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2006/08/25

冥王星人の天文学総会が地球を惑星から外す

冥王星人の天文学者たちの間では、ここ数ヶ月、太陽から3番目の軌道を回る「地球」を、惑星から外すべきかどうかについて、侃々諤々の議論を続けてきた。

地球を惑星からはずすべきだという論拠は、このところの地球人たちの暴走は目に余るものがあり、太陽系の惑星たちの大きな脅威となっている、という見方が広がっているためだ。

「地球人たちの戦争好きは、もはや看過できない。このままでは、いずれ太陽系を戦場にしてしまうだろう」

「それに、自分たちの住む星を、メチャメチャに破壊して平然としているとは、狂気の沙汰だ」

こうして、冥王星人たちは、そもそも惑星とは何か、という定義から改めて議論を始めたのだった。

惑星とは、生命が存在するとしないとにかかわらず、穏やかで安泰なものでなければならない、というのが、大方の意見だった。

さらに、惑星であるからには、そこに生きる生命体は太陽系全体の一員であるという謙虚な自覚を持つべきであって、宇宙は自分たちの思いのままになるという思い上がりは、太陽系の調和を乱すものである、という意見も多かった。

しかし、せっかく冥王星の子どもから大人までが覚えてきた「水金地火木土天海冥」というおなじみのフレーズを壊すのは忍びない、という声もあった。

議論は天文学者たちの多数決にゆだねられることになった。

昨日行なわれた、全冥王星天文学総会では、わずかな差によって、地球を惑星から外す提案が可決され、これによって地球は「虚惑星」という新たな分類に格下げされることが正式に決まった。

惑星の数は9個から8個になり、並び方は「水金火木土天海冥」になる。

冥王星ではさっそく、来年からの教科書の書き換えの作業に入った

来年といっても、冥王星の1年は、地球の1年に換算して248年もの長さがあるので、時間はたっぷりある。

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2006/08/23

「日本沈没」を見て、「テルーの唄」のCDを買う

33年ぶりに映画化された「日本沈没」を見てきた。

(以下、ネタバレあり。ご注意)

1973年末から翌年にかけて公開された「日本沈没」は、とても強烈な印象を受けたが、今回のリメイク版は期待したほどではなく、僕としては欲求不満が残った。

リメイク版なのだから、前作とは意識的に異なる作品にしようとするのは当然だが、それにしても基本的な点で首をかしげたくなるところがある。

まず、こういう映画を見に来る人たちは、何を最も期待しているか。それは地震や噴火による破壊シーンであり、群集のパニックシーンだろうと僕は思う。

阪神大震災という現実の大惨劇を経験した後で作られる映画であるからには、それをふまえた上で大都市が破壊され、大群衆が逃げまどう阿鼻叫喚の修羅場はゼヒモノだろう。

前作は、それなりに東京を襲う大地震とその被害の有様を克明に描いていたのだが、今回の作品は最も重要な首都への破壊シーンがさらりとしていて、とても物足りない。

銀座の和光ビルが破壊されたり、六本木ヒルズが倒れたりといったシーンはあるにはあるが、前作の首都パニックに比べると気が抜けたような感じがする。

どうせなら、数万人のエキストラを使って、膨れ上がる帰宅難民をさらに激震が襲うような、語り草になるパニックシーンを作って欲しかった。

僕が最も疑問に感じたのは、この地殻変動による日本沈没という事態を、草薙クン一人の犠牲的でヒロイックな行為によって、防ぎ止めるという決着の付け方だ。

なんとも安っぽいハリウッド映画の手法のようで、草薙クンはクールに好演しているのだが、この設定には非常に違和感を覚えた。

前作は、防ぎようのない日本沈没という事態をあるがままに受け入れ、世界の各地に散らばってしまった傷だらけの日本人の姿を、茫漠と描いてなんともいえない余韻に酔いしれたものだ。

