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2006/05/31

80歳になっても自分の歯を20本以上の目標

5月のカレンダーを破って、6月にする。

6月4日は虫歯予防デーなのだが、実は今は虫歯もさることながら、最も恐ろしいのは歯周病である。

昔は歯槽膿漏などといっていたが、今は、歯槽膿漏を含めた歯茎全般の病気を歯周病といっているようだ。

たかが歯周病とあなどって、歯茎から血が出ても、歯茎が腫れ上がっても歯医者に行かない人が少なくないが、歯周病は全身の病気を誘発する。

その代表的なものが、歯周病からくる糖尿病だ。さらに糖尿病は失明や手足の切断につながるだけに、歯茎を守ることがいかに大切かが分かる。

僕は6年前に、半年にも渡ってさまざまな歯の治療を一気に行ってからは、6カ月に一度、歯の定期健診と掃除をしてもらうようにしている。

去年の初めまでは、6カ月ごとの健診と掃除は2日通えばよかったのが、去年の暮れには5日も通うことになった。

そして、今回は5月10日から29日まで、やはり5日間通って、ようやくきれいにしてもらった。

これからは半年ごとに少なくとも5日以上は通うことになりそうだ。

「8020運動」というのがある。ハチマルニイマルウンドウと読むのだそうで、80歳になっても自分の歯を20本以上持つことを目標に、子どものころから歯の手入れをしていこう、というものだ。

普通の大人は、上下28本の歯がある。

僕はいま、1本だけが義歯で、あとの27本は自分の歯である。

80歳になっても20本以上という目標は達成できそうな気もするが、中高年になると歯や歯茎の劣化が急速に進むので、油断は出来ない。

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2006/05/30

今年の5月は、もう梅雨だったのではないか?

060530_1743すっきりしない雨や曇りの日が続いた今年の5月。

道端のアジサイは、しだいに青い色をつけて、すでに梅雨のような風情だ。

今年5月の日照時間は、記録的な短さとなりそうだという。

なぜ今年はからりとした五月晴れが少なく、曇りや雨続きだったのだろう。

今日の日経夕刊に、気象庁気候情報課の説明が載っている。

それによると、「北の冷たい高気圧と南の暖かい高気圧の間を縫うように走る前線が日本付近に停滞している」ことが主因という。

えっ、これって、まさに梅雨そのものの説明と寸分違わないではないか。

ということは、今年は良く晴れたGW途中までの後は、梅雨と同じ気圧の状態が続いていたということで、つまりはもう実質的には梅雨入りしていた、ということにならないか。

それとも、気象庁が梅雨入り宣言をしなければ、どんなに梅雨と同じ気圧配置によって、梅雨と同じ空模様が続いていても、梅雨ではないと言い張るのだろうか。

誰もはっきりとは言わないが、僕は今年5月のGW後半以降は、梅雨入りしていたのだ、と確信している。

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2006/05/29

再開発地区に、銭湯の壁画が夢の跡

060529_1708再開発地区に指定されて、古い建物や家屋が廃墟となり、解体が進む北新宿地区の一角。

銭湯だった建物が半分取り壊されて、タイルの巨大な壁画だけが残っている。

開発で拡幅整備が進む大通りからも、近代西洋画風の壁画がよく見える。

この壁画は、男湯のものか女湯のものか。

壁画には裸の女性が二人描かれていることから、僕は女湯の壁画だろうと思うのだが、もしかすると男湯と女湯の両方にまたがる壁画だったのかも知れない。

この壁画の前で、そしてこの壁画を眺めながら、どれだけ多くの人たちが、裸になって1日の疲れを癒したことだろうか。

おそらくは、内風呂を持たない人たち、アパート暮らしの人たちなど、それほど裕福層ではない人たちが多かったのではないか、などと思ったりする。

「とうちゃん、上がるよ~」「あいよ、おれも上がるところだ」などと、女湯と男湯で声をかけあうなども日常茶飯事だったのではないか。

銭湯代もやっとの思いで工面して来る人たちや、明日からどうやって生活していこうかとため息をつきながら髪を洗う人など、裸の姿からは伺い知れない悩みもまた、無数にあったことだろう。

そうした人々を、おそらく何10年にも渡って、湯煙を通して見つめ続けてきた壁画には、もはや見てくれる裸の人々の姿はない。

この壁画も、母屋の壁に張り付いているから、かろうじて残っているものの、煙突のある母屋が解体される日には、もろとも取り壊されるに違いない。

周辺の再開発の進み具合からして、その日は近いものと思われる。

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2006/05/28

ニワトリが先か卵が先かに、ついに結論?

ニワトリが先か卵が先かについての古典的難問題に、ついに結論が出たという。

英PA通信が26日、報じたところによると、英国の遺伝子専門家と哲学者、養鶏家の3人が、「卵が先」という結論を下した。

ノッティンガム大のブルック・フィールド教授(進化遺伝子学)らによると、生物が生きている間に遺伝物質が変化することはなく、ニワトリでない鳥が途中でニワトリになることはあり得ない。このためニワトリでない鳥が生んだ卵が、突然変異でニワトリの特性を備えた卵になった、と結論づけたという。

この結論は、ニワトリでない鳥が生んだ卵が最初のニワトリになった、ということだ。

しかし、僕はどうもこの結論もすんなりとは飲み込めない。

説明のとおりに、1羽だけが突然変異でニワトリの特性を備えた鳥になったとしても、それだけではニワトリが繁殖することは不可能だ。

少なくとも、同じ突然変異によってオスメス2羽のニワトリが出現しなければ、その後、新種の鳥がニワトリとして子孫を増やしていくことは出来ないだろう。

さらに、最初にニワトリの卵を突然変異で生んだ鳥は、どんな鳥だったのか。

まさか、鳩やカラスのようなニワトリとは似ても似つかぬ鳥が、突然変異でニワトリになる卵を生んだとは考えられない。

その卵を生んだのは、それまでの突然変異の積み重ねによって、限りなくニワトリに近づいていた近似ニワトリともいうべき鳥ではないか。

しかも、近似ニワトリたちはかなりの数がいて、これらが生んだ突然変異の卵があちこちで出来ていたか、もしくはこうした卵によって出現したニワトリが近似ニワトリと交配して、ニワトリという種を固定していくことが出来たかであろう。

僕は、ニワトリだけでなく、生命進化のプロセスのほとんどは、まだまだ解明されていないと思っている。

突然変異と適者生存(自然選択)だけで、ミクロの原始生命が、人間を含めた多様な生物世界へと進化したというのは、大筋では正しいとしても、何かが欠けているような感じが否めない。

ニワトリが先か卵が先かという問題も、ある日突然、どちらかが出現したというようなことではなく、数百万年かけて、極めてニワトリに近い鳥が、ゆっくりと突然変異や交配を積み重ねていって、ニワトリという系統になっていった、ということではないだろうか。

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2006/05/27

やったあ~阪神単独首位だ!

