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2008/02/23

北新宿再開発地域にとどまった咳止地蔵尊

080223広大な地域に密集していた木造家屋や木造アパートを取り壊して、数年前から大規模再開発が進められている北新宿地区。

地上げが終わって、真新しい道路が貫通したこの地域の一角に、古い小さなお社だけが、取り壊されることもなくポツンと残っている、という話を06年5月4日のこのブログで書いた。

今日、春の陽気に誘われて、久々にこのあたりを散歩してみたら、なんとこれは淀橋咳止地蔵尊であることが真新しく設置された看板によって分かった。

ということは、お社や祠ではなくて、地蔵堂であったことを知る。そのお堂も看板と同じくらいピカピカに新造されていて、中にはみるからに古い感じのお地蔵さまが、布のようなものを頭から肩にかけて鎮座している。

お堂の脇の石碑には、こんな文字が読める

咳止地蔵尊
傳ヘ聞ク寳永五年十月廿四日當柏木二丁目二百番地東北隅ニ地蔵尊ヲ建立セラル 爾来二百四十有余年星移リ物変リタルモ霊験特ニ顕タカナリ 昭和十二年十一月道路改正ニ依リ現在ノ地ニ遷座シ崇敬常ニ厚シ 戦災ノ疫ニ遭ヒ焼失セルヲ遺憾トシ我等相企リ新ニ尊像ヲ建立堂宇ヲ復興セシハ是他ナシ 功徳ニ依ッテ一切衆生延命息災ニ町内ノ繁栄安全ヲ楽シミ未来ニ於テモ幸アレカシト念ズルニ在ル而已
                  昭和廿六年七月廿三日 淀橋地蔵講

1951年に建てられたこの碑文によれば、この地蔵尊は宝永5年(1708年)に建てられ、昭和12年(1937年)に道路造りのために今の地に遷座したが、戦災で消失。その後、尊像を建立し、お堂を復興した。

ということは、最初の建立から今年でちょうど300年周年にあたるのだ。

昔から、咳止めにご利益のあるお地蔵様として、地元の信仰を集めてきたのだろう。

ネットで調べてみると、咳止地蔵尊は、伊勢原市の渋田川にかかる「せきど橋」のたもとにもあり、こちらも地元の保存会による由来書きが立っている。

北新宿の咳止地蔵尊も、再開発事業が完成した暁には、気管支喘息など咳で苦しんでいる人たちの信仰を集める名所となっていくのだろうか。

咳止めにご利益があるのなら、花粉症も止めてくれそうなものだが、どうだろうか。

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2008/02/10

ドストエフスキー「罪と罰」を45年ぶり再読

ドストエフスキーの「罪と罰」を久々に再読した。

僕ここ数年、ドストの作品については、文字が大きくなった新潮文庫の中にあれば、初挑戦したりあるいは再読したりしてきた。

ところが「罪と罰」だけは、いつまで待っても文字が小さい新潮文庫のままで、大きな文字にならないのだ。

ほとんどあきらめていたところへ、たまたま岩波文庫のワイド版の棚を見たら、なんとこちらのワイド版に「罪と罰」が出ているではないか。
Scan01112ab

ワイド版というのは、文字の小さな文庫本の組版はそのままに、全体を拡大コピーしたようなもので、本そのものの縦横の長さは1.4-1.6倍くらいになっている。

上の写真の左側が、岩波文庫ワイド版で、右側が河出書房新社の全集版。どちらも「罪と罰」の冒頭部分だ。

こうして見ただけでも、岩波文庫のワイド版がいかに読みやすいかが分かる。

ということで、去年の11月から、高校の時に読んで以来、実に45年ぶりくらいに「罪と罰」を読み始めた。

途中、出版の仕事によって2カ月ほど中断し、今月に入って再開して、ようやく全3巻を読み終えた。

物語のどの部分も、かつて読んだ記憶は全く蘇らない。本当に僕は、高校の時のこの小説を読んだのか、疑問に思うくらいに、このストーリー展開はすべてが全く新しく見聞きする内容だった。

犯行直後から、ラスコーリニコフが心理的に追い詰められていく描写は生々しいが、僕は今ひとつ、この主人公の行動や心境に共鳴出来ないのはなぜか。

それは、犯行の壮大な「動機」が、あまりにも観念的で青臭く、しかもその後の彼の行動が、どこかチマチマして小粒に感じられるせいかも知れない。

むしろ僕が圧倒的な感銘を受けたのは、ソーニャの一家の、あまりの悲惨さであり、みじめさであり、貧しさだ。

落ちるところまで落ちた境遇の中でも、精神を真っ当に保ち続け、あまつさえラスコーリニコフを更生に導いていくソーニャこそが、この小説の支柱であり、エピローグの清々しい読後感は、ソーニャによるところが大きい。

存在感ということでいえば、スヴィドリガイロフとポルフィーリーが強いインパクトがあり、印象的だった。

最も印象に残っているシーンは、エピローグの終わりの方に出てくる病気になったラスコーリニコフが見た幻覚のような夢だ。

これは、まさに21世紀の現代、世界のいたるところで現実に起きている、諸々の惨状そのものではないか。

150年以上も前の19世紀の中ごろに、このような世界を予知夢のごとくにリアルに描いたドストの先見性には、驚嘆してしまう。

「罪と罰」は、近いうちにもう一度、最初からゆっくりと読み返してみたい。この次読む時には、少しはラスコーリニコフに共感できるところがあるだろうか。

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2008/02/03

『サヨナラ愛しのプラネット 地球カレンダー』が書店の棚に

080203

本を出版すると、本当に書店の棚に並んでいるのか、どんなコーナーに置かれているのか、ということが気になって仕方がない。

そこで、何食わぬ顔をして、新宿の大書店を次々と偵察して回る。

紀伊国屋、ジュンク堂、三省堂。『サヨナラ愛しのプラネット 地球カレンダー』は、ちゃんとありました! どの店も、環境コーナーに置かれている。

書店の棚に、自分の本が堂々と(あるいは、ちんまりと)並べられているのを見ると、よしよし、ちゃんと並んでいるな、たくさんの人に買ってもらえよ、と本たちに声をかけたくなる。

そっとケータイを取り出して、さりげなく写真に撮ったりしてみる(写真)。

この店では、『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』という本の隣に並べられている。

ひえーっ、こちらの本は「ベストセラー 25万部突破」などと書いてある。これには及ぶべくもないが、せめてその10分の1でも売れてほしいものだと羨ましい。

パブリシティも打つべき手は打っているので、これからどれくらいの反応があるか(あるいは全く反応がないか)、しばらくは様子をみるほかはない。

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