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2006/04/07

キリストはユダの裏切りをなぜ防がなかったのか

僕は、キリスト教については何の知識も持ち合わせていないが、それでもイエスを裏切ったユダの話は、いつとはなしに耳に入っている。

ダ・ヴィンチはじめ多くの画家が描いている「最後の晩餐」では、キリストとユダの位置関係や仕草、表情が見所とされている。

この晩餐の席で、キリストは「あなたがたの一人が私を裏切ることになるだろう」と語り、ユダを含む12人の使徒たちの間に動揺が広がっていく。

僕は、全くの門外漢として言わせてもらうならば、この時、ユダが自分を売るであろうことをキリストが知っていたのに、なぜそれに対する適切な措置を講じることなく、ユダの裏切りを放置したのだろうか、と不思議に思う。

またユダも、キリストが裏切りに気づいていることを、この席で知ったはずなのに、なぜあえて、人類史上最も有名な裏切り者として、後々まで永遠に汚名を残すようなことをやったのだろうか。

裏切りの具体的な内容は、キリストの行方を追っていたローマの役人たちに、ユダが金貨と引き換えにキリストの居場所を知らせたとされており、これがキリストの磔刑を招く結果となった。

キリストはあえて、ユダに「いってなすべきことをなせ」などと、裏切りを暗に容認してそそのかすようなことを言っているが、このあたりも僕から言わせれば釈然としない。

本来ならば、ユダの行動を止めるべき立場ではなかったか。逮捕されて十字架の上で処刑されるよりも、生きてさらに教えを広める道をなぜ選ばなかったのか。

こうしてみていくと、ユダの裏切りにはナゾが多すぎる。

キリストがあえて、ユダを泳がせたままにして、わざわざ磔刑される道を選んだのだとすれば、これはユダ一人の裏切りというよりは、キリストの暗黙の了解による「逮捕幇助」のようなものといえないか。

今日の夕刊各紙に、「ユダは裏切り者じゃない?」という興味深い記事が載っている。

1700年前のものと推定される「ユダの福音書」の写本を、米国の科学教育団体の依頼で専門家たちが修復・鑑定を進めた結果、ユダの行為が実は、イエスの一番弟子として本人の依頼に従い、「救済」を完成させる役目を負った善行だった、と主張されているというのだ。

この主張が史実かどうかは、鑑定に携わった宗教学者の間でも議論が分かれているという。

キリストの磔刑という2000年も前の大事件の裏に、何があったのかは、いまとなっては真実を探り出すことは容易ではあるまい。

しかし、キリストがすべての人の罪を背負って磔刑に処せられたという「悲劇」が、これまで2000年にも渡ってキリスト教が多くの信仰を集めてきた拠り所になっていることを思うと、ユダの存在はキリスト教を広く流布させるための悪役として、極めて多大な貢献をしているように感じられてならない。

「救済」を完成させる役目を負った善行だった、というのは、そういう意味でなら納得できる気もするのだが‥‥

(表の新着情報:「21世紀の歩き方大研究」の21世紀エッセイ「時間の岸辺から」に、「温暖化で海水が劇的に酸性化、生物の骨格溶解の恐れ」をアップロード)

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