たったいま、ロッテが延長戦を制して巨人を蹴落としてくれた。

西武に勝った阪神が、セリーグ単独首位に。

セパ交流戦はこれだから面白い。

去年もそうだが、阪神は交流戦で勢いに乗り、巨人は交流戦で失速する。

交流戦はこれで半分まできた。

後半も阪神はさらに弾みをつけて、いまのうちに勝てるだけ勝ってほしいものだ。

阪神タイガース、頑張れ。村上ファンドに負けるな。

全国の虎ファンが味方についているぞ。

♪オゥオゥオゥオゥ、は~んし~んタイガース、フレーフレーフレフレー。

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2006/05/26

実現可能性が出てきた影も出来ない透明マント

今日のブログは、12日と同様に、表のエッセイ「時間の岸辺から」と同文を掲載する。前回は、先にブログを書き上げてみたら、むしろ「表」にした方がいい内容だったので、後で表に同文を転載した。
今回は、先に表の方を書いてみたら、これは裏にしてもいい内容なので、こちらにも転載した。
要は、あまり表も裏も違いはほとんどない、ということか。
****************

 人間が、SFの世界で長いことあこがれてきた夢の技術の双璧は、タイムマシンと透明人間であろう。
 宇宙のどこかから、人類よりはるかに進んだ文明を持つ知的生命がやってきて、僕にこの2つの技術のうちどちらかを体験させてやる、といったらどちらを選ぶだろうか。
 どちらの技術も、体験時間はきっかり5時間。タイムマシンで行くことが出来るのは、過去の1時点のみで、過去の人々からは僕の存在は見えず、歴史を変えることは出来ない。
 透明人間になれば、5時間の間はどこでも動き回ることが出来、他の人に触ることもモノを動かすことも出来るが、自らが交通事故に遭うなどのリスクもあるとする。
 僕が選ぶとすれば、やはりタイムマシンの方だろうな。なぜなら、タイムマシンならば過去の人たちから僕の姿は見えないため、透明人間を兼ねることになるからだ。
 いつの時代のどの場面に行ってみようか。1時点のみ、時間は5時間となると、行き先選びはよくよく吟味する必要がある。
 僕自身がいる場面にも行ってみたいが、僕がいなかった場面でどのようなことが起きていたのかを知ることもやってみたい。
 タイムマシンは理論的には、ほとんど作成出来そうにもない。というのも、過去はそもそもどこかに存在するようなものではないらしいからだ。
 それに比べて、透明人間の方は俄然、実現可能性の高い話になってきている。
 米英の科学者たちが26日、米科学誌サイエンスの電子版に、「物体を見えなくする素材の開発は可能だ」とする論文を発表した、とニュースにある。
 それによるとこの素材は、光の進む方向を制御できる特殊な構造を持ち、これでマントを作れば何もないように見えるばかりか、影さえも出来ないという。
 新技術の例にもれず、はやくも軍事への応用に目がつけられ、米国防総省がこの技術開発を支援している、と報じられている。
 軍事利用よりも先に、スケベな男たちは透明マントをどんなに価格でも買おうとするだろうし、そんなマントを着た不審者があちこちにいるとしたら、なんとも落ち着かない。
 そのうち、透明物質や透明人間を検地して撃退する装置が開発され、さらにその装置にも検地されない高度の透明化技術が生まれて、いたちごっこか。
 透明兵士たちが透明テロリストと戦うなんて、何がどうなっているのか、見ていても分からないだろうな、なんて思ったりする。
 僕が透明マントを貸してもらったら、どこへ行こうかな、と考えると、やっぱりヤラシイことしか思い浮かばない。軍事よりはいいか、と思うんだけど。

(表の新着情報:「21世紀の歩き方大研究」の21世紀エッセイ「時間の岸辺から」は、このブログ記事と同文をアップロード。全く同じ内容にしています)

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2006/05/25

高校2年の夏、尾瀬・至仏で遭遇した落石事故

 【キャンベラ25日共同】15日に、両足を切断した人で初めて世界最高峰のエベレスト(8、850メートル)登頂に成功したニュージーランド人のマーク・イングリスさん(47)ら約40人が、頂上付近で倒れている男性に気付きながら救助せず、登山を続けていたことが分かった。男性はその後、酸素欠乏で死亡した。(共同通信)

