍ったままになっているところも少なくない。

こうしたところでは、歩道を歩くのは危険なため、むしろ車に気を付けながら車道を歩いた方がまだ安全だ。

今夜も気温がかなり冷え込みそうなので、歩道の凍結はまだしばらく続くかも知れない。

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2006/01/21

東京でも久々の大雪

06-01-21_16-481東京でも雪だ。

東京都心で5センチ以上の積雪があったのは5年ぶりという。

夕方になって、さらに雪は降り積もっている。

表の通りでは、車道にも雪が積もってきて、チェーンのない車は走れないほどになってきた。

大寒の翌日に、週末を待っていたかのように雪になったのは、雪も降る時を知っているかのようだ。

もう22年も前のことになるが、東京に記録的な大雪が続いた年があった。

1984年の1月から3月までほぼ3カ月におよび、この時は首都高速が断続的に通行止めとなり、通行できるようになってもチェーンをつけたまま走る車が多かったため、路面がズタズタに損傷してしまった。

この後遺症で、春になってから大掛かりな首都高速の路面補修工事が必要になり、何カ月もの間、激しい渋滞が続いていたような記憶がある。

84年の東京の積雪の記録については、このサイトに詳しい。

これほどでなくても、東京で5センチ以上の積雪を見ることは、毎年3回か4回は普通のようにあった。

むしろここ数年の雪が少なすぎたのであって、今日のような雪はこれでようやくかつての平年並みの雪という感じがする。

この雪は、明日朝には凍結しているのだろうか。

雪は人の心を騒がせる。一方で雪は、人の心を落ち着かせる。

この相反する作用は、都心の雪ならではのものかも知れない。

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2006/01/20

センター試験のヒアリング、トラブルが心配‥

明日からのセンター試験は、始めて導入される英語のヒアリングがスムーズに行われるかどうかが注目される。

試験会場のスピーカーで流すのではなく、一人一人の受験生に巻き戻し不可能なICレコーダーが配布されて、受験生がそれを操作しながらイヤホンで聴く、というシステムが気にかかる。

調子の悪いレコーダーにあたってしまった受験生はどうすればいいのか。

大声を上げて監督官にアピールすることは出来ないだろうし、手を上げても監督官が気づいてくれなかったら‥。

操作を勘違いして、聞こえないまま再生を進めてしまったら、自己責任でもう一巻の終わりなのだろうか。

観光ツァーでよく貸し出されるイヤホンガイドも、最初は半分くらいの人が装着方法や操作方法を誤る上に、実際に調子が悪い機械も数台に1台くらいは存在する。

隣の席の受験生が、かんじんな時に、セキやクシャミをしたために、聞き取れないことだってあるだろう。

受験会場の近くを救急車やパトカーがサイレンを上げて通ることだって、皆無とは言えまい。

右翼の街宣は来ないにしても、事情を知らないリサイクル回収の車や石焼イモ屋さんが、のんびりと回って来ないとも限らない。

ICレコーダーの不良や、突発的な騒音の発生に対して、どのくらい柔軟な救済措置がとられるのかが、ヒアリング導入が成功するかどうかのカギだろう。

難聴気味など特別の措置が必要な受験者はその程度に応じて、本人の申請によりオーディオプレーヤーやヘッドホンを使用でき、重度の難聴者は、審査の上でリスニング試験免除が認められるという。

僕が心配なのは、膨大な数のICレコーダーにヒアリング内容を収録していく作業過程で、ヒアリング内容が万が一にも漏れているような不祥事は絶対にあってはならない、ということだ。

明日からのセンター試験の成り行きを見守りたいと思う。

(表の新着情報:「21世紀の歩き方大研究」の21世紀エッセイ「時間の岸辺から」に、「久々に課税された住民税に振り回される」をアップロード)

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2006/01/19

乾燥した強風下、またまた近所で火事だ~

06-01-19_08-33年明け間もない7日に近所で火事があったばかりというのに、またまた火事だ。

朝の8時半、けたたましいサイレンの音に、今回はいくらなんでも近くではないだろうと思いながら、ベランダから外を見ると真ん前に黒煙が!

