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2008/05/25

フィレンツェからのモブログ24

フィレンツェからのモブログ24
フィレンツェへの一人旅は、これでひとまず幕を閉じる。

さまざまな美術館や教会などを訪れて、ルネッサンスを代表する名作・大作の数々を堪能することが出来た旅だった。

フィレンツェから興ったルネッサンスとは、何だったのか。あまりにも多彩で多様で、僕には理解出来たのかどうか分からない。

あえて言うならば、その多彩さと多様さこそが、ルネッサンスの本質であり、爆発的なパワーの源なのではないか、とも思う。

旅の終わりの写真は、僕が最も印象に残ったミケランジェロ後年の作品、ドゥオーモ付属美術館の「ピエタ」を掲載しておきたい。

ここには「神」は描かれているだろうか。無惨に首を曲げたキリストには、もう奇跡を起こす力もない。キリストの後ろの頭巾を被った老いた人物は、これがマリアなのだろうか。

ミケランジェロが失敗作として、途中で制作を放棄したというこの作品こそ、人間だれもが逃れられない老いと死、苦痛と悲嘆が、あますところなく表現されているように感じる。

フィレンツェからのモブログは、この24回をもってひとまず終わります。

今回のモブログは、123グラムのケータイ1本だけで、写真撮影、画像処理、文章作成、送信、掲載確認のすべてを行いました。使用した機種はソフトバンク・モバイルの920SHです。

最後に、僕の拙いイタリア語を懸命に理解しようと努め、いろいろと親切にしてくれたフィレンツェ、シエナ、ピサ、アレッツオのみなさんに深く感謝いたします。

再びこの地を訪れる日まで。
アリヴェデルチ!

BANYUU

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2008/05/24

フィレンツェからのモブログ23

フィレンツェからのモブログ23
フィレンツェの旅も、いよいよ今日一日を残すだけとなった。今日は朝のうち快晴だったが、昼過ぎから少し雲が出てきて、晴れたり曇ったりの天気だ。

今日はまだ見ていなかったヴェッキオ宮に行く。14世紀から16世紀にかけてフィレンツェ政庁舎がおかれていた歴史的な建造物だが、いまもフィレンツェの市庁舎として使われている。

とても広い建物で、2階には共和政時代に市民会議が開かれていた「五百人広間」が、訪れる人達を圧倒する。

この広間を挟んで両側には、壁から天井まで美術作品などで囲まれた、大小さまざまな多数の部屋があって、その大半は観光客に公開されている。

市庁舎で働く人達は、毎日、美術館の中で仕事をしているようなものだ。
正面玄関は、出入りする市職員たちと観光客とで、ごった返している。

1階の玄関広間のあたりに、騎士や楽士などルネッサンス期の姿をした男たちが並んだ。何が始まるのかと見ていると、ラッパが吹き鳴らされる中を、タキシードと純白ドレスのカップルが現れ、玄関付近にいた人々から拍手で迎えられた(写真)。

新婚のカップルかとも思ったが、親族や友人たちの姿もない。これは何かのセレモニーのために、正装で市庁舎を訪れたヴィップなのだろうか、などと想像してみたりする。

BANYUU

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フィレンツェからのモブログ22

フィレンツェからのモブログ22
フィレンツェの目抜き通りや広場には、さまざまな大道芸人やストリート・ミュージシャンたちがいて、観光客を楽しませてくれる。

今日は夕方、レプブリカ広場近くの道路で、路面そのものに、じかにクレヨンのような多色の画材を使って、人の顔などのアートを一心不乱に描き続けている若い男たちが三人いた。

美術学校の学生なのか、修行中のアーティストなのか分からないが、なかなかの腕前だ。投げ銭入れの籠が置いてあるところをみると、無償のパフォーマンスではなく、これで生活費を稼いでいるらしい。

道路管理者の許可が必要なのかとか、描いた絵はそのままにして行くのだろうか、などと余計な詮索は無用だろう。これもまたフィレンツェの風景の一部として、楽しませてもらったお礼に、僕も僅かではあるが1ユーロを投げ銭してきた。

