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2007/09/30

麗しのモスクワは、幻のごとくに(動画)

ロシアの一人旅から帰って、今日で2カ月になる。

ペテルブルクもよかったし、モスクワはひときわ心に残る都市だった。

モブログには掲載しなかったが、モスクワに着いた日の夕方、革命広場では演奏にあわせて、男女の市民たちが軽やかに手を取り合ってダンスをする光景が印象的だった。

ケータイを動画モードにして撮ったら、僕のケータイの構え方が悪かったのか、上下が逆さまに撮れていたのには驚いた。

逆さまになった動画をパソコンで再生し、それをもう一度ケータイで逆さまに撮ったのが、下のフラッシュ動画だ。

再生画像の再撮影なので、画質はよくないが、モスクワの雰囲気はおぼろげながら出ていると思う。

麗しき懐かしの都、モスクワ。ぜひもう一度、行ってみたい。


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2007/09/23

大久保で2年ぶり、鉄砲百人隊の出陣(動画)

大久保の皆中稲荷神社の例大祭で、2年に一度行なわれている鉄砲組百人隊の出陣が、秋分の日の23日、神社周辺の百人町や西新宿で繰り広げられた。

僕は前回03年には見物したが05年は見る機会を逸し、今回は4年ぶりの見物だった。

ケータイを動画モードにして撮影したので、その動画をフラッシュでブログに貼り付けてみた。

鉄砲百人隊の発射の様子は、言葉で書くよりも、動画をご覧になっていただいたほうがよさそうだ。


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2007/09/20

ドストエフスキーの「賭博者」を読む

Scan0051書店の棚でたまたま目にとまったドストエフスキーの「賭博者」を買ってきて、一気に読んだ。

僕がこれを読もうと思った理由は単純で、新潮文庫から文字の大きな版になって出たからである。

これはドストの作品の中でも、喜劇的要素の極めて濃い異色の作品であろう。

(以下、ネタバレあり。これから読もうと思っている方はご注意を)

ドイツの、とある温泉地のホテルに、ロシア人の一家やその家庭教師、一家と利害関係があるさまざまな人たちが逗留している。

詮方なく、ときたまカジノのルーレットで遊んだりしているが、この連中はみな、一家の親戚でモスクワにいる大富豪のお祖母さんがいつ臨終を迎えるかを、息をひそめて注目している。

お祖母さんの容態はかなり悪いらしく、みなあからさまに口には出さないが、お祖母さんの遺産が転がり込むことを、それぞれがあてにして待ちわびている。

そんなある日、まったく突然にみなの意表を突いて、当のお祖母さんが、かくしゃくとした姿で車椅子に乗って、毅然として連中の前に現れる。

ドストは、登場人物を極限の状態に追い詰めて、その言動や心理状態を描写するのがうまいが、お祖母さんの信じられない登場に驚き、あわてふためく連中の姿が、目に浮かぶように面白く描かれている。

お祖母さんは、みんなが自分の遺産をあてにして、いまかいまかと死の知らせを待っていたことも知っている。

物語のクライマックスはこの後だ。

ホテルの近くにカジノがあることを知ったお祖母さんは、どんなものか見てみたいと言い張って、車椅子に乗って賭博場に連れて行ってもらう。

ちょっとやってみようかと、ルーレットに手を出したお祖母さんは、立て続けに勝ってしまう。

これでお祖母さんは、すっかりルーレットにはまってしまい、一家や見物人たちの忠告にも全く耳を貸さずに、賭博に夢中になってしまう。

挙句の果ては、みんなが遺産として期待をかけていた財産の大半を使い果たしてしまって‥‥

という筋立てで、この物語の主役は、「わたし」として一人称で語られている家庭教師よりも、むしろお祖母さんなのだと僕は思う。

僕も若いころには、ポーカーにはまってしまって、今だから言うのだが、貯金通帳一冊をゼロにしてしまった経験があるので、賭博に引きずり込まれる心理はひとごととは思えない。

映画化すれば面白いのに、と読みながら感じていたのだが、後で調べてみたらすでに1958年に、クロード・オータン・ララ監督、ジェラール・フィリップ主演で映画化されていた。(邦題は「勝負師」)

日本を舞台にしてお祖母さんとそれを取り巻く人間模様に絞り、三谷幸喜あたりが映画化してくれたら面白い作品になると思うのだが、実現しないかな。

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2007/09/05

幻のフルトヴェングラー「第9」音源

Scan0031フルトヴェングラーによるベートーベンの「第9」といえば、伝説の名盤となっているのが、1951年7月29日のバイロイト祝祭管弦楽団による「実演版」(EMI版)で、これを上回る演奏は望めないと言われるほどの高い評価を得てきた。

ところが、この名盤は実は同じ日に行なわれたリハーサルの録音を大幅に取り込むなど入念な「化粧直し」を施した編集版だった可能性が濃厚で、実際に本番で演奏された未編集の音源は、半世紀以上もバイエルン放送のアーカイヴに眠っていた、と言う衝撃のニュースがこの夏、日本の音楽ファンの間をかけめぐった。

しかも、この正真正銘の生演奏版は日本のフルトヴェングラー・センターがバイエルン放送とライセンス契約を結んでCD化に成功し、センターの会員に限り期間を限定して販売に踏み切った、というからフルヴェンファンの心中は穏やかではない。

僕も長い間、EMI版に心酔してきたのだが、早速、入会費を払ってセンターのにわか会員になり、2600円でこのCDを入手した(写真)。

まずは、なにはともあれセンター版を聴いてみる。音質はEMI版よりかなり鮮明で、演奏の詳しい比較について僕は分からないながらも、全体として流れが自然な感じで、EMI版よりもフレッシュな緊迫感が凄い。

これこそが手の入っていない生のバイロイトなのだということに、十分な説得力を感じる演奏で、これが世に出たことの意義は計り知れないだろう。

センター版の登場で、これまでEMI版を絶賛してきた音楽評論家やファンの間では、とまどいとともにさまざまな意見が出され、今月号の「クラシックジャーナル」や「レコード芸術」では、「2つのバイロイト」をどう評価するかが最大の関心事となっている感すらある。

フルトヴェングラー・センターの見解に真っ向から異議をとなえる批評家もいて、実演はEMI版の方でセンター版こそがリハーサルなどを取り込んで編集したものではないか、という。

2ちゃんねるなどネットの掲示板でも、2つを聴き比べたファンの間で百家争鳴の意見や感想が書き込まれている。

没後50余年を経て、これだけの大論争を引き起こすフルトヴェングラーは、やはりたいしたものだと僕は妙なところで感心してしまう。

ちなみに、これで僕が持っているフルトヴェングラーの第9は4種類になった。

1942年3月 ベルリン・フィルハーモニーによる定期演奏会実況(いわゆるソ連版)
1943年12月 ストックホルム・フィルハーモニーによる演奏会実況
1951年7月 バイロイト祝祭管弦楽団(EMI版)
1951年7月 バイロイト祝祭管弦楽団(センター版)

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