というわけで、いま一つ、乗れない映画だったが、それよりも僕は、休憩時間に場内に流れている不思議な歌に強くひかれた。

僕は初めて聞いた歌だが、いま流行っている歌だろうか。誰が歌っている何という歌だろうか。

映画が終わって帰る前に、僕は映画館の従業員に、いま流れている歌はなんという歌なのか尋ねてみた。

これは「テルーの唄」で、隣の映画館で上映している「ゲド戦記」の挿入歌だという。

その足で僕は、新宿のCDショップに寄って、このCDを買ってきた。

歌っているのは、手嶌葵という19歳の歌手・声優。

なんと作曲者は、谷山浩子お姉さまではないか。

どうりで、しみじみほろりとするいい曲のはずだ。

「日本沈没」よりも、この歌を発見できたことが僕にとっての今日のシアワセだった。

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2006/08/20

37年前の甲子園決勝引き分けの日、僕は

夏の甲子園決勝は、駒大苫小牧・田中将大投手と早稲田実業・斎藤佑樹投手の一歩も譲らぬ力投を軸とした素晴らしい熱戦に決着が着かず、1-1のまま延長15回引き分けで明日再試合となった。

決勝の引き分け再試合は、1969年(昭和44年)8月18日、あの伝説となった青森・三沢と愛媛・松山商による延長18回引き分け以来、実に37年ぶりのことだ。

僕は37年前、今日と同じ熱い夏空の下、三沢の太田幸司投手と松山商の井上明投手を軸とした劇的な試合を、街頭の電気店のテレビで観戦していた。

テレビの前は、歩道を埋め尽くす黒山の人だかりで、両投手の一球一球をみな息を止めて見守っていた。

その日は、僕にとって後にも先にもたった1回だけの経験となったお見合いの日だった。

僕はまだ結婚など全く考えてもみなかったのだが、親同士が相談して日取りと場所を設定してしまったのだ。

三沢と松山商の試合が延長に入り、僕のお見合いとして設定された約束の時間は過ぎてしまった。

しかし僕は、もうじき決着がつくに違いないと思いながら、街頭のテレビの前にくぎづけになっていた。

そして、15回、16回、17回と進んでも0-0のまま決着が着かず、試合は18回へと進んでいった。

もうお見合いどころではないな、と僕は感じていた。

それよりも、歴史的なこの大試合の行方を見守ることこそ、僕にとっては一生に一度あるかないかの経験ではないか、という気がした。

延長18回が終わって、この死闘は日本のスポーツ史にいつまでも語りつがれることだろう、という意味のことを実況中継のアナウンサーと解説者が語っていた。

その余韻がさめやらない状態で時計を見ると、約束の時間から1時間半が過ぎていた。

もう、お見合いの相手も、両方の親も、とっくに帰ってしまったに違いないと思いながら、指定された喫茶店を覗いてみた。

驚いたことに、大幅に無断で遅刻したにもかかわらず、まだ一行は僕を待っていた。

僕は、甲子園の決勝が延長18回引き分けとなってしまい、それをテレビで観戦して、と、しどろもどろの弁解をして席に着いた。

相手の女性とは、僕は初対面だったが、一生を決めるかもしれない大事な場をほったらかして、テレビで野球観戦をしていたとは、相手に申し訳ない気持ちだった。

親同士がころあいを見て席をはずし、僕はその女性と二人きりになったのだが、なんだかとても気まずい雰囲気となって、30分もたたないうちにお別れをした。

この話はそれ以上進まず、僕にとって再び他の人とお見合いをすることもなく、歳月が経過した。その時の相手の女性は、ほかの男性と結婚したと、風の便りに聞いた。

さらにさらに多くの歳月が過ぎて、僕の親が亡くなった時のことだ。

一人の婦人が、激しく泣きじゃくりながら、お焼香に訪れた。

たまたま僕が応対に出たのだが、この女性こそ、あの日、僕が高校野球の延長18回引き分けをテレビで見ていて、お見合いに大幅に遅れてしまった、その時の相手の女性だった。