BANYUU

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2008/05/23

フィレンツェからのモブログ21

フィレンツェからのモブログ21
フィレンツェからのモブログ21
フィレンツェ滞在も残り少なくなってきた。今日は朝から素晴らしい快晴だ。

ドゥオーモ付属美術館に行った後、シニョリーア広場を通りかかったら、ヴェッキオ宮の前に大きく柵で囲いが出来ていて、囲われた真ん中の石畳の上に、立派な花束が置かれている。

もしかして今日は、と思い当たってガイドブックを開いて見ると、やっぱりそうだったのだ。
今日5月23日は、ルネッサンスの昂揚と栄華の歴史の中、500年以上も昔に、この広場のこの場所で、市民たちによって処刑され、火で焼かれたサヴォナローラの命日なのだ。

サヴォナローラは、ドメニコ派の修道士で、ルネッサンス期の繁栄の中で、享楽的な生活に浸って信心が薄れていたフィレンツェの人々の風潮を、厳しく糾弾し続けた。

戦乱の中で人心が動揺する中、サヴォナローラは市民の支持を得て、宗教を柱とした国家づくりにとりかかり、市民には禁欲的で質素な生活を強いた。

しかし、サヴォナローラの行き過ぎた改革は、しだいに市民の離反を招き、こんどは一転して市民たちの手によって捕えられて、絞首刑にされて火あぶりにされた。

サヴォナローラの改革については見直す機運にあるといい、今でもフィレンツェ市民たちは命日に、この広場に花束を捧げている。

僕は、広場の花束を見ることが出来ただけでもラッキーと思っていたら、やがて楽隊の演奏とともに15世紀風の衣装をまとった男女たちの行列が、しずしずと行進しながら広場に入ってきた。

広場に一行が整列すると、サヴォナローラを偲ぶ盛大なセレモニーが始まった。市長の挨拶、女性歌手によるシューベルトのアヴェ・マリアの独唱、聖歌のコーラス。思いがけないイベントに、観光客は大喜びだ。

僕も、1年に1度のこのようなセレモニーに出会うとは思ってもいなかっただけに、実にラッキーでハッピーだった。

写真は、サヴォナローラを偲ぶセレモニーと、捧げられた花束

BANYUU

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フィレンツェからのモブログ20

フィレンツェからのモブログ20
今回のフィレンツェ旅行中に、列車に乗って周辺の都市まで足を延ばしたのは、シエナ、ピサに続いて、今日のアレッツォが3回目になる。

僕は、地下鉄は別にしてヨーロッパの鉄道に一人で乗り降りしたのは、実のところ今回が初めてだ。

それまでは、鉄道の旅は難しいような気がして、ちゃんと乗って帰ってくることが出来るだろうかと、不安があったが、案ずるより産むが易しで、何事も経験してみるのが一番だ。

日本と最も異なるのは、どの駅にも改札口がないことで、だれでも自由にホームに出入り出来るし、発車前なら車両の中に立ち入ることも可能だ。

車内検札は、来る時も来ない時もあったが、検札が来た時に乗車券を持ってなかったり、日時を刻印してなかったりすると、目の玉が飛び出るくらい高額な罰金を払わなければならず、言い訳は通用しないというから、悪いことは出来ない。

このほかの点では、今回延べ6本の列車に乗っただけの経験から言えることは、ホームのアナウンスや発車ベルはまったくなく、次の停車駅を知らせる車内放送すらない。乗るも降りるも、すべて自分の責任ということが、徹底しているようだ。

写真は、僕がアレッツォから乗ってフィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ駅に着いたばかりの列車。このあとは折り返しでローマ行きとなった。

BANYUU

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2008/05/22

フィレンツェからのモブログ19・アレッツォ編

フィレンツェからのモブログ19・アレッツォ編
アレッツォでは、サン・フランチェスコ教会前のカフェでランチ。ハムとチーズを挟んだクロワッサンとカプチーノを頼んで、表のテラス席へ運んでもらう(写真)。

