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2009/05/16

89年ぶり公開、久米民十郎『支那の踊り』の衝撃

支那の踊りこの絵の前に立った時、時空を超えて蘇った魔力のようなパワーによって、ぐいぐいと絵の中に引きずり込まれていく感覚に襲われた。

日本のモダニズムの先駆者といわれる洋画家、久米民十郎(1893年-1923年)の最高傑作で、長い間行方が分からなくなっていた『支那の踊り』である。

2年前に東京・文京区の永青文庫で、改修工事のため倉庫の整理をしていて、古い毛布に包まれたこの絵が見つかり、今年1月に大正絵画史の専門家に見てもらったところ、大正9年(1920年)に帝国ホテルで開かれた久米民十郎の個展に出品されて以降、存在が知られることのなかった『支那の踊り』に間違いないことが分かった、という。

この絵は、今年3月末から永青文庫で開かれている「近代絵画、セザンヌから梅原、安井まで」と題する企画展(6月21日まで)において、実に89年ぶりに公開されている。

久米民十郎は、ロンドン留学中に詩人イエイツやエズラ・パウンドと出合い、日本の能を紹介して彼らの創作に影響を与えたとされている。

『支那の踊り』は、実に不思議な雰囲気を漂わせながら、見る者の心を、感覚を、感性を衝撃的なまでに揺さぶり続ける。

絵に引き込まれているうちに僕は、ちょうど前回前々回のブログで書いた尾崎翠の『第七官界彷徨』を読んでいる時に感じたものと共通の感覚にとらわれた。

この絵は、尾崎翠の世界と同じワールドなのではないか。それはまさに、人間の第七官にひびく絵であり、尾崎翠が文学で目指したものを、久米民十郎は絵画で追求したのではなかろうか、という気がする。

久米も尾崎も、大正から昭和初期に続くほぼ同時代に、モダニズムの空気をたっぷりと吸いながら、当時の主流であった自然主義に背を向けて、シュールで幻想的な世界を創出していった。

久米民十郎はイギリスから一時帰国をしていた横浜で関東大震災に遭って、30歳の若さで夭折した。尾崎は、36歳の若さで長兄によって東京から鳥取に連れ戻され、その後は創作活動を断って75歳で死去した。

時代の先駆者でありながら、自然災害や家庭内の事情によって、創作活動の遮断を余儀なくされた2人の無念を思う。

永青文庫久米民十郎の『支那の踊り』が公開展示されている永青文庫は、JR目白駅からバスで6つめで降りて徒歩5分ほどのところにあり、ひっそりとした緑の中にタイムスリップしたかのように佇むレトロモダンな館だ。

今回の企画展の梅原龍三郎や安井曽太郎の絵も見ごたえがあるのだが、久米民十郎の『支那の踊り』1点だけを見るためにも、ぜひ足を運ぶことをお勧めしたい。

僕は、600円の入場券の代わりに、期間中は何度でも入館出来るパスパートを1000円で購入した。

まだ1カ月以上の期間があるので、散歩がてら何度か訪れてみようと思っている。

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2009/05/04

GW中も、尾崎翠の世界にどっぷりと

0905041今年のGWは、尾崎翠の世界にどっぷりと浸り、どこまで行っても果てのないような尾崎翠の宇宙を浮遊している。

前回の記事の後、僕はついに『定本 尾崎翠全集上下』(1998年、筑摩書房)をネットで購入した。

現在は絶版になっている全集だが、ネットの古書店で箱入りオビ付きの美本を見つけ、ようやく手にすることが出来た。(写真)

オビに書かれた中野翠さんの言葉は、「尾崎翠は取り憑く。心を奪う。魂を魅入らせる。それも晴朗な空のように」。

この素晴らしい装丁の全集を見るにつけ、尾崎翠が生きている時にこれが刊行出来ていたら、どんなにか彼女は嬉しかっただろうか、と思ってみたりする。

0905042さらに、前回の記事に記した後、僕は引き続きさらに尾崎翠の研究書を探し求め、以下の本を入手して(写真)集中的に読んでいる。

『尾崎翠の感覚世界』(加藤幸子 創樹社、1990年)

『尾崎翠』(群ようこ 文春文庫、1998年)

『鳩よ! 特集尾崎翠 モダン少女の宇宙と幻想』(マガジンハウス、1999年)

『尾崎翠論 尾崎翠の戦略としての「妹」について』(塚本靖代 現代文芸社、2006年) 

まだまだほかにも尾崎翠研究本は出ているようだが、昔の本ほど入手が難しくなっている。

尾崎翠研究は、このところ女性からの解析や問題提起が相次いでいて、それぞれ独自の視点からの丁寧な掘り下げは読み応えがある。

群ようこさんは巻末にこう書いている。

--私は「第七官界彷徨」を読んで、日本の小説はこの一作でいいとすら思ったこともある。

僕もそうだが、同じようなことを思った人たちは多いのだろうな、という気がする。

こうした解説本・研究本によって、尾崎翠ワールドの不思議な魅力の根源が、さつざまな角度から解明されてきてはいるが、研究が進めば進むほどに、解明が進めば進むほどに、尾崎翠とその文学世界はますます底知れぬほどの広がりと奥行きの深さを見せてきているように思う。

尾崎翠研究、とりわけ『第七官界彷徨』についての研究と解析は、これからもさまざまな人たちによって続けられていくのではないだろうか。

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