この火事の多さはいったいどうしたことだ。

去年11月から、3カ月連続4度目の火事の写真掲載だ。

11月の火事は放火と分かっているが、ほかはどうなのかはっきりしない。

しかし、一昨年まではうちの近所で煙が見えるような火事は、1年に1回あるかないかだった。

それが、昨年1月25日の火事以来、異常な多発が続いていて、僕のブログに火事の写真を掲載するのは、この1年間に今回で5回目だ。

今日の火事は、乾燥した強風が吹き荒れている中だったので、どうなることかと心配だったが、消防車がかけつけたのが早かったおかげか、黒煙は間もなく白煙に変わって収まった。

サイレンの音がすると、ギクリとして落ち着かない。

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2006/01/18

ライブドア問題は、投資を賛美する社会への警鐘

年明けて1週目と2週目は何事もなく、平穏な1年のスタートかと思われたが、3週目に入って大きく動き出した。

昨日のニュースの多いこと。ライブドア関連会社の未明までの捜索、ヒューザー小嶋社長の証人喚問、宮崎勤の死刑確定、阪神大震災11年。

激動は今日も尾をひいていて、日経平均株価は前日に続いて大幅に値下がりし、加えて東証がシステムへの負荷から取り引きを全面停止。

さらに大きな衝撃は、ライブドア本体に粉飾決算の疑惑が持ち上がり、東証がライブドアの上場廃止を検討し始めた、というニュースだ。

ネットのさまざまな掲示板は、この話で持ちきりで書き込みの増加に読むのが追いつかないほどだ。

ライブドアが上場廃止になったら、その社会的影響は計り知れないのではないか。

上場廃止が決まればライブドアの株は紙くずに近いほどの値段になってしまう可能性があり、ホリエモンの勢いに乗ってなけなしの蓄えで株を買っていた個人投資家たちにとっては、顔面蒼白の事態であろう。

このところの株ブームはバブル期並みともいわれていて、みんながわれもわれもと株を始め、パソコンの前に座っているだけで何千万もうかった、あるいは何億もうかった、というような話ばかりがマスコミで伝えられる。

小学生のころからの投資教育の必要がおおっぴらに語られ、いまや超低金利の預貯金を堅持している者は、よほどのマヌケかオバカサンと言わんばかりの投資礼賛の社会的ムード。

僕が不思議に思うのは、モノの生産やサービスの提供が社会の価値を生み出すのは分かるが、株の値段が上がることは社会にどのような価値を生み出しているのだろうか。

株の値段というのは、その企業に対して市場が付けた評価ではあるが、株価自体はパーチャルなものであり、実体のない幻影ではないのか。

かつて3万8000円までつけていた平均株価がバブルの崩壊で一気にしぼんでいった時、国民はこのことをいやというほど知ったのではなかったか。

今回、ライブドアの上場廃止が決まって、紙切れのような値段になったとしたら、株のバーチャル性が改めて白日の下にさらされるように思う。

株はもうかる者がいれば、損する者がいる。多くの人がもうかっているように見える時も、その裏返しで多くの人が損をする時がやってくる。

こつこつと真面目に働いて貯金するよりは、株で楽して儲けるほうが賢い、といわんばかりの風潮は、今回の出来事をきっかけに改められてほしいものだ。

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2006/01/17

空き缶を自転車で運ぶリサイクルおじさん

06-01-17_11-03近所に、空き缶をリサイクルするための集積所がある。

集積所といっても、歩道のところに空き缶を入れるプラスチックの大きなケースが並べられていて、みんながそこに、持ち寄った空き缶を入れていくのだ。

この青いケースには、区役所の名前が書いてあるので、区のリサイクル事業のようだ。

だんだん溜まっていく空き缶は、どうやって収集するのか不思議に思っていたが、今日、その収集の現場を通りかかった。

一人のおじさんが、大きなビニール袋のようなものを広げて、ケースの中の空き缶をどんどん詰めていく。

空き缶でパンパンに膨れ上がった袋は、回収車のようなもので運ぶのかと思ったら、なんとおじさんは、この袋を自分の自転車の後部荷台に必死でくくりつけているではないか。

おじさんおじさん、いくらなんでも、こんなに大きな袋を自転車で運ぼうって、無理だよ。

しかしおじさんは、乗用車の幅ほどもある巨大な袋を自転車にくくりつけ、さらにその上にもう一つの袋をしばりつけて、よろよろとこぎ出す。

これはもはや、空き缶の袋をくくりつけた自転車というよりは、自転車をくくりつけた空き缶の袋といったほうがいい。

おじさんは、この状態で歩道をのろのろと進む。

交差点では車道に出て信号待ちをしている。

このおじさんは、区の委嘱の人なのだろうか。次の集積所に寄って、この上にさらに空き缶の袋を積み重ねるのだろうか。

自転車で運ぶところが、いかにもリサイクルの仕事といった風情だ。

エネルギーと資源の大量消費社会に背を向けて、黙々と自転車をこぐおじさんの姿は、つかの間の冬の日差しが生み出した都会の幻想のように、すうっと視界から消えていった。

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2006/01/16

お年玉つき年賀はがきの4等切手シートを交換

06-01-16_16-18一昨年のことだったか、お年玉つき年賀はがきの番号チェックをしないまま、交換期限が過ぎてしまい、残念な思いが残ったことがあった。

それに懲りて去年は早々とチェックをしたのだが、今年も昨日の抽選会の番号をさっそくネットと新聞でチェック。

4等の切手シートが2枚当たっていた。過去にも切手シートしか当たったためしがなく、2枚は上出来だ。

交換は今日からと書いてあるので、さっさと郵便局に持っていって交換してもらった。

窓口の女の人から「おめでとうございます」と言われ、そうか、4等でも当たればおめでたいのか、と照れる。

80円と50円の組み合わせで、戌の文字と犬の絵柄だ。

値段にすれば130円だが、もらったシートには値段以上の福があるような感じがして、うやうやしく引き出しにしまう。

なんだか今年はいいことがありそうだ。

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2006/01/15

「進」の左下は「しんにゅう」ではなく「しんにょう」?