これで7ユーロは、日本円で1200円くらいか。頼んだわけでもなく、コント(計算書き)にも書かれていないが、クッキーが5個もお皿に盛られて出てきて、なんとなく得をした気分だ。カプチーノの「おつまみ」にしては気前がいい。

この写真と記事は、フィレンツェに戻る列車の車内からモブログで送信してみる。走る列車から、うまく日本に送れるかどうか。

BANYUU

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フィレンツェからのモブログ18・アレッツォ編

フィレンツェからのモブログ18・アレッツォ編
アレッツォは、小さな曲がりくねった小道が複雑に交差していて、地図を手にしていてもすぐに迷ってしまう。迷っても狭い町なので、また元の場所に出たりして、うろうろするだけで、いろいろな建物に出会う。

写真の建物は、トスカーナ大公国の統治跡ということで、壁面にはさまざまな模様とともに、メディチ家の紋章も残っている。

この町での僕の目的の一つが、サン・フランチェスコ教会の後陣内部に描かれているピエロ・デッラ・フランチェスカ作の連作、「聖十字架の伝説」を見ること。

狭い場所なので、見学は一回25人分ずつに制限されていて、シーズン中はなかなかチケットが買いにくいという。僕は日本でネット予約をして行ったので、すぐにチケットをもらうことが出来た。

僕が予約した回は、観光客も少なく、これなら予約の必要もなかったかと思ったら、なんと小学生の社会科見学のような20人ほどのグループが一緒で、やはり予約しておいて正解だった。

BANYUU

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フィレンツェからのモブログ17・アレッツォ編

フィレンツェからのモブログ17・アレッツォ編
フィレンツェは朝から僅かな霧雨だ。傘を差すほどでもないので、そのままサンタ・マリア・ノヴェッラ駅に行き、列車に乗って約1時間でアレッツォの町にやってきた。

ラッキーなことに、アレッツォに着いたら、雲の切れ目から日が射してきた。

アレッツォは、フィレンツェやシエナに次ぐルネッサンスの古都で、駅から15分も歩くと、町の中心部である「グランデ広場」に着く。

シエナのカンポ広場と同じように、緩い傾斜になっている広場だ(写真)。右に見える建物は、この町が生んだ万能の芸術家ヴァザーリが設計した「ロッジアの宮殿」。

広場の南端は、改修の土木工事中で、工事の車両が広場を行き交っている。圧搾機の音も絶え間無く響いていて、ルネッサンスの雰囲気もあったものでないが、こればかりは仕方がない。

いま撮ったばかりのこの写真を付けて、「グランデ広場」の真ん中から、日本にモブログで送信する。

BANYUU

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フィレンツェからのモブログ16

フィレンツェからのモブログ16
国立博物館から細い裏道を伝って行くと、いきなり大きな広場に出る。目の前に堂々とそびえ立つのがサンタ・クローチェ教会で、内部は荘厳なフレスコ画や彫刻がたくさんあって、どこから見たらいいのか、しばし迷ってしまう。

ここは美術作品もさることながら、イタリアの歴史を飾る名士たちの墓が、礼拝堂前の屋内に並んでいるのが興味深い。

ざっと見ただけでも、ミケランジェロ、ロッシーニ、マキャベリらの豪華で立派な墓が目にとまる。

内部はフラッシュ禁止だが、撮影はOKなのが有り難い。写真は、ガリレオ・ガリレイの墓。ちょうどミケランジェロの墓と向かい合う位置に置かれているのが、科学と芸術を代表する両巨頭にふさわしい。

BANYUU

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フィレンツェからのモブログ15

フィレンツェからのモブログ15
フィレンツェは朝から快晴だ。今日は、シニョリーア広場の裏手というか北東側の地域を、歩いてみる。

バルジェッロ国立博物館があるというので訪ねてみたら、あまりにも小さな入口でびっくりしたが、入ってみると、こんどは中の広さと、展示作品の多彩な充実ぶりに感嘆する。

中でも素晴らしいと思ったのは、サン・ジョヴァンニ洗礼堂の北側の扉を作るにあたって、1401年に行われたコンクールに、ルネッサンス初期のライバル同士だったギベルティとブルネッレスキが、持てる全ての力を注いで作った応募作品が、いまも完全な姿で並べられて展示されていることだ。