ふと目にしたこのニュースが、僕に遠い遠い日のある出来事を、記憶の闇の中からよみがえらせてくれた。

僕が高校2年の時の夏だったと思う。

夏休みの課外活動の一環として、気のあった仲間たちを中心に、尾瀬・至仏岳への登山を行なった。

山頂付近にはまだ雪の残っている山で、僕がこれまで登山らしい登山をしたのは、この時1回だけだった。

どういうルートで登ったのかなど、詳しいことは全く覚えていないが、山頂で撮った写真が数枚、いまも手元にあるから、これは夢ではなかったのだろう。

この至仏登山では、忘れられない出来事が起きた。

参加者は10人ほどだったろうか。みな同じ高校の2年生の男子で、ほかに引率の教師が1人いた。

岩肌のかなり急な斜面を登っていく。僕たちの上にも、また僕たちの下にも、結構多くのパーティーが連なっていた。

突然、ゴーッという予期せぬ轟音が上から聞こえた。

まず小石がパラパラと落ちてきた。その上を見上げると、直径1メートル近くもある大きな岩が、僕たちめがけて転げ落ちてくるのが見えた。

引率の飯利先生が「ふせろーっ!!」と、みなに叫んだ。

僕たちは、反射的に頭を両手でかばうようにして、姿勢を低くした。

大きな岩は、僕たちをかすめるようにして、下の方へと飛ぶように落ちて行った。

仲間内には、だれもけが人はなかった。

これ以上の落石がないことを確認して、僕たちは再び登山を始めた。

山頂でのことはあまり記憶がないが、そこで飲んだジュースの美味しさといったら、筆舌に尽くしがたい。

しばらくして僕たちは下山を始めた。

その途中で、僕たちは愕然とするものを見た。

死人のような真っ青な顔をして意識のない男性が、急ごしらえのタンカーのような布に包まれて横になり、数人がかりでゆっくりと山から下ろされている途中だった。

さきほどの落石の直撃を受けた、というのだ。

この男性を運んでいるのは、男性と一緒に登っていた横浜のパーティーということだった。

僕たちは強い衝撃を受けたが、それ以上は手助けの仕様もないと判断し、「どうぞお大事に」と声をかけて、一行を追い越して下山した。

後で聞いた話だが、岩の直撃を受けた男性は、腕を切断する結果になったという。

この出来事があってからというもの、僕は登山は怖いものという思いが消えることなく、一度も登山をしたことがない。

冒頭のエベレストでの出来事のニュースを読んで、僕はふと、あの時のことを思い出す。

落石の後、登山を再開して山頂まで行った僕たちの判断は、あれでよかったのだろうか。

下の方でけが人が出ていることを、その段階では知らなかったのだから、やむを得なかったともいえる。

では、下山の時に、意識のないほどのけが人を懸命に下ろしている人たちを見ながら、僕たちが追い越して先に下山したことについても、やむを得なかったといえるだろうか。

もう何十年も前の出来事とはいえ、心の痛みなしに思い出すことは出来ない。

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2006/05/24

快晴のち雷雨のち鮮やかな虹

060524_1705今日の東京の天候急変は、4日前の20日によく似ていた。

天気予報どおり、昼間は雲ひとつない快晴となり、夕方近くになって黒い雲が広がって激しい雷雨に。

前回よりも今日の方が、強い雷を伴っていて、近所のあちこちに落雷している。

一度などは、雷光とほとんど同時に、バリバリという巨大な何かが砕けるような轟音とともに、すぐ近くに雷が落ちた。

あわててパソコンを落とそうかと思ったが、本当に雷の電流がパソコンに逆流するのを防ぐためには、電源を落とすだけではなく、コードを抜かなければならない。

パソコンのコードだけでなく、パソコンに接続されているプリンターのケーブルもはずす必要があるし、光ファイバーのコードも抜いておかなければ危ないのではないか。

と、おろおろしながら、面倒だからこのまま様子を見て、もし雷でパソコンがやられたら、運が悪かったとあきらめるしかないか、などと横着を決め込む。

そうしているうちに、なんと激しい雨がまだやんでいないのに、西の方から日が射してきたではないか。

これは、絶対に出現するぞ、と僕は確信を持って、ケータイのカメラをスタンバイする。

いつもは出現して初めて気が付く虹が、今日は期待通りに半円を描いて現れた。

今日は円弧の右側よりも、左側の方が色が鮮やかで、よく見るとその外側にもう一つの虹があって、二重になっている。

内側の強い色の虹は、外側が赤で内側が紫だが、外側の薄い虹は逆に、内側が赤になっている。

4日前に虹を見て、2日前には飛行船を見て、今日はまた一段と鮮やかな虹を見た。

なんだか、とても幸せな気分になって、きっといいことが起こるような気がする。

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2006/05/23

ネーム印の意味が分からない‥

ある書類にハンコを押して郵送することになった。

注意書きには、「ネーム印以外の印鑑で押印してください」とある。

ここで僕は、はたと考える。

ネーム印って何のことだろう。苗字が彫ってあるハンコはすべてネーム印ではないのか。

ネットのいろいろな辞書で、「ネーム印」で引いてみたが、こういう言葉では辞書にない。

念のため、広辞苑も新解も引いてみたが、載っていない。

そもそもネーム印などという言い方は、いままで聞いたこともないし、どれがネーム印以外の印鑑なのか、分からない。

ヤフーやグーグルで「ネーム印」で検索してみると、シャチハタがネーム印であるらしいのだが、シャチハタ以外のネーム印もいろいろとあるらしく、ますます分からなくなる。

僕は、三文判を含めていろいろなハンコを持っているが、どれも苗字の印なので、これらはみなネーム印じゃないのだろうか。

それとも、シャチハタや三文判ではなく、高級な印鑑を押してほしいと言っているのだろうか。

こういう事務に精通した人ならば、あたりまえのように通じることなのだろうが、辞書を引いても分からない言葉を使われても、僕などはお手上げだ。

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2006/05/22

超高層ビルの谷間に飛行船をキャッチ

060522_1710西新宿の超高層ビルの谷間をゆうゆうと泳ぐ飛行船を見つけた。

ゆっくりと高層ビル街の上を通り過ぎると、そのまま中野あたりの上空に行って、30分近くも空中に停止していた。

いったい停止した状態で何をしているのだろうか。

かなり強い風が吹いている中で停止しているのも、なかなか難しいのではないか、などと想像する。

やがて、飛行船は停止しているのにも飽きた様子で、おもむろに北西の方向へと去って行った。

この飛行船は、去年2月9日のこのブログに書いた世界最大の飛行船ツェッペリンNTと同じ飛行船だろうか。

形や大きさからすると、ツェッペリンNTとはどうも違うような気もする。

ツェッペリンNTを所有する日本飛行船のサイトで、フライトスケジュールを見てみると、5月18日から23日までは整備・点検のため運休となっている。

ということは、今日見た飛行船は、やはりツェッペリンNTとは別の会社の飛行船なのだろうか。

いつものことながら、飛行船を見た後はふんわりした幸せな気分になり、なにかいいことがありそうな気持ちになってくるから不思議だ。

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2006/05/21

2年以内にドコモは全機種が海外対応へ

ボーダフォンがソフトバンクに変わることで、ユーザーがどのように流れていくのか注目される中、ビッグニュースが飛び込んできた。

YOMIURI ONLINEによると、ドコモは2年以内にすべての機種が海外でも使えるようにする、というのだ。

そのくだりを引用しておくと‥

 NTTドコモは20日、2年以内にすべての携帯電話端末を、世界130か国以上で使える通信方式「GSM」に対応させ、そのまま海外に持ち出して通話できるエリアを大幅に拡大する方針を明らかにした。

 このうち約70か国では、インターネット接続サービス「iモード」も使えるため、日本国内と同じようにメールのやりとりなども可能になる。海外でもそのまま使える携帯端末は、KDDI(au)とボーダフォンも投入しているが、全機種で対応するのは、国内の携帯電話事業者ではドコモが初めてだ。

 GSM方式は、ヨーロッパを中心に世界で最も普及している。いわゆる第2世代携帯電話に使われている方式で、日本でドコモの第3世代携帯電話サービス「FOMA」で使われている通信方式「W―CDMA」に比べ、画像などのデータ通信速度は遅い。

 ただ、FOMAの通信エリアが海外33か国の都市部だけなのに対し、GSM方式なら、日本で使っている端末をそのまま海外130か国以上の大都市以外でも通話可能だ。

 現在発売しているドコモの端末でGSM方式に対応しているのは5機種だけ。今後、新発売する端末で順次、W―CDMAとGSMの両用機種を増やし、2年以内に新規発売のすべての端末を対応させる。
(2006年5月21日10時2分 読売新聞)


僕のケータイは2年前まではドコモを使っていた。

それをボーダフォンに乗り換えたのは、海外でもそのまま使える機種が揃っていたという1点に尽きる。

この時点で、ドコモのケータイで海外でも使えるものはなく、海外仕様のものをレンタルするほかはなかった。

今でも、海外対応の機種はボーダフォンが一番多く、ドコモやauは海外対応に大きく立ち遅れていた。

報じられたとおりだとすると、これから発売されるドコモの機種は、すべてそのまま海外でも通話が出来、日本とのメールのやり取りも、また日本のケータイ向けサイトの閲覧も、全く国内と同じように出来るようになる、ということだ。

これによって、僕の決心はゆるぎないものになった。

当面はいまのボーダフォン903SHを使いながら様子を見ていき、ドコモから300万画素クラスのカメラがついた海外対応機種が発売されたら、タイミングを見計らってそれに乗り換える。

半年後になるか1年後になるかは分からないが、僕がソフトバンクの名前とロゴの入ったケータイを持つことは、これで100パーセントなくなった。

それにしても、ドコモのこの方針は、まさにソフトバンクの買収によって、これまでのボーダフォンユーザーが乗り換えを考え始めたその矢先に、機先を制して仕掛けた爆弾方針といえよう。

