高校2年の夏、尾瀬・至仏で遭遇した落石事故
【キャンベラ25日共同】15日に、両足を切断した人で初めて世界最高峰のエベレスト(8、850メートル)登頂に成功したニュージーランド人のマーク・イングリスさん(47)ら約40人が、頂上付近で倒れている男性に気付きながら救助せず、登山を続けていたことが分かった。男性はその後、酸素欠乏で死亡した。(共同通信)
ふと目にしたこのニュースが、僕に遠い遠い日のある出来事を、記憶の闇の中からよみがえらせてくれた。
僕が高校2年の時の夏だったと思う。
夏休みの課外活動の一環として、気のあった仲間たちを中心に、尾瀬・至仏岳への登山を行なった。
山頂付近にはまだ雪の残っている山で、僕がこれまで登山らしい登山をしたのは、この時1回だけだった。
どういうルートで登ったのかなど、詳しいことは全く覚えていないが、山頂で撮った写真が数枚、いまも手元にあるから、これは夢ではなかったのだろう。
この至仏登山では、忘れられない出来事が起きた。
参加者は10人ほどだったろうか。みな同じ高校の2年生の男子で、ほかに引率の教師が1人いた。
岩肌のかなり急な斜面を登っていく。僕たちの上にも、また僕たちの下にも、結構多くのパーティーが連なっていた。
突然、ゴーッという予期せぬ轟音が上から聞こえた。
まず小石がパラパラと落ちてきた。その上を見上げると、直径1メートル近くもある大きな岩が、僕たちめがけて転げ落ちてくるのが見えた。
引率の飯利先生が「ふせろーっ!!」と、みなに叫んだ。
僕たちは、反射的に頭を両手でかばうようにして、姿勢を低くした。
大きな岩は、僕たちをかすめるようにして、下の方へと飛ぶように落ちて行った。
仲間内には、だれもけが人はなかった。
これ以上の落石がないことを確認して、僕たちは再び登山を始めた。
山頂でのことはあまり記憶がないが、そこで飲んだジュースの美味しさといったら、筆舌に尽くしがたい。
しばらくして僕たちは下山を始めた。
その途中で、僕たちは愕然とするものを見た。
死人のような真っ青な顔をして意識のない男性が、急ごしらえのタンカーのような布に包まれて横になり、数人がかりでゆっくりと山から下ろされている途中だった。
さきほどの落石の直撃を受けた、というのだ。
この男性を運んでいるのは、男性と一緒に登っていた横浜のパーティーということだった。
僕たちは強い衝撃を受けたが、それ以上は手助けの仕様もないと判断し、「どうぞお大事に」と声をかけて、一行を追い越して下山した。
後で聞いた話だが、岩の直撃を受けた男性は、腕を切断する結果になったという。
この出来事があってからというもの、僕は登山は怖いものという思いが消えることなく、一度も登山をしたことがない。
冒頭のエベレストでの出来事のニュースを読んで、僕はふと、あの時のことを思い出す。
落石の後、登山を再開して山頂まで行った僕たちの判断は、あれでよかったのだろうか。
下の方でけが人が出ていることを、その段階では知らなかったのだから、やむを得なかったともいえる。
では、下山の時に、意識のないほどのけが人を懸命に下ろしている人たちを見ながら、僕たちが追い越して先に下山したことについても、やむを得なかったといえるだろうか。
もう何十年も前の出来事とはいえ、心の痛みなしに思い出すことは出来ない。
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