コンクールにはギベルティが勝ち、失意のブルネッレスキは彫刻の道を捨てて、後に前人未踏のドゥオーモの巨大クーポラを作り上げる。

二人の天才の運命を分けた15世紀開幕の年の応募作品を、600年以上も後世の僕たちが見ることが出来るのは、本当に不思議な気持ちがする。

この博物館の、もう一つの重要作品はドナテッロ作のブロンズ像「ダビデ」だが、これがなんと本来の展示室の真ん中を四角い柵で囲って、入館者たちが見れる形で、公開の修復作業中なのだ。

ドナテッロの「ダビデ」像は、作業スペース内の手術台のようなところに俯せに置かれ、回りにはレーザー光線やX線による分析装置や、さまざまな薬品類などがあって、修復の緊張感が伝わってくる。現在までに済ませた修復作業の様子も、ビデオで映し出されている。

はるばると遠方から美術館に来ても、人気作品が修復中だとがっかりするが、こうした公開修復は美術作品の維持・保存の現場を多くの人達に知ってもらう意味でも、大変有意義な試みだと感じ入った。

この国立博物館は、内部が写真撮影禁止なので、中庭に面したロッジアに展示されている彫刻群を撮ったものを掲載した。

BANYUU

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2008/05/21

フィレンツェからのモブログ14

フィレンツェからのモブログ14
フィレンツェの市街の中でも、ひときわ優雅な趣を感じさせるのが、さして広くない通りの両側に、個性的な古い建物が並ぶトルナブオーニ通りだ(写真)。

グッチの本店やフェラガモ本店など、今をときめく世界中のブランドショップが軒を並べているのだが、大きな看板が出ているわけでもなく、派手なショーウィンドウがあるわけでもなく、徹底して商業色を排しているあたりが凄い。

これらの建物はみな、15世紀から18世紀にかけて建てられたものばかりというから、大ブランドも含めて、フィレンツェの街がいかに、建築物や町並み、景観、雰囲気を大切にしてきたかが分かる。

近代建築や高層ビルなどが建てられないように、厳しい規制の網を被せて、どんなに大金持ちの外国資本であっても、一切の例外を認めて来なかったことが、今のフィレンツェにつながっているのだろう。

BANYUU

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2008/05/20

フィレンツェからのモブログ13

フィレンツェからのモブログ13
今日のフィレンツェは、朝から雨が降り続いている。こういう日は、街をぶらぶらと散策するには不向きで、建物の中でゆっくりするに限る。

そこで朝一番にピッティ宮にあるパラティーナ美術館を訪れる。ラファエロやティツィアーノの清楚な佳作がたくさんあって、ウフィッツィ美術館ほど広くはないので、気にいった作品を、時間をかけてゆっくり見て回った。

外に出たら雨はやや小降りになっている。どの通りも傘の花であふれている。

フィレンツェの街には、建物の中だけでなく、通りに面した外壁にも、立派な彫刻が随所に見られる

写真は、外壁の四面に14もの彫刻が飾られいてて、フィレンツェらしい雰囲気を醸し出しているオルサンミケーレ教会。

彫刻は14世紀から16世紀の作品で、長年に渡って雨風にさらされ、痛みがひどくなっているという。今日も傘を差す観光客のそばで、外壁の彫刻たちは雨に打たれっぱなしだ。

BANYUU

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フィレンツェからのモブログ12・ピサ編

フィレンツェからのモブログ12・ピサ編
ピサの斜搭前の広場には、大きな洗礼堂とドゥオーモがあって、斜搭の見学を終えた大勢の観光客で賑わっている。

洗礼堂は丸いお椀を冠せたような形のロマネスク建築で、中には13世紀半ばにダ・コーモが作った八角形の洗礼槽がある(写真中央)。さしずめ大きな大理石風呂のような感じだ。