お焼香をする間も、彼女は声を上げて泣き続けていた。

僕は、「ありがとうございました」と言葉少なに見送るだけが精一杯だった。

あの時、三沢と松山商の試合が引き分け再試合にならずに、もっと早い段階で決着が着いていたら、僕の人生と運命は、今とは変わったものになっていただろうか。

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2006/08/15

5年ぶりに、運転免許証の更新に行ってきた

今日は都庁第2庁舎の運転免許更新センターに行って、5年ぶりに免許証の更新をしてきた。

まだお盆休みの延長ということか更新に訪れる人は少なく、窓口はガラガラで、並ぶこともなくスイスイと手続きが進んだ。

僕はこの5年間、無事故・無違反の「優良」の扱いで、講習は30分で済んだ。

事故や違反などが1回で程度の軽い人は、1時間の講習になる。事故や違反がそれ以上重かった人は、府中などの試験場に行って2時間の講習を受けなければならないのだ。

僕が「優良」だったのは、何も僕の運転がうまいわけではなく、この5年間に1度も車を運転しなかったからに過ぎない。

正直なところ、これからも僕は車を運転する機会はほとんどないのでは、と思う。

僕は普通免許に加えて大型自動二輪の免許もあるのだが、大型のオートバイを運転した経験は生涯に一度もない。

どちらもペーパードライバーもいいところなのだ。

運転する機会がほとんどないのにもかかわらず、毎回、必ず更新手続きをしているのは、僕にとっては運転免許証がほとんど唯一の写真付き身分証明書だからである。

とくに会社を辞めて社員証がなくなってからは、銀行や役所の窓口で、あるいはレンタルDVD店などで、免許証は僕が僕であることを証明するために欠かせないものとなっている。

パスポートにも写真は付いているが、パスポートを普段から持ち歩くのはとてもキケンなので、国内では携帯していない。

前回、更新したのは21世紀の最初の年、2001年だった。古い免許証を見たら、僕は奇しくも今日と同じ8月15日に更新に行っている。

それから1カ月も経たないうちに、同時多発テロが世界の様相をすっかり変えてしまおうとは、だれが予想し得ただろうか。

今回更新した免許証の次の更新は、5年後の2011年になる。

これからの5年間に、世の中はどのように変わっているだろうか。

もしかして、第3次世界大戦が起きているかも知れない。

死の灰におおわれた世界では、たとえ生き延びていたとしても、免許証の更新どころではないような気がする。

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2006/08/13

帰省先のホテルで水責め!

お盆のお墓参りで、いま郷里に帰省している。

郷里といっても、僕はもう実家がないので、いつも墓のある寺に近いホテルに宿泊しているのだ。

先程、お風呂に入った後、浴槽の栓を抜いて、お湯を全部、捨てた(はずだった)。

ところが浴槽の外に出て驚愕した。

洗面台とトイレがある方のバスルーム全体が、お湯の池になっているではないか。バスマットなどはプカプカ浮いて泳いでいる。

僕はいつも、ホテルでお風呂に入る時は、お湯を浴槽外に溢れさせないよう、神経質に気を使っている。

今日もお湯は一滴も浴槽の外に溢れていないはずである。

このお湯の池の中に、僕は素っ裸でたたずみながら、まず何をすべきか考える。

浴槽外に溜まった大量のお湯が、バスルームを越えて部屋の絨毯の方まで溢れるのを阻止しなければ。

そこで僕は、バスルームにあるゴミ入れ用のバケツを使って、池のお湯を汲んでは浴槽に入れ、これを数十回繰り返す。

ところが浴槽に入れても入れても、池のお湯は一向に減らない。浴槽に戻したお湯は、そっくり浴槽外に出てきているのだ。

ここで僕は無駄な作業を止めて、ホテルのフロントに電話する。

「至急伺います」という返事に、僕はいくらなんでも素っ裸のままではまずいだろうと思い、パンツをはく。

そこへ従業員がかけつけてドアのチャイムが鳴る。女性の従業員だったらどうしょうなどと思ったが、男の従業員だった。

従業員は、パンツ一枚の生々しい僕の姿とお湯の池に驚き、すぐに施設担当の作業員を連れてくる。

作業員が排水パイプの状態を調べたところ、排水音を小さくするためのゴムのカバーが排水管に詰まっていたことが判明した。

これではお湯が流れずに池になるのは当然である。

ホテル側は平謝りで、バスルームを清掃し直し、ようやく一件落着である。

このところ、パソコンの電源ユニット故障、ウイルス対策ソフトのトラブル、エアコンの水漏れ、テレビの赤外線受光部の破損と、僕の家ではシステムのトラブルが相次いだが、まさか帰省先のホテルにまでトラブルが追い掛けてくるとは…。

これはもう本気でお祓いをしてもらう以外にないな。

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2006/08/09

ギャーッ、こんどはテレビが壊れた~!!

エアコンの水漏れを修理したもらったばかりというのに、その同じ日に、こんどは37インチのブラウン管テレビが壊れた!

