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2006/02/06

とっておき号外に見るあの時(2)-元号は平成

06-02-06_15-14前回は昭和64年(1989年)1月7日に、天皇陛下の「ご危篤」と「崩御」の2種類の号外が相次いで発行された話を書いたが、この日はさらに、もう1つの号外が発行された。

新しい元号が「平成」に決まり、明日1月8日午前零時から施行される、という号外だ。

前回書いたように、「崩御」の号外は2ページの号外(1)から8ページの号外(4)まで4つのバージョンが発行されたようだが、「平成」の号外はこの数字を受けて号外(5)と号外(6)の2つのバージョンが発行された。

号外(5)はとりあえずの速報という内容だが、号外(6)(写真右)には新元号の出典と意味についての説明が入っており、さらに「大喪の礼は来月24日」という新しいニュースが、見出しだけではあるが入っている。

号外の裏は、(5)(6)ともに「改元の歴史」として、大化から昭和までの全元号を一覧にして掲載し、平成が247番目の元号であるとしている。

また、これまで元号に使われた漢字を回数の多い順に並べていて、それを見ると最も多く使われているのは「永」で29回、ついで「天」と「元」がそれぞれ27回であることなどが分かる。

「平」は11回使われており、「成」は使われたことがない。

この平成決定の号外をあらためて見て思うことは、今回は発表の前にどこかの社がスクープする事態が起きなかったのだろうか、ということだ。

明治天皇が崩御した時に、朝日新聞の緒方竹虎が新元号の「大正」をスクープして号外で速報した武勇伝は、いまでも語り草になっている。

それよりももっと語り草になっているのは、大正天皇が崩御した時に、東京日日新聞(いまの毎日新聞)が、「新元号は光文」という「スクープ号外」を出したが、発表された新元号は「昭和」だった。

この大誤報によって、いったんは社長が辞職を表明したが、城戸元亮主幹の辞任で収拾となった。

なぜ世紀の大誤報が起きたのかは諸説があるが、光文に決まったものを号外ですっぱ抜かれたために、急遽、昭和に変更されたという説も根強い。

今回の「平成」については、一説には毎日新聞がいちはやく夕刊に「平成」の文字を入れたという話もあるが、朝日の夕刊最終版にも「平成あすから」と1面に4段で入っている。

翌8日の朝刊で朝日は、大正や昭和の元号スクープ合戦に触れて、「今回は事前に漏れることもなかった」と書いている。

このあたりの事情については分からないが、毎日が夕刊に入れたのがわずかに早く、地域によっては毎日だけしか入っていないところがあったものの、スクープと見るかどうかはビミョーだったのかも知れない。

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