そのわきには、最も初期のイタリアン・ゴシックとされるピサーノ作の説経壇がある(写真の洗礼槽の上)。

中の階段を登っていくと、高いところにぐるりと張り巡らされた吹き抜けの回廊に出て、洗礼槽や説経壇があるフロアを見下ろすことが出来るようになっている。

ピサでは、ドゥオーモも洗礼堂も、内部には古い貴重な彫刻やモザイク画か多いのに、フラッシュを含めて写真撮影は全てOKというのが、観光客としてはありがたい。

今朝は駅から斜搭まで来るのに、バスを利用した。駅前はいろいろなバス乗り場が錯綜していて、初めて来る者には分かりづらい。キョロキョロしていたら、地元のおじさんが教えてくれた。

帰りは、駅まで2キロほどの道のりを、ピサの町並みを見ながら歩いて行った。ちょうど駅に着くころに雨が降り出してきて、列車の帰路は土砂降りとなった。これが斜搭に登る前でなくて幸いだった。

BANYUU

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2008/05/19

フィレンツェからのモブログ11・ピサ編

フィレンツェからのモブログ11・ピサ編
今日のフィレンツェは、朝から好天だ。サンタ・マリア・ノヴェッラ駅から列車で、ピサに行ってみる。

ピサの斜搭は、登る予定はなかったのだが、着いてみると当日券がすぐに買えたので、登ることにした。

写真は、登る直前に撮った斜搭周辺の様子。この写真を付けて、いまピサの斜搭の最上階から、モブログでこの記事を送信している。

ガリレオはピサの斜搭の上から、物体の落下実験を行った。
僕はピサの斜搭の上から、写真付きのモブログを日本に送信する実験だ。

うまく成功したら、ガリレオに並ぶ世紀の実験となるだろうか。

BANYUU

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フィレンツェからのモブログ10

フィレンツェからのモブログ10
ミサが行われた教会があるサンティッシマ・アンヌンツィアータ広場は、観光客の喧騒もなく、アーチ型の柱廊に三方を囲まれて、ひっそりと静まり返っている。

教会に向かって右側には、ドゥオーモのクーポラを作り上げたブルネレスキの設計による「捨て子養育院」の建物が、現地は美術館として公開されている。

フィレンツェで興った史上最大の文化・芸術運動であるルネッサンスは、メディチ家という絶大な財力を蓄えたパトロンがあってこそ、燦然と開花することが可能であった。

そのメディチ家の冨の源泉は、ヨーロッパ中に支店を張り巡らせていた金融業で、稼ぎまくったものだ。

キリスト教の教えが戒めている高利貸で巨額の冨を稼ぐことを、メディチ家はずいぶんと気にしていたらしく、多才な芸術家を発掘したり庇護者となったりする一方では、さまざまな慈善事業を積極的に手掛けた。

この「捨て子養育院」も
ある意味では、メディチ家の罪滅ぼしの典型的な慈善慈善で、ヨーロッパ最初の孤児院として知られている。

建物の正面左手には、親が名前や身分を明かすことなく、そっと赤ちゃんを置いていくことが出来る「捨て子のための扉」が、今も残っている(写真)。500年以上も前の、元祖「赤ちゃんポスト」である。

さまざまな事情で赤ちゃんを育てることが出来ない多くの親達が、ここに子供を置いていった。その事情の多くは、貧困がからんでいたことだろう。

メディチ家の巨万の冨や栄華とはあまりにも対称的な、これもまたルネッサンス期の一面に違いないない。

BANYUU

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2008/05/18

フィレンツェからのモブログ09

フィレンツェからのモブログ09
今日は日曜日。フィレンツェに限らないことだが、ほとんどの公共施設は休みとなり、教会の多くは午前中はミサがあるため、一般の観光客は入れない。

そこでガイドブックでよく下調べをして、一般の入場を制限していないサンティッシマ・アンヌンツィアータ教会へ朝9時過ぎに行ってみた。

ドゥオーモから歩いて数分のところにあり、地元の人達の信仰を広く集めている教会で、僕が入った時は、100人余りの人達が席に着いていて、ミサが始まったところだった。

邪魔にならないように、僕もそっと、後ろの席に座る。観光客はほとんどいないようだ。

牧師の講話が続き、パイプオルガンの響きとともに、聖歌隊によって賛美歌が歌われる。全員が立ち上がるので、僕も立ち上がる。一斉に十字を切る時には、僕もまね事のようにみんなに合わせる。