夜7時のニュースを見ようと、リモコンのスイッチを入れても、テレビはウンともスンとも言わない。

リモコンの電池を入れ替えてみたが、やはりダメだ。

このテレビは1987年製の三菱のテレビで、まだソ連が健在だったころに作られた製品だ。

去年、とうとう電源が入らなくなって、基盤を交換してもらって生きながらえている長寿テレビなのだ。

こんどこそ寿命かと観念したが、よく見ると、主電源のランプは点灯している。

そこでリモコンを使わずに、本体の電源を手動で入れてみたら、映像と音声が現れた。本体のボタンでチャンネルや音量も変えることが出来る。

いろいろとやってみたら、リモコンそのものも壊れていないことが分かった。

どこが故障しているかというと、リモコンの赤外線を受けて作動するはずの本体側の受光部分が死んでしまっているのだ。

早速、三菱電機のサービスセンターに電話して修理を依頼する。

「お客様のところへは本日、うちからエアコンの修理にうかがいましたでしょうか」と言われて、僕は初めて、どちらも同じ三菱だったことに気づく。

「重ね重ね、ご迷惑をおかけして申し訳ございません」と電話の向こうでは謝っている。

「いえいえ、そういえばエアコンも三菱でしたね」と、僕の方が返す言葉に窮する。

ともかく、明日早速、修理に来てくれるという。

同じメーカーの異なる電化製品の修理に2日続けて来てもらうのは、僕も初めてのことだ。

今年2月には、15年間使った洗濯機の寿命が尽きて、買い換えている。

7月末からはパソコンの電源ユニットが壊れたのを皮切りに、ウイルス対策ソフトのトラブル、エアコンの水漏れと続いて、今日のテレビのダウンである。

電化製品がこんなに立て続けに次々と壊れていくのは、お祓いをしてもらう必要があるのだろうか。

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こんどは、またまたエアコンの水漏れ

パソコンの電源が入らないトラブルが直り、新しく導入したウイルス対策ソフト「ウイルスバスター2006」もようやく順調に作動するようになった。

やれやれ、やっと一息つける、と思った矢先に、こんどはエアコンの水漏れが始まった。

エアコンの水漏れについては、2年前にひどい目にあっており、その詳細は04年7月18日のブログに書いた。

また、この時の大騒動の顛末については、去年6月24日のブログにまとめている。

前回、騒動の元となったのはダイキンのエアコンで、これについてはその後、水漏れもなく、順調に作動している。

今回、水漏れが始まったのは、それとは別の三菱のエアコンで、02年10月に量販店で購入して、5年間の長期保障に入っている。

このエアコンは去年7月に、突然作動しなくなって、室外機の基盤を交換してもらっているが、水漏れを起こしたのは初めてのことだ。

3日前に量販店に電話して、水漏れを直してくれるよう依頼した。

電話に出た女性担当者は、つぎのような返事をした。

「5年間の長期保障は、あくまでエアコン本体に不具合が生じた場合の保証でございます。水漏れの場合は、エアコン本体の不具合ではなく、設置に関わる不具合が原因ということも考えられます。その場合は、保障の対象とはなりませんので、ご承知下さい」

ええっ? じゃあ、水漏れの修理は長期保障の期間内であっても、実費を請求するかも知れない、ということか?

しかし、エアコン室内機の本体の下から、ポタポタと水漏れが起きているのは、ユーザーにとっては本体の不具合以外の何物でもない。

そもそも、購入した時に長期保障に入るように勧めた量販店の担当者は、水漏れについては5年以内でも対象外になることがあるとは、一言も説明がなかったぞ。

僕は、電話の担当者に、水漏れが保障の対象外というのは話が違うと言ったら、「修理に伺った者が状況を見た上で、保障の範囲かどうかを判断することになりますので‥」ということだった。

そして今日、修理の担当者がやってきた。

エアコン本体に組み込まれた排水パイプのつなぎ目部分がたるんでいて、僅かな隙間が出来ていたのが原因らしく、担当者はこのつなぎ目部分を新しい粘着テープで厳重に覆い直す。

修理費用がどうなるのか僕は目を光らせていたのだが、修理済みの伝票にサインをするだけでOKだった。

2年前と今回と、違うメーカーのエアコン騒動を通じて得た教訓は、水漏れについては基本的にメーカーが修理責任を負っているはずなので、ユーザーは出来るだけその立場を貫いたほうがいい、ということだ。