このところ、いろいろな新聞で日本語について詳しく考察する連載やコラムをよく見かける。

見出しだけで読み飛ばすことも多いのだが、昨年暮れに朝日の「ことば談話室」で取り上げていた「しんにょう」を見て、僕はあれっと思った。

「進」「遠」「送」などの漢字の左下の部分のことだが、僕は学校で「しんにゅう」と習ったし、その後も漢字の説明が必要となる場合には僕も相手も「しんにゅう」と言っていた。

ていうか、「しんにょう」という言い方があることを、新聞のこのコラムで初めて知って驚いたのだ。

僕の学校時代は、これを「しんにょう」などと言ったら確実にバッテンだった。

読者の中にも僕と同じ思いを持った人は少なくなかったようで、今日のこのコラムで「自分は、しんにゅうと習った、とのお便りをたくさんいただいた」と書いている。

コラムの筆者の説明によると、もともとは「しにょう」だったのが、江戸時代は「しにゅう」「しんにゅう」が主流となり、庶民も「しんにゅう」が普通になった。

それが明治以降、本来の読みに立ち返った「しんにょう」が辞書類に広まり、現在の教科書では「しんにょう」が一般的だ、としている。

では僕が習ったのは何だったのだろうか。僕は江戸時代に学校に通ったわけではないのだ。

ちなみに、僕が日常的に使っている「新明解」では、「しんにゅう」を正読みとして、「しんにょう」は⇒「しんにゅう」となっている。

九九と同じくいったん体で覚えてしまったものは、そう簡単には変えることが出来ず、僕は朝日のコラムとは逆に「しんにょう」の方がマイナーな気がしてならない。

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2006/01/14

サッカーW杯の開会式中止、FIFAの英断を支持する

今年の6月9日からドイツで開催されるサッカーW杯では、2日前の6月7日にベルリンのスタジアムで大掛かりな開会式が開催される計画だったが、国際サッカー連盟(FIFA)は13日、開会式の中止を決定した、とニュースが報じている。

中止の理由は、芸術総監督らに、芝生を傷つけないような演出を要請したが、折り合いが付かなかった、という(朝日)。

また、別の報道によれば、6月13日からこのスタジアムで始まる1次リーグの試合までに、試合ができる状態に戻すことが困難と判断したため、という(日刊スポーツ)。

開会式は著名アーティストや歴代のW杯出場選手らが参加し、歌や踊りを取り入れて過去に例がない規模のものが計画されていた。総費用は日本円で35億2500万円となる予定だった。

FIFAのブラッター会長は「スポーツの側面を優先しなければならない」との声明を出した、という。

開会式の総監督を任せられた側としては、めいっぱい盛りだくさんのイベントとアトラクションで、世界中をあっと言わせるような開会式をねらっていたのだろうが、このような土壇場での開会式中止決定は例がないのではないか。

すでに開会式の入場券は完売というが、すべて払い戻されることが決まった。

僕は、具体的にどのような開会式の構想があって、それが芝生をどのように痛め、競技に影響を与えると判断されたのかは知らないが、「スポーツ優先」ということで開会式中止を決めたFIFAの英断を高く評価し、支持したいと思う。

W杯に限らず、夏季冬季の五輪でもそうだが、最近の大きな国際スポーツ大会での開会式の豪華さと派手派手さは、明らかにやりすぎで目に余るものがある、と僕は内心、苦々しく思っていたところだ。

選手たちの入場行進と選手宣誓、開会宣言くらいがいいところで、五輪の場合はこれに聖火の入場と点灯、五輪旗の掲揚などが加わればいい。

競技とは無関係のアーチストの歌や踊り、マスゲーム、大掛かりな仕掛けを駆使した野外ショーまがいのアトラクションは、はっきり言って不要だと思う。

間もなく始まるトリノ五輪でも、相当派手な開会式が行われるようだ。

サッカーW杯ドイツ大会で、開会式のないまま1次リーグが始まっていけば、開会式はなくても国際スポーツ大会は開催できるのだということを、世界の人たちに知ってもらうための絶好の機会になると思う。

