『箱舟の航海日誌』を読む‥動物たちに忍び寄る危機とは
書店で偶然見つけて手にした一冊の文庫本。そのタイトルだけに惹かれて、思わず買ってしまった。
ケネス・ウォーカーの『箱舟の航海日誌』(光文社古典新訳文庫)である。
聖書に縁遠い人たちでも、どこかで読んだり聞いたりしたことがある「ノアの箱舟」の物語。
しかし、その箱舟の中で、いったい何が起こっていたのかについては、ほとんど語られていない。
この小説は、洪水に備えてノアとその家族が作った巨大な箱舟に、大小さまざまな動物たちが乗り込んでいくところから始まる。
動物が擬人化されて、まるで人間のようにしゃべったり、喜怒哀楽の感情を表しながら、集団生活を始める様子は、平和なメルヘンであり、子どものための童話のようでもある。
しかし、この小説の凄いところは、動物たちの無邪気な箱舟生活の描写にとどまらなず、やがて箱舟の中に生じる微妙な変化と動物たちに忍び寄る危機を、ていねいに描いていることにある。
その変化と危機とは‥これ以上はネタバレになるので書かないが、生きるということの本質的な問題点を鋭く突いて、いまなお私たち人間をも含めて、精神的・思想的な解決のないテーマとなっていると言っていい。
この小説は、さまざまな読み方が出来る。箱舟の中の動物たちの集団は、さまざまなレベルでの人間集団に置き換えることも可能だろう。
家族、地域社会、都市や村、国家、国際社会。箱舟に生じた危機は、もはや危機にとどまらず、幾多の惨劇と破滅をすでに何度ももたらしてきた。
共存や共生ということは、言うは易いが、もしかしてあり得ぬ幻想に過ぎないのかも知れない。
僕は、ケネス・ウォーカーという作者も、この小説のこともまったく聞いたことがなかったが、ウォーカーは第1次世界大戦に従軍し、1923年にこの『箱舟の航海日誌』を書いたという。
作者のそうした体験や時代背景も、作品には色濃く反映しているようだ。
1日か2日で読める長さで、興味を持たれた方にはお勧めしたい。
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