実際には、僕も含めた多くのユーザーにとって、海外でケータイ端末を使う機会はそれほど多いわけではない。

しかし、ドコモのケータイは全機種が130カ国でそのまま使えるという、革命的なイメージアップの効果は決して無視できないものがある。

ドコモの重量級ともいえる強烈な先制パンチに対し、孫ソフトバンクは2兆円もの借金に見合うだけのユーザーを獲得していく体力があるのだろうか。

僕にとっては、ドコモに復帰する地ならしがこれで整ったという感じである。

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2006/05/20

天気の激変、快晴から豪雨そして虹へ

060520_1614今日の夕方の天気の激変ぶりは、絵に描いたようだった。

3時ころまで、8日ぶりの青空が広がって、ひさびさの五月晴れ。

このまま晴れが2、3日続くのかと思っていたら、西の空に現れた黒い雲が、見る見るうちに全天に広がっていって、あれよあれよという間に、土砂降りの雨。

西新宿の超高層ビルもかすむほどの激しい雨で、東京23区には大雨洪水警報まで出された。

ところが1時間ほどもすると、雨はピタリとやんで、西の空から再び青空がのぞき、またまた太陽のお出ましだ。

060520_1811東へ去っていく雨雲に、西日が照射して、NTTドコモビルには虹がかかった。

虹とはいっても、円弧を描いている大きなものではなく、下の方のほんの一部だが、鮮やかだ。

この天気の激変ぶりは、ベートーベンの交響曲「田園」の第3、第4、第5楽章の流れを彷彿とさせ、まさにあの曲にあわせて変化しているような気分にされられる。

明日はおだやかな五月晴れになってくれることだろうか。

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2006/05/19

年1回のハウスクリーニングで夏を迎える

毎年この時期、梅雨になる前に、ハウスクリーニングの業者に頼んで、素人ではなかなか取りにくい汚れ落としをしてもらっている。

今年も同じ業者に来てもらって、エアコンの内部や換気扇をきれいにしてらい、浴室など水周りの隅々まで汚れを落としてもらった。

本当は、年に数回程度やってもらうにこしたことはないのだが、費用を考えると、普段はこまめに自分で掃除をして、年に1度だけ業者に徹底的にやってもらう、というのが一番現実的だ。

それもダス○ンなどの大手に頼むと、目玉が飛び出るくらいの費用になるので、安くて丁寧な仕事をしてくれる顔馴染みの個人の業者に毎年頼んでいる。

いつもの年なら、この時期は五月晴れの日が多く、ハウスクリーニングに最適の季節なのだが、今年の5月は雨が多く、今日も結局、梅雨のような天気だった。

自分では落とせない汚れもスッキリときれいになって、これで梅雨入りを迎え、盛夏が到来しても大丈夫という気持ちになる。

(表の新着情報:「21世紀の歩き方大研究」の21世紀エッセイ「時間の岸辺から」に、「人口減は首都圏こそ深刻、という警告に耳を傾けよ」をアップロード)

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2006/05/18

ボーダフォンの新名称がソフトバンクとは最悪!

ボーダフォンがソフトバンクに買収決定されたときから、いやな予感がしていた。

新会社の名前はともかく、ケータイの名称にまでソフトバンクが入ることは、まさかないだろうとは思いつつも、しかし強引な彼のことだからなあ、と一抹の不安があった。

それが、今日の発表で新会社はソフトバンク・モバイルで、ボーダフォンはソフトバンクになるとは!!

巷では、ソフトフォンだのソンダフォンだのとささやかれていたが、まさかソフトバンクそのまま丸出しとはねえ。

僕のケータイはソフトバンクだなんて、口が裂けても絶対に言うのはイヤだ。

ああ、なんとセンスのない名前をつけてくれるのだ。この名称は、およそ考えられる中でも、最悪中の最悪ではないか。

これほどまでに、ボーダフォンユーザーの気持ちと神経を逆撫でする名前をつけるとは、いったいどういうつもりだ。

名は体を現すというが、このネーミングを見れば、ソフトバンクが今後どのようなケータイサービスをやろうとしているか、おおよその見当がつく。

ユーザーなど二の次、三の次で、要はソフトバンクグループがどれほど利益を上げられるか、どれだけ儲けることが出来るか、しか頭にないのだ。

僕は、名前が変わる10月1日からは、絶対にケータイの会社を変えてやる、と言いたいところだが、ドコモもauも海外ローミングがいまいち心もとないので困ったものだ。

現実的な選択としては、今持っているボーダフォンのケータイを、10月以降も使い続けて、自分はソフトバンクではなくボーダフォンなのだと強弁し続けることだ。

そして、このケータイを出来るだけ何年も愛用し続け、故障したら修理に出し、ともかく使えるだけ使って、使いつぶすまでボーダフォンの名前とロゴ入りのケータイを死守していく。