これをきっかけに、五輪の開会式も思い切った簡素化に向けて方向転換すべきだろう。

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2006/01/13

阪神大震災からまもなく11年

阪神大震災から間もなく11年になる。

当時のことを振り返ってみると、震災当日は火災で立ち上る黒煙や倒れた高速道路の様子がテレビで盛んに流されていたが、死者の数についてはまだ数百人程度の認識でしかなかったように思う。

それが1日たって、ようやく死者が1000人を超えるのではないか、と事態の深刻さに関係機関があわてふためく。

死者が1000人どころではなく、もっと増えそうだという認識が出てきたのは、さらにその後のことだった。

2000人、3000人と死者の数は日を追うごとに増えていって、5000人を超える戦後最大の惨事であることがはっきりしたのは、地震発生から1週間以上経ってからだったように記憶している。

交通も通信も混乱している中で、被害の全容が明らかになるまでに時間がかかるのは、やむを得ないことかも知れない。

近々に発生してもおかしくないといわれる首都直下型地震でも、まずは被害の規模が明らかになるまで相当の時間がかかることは覚悟しておく必要がある。

政府をはじめとする関係機関は、希望的観測もあって最初のうちはどうしても被害を少なめにみる傾向がある。

首都直下型地震は、何もかもが想定外の事態になるような気がする。

幹線道路の交通規制がまったく不十分のまま、どの道路も首都圏から脱出しようとする車や、被害を見に来るヤジ馬の車などで溢れかえって身動きできなくなる可能性が高いと思う。

そのため、車両の流れが確保できることを前提に作られているさまざまな対策が、一気に崩壊してしまう恐れがある。

消防・救急・警察などの緊急車両や救援物資輸送車、ライフライン復旧のための車両などもまったく通ることが出来なくなり、無秩序状態が数日間は続くかも知れない。

必要な車が通れないために、避難所の開設やコンビニの活用などの、基本的なところが想定通りに機能しない可能性もある。

阪神大震災の時の、幹線道路の大渋滞こそ、決して風化させてはならない光景ではないかと思う。

どのように詳細な計画を立てていても、その根本は道路から一般車両の通行を排除し、緊急車両と救援・復興のための車両以外は通行を禁止することにあることを念頭に置く必要がある。

(表の新着情報:「21世紀の歩き方大研究」の21世紀エッセイ「時間の岸辺から」に、「新型インフルエンザの拡大時、満員電車を止められるか」をアップロード)

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2006/01/12

今の好景気は、戦後最長の「いざなぎ景気」超す!?

どう考えても、理解出来ないことがある。

それは、今の日本は2002年1月からずっと景気上昇局面が続いていて、この4月には戦後2番目の「バブル景気」に追いつき、10月には戦後最長の「いざなぎ景気」を抜いて、最長記録を更新しそうだ、というのである。

そもそも、いまが景気拡大局面にあって、好景気が続いているというのは、いったいどこの世界の話なのか。

日本はデフレに苦しんでいて、その脱却の糸口すら見えていないのではなかったか。

経済の停滞が続いているために、景気回復のためという錦の御旗の下、国民は空前の超低金利をじっと我慢し続けているのではなかったか。

国と地方を合わせて1000兆円を超す借金をかかえて、もはや消費税を10%程度に上げなければ、日本の財政が破綻して借金を返せなくなるところまで追い詰められているのではなかったか。

深刻な財政危機のため、今年から国民すべてがさまざまな増税や社会保険料の大幅増額を我慢しなければならないのではなかったか。

働いても働いても生活が苦しい若い人たちが、なかなか結婚に踏み切れず、結婚しても2人以上の子どもを作れず、少子化社会が進行しているのではなかったか。

こうした社会的な危機を背景に、政府の見通しよりも2年も早く、去年から日本が人口減少社会に突入したのではなかったか。

正社員が減って派遣社員が増え、若い人たちのフリーターやニートが急増して、所得の少ない層が拡大しているのではなかったか。

生活保護世帯が増大する一方で、個人破産も戦後最高となっているのではなかったか。

マスコミが、こうした社会の姿をきちんと伝えていないことも大きい。

華々しくニュースになるのは、ヒルズ族であり、セレブな女性たちであり、ロハスなライフスタイルであり、高級品が飛ぶように売れる一部の階層の話ばかりだ。

企業の収益だけに目を向けて大多数の消費者を置き去りにし、国民の間の格差拡大を放置したままの「好景気」は、何をもたらすか。

それは持たざる国民の間にたまり続けるドロドロとした鬱憤のマグマであり、小泉首相はその矛先を公務員と郵政反対派に向けることに成功した。

マグマはさらにたまり続けている。

政府指導層が、いまマグマの矛先として意図的に設定しているのは、中国、韓国、北朝鮮だ。

この構図は、いつか来た道そのものではないだろうか。

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2006/01/11

骨董品並みのワープロがまだ作動する

ワープロを使わなくなったのはいつころからだろうか。

僕の場合は、96年暮れに初めてウィンドウズのパソコンを買ってインターネットを始めたのだが、その段階ではまだシャープのワープロ専用機も日常的に使っていた。

パソコンにバンドルされているワープロソフトは、ワープロ専用機に比べてはるかに使いにくく、ちょっとした文書を作る時はいつもワープロに頼っていた。

ワープロ専用機を使わなくなったのは、それで作成した文書をメールに添付して送るのが難しく、やってやれないことはないがとても手間がかかる、というような理由だったかも知れない。