二人の牧師がお香を振り撒いて回る。どういう流れで、何が行われているのかは全く分からないが、旅先でこういうミサに遭遇して、宗教的な雰囲気に浸って時間を過ごすのは、なかなかいいものだ。

写真撮影はまずいだろうと思って、僕は最初のうち遠慮していたのだが、参列している地元の人達は気楽にフラッシュを光らせて写真を撮っている。教会の職員もあちこちにいるのだが、気にもしていない。

そんなわけで僕も、ケータイでおそるおそるミサの様子を撮らせていただく。

本当は、クリスチャンならば写真撮影はOKで、冷やかしの観光客ならば撮影禁止なのかも知れない。

僕は不信心者ではあるが、1ユーロを払ってローソクを点してきたので、許してもらうことにしよう。

BANYUU

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フィレンツェからのモブログ08

フィレンツェからのモブログ08
フィレンツェからのモブログ08
今日のフィレンツェは朝から雨だ。傘をさしてサン・マルコ美術館に向かう。美術館として公開されているが、本来は修道院で、展示室も華美な飾りは一切なく、ひっそりとして静謐な雰囲気だ。

この美術館は、ドメニコ派の修道士であり、画僧でもあったフラ・アンジェリコの作品が大半を占める美術館で、中でも代表作として知られる「受胎告知」は、さまざまな画家たちが手掛けてきたこのテーマの絵画の中でも白眉であろう。

その絵は、2階の階段を上がった廊下に、忽然と、さりげなく飾られている。絵の上は、木組みの天井が剥き出しのままになっているのが、いかにも質素で修道院らしい。

僕はキリスト教のことも宗教のこともよく分からないが、この絵のマリアほど深い感動を覚える受胎告知の絵はないと思う。

大天使ガブリエルから告知を聞くマリアの表情は、まさか身に覚えのない自分が神の子を宿すなんて、という半信半疑と驚き。そして、本当だったらどうなるのだろうか、という戸惑いと不安。事の重大さへのおののきと畏敬、等々、マリアの交錯する内面が伝わってくる思いがする。

マリアの両手は胸に当てられているのではなく、無意識のうちにお腹の上に置かれているのだろう。

美術館の中は撮影が出来ないので、修道院の中庭の様子と、館内のショップで買い求めた「受胎告知」の絵の複製を、ケータイで撮ったものを掲載する。

モブログで2枚の写真を同時に送信するのは初めてだ。うまく掲載されるといいが。

美術館を出たら雨は止んでいて、眩しい五月の陽が射してきた。

BANYUU

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2008/05/17

フィレンツェからのモブログ07

フィレンツェからのモブログ07
ドゥオーモから歩いて5分ほどのところに、広大なフィレンツェ中央市場がある。2階建てで1階が精肉・魚介類が中心、2階は野菜・果物が中心で、ほかにさまざまな食材から調理器具までなんでもある。

フィレンツェの巨大な胃袋といったところで、地元の人達で大賑わいだが、中心街に位置していて観光スポットに近いため、さまざまな国の観光客たちも寄っていく。

市場で働く人達は、観光客の少額の買い物にも愛想よく応じ、カメラを向けられても全く動じない。

写真は、市場の中の精肉店。生ハムとなった豚の太腿が数十本も吊されていて、壮観だ。1本まるごと買うのは、レストランやパニーニ屋などのお店なのだろうか。

BANYUU

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フィレンツェからのモブログ06・シエナ編

フィレンツェからのモブログ06・シエナ編
シエナでは、マンジャの搭から下りたあと、搭に続いているプッブリコ宮(市庁舎)の市立美術館で荘厳なフレスコ画の数々を鑑賞。