何年か先、これ以上は修理も不可能という段階になったら、その時にはドコモも海外ローミングを充実させているだろうから、ドコモに乗り換える。

ソフトバンクの名前の入ったケータイは、たとえ火あぶりにされようとも持つつもりは毛頭ない。

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2006/05/17

4度目の「カラマーゾフの兄弟」に挑戦開始

060517_17501新宿駅の南口を出たとたん、コンコースでなにやら派手なキャンペーンが繰り広げられている。

なんだろうと思ってみたら、なんと「ハリー・ポッター」の新しい巻の発売日なのだという。

僕はこの手のファンタジーは嫌いではないのだが、ベストセラーとしてマスコミあげて意図的なブームを仕掛けているようなものは、かえって読みたくなくなるのだ。

ひねくれている、といえば、そのとおりかも知れない。

だから、「ダ・ヴィンチ・コード」も興味をひかれながらも、結局は読みそびれてしまった。

「バカの壁」もそうだが、およそベストセラーになってしまった本は、僕はもう読む気が失せてしまう。

僕も何かそろそろ本を読もうかと思っていたところなのだが、書店に入ってみると、まずはベストセラーのオンパレードでたちまち怖気づく。

いろいろと手に取ってはみるものの、うーん、という感じで、いま一つ読もうという意欲が沸かない。

文庫本の売り場に来て、ふと、新潮社の「カラマーゾフの兄弟」が目にとまる。

僕は、この作品を少年時代から、何度か読んでいるのだが、人生の残り時間がそれほど多くあるわけではないこの年で、もう一度、この作品を読んでみようか、と思った。

さいわい、この新潮文庫は文字が大きくなっている版だ。思い切って、全3巻を買う(写真の下)。

家に帰ってから、僕がこれまでこの作品を読んだのはいつだったのか、調べたくなった。

日記などつけていないのだが、僕はこうした長編小説を読み終えた時点で、最後のページに読了した日付を鉛筆かボールペンで記入しているのだ。

幸いにして、僕が読んだ「カラマーゾフの兄弟」の古い本が捨てないでとってあった。

それらの最後のページをくくると、タイムマシンのように昔の僕が書いた文字がある。

最初に読んだのは、河出書房新社の世界文学全集(写真上の左)で、僕は高校1年だった16歳の9月20日に読了している。

それから10年後、社会人になって2年目の26歳、9月27日に、この同じ本について2度目の読了をしている。

次に読んだのは、河出書房新社から出たドストエフスキー全集の上下2巻(写真上の真ん中と右)で、社会人になって8年目、32歳の年の12月20日に読了している。

こう見てくると、僕は3回読んでいるはずなのだが、細部のストーリーや登場人物たちの会話の内容などは、ほとんど覚えていない。

これらの版の文字の小ささには愕然とする。いまはこんな小さな活字にはとてもついていけない。

今日から実に何10年ぶりかで、4度目のカラマーゾフに挑戦してみたい。

かつては若さのゆえに読み取れなかったくだりや、ぼんやりと読みとばしていた多くの箇所に、いろいろな新発見があるかも知れない。

4度目の読了の日付を、この文庫本に書き込むのは、いつになるだろうか。

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2006/05/16

雨の日に掲示される転倒注意の標識

060516_11531道を歩いて滑って転倒するのは、雪の日だけとは限らない。

新宿西口から小田急と京王の間を通って南口へ通じるミロードのモザイク通り。

雨が降ると、「足元にご注意下さい」という私製の道路標識が出される。

標識には、滑って転倒しそうになる人のマーク。

このモザイク通りは、なだらかな坂になっているので、雨の日は滑りやすい。

路面は、名前の通りにモザイクタイルになっていて、傾斜が急なところでは階段が併行しているが、階段のないところは雨に濡れるとツルツルした坂になる。

こんな標識をつくって出すということは、これまで滑って転倒するケースがかなりあったのだろうと想像する。

ちなみに現在、このモザイク通りは改装中のため、これまであったアクセサリー店などほとんどの店が閉店している。

改装中のこの通りをわざわざ歩きたくはないのだが、南口のミロード本体と小田急本館とを結んでいて、雨に濡れなくても通ることが出来たミロード中2階のショッピング通路が、これまた改装中で通行止めになっていて、近道としてはこのモザイク通りを歩かざるを得ないのだ。

本格的な雨の季節に入ると、しぶしぶ通って転倒する人が出るかも知れない。

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2006/05/15

2050年の世界人口は現在の倍という戦慄の予測

日経新聞の夕刊に、戦慄すべき記事が小さく載っていた。

2050年の世界の人口は、これまでは93億人と推定されていた。

現在の世界人口は65億人だから、今後の44年間で28億人増える、と考えられていたのだ。

今日の記事では、国連人口基金(UNFPA)のオベイド事務局長が日経新聞に語ったところによると、世界の人口増加のテンポは加速していて、2050年に120億人に達する可能性がある、という。

この数字は、従来予測よりも27億人も多く、今世紀の折り返し点での人口は現在のざっと2倍近くにもなる、ということだ。

僕がこの数字に戦慄するのは、地球が支えることが出来る世界人口は約80億人、というのがさまざまな学者・研究者たちの一致した結論となっているからだ。

2050年の世界人口が93億人という従来の推定では、世界人口が80億人という「定員」に達するのは2028年ころと見られていた。

だが、今回のオベイド事務局長の推定通りに2050年の世界人口が120億人ということになると、80億人の定員突破は2028年よりもはるかに早い時期になるであろう、と思われる。

この増加ペースをあてはめると、80億人の定員突破は、目の前に迫ってきている現実の問題である。

オベイド推定では、今後44年間の増加は55億人となり、このペースで計算すると世界の人口はあと12年で80億人となる。

つまり、今年生まれた子どもが小学校を卒業するころには、地球上の人口が「定員」に達してしまい、それ以上は支えきれなくなるということなのだ。

あと12年というと、2018年である。

世界人口が「定員」を超えたら、どういうことが起こるのだろうか。

現在でも、世界人口の半分近くにあたる30億人が1日2ドル以下の所得で暮らす貧困層で、うち12億人は1日1ドル以下で暮らす極貧層である。

また現在、17億人が水不足の状態に置かれていて、24億人が下水道のない生活をしている。

定員突破で考えられるのは、現在のこうした状況がさらに進んで耐えられる限界を越え、人類という共同体がすさまじい形で崩壊していくことである。

食糧や物資、エネルギー、医薬品など、あらゆるものが足りなくなって、しかもアメリカなど一部の勝ち組先進国には有り余る状態だとしたら、何が起こるだろうか。

危険ラインを超えた国々からは、富める国への不法移民がなだれをうち、さらにどこへも行き場のない難民、流民もすさまじい数にのぼるだろう。

暴動や紛争、地域戦争、組織的テロなどが激しさを増し、不安定な国々では反米の独裁政権や軍事政権が誕生していくことも考えられる。

アメリカでは自国の国民と利益を守るためと称して、こうした極貧の反米国家に対して、核の先制攻撃を行なう可能性も高くなる。

こうした国際関係の崩壊とは別の問題として、人類と家畜ばかりが異常に繁殖してしまった地球の生命圏がパンクして、壮絶なカタストロフィーとなる恐れもある。

生命圏の崩壊は地球の崩壊となって、もはやどのような富と軍事力によっても手のつけれらないものになるであろう。

2050年に120億人という数字からは、こうした黙示録が読み取れる。

もしかして、2050年には、この推定を検証する人間さえ、地球の上に存在しないのかも知れない。

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2006/05/14

今日はココログがとても重くて更新は無理

今夜はなぜかココログがとても重くて、なかなかログイン出来ない。

さっきから、管理画面に入ろうとしているのだが、クリックしてから次の画面に変わるまでに、3分から5分もかかってしまう。

いまようやく、記事作成画面までたどりついたので、とりあえず書いているが、ちょっと今日のところは更新は無理っぽい。

母の日だから管理画面にアクセスが殺到している、なんてことがあるのだろうか。

サクサクと手軽に書き込めて、簡単に更新出来るのがブログの取り柄なのに、この重さはちょっと異常だ。

システムがどうかなっているのではないか、と思ってしまう。

というわけで、今日はこれまでで。

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2006/05/13

走る広告塔、真っ赤な車体のオート三輪たち

060513この間、信号待ちをしていたら、真っ赤な車体のオート三輪が、3台か4台連なって、交差点を右折していった。

オート三輪そのものが珍しい上に、消防車のように派手な赤、それに、カルガモの子どものようにきちんと並んで通っていく様子が人目をひいて、通行人がみな見ている。

さらに車体には、なんたらコムという宣伝文字があり、どうやらこのオート三輪そのものが動く広告塔らしい。

パレードかデモのように、間にほかの車を入れないで、ちゃんと連なって走るのは相当難しいような気もする。

信号のところで、後続が赤になって、途切れることはないのだろうか。

途切れても、先に渡った車が待っていて、また隊列を組みなおして走り出すのかも知れない。

この広告作戦、オート三輪を使ったことがまずアイデアだ。そして数台連ねるところが、ポイントだろう。

ほかの企業や会社がマネをしはじめたら、街中がカルガモもどきのオート三輪たちであふれてしまう‥てなことはないか。

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2006/05/12

臨海副都心の3セク破綻と2016年東京五輪

今日のブログ記事は、表の「時間の岸辺から」と同文です。最初にブログ記事を書き、後になってこれは「表」にすべき内容だと気づきましたが、たまには表と裏で同文があってもいいか、と思いなおして、そのまま同じ文を「時間の岸辺から」にも掲載いたしました。表裏同文は初の試みとなります。
********