いつしか、簡単な文章ならばウィンドウズのメモ帳かワードパットで済ませるようになり、やがて複雑な設定は出来ないがワードでもちょっとした文章が作れるようになると、そのままワープロ離れへとつながっていった。

ワープロ専用機用の数10枚のフロッピーには、以前に作成したさまざまな文書が入っているが、もはや使う必要のないものがほとんどで、かといって捨てるのも躊躇されて、そのままホコリをかぶったままになっていた。

先日、ワープロ専用機で昔作った罫線付きの文書を取り出す必要があって、何年ぶりかで専用機をひっぱり出してきて電源を入れてみた。

いきなりエラーメッセージが現れる。本体のメモリー用のバッテリーが切れているので電池を交換するように、というのだ。

バッテリーを交換して、初期画面が出るようになったが、説明書が見当らず操作方法がなかなか思い出せない。

あれこれキーを押したりしているうちに、2DDのフロッピーから目的の文書を呼び出すことは出来たが、この文書をパソコンで使えるようにするにはどうすればいいのか。

思い出しながらの操作で、これはテキスト変換でMS-DOSフロッピーに入れればいいことが分かる。

MS-DOSなんて懐かしい響きだが、うちにそんなフロッピーはあっただろうか、とフロッピーケースをあさってみる。

FORMATTED for IBMと書かれている2HDの新しいフロッピーがMS-DOSかも知れない、と思う。

これを使って、ワープロ用のフロッピーから文書を変換して入れ、こんどはパソコンのフロッピードライブに入れてみる。

罫線は見事にバラバラに分解しているが、テキスト部分は崩れることなく、ちゃんと入っている。

というわけで、骨董品並みのシャープのワープロ専用機は、まだ作動することが確認できた。

しかし、今後使うとしても、今回のように昔作った文書をパソコン用に変換する時くらいしか、専用機を使うこともないだろうと思う。

久々にワープロ専用機をいじってみて、画面がカラーではなくモノクロだったのは隔世の感があった。

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2006/01/10

ポイントカードは何%のポイントなら使う気になるか

デパートや家電量販店、専門店まで、いまやポイントカードだらけだ。

このポイントカードは、ポイントが何%ならお得感があるだろうか。

たいていの家電量販店は、特別なセールの時には10%や15%のポイントを付けることもある。

普通の時は5%のことが多いが、僕は5%ならばポイントの貯めがいがあると感じている。

5%ずつでも、小さな買い物を重ねていくうちに、いつしか気がつけば数千円のポイントが貯まっていて、ちょっとした買い物ならばポイントだけで買えることもよくある。

では1%のポイントならばどうだろうか。2000円の買い物をして、ポイントは20円だ。

僕の感じでは、1%のポイントを貯めていって、まとまったポイントにするのは至難の業だ。

ポイントが1%の店でも、レジで必ず「ポイントカードをお持ちですか」と聞かれるので、僕はいちいちカードを出していたこともあったが、1年経ってもポイントは500円にも達しない。

たった1%のことで、僕がその店でいつ何を買ったのかという個人情報が店側に蓄積される。

カードを使うと、お釣りとレシートを渡す時に「○○さま、お待ちどうさまでした」などと、店員さんが僕の名前をほかの客たちの前で口にするので、びっくりしてしまう。

レシートにも、僕の名前がフルネームでプリントされていて、なんとなく落ち着かない。

そういう店に限って、ポイントは1年間で消滅してしまう。

ポイントが消滅してしまったカードを手にすると、ばかばかしい気持ちになってくる。

それ以降、僕はポイントが1%のカードは使わない。

5%のポイントならば、店側に僕の個人情報が蓄積されるのも、やむを得ないかな、という気になるから、現金なものである。

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2006/01/09

今年は運転免許証の更新の年だ

車を運転しなくなって久しくなる。もう15年くらいは運転していないように思う。

しかし運転免許証はいつも持ち歩いている。

なにかちょっと身分を証明するものを提示しなければならない時、運転免許証は手ごろな身分証明書代わりになる。

役所の窓口で書類を申請して、身分を証明できるものを提示するよう求められた時には、運転免許証しかない。

レンタルビデオ店でカードを作成したり更新したりする時や、銀行での手続きなどでも、運転免許証が必要になることが多い。

郵便局で、不在配達の郵便物を受け取る時にも、やはり免許証が必要だ。

僕は保険証も万一の場合のために待ち歩いているが、保険証は写真が付いていないために、身分証明としては通用しないことが多い。

パスポートなら通用するのだが、普段はパスポートを持ち歩かないので、結局のところ、僕のように会社を辞めて社員証を持っていない者にとっては、免許証が唯一の身分証明となっている。

