ロシアより愛をこめて送る21
モスクワは、明け方まで降っていた雨もあがり、晴れ間がのぞいてようやく暖かくなる。今日は雀が丘を目指す。
パックツァーでは定番となっている観光名所で、だいたいは観光バスで訪れるところなのだが、僕は地下鉄で6駅ほど乗って、ヴァラビョーヴィ・ゴールイという駅で降りる。
駅はモスクワ川の真上に造られた、まだ新しい建物だ。改札を出て、案内標識を見上げながら、雀が丘にはどっちの方向に行けばいいのか探すが、分からない。
戸惑っていると、「どちらへ行かれるのですか」と若い女性がロシア語で声をかけてきた。20代の中頃くらいの、知的な感じで物腰の柔らかい、きれいなお姉さんだ。
「雀が丘へ行きたいんですけど」と言うと、お姉さんは「それは、こちら側じゃないわ。反対側の改札から出なきゃだめだったのよ」と言う。
モスクワの地下鉄は、エスカレーターが長いこともあって、改札口が一個所しかないところが多く、この駅も出口は一方向だと僕は思い込んでいた。
「反対側の改札に行くって、どうやって…」と僕はまごつく。切符を買い直して再入場すればいいのだろうか。
お姉さんは、困った旅行者ねえ、という顔をしていたが、「じゃあ、こっちへおいでなさい」と、僕を改札口の手前まで連れていく。
そしてお姉さんは、なんと自分の定期券をバッグから取り出して、さっと改札機の読み取り口に当てた。日本のスイカのようなものなのだろう。
改札のバーが自動的に開き、お姉さんは「早く通って」と合図する。僕を通すために、お姉さんがとっさの機転を働かせくれたのだ。モスクワの地下鉄は入る時の改札があるだけで、出る時はフリーパスだ。
「スパシーバ!」とお姉さんにお礼を言いながら、僕は改札口を通り、反対側の改札から出ることが出来た。
なんと親切で融通のきく、優しいお姉さんなのだろうか。捨てる神あれば拾う神あり。ロシアには、僕のケータイを魔術のように奪ったスリもいるが、このお姉さんのように僕を助けてくれた女神もいる。
お姉さんは、定期券を持っているところからして、もしかして、モスクワ大学の大学院生か研究者なのだろうか、と想像してみる。なんだかそんな雰囲気の女性だった。
ここ雀が丘は、モスクワ市街を一望出来る高台にあり、展望台の真後ろにはロシア随一の最高学府、モスクワ大学がそびえている(写真)。
近くまで行って見るモスクワ大学の学舎は、中央の建物が32階建てで高さ240メートルもあり、正面の幅は450メートルもある。ここの14学部に3万2000人の学生が学ぶ。
モスクワの随所にそびえ立っていて、その偉容で目を引くスターリン・クラシック様式の建物の中でも、最大の規模を誇るのが、モスクワ大学の建物だ。
雀が丘の丘陵をうねる道を、てくてく歩いて川べりに向かう。上って来る時もそうだったが、観光客どころか、人っ子一人いない静かな道で、怖い気もするが、ともかく川岸までたどり着く。
ちょうどいいタイミングで、キエフ駅付近から来たモスクワ川クルーズの遊覧船がやってきて、これに乗車する。遊覧船ではあるが、いくつもの船着き場に寄って、降りる人あり乗る人ありの公共交通機関でもある。
モスクワ川から眺めるクレムリンなど、さまざまな街の光景は、歩いて見るのとはまた異なった表情をしていて、格別の味がある。
BANYUU
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