そういうことだったのか、と化けの皮を見てしまった思いだ。

2016年の五輪誘致を石原知事が言いだしたとき、なにか唐突な感じがして、これには裏のたくらみがあるのではないか、という気がしていたのは僕だけではあるまい。

最初は、神宮外苑と代々木公園を一帯とする地域に、選手村やプレスセーターを置いて、この地域を中心として東京を生まれ変わらせる、という構想のように聞こえた。

それなら、面白いかも知れない、という気が僕にもしていた。

が、石原知事が先日明らかにした構想では、選手村もプレスセーターも、臨海副都心に設置して、この地域を一気に活性化させたい、といつの間にか変化した。

おいおい、それはないぞ、閑古鳥が鳴く臨海副都心を東京五輪の中心にするとは、誰が決めたのだ、と思っていたら、今日のニュースである。

臨海副都心開発の中核となってきた都の3つの第3セクターが、3300億円を超える負債を抱えて経営破たんした。

これらの3セクは民事再生法の適用を申請して会社を清算し、3社で合併して臨海副都心の事業の継続をはかる、という。

臨海副都心はバブル経済のさなかの80年代後半、東京都が440ヘクタールの埋め立て地に未来型の副都心をつくろうと開発を始めたが、企業の進出などが思うように進まず、都市博が中止となったこともあって、開発そのものが行き詰った形となっていた。

石原知事ら東京都のトップが、2016年五輪を東京に誘致して、臨海副都心の開発を一気に推し進めたいと考えたのは、こうした切羽詰まった台所事情があったのか、とうなづける。

と同時に、見通しの甘さと開発計画頓挫の尻拭いとして、東京五輪を誘致して開発促進の起爆剤にしようという発想そのものに、僕は大反対だ。

こうした裏事情が白日の下にさらされてしまった以上、東京は2016年五輪の候補地に立候補すべきではない。

僕は、福岡も無理して立候補する必要はないと思う。

96年アトランタ、00年シドニー、04年アテネ、08年北京、12年ロンドンという流れからすれば、2016年はアフリカ開催が最も望ましいと僕は考える。

少なくとも、夏の五輪をまだ一度も開催していない国の都市で開催できるように、これまで開催した国を含めた国際社会が足並みを揃えて配慮していくべきである。

(表の新着情報:「21世紀の歩き方大研究」の21世紀エッセイ「時間の岸辺から」は、このブログ記事と同文をアップロード。全く同じ内容にしています)

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2006/05/11

100円ショップで布製の立派なジャンプ傘

060511_1515今日は傘を持って出ようかどうか迷ったあげく、持たないで出かけた。

天気予報では昼間は曇りの予想だし、何よりも出かける直前に薄日が差してきたことが決め手になった。

ところが、これが裏目に出て、しだいに黒い雲が広がって雨が降り出した。

街中では地下街を通って濡れずにいろいろなところに行くことが出来るのだが、問題は帰りの駅から家までだ。

濡れて走るにしては、かなりの降りだし、止みそうにもない。

そこで駅のすぐ近くの100円ショップへ入る。

もう入り口には、100円の傘がヤマのように置いてあって、飛ぶように売れている。

驚いたのは、100円ショップの傘だから当然、ビニールの安物ですぐにダメになるようなチャチなものだろうという予想に反して、すべて布製の傘なのだ。

しかも柄のところは、ありがちな白いプラスチックではなく、木製の色と感触で高級感(?)さえ漂っている。

さらに、安手のビニール傘と違って、ワンタッチで開くことが出来るジャンプ傘ではないか。

こんなに安く作れるのは、やはり中国か東南アジアの国で安い労働力を使って生産しているのだろうか、と考えたりする。

国内の傘産業がどうなるか、という心配もないではないが、消費者にとってはこんな立派な傘が100円で気軽に手に入るのは、今日のような場合にとても助かることだ。

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2006/05/10

行き付けの歯科医が日曜日も診療開始

僕は6年前に大掛かりな歯の治療を受けて以来、半年ごとに同じ歯科医で歯の定期健診と掃除をしてもらっている。

前回の掃除から半年経つと、案内のハガキが送られてきて、すかさず行くようにしている。

下の歯の掃除で30分、また別の日に上の歯の掃除を30分、という具合に、2日かかることが多い。

前回、去年の秋は、例外的にとびとびに5日間かかった。

それから半年が経って、今日は1日目の歯の掃除に行ってきた。

今回はあと1日で終わってくれればいいが、と思うのだが、次に行ってみなければ、それで終わりなのかどうかは分からない。

それはともかく、今日行って驚いたのは、この歯科医が日曜日の診療も始めたことだ。

前からこの歯科医は、土曜日も診療をしているし、平日は昼休みもなく夜9時まで診療していて、なんと働き者の歯科医なんだろう、と感心していた。

こんどは日曜日も診療を開始するとなれば、当然のことながら、歯科医だけでなく衛生士も受付の人も日曜に出勤しなければならないだろう。

いったいいつ休むのだろうかと思って張り紙を読むと、休みは祝日のみとなっている。

ローテーションを組んで、交代で出勤して代休を取っているのかと思ったりするが、日曜でなければ治療に来れない人には、ありがたいことだ。

身体のどの部分もどの器官も大切でないところなどないが、とりわけ歯は生きていくことの始まりのところであり、食べる楽しみの90%は歯にかかっているといっていい。

僕が半年ごとの歯の掃除を欠かさないようになったのも、いつまでも自分の歯で食べ物を噛みたいからであり、はっきり言ってしまえば何歳までも肉食を楽しみたいためにほかならない。

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2006/05/09

たまには更新しない日があってもいいかと

気がついたら、もう夜の10時を回っている。

いけね。ブログの更新がまだだ。

さっきまで、あれを書こうか、これを書こうか、と頭に浮かんでいたのだが、時間がなくなってくると、もう頭の中はカラッポだ。

こんな日くらいは、更新を休もうか、とふと考える。

「そうだそうだ。休め休め。こういう時こそ休むチャンスだぞ」と、もう一人の僕がけしかける。

ふむ。休んでしまえばいいのか。それもそうだな。書くこともまとまらないのに、更新するこたあないか。

ブログの濁点を取ってしまえばフロクなんだから、フロクをたまに休んでも、バチはあたるまい。

よし、今日は休むか。

また別な僕がわきから叫ぶ。

「あっ。ばかだな。それを書き綴っている。あ~あ、せっかく休むチャンスだったのに、みすみすつぶしてしまって」

今日はブログを更新しない、と書くことはパラドックスなのか。

そのうち、ゆっくりした時に更新をきちんと休むことにして、今日のところはとりあえず、このへんで。

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2006/05/08

死者44人を出した歌舞伎町のビル取り壊し

放火と見られる火災で死者44人を出した歌舞伎町の雑居ビルの取り壊しが始まった、というニュースに感慨深いものがある。

この事件そのものへの関心というよりは、あれからもう5年近くにもなるということに驚きを禁じえない。

事件は2001年9月1日、防災の日の未明に起きた。

翌日、歌舞伎町の現場付近に行ってみたことが、つい昨日のようだ。

現場には、たくさんの花束とともに、亡くなった若い女性たちへのメッセージもいろいろと書き添えられていた。

僕がこの事件をことのほか強く覚えているのは、ちょうどこのころに日本で初めてBSE(そのころはまだ狂牛病と呼ばれていた)の牛が見つかって大騒ぎになっていたこともある。