その免許証を見たら、平成18年の誕生日まで有効、と書いてある。

西暦で書いてくれれば分かりやすいのに、と思いながらカレンダーを見て、今年が平成18年であることに気づく。

今年の誕生日の前には、免許証の更新に行かなければならないということだ。

もしも更新の時に実地試験がある制度だったら、僕は確実に不合格になるだろう。

僕は普通免許とともに、大型自動二輪の免許も持っているのだが、これが必要となるようなオートバイを運転した記憶はない。

よくこんな免許を昔取ったものだと、われながら感心する。

免許証を更新しても、これから先、僕が車の運転をすることは、おそらく一生ないかも知れない。

ペーパードライバーにとって、免許証の役割はアイデンティティーそのものなのだ。

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2006/01/08

かつての同僚の早すぎる訃報に接して

昨日の夕方、かつて僕が所属していた職場から電話がかかってきた。

名前を名乗った電話の主は若い人のようで、僕が知らない人だ。

それも当然のこと、なにしろ僕がその職場を離れてから今年でもはや20年にもなるのだ。

電話は、訃報の連絡だった。

亡くなったのは、僕よりも3つも若いかつての同僚だった。

僕がその職場から仙台に転勤になった時、彼は同じ発令日で秋田に転勤になった。

僕が仙台から元の職場に戻った時も、彼は同じ発令日で秋田から元の職場に戻った。

彼は、僕など足元にも及ばない大変な努力家であり、極めて責任感の強い人間だった。

僕は9年前に会社そのものに見切りをつけて退社の道を選んだが、彼は社内で次々に重職を勤め上げていった。

その重圧と激務は想像に余りあるものがあっただろう。

彼は、どんな困難な時でも決して弱音を吐かない人間だった。

いかなる深刻な状況に置かれても、彼は笑顔すら浮かべて立ち向かっていった。

死因は急性骨髄性白血病だった。20年前に夏目雅子さんの命を奪い、去年11月には本田美奈子さんの命を奪ったのと同じ血液のガンだ。

昨日の訃報の電話によると、彼はこのところ体調が思わしくなかったようで、昨日は具合が悪くなって病院へ行き、そのまま帰らぬ人となったらしい。

壮絶な戦死といっていい。

長生きするばかりが必ずしも良いともいえないが、彼の場合はこれからまだまだ活躍が期待されていただけに、早すぎる死はなんとも惜しまれる。

心からご冥福をお祈りしたい。合掌。

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2006/01/07

空気の乾燥下、また近所で火事

06-01-07_17-22猛烈に寒い朝、表の通りをけたたましいサイレンを鳴らして消防車が通っていく。

サイレンだけではなく、通行車両に進路を空けるようにスピーカーで叫びながら走っている。

また1台、さらにまた1台と消防車がかけつけて来る。

ベランダの戸をあけてみると、また近所で火事が起きている。

僕がブログに写真を載せた火事だけでも、去年の11月16日12月14日に続いて3カ月連続の多発だ。

その前は、去年の1月25日に近所で起きた火事の写真を載せていて、今日で火事の写真は4回目になる。

この時期、空気がカラカラに乾燥しているので、火災は怖い。

今日の火事では、消防車と同じ赤い色をしたヘリコプターが飛来してきて、現場の上空に長い間とどまっていた。

東京消防庁のヘリなのだろうか。

豪雪に見舞われているあちこちでは、火事が起きても消防車が通ることすら出来ないのではないか、と心配になる。

火は人間にとって諸刃の刃だ。くれぐれも火の用心には気をつけたいものである。

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2006/01/06

キロ、メガ、ギガ、テラと増えて、そのうちヨタに?

