ドストエフスキーを2冊読む
秋の夜長に、ドストエフスキーを2冊読んだ。どちらも、僕は初めて読む作品で、新潮文庫から文字の大きな版が出たことが、読んでみようという動機になった。
まず『死の家の記録』。これは、言うまでもなく、いったんは死刑まで宣告されたドスト自身の過酷な獄中体験を綴ったもので、小説の形式をとってはいるものの、貴重な体験ルポとして、作り物にはない生々しい描写と迫力に満ちている。
ここに描かれた囚人たちの人間模様、とりわけ食事や睡眠、入浴、病気、鞭刑など監獄生活の描写は、ドストにしては珍しく細部に至るまで精緻を極め、まるでブリューゲルの絵画を見るようだ。
囚人たちの間での金の貸し借りや、獄内で高利貸しを営む囚人の話。建前としては禁じられている酒を外部からこっそり持ち込んで獄内でウォッカの密売をする囚人たちの話などは、わくわくするほど面白い。
獄内で囚人たちが自主的に企画して実施した演劇公演のくだりも圧巻だ。
次から次へと登場してくるさまざまな囚人たちの、身の上話や生き様からは、人間というものを鋭く観察するドストの視線が伝わってきて、後に書き上げる多くの作品の主人公たちの萌芽が、これらの囚人たちに見られるのも興味深い。
ドストの多くの小説で、犯罪や裁判、監獄、刑罰などが大きなモティーフとして流れているのは、こうした自身の体験を通しての人間への深い洞察があることを、この小説は気づかせてくれる。
もう一冊は、『虐げられた人びと』。これは、不思議な老人と老いた犬の書き出しからして、読む者を小説内に引き込んで、読むのがやめられなくなる。
私(ワーニャ)が綴るナターシャとアリョーシャの恋愛関係を横糸とすれば、冒頭の老人とその孫娘のネリーの悲惨な人生が縦糸となって、物語はテンポよく次から次へと意外な展開になっていって、面白さという点ではドストの中でもカラマーゾフに次ぐのではないか、と僕は思う。
このネリーという少女は強烈な印象を読む者に与え、最後に明かされるドンデン返しが衝撃的だ。
登場人物はそれほど多くなく、『白痴』や『悪霊』のような長大で難解なところもなく、読みやすくてしかも読後感の良い傑作としてお勧めだ。
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