が、もっと大きな理由は、歌舞伎町の惨事からちょうど10日後に、世界を震撼させた9.11同時多発テロが起きたことだ。

僕の記憶では、歌舞伎町の惨事、狂牛病の牛、9.11テロは、ほとんど間髪をいれずして起きた出来事として焼きついている。

それだけに、あれから5年も経つのか、と感無量の思いがする。

これから先の5年間も、これと同じようなスピードで光陰のごとく、矢のごとく過ぎていくのかと思うと、もののあわれを感じる。

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2006/05/07

DNAを寸断されても、元通りに繋がって生き返る生物

昨日、NHK教育で再放送された「極限環境生物の不思議に迫る」という番組は、驚異の生命体たちを映像にしていて、驚くばかりだった。

乾燥した環境の下で、生命活動を停止した「永久休眠」という状態になり、そのまま過酷な高温、低温、有毒物質にもビクともせず、水に戻すとなにごともなかったように生き返るネムリユスリカの幼虫も凄い。

が、僕が最も興味を持ったのは、強いガンマ線を照射してDNAをバラバラに寸断させたのに、破片になったDNAの断片たちがやがてモソモソと動き出して、自力で再び切断箇所同士がくっついていって、なんと生命体として元通りに生き返る細菌がいることだ。

破壊されたDNAの断片が、やがて動き出して、お互いに接合し合ってしだいに復元していく映像を見ていると、僕はシュワちゃん主演で旋風を巻き起こした映画「ターミネーター2」を思い出す。

恐怖の殺人ロボットとして未来から送り込まれたT-1000型という液体金属で出来たターミネーターは、破壊されても破壊されても、すぐに復元してしまう。

最も印象に残っているのは、T-1000型が液体窒素によってカチカチに凍らせられた状態で爆破され、細かい断片となって砕け散ったのに、液体金属の断片がそれぞれ水銀のように動き出して、お互いにくっついていき、なにごともなかったように生き返るシーンだ。

ガンマ線で細かく破壊された細菌のDNAが、やがて動き出してくっつく相手の破片を探し出し、元通りに復元していく様子は、このT-1000型が復元して生き返っていく様子にそっくりだ。

この細菌の復元のメカニズムが解明されて、やがて人間にも適応されていったら、がんや大事故などで現在は死をさけられない状態でも、DNAレベルから復元していって蘇生できる道が、いずれ開けるかも知れない。

それは、病気や事故で苦しむ人たちにとっては夢の蘇生術であるとともに、戦争で爆撃を受けていったん死んだ兵士たちが簡単に蘇生されることによって、むしろ簡単に戦争に突き進む世界になる危険性もある。

蘇生可能な人間が人類にもたらすものは、楽園なのか地獄なのか。

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2006/05/06

乗用車が突っ込んだ地下鉄表参道駅の階段

060506_1727南青山でランチを食べて、ぶらぶらと歩きながら、地下鉄の表参道駅のあたりまできたら、なにやら黒山の人だかり。

報道のカメラマンたちが動き回り、ケータイのカメラを向けている野次馬も多い。

僕はてっきり、だれか有名人かVIPが通るのだろうと思い、人ごみをかきわけて前に行ってみる。

芸能人だろうか、スポーツ選手だろうか、などと思いながら僕もケータイのカメラを構えてみるが、それらしき人物はいつまで経っても現れない。

考えてみれば、これほどの人だかりが出来る有名人が、地下鉄に乗って現れるわけはないのだ。

野次馬たちの間では、何があったのかについてのウワサが飛び交っている。

乗用車がこの入り口に突っ込んで、階段を走り降りたらしい。

その現場検証なのだという。ふむふむ。

通行人にけが人がなかったというのは、交通量の多いこの付近にしては奇跡に近いことだったらしい。

家に帰ってみたら、夕刊に載っているではないか。

乗用車はオートバイに追突した後、ハンドル操作を誤って歩道を約20メートル走り、この階段に突っ込んで10メートルほど下の踊り場で止まったらしい。

オートバイの男性が軽いけがをしたが、通行人や地下鉄の利用客にけがはなかった。

乗用車を運転していた32歳の男は酒酔い運転で、警視庁はこの男を現行犯逮捕した、とある。

昼間から飲酒運転で青山通りをぶっとばす男もいるってこった。

地下鉄の階段に突っ込んだから命が助かったものの、コンクリートの建築物に激突して止まったのならば、即死だったのではないか。

どこもかしこも危険がいっぱいである。

追記:日経の夕刊によると、酒に酔って乗用車を運転していた男は神主だそうな。ナムアミダブツじゃなくてクワバラクワバラでもないか。カシコミカシコミ‥

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2006/05/05

今日は菖蒲湯、うっかり忘れるところだった

060505_1809街を歩いていたら、小さな花屋の店先に菖蒲湯用の菖蒲の葉を売っていた。

そうだ、今日5月5日は、菖蒲湯の日なのだ。

僕は子どものころに銭湯に行っていたころから、冬至の日は柚子湯、そして端午の節句は菖蒲湯の日だった。

もっとも僕の地方では、端午の節句は月遅れで6月5日であることが普通だったけれど。

その記憶は僕が大人になってからも引き継がれ、僕はいつも冬至の柚子湯と、こどもの日の菖蒲湯は欠かしたことがない。

今日は、なぜか菖蒲湯の日であることをうっかり忘れそうになっていて、街の花屋の店先を見て初めて気がついた。

毎年、菖蒲の葉は、近所のいろいろなところで売っているので、帰りがけに買えばいいと思った。

ところが電車を降りて、家の近くで菖蒲を買おうとしたら、どういうわけか置いてない。

しまった、さっきの店で買っておくべきだった、と後悔したが、どうにもならない。

僕はあっさりと観念して、再び電車に乗って、菖蒲の葉を買うためだけに、わざわざ街へ出かけ直した。

駅に近いフローリストで263円。

菖蒲湯につかってはじめて夏を迎えることが出来る。

そして、12月の柚子湯の日まで健康で過ごせることが出来る。

柚子湯につかると、冬がやってくる。

つぎの菖蒲湯の日まで健康に過ごすことが出来る。

僕にとって1年とは、毎年1度ずつの菖蒲湯と柚子湯の繰り返しなのである。

(表の新着情報:「21世紀の歩き方大研究」の21世紀エッセイ「時間の岸辺から」に、「言葉が細かいパーツを順序に従って並べる不思議」をアップロード)