今週の「R25」に数字の桁の話が載っている。

パソコンなどIT機器の記憶容量をあらわす単位が、キロバイトからメガバイト、ギガバイトと1000倍の速度で上がっていって、その次の単位はどうなるか、という話だ。

記事によると、ギガの上はテラで10の12乗、その上はペタで10の15乗、その上がエクサで10の18乗、その上がゼタで10の21乗となっている。

さらにその上は、ヨタで10の24乗となり、これが国際単位系(SI)で定められた最上位という。

ヨタバイトの記録メディアが現れるのも遠い話ではなさそうだ、と「R25」は書いている。

それはいいが、ヨタというのは語感がどうもなあ。

よたる、よたもの、よたをとばす、など日本語で「よた」はいい意味ではない。

「新解」によれば、「虚弱・粗悪・いたずら・放蕩の意」となっていて、「与太」は借字だそうだ。

こんど買ったパソコンは100与太で、なんて言うことになるのだろうか。

ちなみに、この「R25」は仏教の経典に出てくる大きな数の単位として、「不可説」という単位について書いている。

ネットで調べてみると、この「不可説」は10の4652297985247205555163324710981206016乗というとてつもない大きさだが、さらにこれの上がある。

最も大きな単位は「不可説不可説転」で、10の37218383881977644441306597687849648128乗というから、まともに数字で書いたら1の後に0が37218383881977644441306597687849648128個続く。

まあもっと大きな数を考えることはいくらでも可能で、「不可説不可説転」の「不可説不可説転」乗といったら、どれくらい大きな数字になるだろうか。

数学には無限大∞というなかなか深遠で便利な概念があるので、こちらを考えた方が面白いかも知れない。

無限大と無は同じである、と何かに書いてあったが、僕もそんな気がしている。

(表の新着情報:「21世紀の歩き方大研究」の21世紀エッセイ「時間の岸辺から」に、「やたらと目に付くロハスの文字、裕福層のお遊びか」をアップロード)

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2006/01/05

松の内は時間の流れが遅い

毎年同じことを感じるのだが、年が明けてからの一週間程度、いわゆる松の内の間は、時間の流れる速さが極めて遅く感じる。

これは、世の中が動き出していないために、そのように錯覚するということもあるだろう。

まずは1月2日は朝刊がない。夕刊に至っては3日まで休みだ。さらに近所のさまざまな店も、4日まで正月休みで5日から営業を始めるところが多い、など。

こうした社会的なスタートアップの遅さを加味しても、なお時間の流れそのものが、一年の中でも最もノロノロしていて、遅々として進まない、と僕には感じられて仕方がない。

時間の流れが遅いのならば、普段はなかなか出来ない読書などもゆっくりと出来そうなものだが、僕自身の固有の時間もまたゆっくりと進行しているため、結局のところは何もはかどらないのだ。

今年は7日が土曜日で、松が取れても8日、9日と連休があるので、時間の流れが普通の速さになるのは連休明けの10日からではないかという気がしている。

時間の流れの感覚で言えば、最も早く感じるのは例年、10月からの3カ月だ。

また1年のサイクルで見ると、節分から節分までの1年がいつも極めて早く感じられてならない。

たぶん、10日を過ぎて時間がバタバタと駆け足で過ぎるようになると、節分もあっという間にやってきそうだ。

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2006/01/04

少子化が進む一方で飼い犬が倍増とは!?

戌年ということで、犬に関する話題がこのところニュースになっている。

日本で飼われている犬はどのくらいの数になるか。

日経のコラム「春秋」よると、これが1250万匹(頭ではないのか?)で、1980年代から倍増してついに小学生以下の子どもの数と肩を並べた、というのだ。

「人間が減る一方で犬が増え続けるのが、この国の実像である」とコラムは指摘する。

たかが犬の話ではあるが、小学生以下の子どもの数と、飼い犬の数が並んだというのは、見過ごせないものがある。

犬1匹にかかる費用は、このコラムによると年に12万円という。犬は何歳まで生きるか知らないが、10年生きたとして120万円。15年生きるならば180万円の費用がかかる。

