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2006/12/25

朝日新聞号外で振り返る2006年

2006年も残すところ1週間。今年はみなさんにとってどんな年でしたか。

僕は年明けて間もない1月23日のホリエモン逮捕をきっかけに、忽然として号外マニアとしての道に目覚め、今年は大きな出来事があるたびに、号外を逃さないように手を尽くしてきました。

ここでは、今年僕が集めた主な号外とともに2006年を回顧してみましょう。日付は号外の発行された日付です。

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1月23日 ホリエモン逮捕の衝撃ニュースが世界をかけめぐる。ライブドア株を買って値上がりを夢見ていた多くの個人投資家たちは、どん底に。

2月7日 秋篠宮妃紀子さま第3子をご懐妊。もしや男児だったら、の期待が広がり、皇室典範改正の動きは一気にしぼむ。

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2月24日 トリノ冬季五輪で大惨敗となった日本選手団の中で、燦然と輝いた荒川静香選手の金メダル。日本中にトゥーランドットのメロディーが流れ、イナバウアーのマネをして後ろに転倒する人たちが後を断たなかったとか。

3月21日 WBCで王ジャパンが苦戦を乗り越え、準決勝で韓国を、決勝でキューバを破って初代の世界一に。燃えるイチロー選手にシビレました。

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6月5日 村上ファンドの村上世彰代表逮捕。「お金もうけ、悪いことですか」の言葉が、耳に焼き付いています。

8月21日 夏の甲子園は37年ぶりの決勝再試合に。優勝した早実のハンカチ王子に日本中がフィーバー。駒大苫小牧の田中クンも素晴らしかったなあ。プロの世界で二人が対決する日が待ち遠しい。

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9月6日 紀子さまが皇室41年ぶりの男児出産。悠仁天皇が誕生するのは、今世紀の半ばころか。雅子さまの心境やいかに。

10月9日 北朝鮮が核実験を発表。翌10日は新聞休刊日で朝刊がないため、朝日は2日続けて号外発行。北に振り回された1年でもありました。

来年2007年はどんな号外が発行されることでしょうか。

ではどなたさまも、よいお年をお迎え下さい。

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2006/12/11

天文年鑑からようやく神武紀元が消えた

061211_1540_1毎年、黄色くなったイチョウの葉が寒風に散って、歩道に散乱する時期になると、僕は新しい年の天文年鑑を買わなければ、と思い出す。

今年は、秋が暖かかったためにイチョウの黄葉がいつもより遅く、僕が天文年鑑のことを思い出したのは、12月も10日になってからだった。

新しく買ってきた2007年版の天文年鑑をパラパラとめくって見て、一つの重大な「異変」があることに気づいた。

それは‥

天文年鑑の冒頭には、「展望」と題するページがあって、新しい年が暦の上でどういう年であるかについての記述があり、その1年の間に起こる主な天体イベントなどを紹介している。

その展望の書き出しにはこれまで恒例のように、西暦年数と干支、平成の年数、日本紀元による年数、さらに明治・大正・昭和の年号を通算した数字が書かれていた。

例えば、21世紀最初の天文年鑑である2001年版では、「2001年の年の干支は、辛巳(かのとみ)であり、平成13年、日本紀元2661年、明治134年、大正90年、昭和76年にあたり、平年である」というぐあいだ。

ここで、物議をかもしてきたのが日本紀元を書くことの是非である。

科学書である天文年鑑が、神話上の存在である神武天皇の即位から始まる日本紀元を、毎年のように冒頭に表記することは、妥当なのだろうか、という疑問が当然出てくる。

こうした批判があることを編集側でも十分意識していたようで、2004年の天文年鑑では、この箇所に続けて、「ここで、神武紀元年数という反動的な文言を嫌う向きもあるが」として、現行のグレゴリオ暦の根拠となっているのは明治5年の詔勅であることを説明。日本紀元を書く必要があることを強調している。

2005年の天文年鑑も、前年と同じ釈明文が書かれているが、2006年版になると、「日本紀元」という遠慮がちな言い方をやめて、ストレートに「神武天皇即位紀元」と表記し、その理由については次のように強い調子で言い切っている。

「西暦2006年は平成18年で、明治139年、大正95年、昭和81年にあたる。神武天皇即位紀元では2666年になる。神武紀元という非科学的なものを科学書に載せることに批判の声もあるが、どの年が閏年になるかを定める勅令(明治31年勅令第90号)が神武天皇即位紀元数を基準にしているため、この年数が分からないと法的には今年が平年か閏年かを判断できないのである」

神武天皇即位紀元が分からなければ閏年かどうかが判断できない、という詭弁とも思える論法については、僕の去年11月26日のこのブログで書いているので、今回は詳しくは触れない。

2006年版のこの記述について、どのような反響が寄せられたのかは知るすべもないが、昨日買ってきた2007年版の「展望」では、創刊以来、半世紀以上に渡って書いていた「日本紀元」も2006年版の「神武天皇即位紀元」も、姿を消している。

それとともに、明治・大正・昭和からの通算元号もきれいさっぱり消えてしまって、このくだりは次のような超シンプルな記述になった。

「西暦2007年(平成19年)は平年で、年の干支は丁亥(ひのとい、ていがい)である」

これで十分ではないか。なぜ今まで1949年の創刊以来、神武紀元にこだわり続けてきたのか、むしろ不思議な気がする。

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