ついでカンポ広場から曲がりくねった細い道を伝って、ドゥオーモへ。このドゥオーモは、フィレンツェのドゥオーモとは全く異なって、過剰なほどの装飾をまとった堂々たるゴシックに、驚かされる。

外装も内部も、白と黒の縞模様で溢れていて、クラクラして目が回りそうになる。

内部には、別室になった「ピッコローミニ家の図書室」があって、ここの壁や天井いっぱいに描かれたピントゥリッキオ作のフレスコ画が、別世界のように爽やかだ(写真=フラッシュは禁止だが撮影は可)。

その後は、別棟にあるドゥオーモ付属美術館で、ドゥッチョの「荘厳の聖母」などを見て回る。

この美術館は、狭い螺旋階段を通って屋上に上がることが出来、マンジャの搭とはまた違ったアングルからシエナの街を見渡すことが出来る。

あちこち歩き回ったり、沢山の階段を登ったりしてお腹が空いた。途中の店でフォカッチャを加熱してもらってテイクアウト。なだらかな傾斜になっているカンポ広場に腰を下ろして、それをパクつく。

シエナの街は、カンポ広場に始まってカンポ広場に終わる。

BANYUU

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2008/05/16

フィレンツェからのモブログ05・シエナ編

フィレンツェからのモブログ05・シエナ編
フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ駅から列車で1時間半、シエナにやってきた。

まずはマンジャの搭に登って真下のカンポ広場を見下ろす。

いま撮ったばかりの写真を、マンジャの搭の真上からモブログで送信する。

BANYUU

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フィレンツェからのモブログ04

フィレンツェからのモブログ04
ウフィッツィ美術館は、日本で予約しておいてよかった。当日券を求める長蛇の行列を横目に、予約時間の10時きっかりにすんなりと入ることが出来た。

メディチ家が財力にまかせて集めに集めた、膨大な美術コレクションがベースになっているだけあって、その充実ぶりと質の高さは、ルーブルやエルミタージュに勝るとも劣らない。

ルネッサンス期の名作・大作を中心に重点的に見て回り、館内のカフェテラスでの昼食をはさんで、またたく間に5時間余りが経過した。

とりわけ、フィリッポ・リッピの「聖母子と二人の天使」、ティツァアーノの「フローラ」は、生き生きと描かれた女性の清純な優しさが溢れていて、絵の前から去り難い。

ボッティチェルリの「ヴィーナスの誕生」はガイドブックなどで見るより地味な感じがしたが、「プリマヴェーラ(春)」の方は色彩も鮮やかで、こちらの方がルネッサンスの空気を強く感じた。

同じボッティチェルリの「柘榴の聖母」は、マリアの虚ろで定まらない虚無的な眼差しに驚かされる。ルネッサンスの後に訪れる激動と動乱の世界を予知しているかのようだ。

写真は、ウフィッツィ美術館の3階の廊下の曲がり角から望むアルノ川とヴェッキオ橋。

アルノ川は街の真ん中を流れる大きな川なのに、遊覧船も観光ボートも一切ないところが、凄い。街全体を包む雰囲気をぶち壊しにすることなく、フィレンツェという都市の見識と心意気を感じる。

BANYUU

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2008/05/15

フィレンツェからのモブログ03

フィレンツェからのモブログ03
今日のフィレンツェは薄曇り。まずは朝一番でアカデミア美術館を目指す。ここはミケランジェロのダビデをお目当てに、長蛇の行列が出来ることで知られており、僕は予約はしてないが、8時15分の開門前に行けばなんとかなると思い、7時45分に着いた。まだ6人しか並んでいない。

余裕たっぷりで入場することが出来て、ルネッサンス精神の具現ともいうべきダビデ像とじっくり対面した。

とても大きな像だが、形の大きさもさることながら、この像の発信する精神的メッセージの大きさには圧倒される。

フィレンツェ共和国の依頼で、26歳のミケランジェロが渾身を注いで作成したこの像は、共和制のシンボルであったが、その精神は時代を超えて、現代の僕たちに伝わってくる。

この像を見ていると、若さは美であり、力であることが分かる。その若さとは、意志の強固さであり、無謀とも言える純粋さである。それは理想への確信であり、理想を侵害する敵への断固たる戦いである。