一方、子育てにかかる費用は、国民生活白書によると、1人目の子どもで1302万円、2人目で1052万円、3人目で769万円となっている。

多大な費用がかかる子育てをあきらめて、犬を飼う夫婦が増えているのだろうか。あるいは結婚をしないで、犬を伴侶としている独身者が増えているということのか。

やがて、このままでは犬の数が子どもの数を上回るのも、時間の問題かも知れない。

子どもが減りつづけて犬が増えつづけている現状を、政治はどうみるのか。小泉首相や猪口少子化担当相の意見を聞いてみたいものだ。

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2006/01/03

北半球の記録的寒波、南半球の記録的猛暑

今冬の日本列島は各地で記録的な寒波・大雪となっている。

ニュースによれば、今冬はヨーロッパ各地も記録的な寒波に見舞われているという。

今年の冬は、地球全体が異常寒波なのだな、と思っていたら、これがとんでもない錯覚なのだ。

地球は北半球だけではないのだ。

僕たちはつい、地球のもう半分の南半球のことを忘れてしまいがちだ。

南半球は今、真夏の盛りだ。それだけならば、当たり前のことだが、実はその程度の話ではない。

オーストラリア各地ではいま、寒波の北半球とは逆に、記録的な猛暑に見舞われている、とニュースが伝えている。

シドニーは1日、元日としては観測史上最高の44・2度を記録し、これは年間の気温としても史上2番目の高温となった。

さらに、シドニー空港ではこの日、45・3度を記録し1929年の観測開始以来の最高気温となった。

日本の夏でも39度くらいになることはたまにあるが、45度というのは過去にも例がないのではないか。

この異常高温のため、東部のニューサウスウェールズ州では森林火災が発生していて、2万5000ヘクタールを焼失したという。

日本やヨーロッパの記録的寒波に、それみたことか温暖化などウソッパチなのだ、と気勢を上げているエセ科学者たちの様子が目に浮かぶ。

シドニー空港を襲った45度の酷暑は、今夏の日本やヨーロッパ各地の姿かも知れないのだ。

CO2などの温暖化ガスによって進行している地球規模の気象異変は、「温暖化」といういかにも快適そうな名称では括れないほどの激しいものがある。

それは、猛暑・酷暑のジグザク的・波状的な襲来とともに、台風やハリケーンなど巨大暴風雨の襲来や豪雨、冬場の寒波・大雪をもたらし、地球の生態系を大きく撹乱しつつある。

「温暖化」よりはむしろ、「暴走気象」あるいは「気象の凶暴化」とでもいったほうがいいのかも知れない。

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2006/01/02

サイドバーに動画を張ってみた

元日の新聞各紙を読んでみると、ブログの可能性に注目している特集記事が目立つ。

中でも、朝日の別刷りではブログで動画サービスが始まっていることに触れて、「進化を続けていけば、個人放送局がブログから生まれるかもしれない」としている。

すでに動画サービスを始めているのは、livedoor、So-net、gooブログ、アメーバブログなどで、デジカメやケータイで撮った動画をブログ用に変換して載せることが出来るようになっている。

ブログに動画というのは大変魅力的だが、残念ながら僕が使っているココログではまだ動画サービスをやっていない。

それでもなんとか、ココログに動画を載せることが出来ないだろうかと、さまざまな試行錯誤を重ねて張り付けてみたのが、右サイドバー・時計下の動画だ。

Real Playerが使える方なら再生できると思うが、ブラウザなど通信環境によっては再生されないかも知れない。

これは一種のストリーミング方式によるものだが、ほかにもFlashに変換して張り付ける方法など、いろいろなやり方があるようだ。

今回は、表のサイトで使っている動画の一部をそのまま張り付けてみたが、ケータイで撮った動画も変換して張り付けることが出来るかどうか、近いうちに試してみたい。

それが出来れば、街中で見かけたちょっと面白い光景なども動画でブログに載せることが出来、個人放送局っぽく仕立て上げることも可能だという気がする。

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2006/01/01

お雑煮とおせちを食べて、近所の神社に初詣

06-01-01_14-162006年明けましておめでとうございます。

今年の始まりは、お雑煮づくりから。

お雑煮は地域によって、またそれぞれの家によって、まさしく千差万別の味があるものだ。

僕の家の雑煮は、鶏肉と新巻サケ、大根、人参、椎茸、コンニャクから成り、食べる直前に切った三つ葉を散らす。

味付けは、醤油をベースにして酒やだしの素などを加えた秘伝の味である。

この基本は、僕が子どものころに食べた我が家の雑煮で、新巻サケを使うのは僕の郷里に共通する伝統のようだ。

やはり郷里の伝統なのか、僕の家ではこの雑煮のほかに、あんこの雑煮も一緒に食べる。

モチは焼かずに、水で煮る。

おせちは、家で作るのはとても大変なので、毎年決まっているデパ地下の店で、セットになっているものを大晦日に買う。

お雑煮とおせちを食べた後は、ぶらぶら近所の小さな神社に初詣。

一人しか参拝するスペースがないが、さほど参拝客が多いわけでもなく、常に2、3人が参拝待ちで並ぶ程度で、静かなものだ。

この狭い境内に、なかなか見事な狛犬がいたので、ケータイで写真を撮る。(右上)

狛犬というと獅子のような形相のものが多いが、これは犬っぽい。

左の前足で転がしているのは鞠だろうか。

小さな神社ではあるが、神官と巫女さんが二人でお守りなどを売っていて、ここで例年通りに破魔矢を買った。

電車に乗って新宿の街を歩いてみる。家電量販店など、結構多くの店が元日から営業している。

デパートは2日から営業開始だが、駅と一体になっているマイシティ、ミロード、ルミネ1、ルミネ2は、レストランを含めてすべての店が元日から営業している。

ぶらぶらしながら電車に乗って家に帰る。僕の新年は、こんな感じで始まった。

では皆さま、本年もよろしくお願いいたします。

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