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2006/05/04

広大な再開発地域のど真ん中に、小さなお社が

060504_13311青梅街道の新宿区と中野区の境付近の北側、北新宿2丁目地区を中心とする一帯で、大規模な再開発事業が進められている。

事業の内容を説明する看板を見ると、超高層ビルを中心として、住宅や商業施設などさまざまなビルが建つことになっている。

すでに、目もくらむほど広大な一帯の地上げが完了して更地になっており、一部では建設工事も進んでいる。

この再開発事業については、土地買収の問題や財政面の問題などがいろいろと取り沙汰されているが、今日、このあたりを歩いてみたら、広大な再開発用地のど真ん中に、小さなお社がポツンと残っているのが気になった。

お社の周囲は金網のフェンスで囲われていて、壊すことも移動させることも出来ないらしい様子がうかがえる。

事業主体の側は、このお社をどうするつもりなのだろうか。

効率優先で取り壊したりすれば、バチがあたったり、何か悪いことが起きるのではないだろうか、と誰もが考えてしまう。

お社の敷地はネコの額ほどのスペースなので、このままそっとしておいて、再開発事業の中に組み入れて温存するという方法もありそうだが、そんな配慮は無用とばかりにブルドーザーで一瞬のうちに除去されてしまいそうな気もする。

以前このブログで、禁煙のご利益があるとされる古いお地蔵さんが、道路拡幅によって立ち退き部分に入ってしまい、地元の人たちがどうなることかと心配している、という記事(去年5月23日)を書いた。

都市計画や再開発で、こうしたお社やお地蔵さんなど、地域の守り神たちはどういうふうに扱われていくのか、不信心者の僕としても無関心ではいられない。

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2006/05/03

在日米軍再編が動き出す今こそ、平和憲法の重み

在日米軍再編。沖縄の負担軽減と引き換えに、自衛隊は米軍の中に深く組み入れられて、日本はいつでも米軍とともに戦争に対応する態勢に。

これに伴う日本側の負担3兆円について、政府から国民への説明は一切ない。

憲法を変えようという動きがますます顕著になっている今日、護憲を訴える声はか細くなって、消え入りそうな感さえある。

在日米軍再編は、憲法改正の既成事実化であり、憲法9条のさらなる骨抜きであることに異存はない。

だからといって、一部の識者のように護憲から転向して、自衛隊の存在と役割を憲法に明記すべきだという意見は、憲法の役割を見誤っているとしかいいようがない。

今の日本国憲法は、主権を持つ国民の側が国家に対して枠をはめ、国家の行動を厳しく規制するものである。

これに対して、憲法を変えようとする勢力が目指すのは、国家の側が国民の思考や行動に枠をはめ、国家が国民を管理し規制するための憲法である。

自衛隊の役割は、まるっきり変わってくる。

いまの憲法では自衛隊は軍隊とはいえないが、事実上の軍隊である。

この矛盾こそが、自衛隊の行動に縛りをかけて、常に自衛隊の動きが国民の目にさらされるという緊張をもたらしている。

現実と理想がいくら乖離していても、憲法で理想を掲げているからには現実は暴走することが出来ず、常に二面性を背負ったままである種の後ろめたさから逃れることが出来ない。

僕は、これこそが自衛隊が他国民に銃を向けることをためらわせている決定的な理由であり、この一線は今後とも越えてはならないと思う。

憲法が変えられて、自衛隊が憲法上の存在になったら、自衛隊が背負ってきた矛盾の重しが取れ、戦争をすることを厭わない普通の国の普通の軍隊と同じになる。

そのことは、米軍と一体化して他国に出兵し、米軍を攻撃した他国民に自衛隊が銃を撃つことを、当然の責務としてしまう。

東西冷戦が終わって、世界の安全保障は9.11テロやイラク戦争のような新たな段階へ、さらに緊張する朝鮮半島や中東など局地的な厳しい状況への適切な対応を迫られている。

こうした時だからこそ、自衛隊は日本国憲法から半分はみ出し、半分足を取られたままの、「不自由な」存在であることが重要な意味を持ってくる。

日本の平和憲法こそ、冷戦後の複雑で神経質な世界において、各国に対して何よりも説得力を持つ最大の戦争抑止力といっていい。

威勢のいい国威高揚派の叫びに引きずられて、日本国民がこの憲法を変えてしまった時、日本と世界はかけがえのない戦争抑止の重しを失ってしまう。

それは、さまざまな国が自国の国益を振りかざし、猜疑心と恐怖の悪循環からこぞって先制攻撃に突き進む破局の地獄絵である。

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2006/05/02

原油価格の高騰で、デフレからインフレへの足音が

世界的な原油価格の高騰によって、日本でもガソリン価格の値上げが続くなど、さまざまな波紋が出ている。

ガソリンの値上げは、マイカー族の出足を直撃していて、これによる車での出控えなど、観光地なども影響が出てくるのではないか。

トラック運賃の値上げは、さまざまな商品の価格に跳ね返る。

それ以前に、原油価格の高騰を受けて、電気、ガスが値上げに向けて動き出した。

漁船の燃料価格の上昇は、海産物の価格を刺激している。

思わぬところでは、カマボコの値上げとなっている。

原油価格の高騰によって、サトウキビを原料にした安い燃料に需要が殺到し、こんどは砂糖の価格が高騰を始めている。

国内での石油資源を持たない日本は、原油価格の急騰による乱世を乗り切ることが出来るのだろうか。

5月とともに、さまざまなモノやサービスがジワリと値上がりを始めている。

デフレ脱却の好機到来と喜ぶどころの話ではない。

大企業の業績は回復のきざしを見せているものの、中小の企業や家計は低迷が続いている。

こうした状態での物価の上昇は、日本経済の足腰を砕き、不況下のインフレーションに向かう危険がある。

インフレについては、あまり真剣に論じられていないが、インフレの怖さについて、真剣に考えておくべき時ではないだろうか。

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2006/05/01

神田川沿いに、ひっそりと人魚姫の像が

060501_1730神田川に沿って、小滝橋から末広橋まで歩いてみる。

神田上水公園が途切れて、中央線のガードをくぐって南側に行くと、人通りのない小道が神田川に添って続く。

小道をはさんで、川沿いには民家が続く。

民家の途中、ひっそりとした植え込みの中に、ブロンズの人魚の像があるのにびっくりした。

誰の作なのか、なぜこんなところに人魚姫がいるのか、なんの説明書きもない。

そもそもこの植え込みが私有地なのか、公有地なのかも分からない。

おかっぱの子どもの人魚のようで、腕組みをする姿で、向かいに流れる神田川を見下ろしている。

神田川に人魚伝説のようなものがあるのだろうか。

こころなし寂しそうな表情が気にかかる。

薄幸の人魚姫のような印象を受ける。

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