ダビデの像の前で、さまざまなアングルから眺めること1時間。心おきなく堪能して、10時に予約してあるウフィッツィ美術館に向かった。

フィレンツェの美術館は内部の撮影が出来ない。ウフィッツィ美術館への途中、シニョリーア広場に置かれている、等身大のダビデのコピー像(写真左)を撮ったので、こちらを掲載しておく。

BANYUU

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2008/05/14

フィレンツェからのモブログ02

フィレンツェからのモブログ02
朝8時半からのドゥオーモのクーポラに、一番乗りで並んで、500段の階段を登りきって、最上部に上がった。

フィレンツェの街が眼下にパノラマのように広がって絶景だ。

写真は、朝日を受けてクーポラの影を落とすドゥオーモの屋根と、左はジョットの鐘楼。

これは、クーポラの頂上から、まさに生中継のモブログで送信する。

BANYUU

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フィレンツェからのモブログ01

フィレンツェからのモブログ01
ボナセーラ! はるばると、イタリアは花の都フィレンツェに、一人旅でさきほど到着したところです。

成田からルフトハンザ機で12時間かかって、まずフランクフルトに。そこからさらに1時間半の空の旅で、ようやくフィレンツェに来ました。長い長い一日でした。

いま、こちらの時間は夜の7時半を回ったところです。緯度が高いため、まだ外は明るくて、フィレンツェの街は大勢の観光客で賑わっています。

写真はたったいまのドゥオーモ周辺の様子です。左がサン・ジョヴァンニ洗礼堂、真ん中奥に見えているのがドゥオーモ、その右がジョットの鐘楼です。
うまく掲載出来ているでしょうか。

このモブログは、わずか123グラムのケータイ1本だけで、写真撮影と画像処理、文章作成、送信のすべてを行っています。

使用している機種はソフトバンク・モバイルの920SHです。

これからの滞在中、折りを見てフィレンツェからの生モブログを続けていきたいと思っています。

BANYUU

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2008/05/13

まもなく成田から出発

まもなく成田から出発
いま、成田空気第1ターミナル。
まもなくルフトハンザ機でフランクフルトに向けて出発だ。
そこから乗り継いで、目的地に着くまで、今日は長い1日となりそうだ。
BANYUU

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2008/05/01

今年も海外一人旅、スタンバイモードに

0805012今年も、海外一人旅を計画している。GWの混雑時は避け、かといって夏休みで混み始めるよりも早く、というわけで、そろそろスタンバイモードに。

04年の西安、05年のパリ、06年のウィーン、07年のロシアについで、今回は5回目の海外一人旅。行く先は‥今回もまた非英語圏だ。

これまで一人旅の前に、せめてカタコトの現地語会話を、といずれも半年ほどかけてCDブックで旅行会話を覚えることを目標にして、中国語、フランス語、ドイツ語、ロシア語の順で聞きかじってきたが、今回はそのいずれとも違う5番目の「非英語言語」に挑戦だ。

今日は、ガイドブックと基本会話の本に、カバーを付けた(写真)。

もともと、書店のカバーが付いているのに、なぜそれを外して、このようなカバーを付けるのかって?

海外の知らない街を、ガイドブックを持たずに歩くことは難しい。しかし、日本人観光客であることがミエミエでは、スリなどの格好の標的になるし、そもそも日本の書店のカバーのまま持ち歩くのは、気恥ずかしい。

カバーの紙は、国籍不明のデザインの色紙を、伊東屋などで探して買ってくる。今回は、楽譜をデザインしたカバーにした。

出発までに準備しなければならないことは、まだたくさんある。

もちろん、今回も現地からの写真付きモブログを敢行するつもりだ。

今回のケータイは、123グラムとこれまでの海外モブログで最も軽い。

ノートパソコンもモデムもケーブル類も一切使わず、わずか123グラムのケータイ1本だけで、写真撮影から画像処理、記事の執筆、送信、掲載確認など、すべてを行なう海外生モブログ。

乞ご期待。

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