ロシアより愛をこめて送る20
今日もモスクワは、朝から雨が降ったり止んだりのぐずついた天気で、長袖の上着がなければ寒いくらいだ。
赤の広場は、モスクワに着いた初日に来て見たが、まだじっくりとは見ていない。
そこで今日は、赤の広場の中央にあるレーニン廟に行ってみる(写真)。廟の内部は一般の人達にも公開されていて、週のうち月曜と金曜を除く5日間の、朝10時から午後1時までのわずか3時間だけ中に入ることが出来る。
僕が10時過ぎに行ってみたら、廟からずっと離れた場所がゲートになっていて、なんとすでに500人くらいの長い行列が出来ている。ツァーの団体観光客は皆無で、ほとんどがロシアの一般市民たちという感じだ。
ソ連が崩壊して以降もレーニン人気は全く衰えず、むしろ絶対的なシンボルとして神格化された重苦しさがなくなって、かえって気楽に訪れる人達が多くなっているのかも知れない。
1時間近くかかってようやくゲートまで列が進み、そこで荷物検査とボディーチェックを、一人ずつ受ける。
大きなバッグやカメラは持ち込み禁止で、チェックでひっかかったら、せっかく並んでいても荷物預かり所まで行って預けなければならない。
僕は、ケータイがカメラであると判断されないように、電源を切ってバッグの底に仕舞い込み、もし何か言われたら、今は電源をオフにしているので作動しない状態になっている、と説明するつもりで緊張してゲートをくぐった。
結局、バッグの中は覗かれたものの、何も言われることなく晴れて関門を通過。まるで安宅の関を通る気分だ。
そこから100メートルほど歩いて、警備がますます厳重になる中、いよいよレーニン廟の中に入る。
廟の中は、ほとんど真っ暗に近い状態で、通路が何箇所かで曲がって通っていて、しかも少しずつ下り階段があり、壁を手探りで触りながら慎重に歩かないと、躓いて転びそうで危ない。
ぱっといきなり広い空間に出て視界が開け、僕はそこで目にした光景に、思わず息が止まるような衝撃を受けた。
部屋の中央には、立派な寝具をかけた大きな寝台があり、そこには、あのレーニンその人が、亡くなった時と同じ姿で眠っていた。
顔と両手は、そこだけ照明が照らされていて、まるで本当に生きていて眠っているかのように血色がよく、とても遺体には見えない。
僕はそれまで、レーニン廟というのは遺体が中に安置されて蓋が閉じられている棺を外側から見るものだとばかり思っていた。
どのような遺体処理の技術を施して、この姿のまま永久保存出来ているのかは分からないが、生の遺体を国民や外国人観光客に公開しているロシアという国の、大きさ、深さをつくづくと思い知らされた。
レーニンは、自らが先頭に立って成し遂げた社会主義が崩壊し、市場経済が急速に進むロシアの変貌を、どんな思いで見つめているのだろうか。ロシア国民の選択に今なお信頼を置いて、安心して眠り続けているのだろうか。
ゆっくりと廟の中を回った後、僕はそのまま外に出るのは何だか礼を失するような気がした。日本だったら普通、手を合わせるだろう。しかしここで合掌も似合わない。
僕は、レーニンに向かって軽く頭を下げ、一礼をしてから出口に向かった。
BANYUU
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