量販店もメーカーも、最初はなるべく責任を負いたくないようなことを言うかも知れないが、そこで折れてはダメである。

そのためにも、フィルターの掃除など、説明書に書かれた通りの日常的な手入れをきちんと行なっておくことは、ユーザーの責任である。

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2006/08/02

ウイルスバスター製品版の欠陥が原因

30日に購入したばかりのウイルスバスター2006が、31日、1日と続けて同じトラブルとなり、その都度、再インストールを強いられた件で、今日は朝一番でウイルスバスターの電話相談窓口に電話した。

エラーメッセージの画面をキャプチャーしておいたので、それに従って一言一句そのままに伝えると、電話の担当者は即座にこう答えた。

「それは製品版のプログラムの欠陥が原因と思われます。修正の方法を、今からメールでお知らせしますので、それに従って修正して下さい」

製品版に欠陥があるとは、どういうことだ。僕がこれを新宿の量販店で購入したのは、わずか3日前のことだ。

プログラムに欠陥があることを承知で、平気でユーザーに売り続けているということならば、問題は大きい。

僕は担当者に、製品版はすべて欠陥があるのか尋ねたところ、修正されていない古いバージョンがまじって出回っている、ということだった。

これが、電化製品や自動車ならば、当然リコールの対象となり、頬かむりして売り続けたならば社会的糾弾を受けなければならないところだろう。

ともかく、しばらくして担当者から送られてきたメールに従って、ウイルスバスター2006HotFixという修正用プログラムをダウンロードし、それを実行させて欠陥プログラムを修正した。

1_1

修正プログラムの説明を見てみると、このプログラムで修正する必要があるのは、ウイルスバスター2006の次のバージョンとなっている。

  バージョン14.00(ビルド1341)
  バージョン14.10(ビルド1023)
  バージョン14.10(ビルド1041)

このバージョンは、製品パッケージにもCDにも書かれてなく、実際にCDからインストールした後でウイルスバスター2006を立ち上げ、バージョン情報のところをクリックして初めて分かるようになっている。

僕の場合は、3番目のバージョン14.10(ビルド1041)に該当していた。

つまりは店頭で売っている製品版のパッケージからは、欠陥プログラムのままなのか、修正が施されているものなのか、判断がつかないのだ。

こうした場合、ソフトの製造販売元であるトレンドマイクロ株式会社は、どのような対処をすべきであろうか。

僕が思うには、このような重大な欠陥があることが分かった段階で、製品版をすべて回収し、修正をほどこして問題がないことを確かめた製品だけを改めて店頭に並べるのが、常道というものだろう。

百歩譲って、全部を回収することは打撃が大きいと会社の方で判断したのなら、少なくともインストール後にユーザー登録がなされた段階で、2006の登録者全員に、一部製品に欠陥がある旨を直ちにメールで知らせ、バージョンが該当していたならば修正プログラムをダウンロードして修正するように、と周知させるべきなのだ。

それをネグレクトして、僕のように原因が分からないまま、2度も再インストールを行い、挙句の果てにサポートセンターに電話してきたところで、ようやく欠陥プログラムであることを伝えるというのは、企業としてのモラルを欠いており、無責任の極みとしかいいようがない。

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2006/08/01

ウイルスバスターでまたまたエラー!!

230日に購入したばかりのウイルスバスター2006が、昨夜31日に続いてまた1日夜に同じエラーとなった。

こんどはエラー画面をキャプチャーして「証拠保全」した。

エラーメッセージは前日と同様に2つ同時に出現し、一つは「重大な問題が発生しました。ウイルスバスター2006を再インストールしてください」というもの。

もう一つは、ウィルスが見つかったので隔離したというもの。ウィルスが見つかった場所は、前日と同じくCドライブの中のウイルスバスター2006のフォルダの中となっている。

この障害によって、メール受信の時に出るはずの「受信メールを検索しました」というポップアップウィンドウが全く出なくなった。

原因が何なのかはともかくとして、ここは泣く泣く再インストールをする。

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買ったばかりで、2日も続けて連日、再インストールしなければならないようでは、ウイルスバスター2006は使い物にならないと感じる。

ウイルスバスターの電話相談窓口は朝9時半からなので、この時間はどうすることも出来ない。

これはもはや、欠陥ソフトというほかないだろう。

朝になったら電話して根本的は対処を要請するつもりだが、相手の対応によっては、ウイルスバスターに見切りをつけるほかあるまい。

トレンドマイクロ社はカネを返せ! 

それよりも、ここ数日間、無駄に費やした時間を返せ!

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