「金」の荒川静香が魅せた至宝のイナ・バウアー
女子フィギュアで「金」に輝いた荒川静香選手の素晴らしい演技の中でも、ひときわ強い印象と感銘を与えてくれたのがイナ・バウアーだ。
僕のパソコンで、「いなばうあー」を変換しようとしたら稲バウアーになってしまった。
なるほど、実るほどに頭をたれておじぎをする稲穂のようなポーズなので、それでbowなのか、と一瞬、おかしな錯覚に陥る。
しかし、このイナ・バウアーは、西ドイツで1941年に生まれて50年代に活躍した女子フィギュアスケートのIna Bauer選手が初めて取り入れたことから名前がつけられたもので、もともとは人名なのだ。
イナ・バウアーの定義としては、「片方のひざを曲げ、もう片方の足は後ろに引いて伸ばした姿勢をとる。多くの場合、上体を後ろへ反らせている」と説明されている。
ほかの選手でイナ・バウアーを取り入れているのを見ると、上体を少し反らせる程度で視線は進行方向を向いているポーズが少なくない。
ところが、荒川選手のイナ・バウアーは、上体を完全に後ろに折り曲げて、顔の向きは進行方向と180度反対となり、それどころか視線はもはや後ろ側のリンク面に向けられるほどなのだ。
世界一美しいイナ・バウアーと絶賛され、これほど鋭角的な強い反り返りでリンクにカーブを描ける選手はほかにいない。
現在の採点方法では、ジャンプやスピンと違って直接の得点にはならないというが、荒川選手の演技で観客が最も大きな歓声を上げたのはイナ・バウアーだった。
直接の得点につながらないのに、あえてこの技を大舞台で披露したところに、僕は今回の「金」の真髄があるような気がする。
頭が氷に着くかと思われるほど反り返ったポーズで、寸分の乱れもなくきれいなカーブで滑るのは、想像に絶することだ。
そもそも、重心の位置をコンピューターで計算したような正確さで考えていなければならない。
重心の位置は、常に2つのスケートを結ぶ線分の真上になければ、バランスを失ってしまう。
3次元空間の中での自分の位置と運動方向・速度を、このポーズのままで判断し続けなければならないというのは、神業といっていい。
「金」を獲得した「静香の舞」をテレビで何度も見たが、4分間というのがこれほどに長い時間だったことに驚かされた。
演じている選手にとっては、永遠に続くかと思われるほどに長く感じられる4分間ではないだろうか。
荒川選手の歴史的な4分間は、夢のように美しいイナ・バウアーとともに、多くの人々の心に刻みこまれ、伝説として語り継がれていくに違いない。
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