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2009/08/31

選挙結果は痛快の極みにして快感なり

090831嗚呼、快哉なり。愉快なり。

かほどに痛快なる選挙が、かつて我が国で行なはれしことありや。

我らは、麻生の太郎が歴史的惨敗の屈辱に顔をゆがめ、公明代表なる大田の昭宏らがまさかの落選に愕然呆然とする様を見て、極上の快感に打ち震えたり。

これ自公の長年に及ぶ衆生蔑視、硬直腐敗のまつりごとへの天誅なり。

我らは、自民の大物ども、公明の幹部どもの続々と枕を並べて討ち死にせしありさまを見るに、狂喜乱舞にはやる心抑ふること能はず。

いにしへびと、書きけり。
諌めをも思ひ入れず、天下の乱れんことを悟らずして、民間の憂ふるところを知らざりしかば、久しからずして亡じにし者どもなり。

八百年もの昔に書かれけむこのくだり、あたかもいまの自公を見るが如し。

悲願の政権交代にこぎつけたる民主は、自公政権の負の遺産を引継ぎて、有権者との約束ごとなるマニフェストの実現に向かふはまことに茨の道なるべし。

来年の参院選もだいじなれど、余が予測するに四年後には衆参同日選挙こそ必定ならめ。

今日からの四年間は、民主の真価問はるるともに、我ら有権者もまた試さるる期間にてあらざらんや。

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2009/08/28

中央線高架の側面に、不思議の壁画現はる

090828ここ数日、東京は真夏日から解放されゐたるが、今日は灼熱の炎天戻りにけり。

新宿から大久保に至る中央線の高架側面に、くすしき大壁画、俄かに現はれたりけり(写真)。しばし暑さを忘れて見とれざること能はず。

やうやうなる建物の影の、橙色や灰色にて延々と連なれる様、いみじうシュールにて幻想的なり。

影の下に翠色にてあるは、樹木あるひは草木なるや。

上方には青色にて、人の顔を模りたるあやしき形、記号のやふなる模様などのイラスト、これまた延々と連なれり。

影を主役とせるこの大壁画の上に、午後の日差しによる本物の電柱の影の重なりて、いよいよ虚実混じり合ふ不思議の光景とはなりぬ。

この壁画を描きしはいかなる人々なるや。何の説明文も書かれざりしが、かへって見る者をして自由なる空想に誘へり。

人間たちの、壁画の中なる影の街に住めるあらば、余らのうつつの街こそ、影の街と映れるならめ。

影がまことの世界なれば、うつつの世界ぞまた影なる。いずれか異なるところあらむや。

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2009/08/23

期日前投票に行きて出口調査責め

090823衆院選の投票日まで一週間となりぬ。

投票日に行列をなす煩雑を避けむとて、余は近年、どの選挙にても期日前投票をなすを常とす。余の住む処は、うれしはづかし花の東京一区なり。

今日は日曜日なるが、期日前投票をせんとて、分庁舎に往きたり。

どの記載台にも、備え付けの鉛筆が数本ずつ置きてありしが、新型いんふるえんざ流行の折から、大勢が触りし鉛筆を手にするは、何となくためらはるるなり。

受け付けに居並ぶ係員らに「余が持ちたるぼーるぺんにて記載したし。これ構わぬや」と問ひたれば、年経る男の立会人たち、「備え付けの鉛筆使わざるべからず」と云へり。

「いかでぼーるぺん使うこと能はざるや。公選法にさようなる規定ありや」と尋ぬれば、立会人、「備え付けの鉛筆使うべし」と繰り返すのみなりけり。いかにも石頭といふ風体なり。

さるほどに、をんなの若き係員、電話にて選管に問ひ合わせしかば、「持ちたるぼーるぺんにて、いささかも難なく候由」と云へり。これにて落着となりけり。

選挙区、比例区、最高裁裁判官国民審査の順に、三つの投票箱を回りぬ(写真)。

投票を終へて外に出たるや間髪を入れず、報道機関の出口調査をせむとて待ち構えたるが、余に投票内容を尋ぬるありて大いに驚けり。

それも一社のみならず、TBS、NHK、共同通信の三社から次々に調査票を渡され、選挙区は誰に投票せしや、比例区はどの政党なりしや、普段支持する政党はいずこなりや、などの記載を求められたり。

すでに期日前投票からして、かように競うて出口調査を行なふを見れば、政権交代に向けて高まる巷間の熱気ひしひしと伝はり来れるなり。余はいずれの社に対しても快く回答せしことは云ふまでもなし。

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2009/08/16

空は秋の雲、総選挙の行方はいかにや

090816東京で土日と続けて晴れたるは、三箇月ぶりのことなりてふ。

見あぐれば、紺碧の空には巻積雲悠々とかかれり(写真)。いわし雲とも、ひつじ雲とも云はるる雲にて、げに秋めきたる心地ひとしほなり。

八月も今日にて半ばを過ぐるに、総選挙は遥か先にてありけり。衆院の解散せしは七月の二十一日のことなりしが、いまだに公示だになきまま、はや二十六日も経過したり。

こは自民の策のなせる業にて、時をかせぐによりて、民主の勢いを削がんとする狙いなるは明々白々たり。

麻生の太郎、「鳩山討たばや。ゆめゆめ民主に政権渡すまじ」と一心不乱にをめき叫びたれど、田中の真紀子の、故角栄の愛娘にて無所属なりけるが、夫ともども相携えて民主に入党せしなど、太郎陣営の形勢なかなか芳しからず。

投票日は今月三十日とまだ二週間も後のことなれば、形勢混沌として予断許さざるべけれど、民意いかなる形で現るるにや、開票の行方こそ、民草の最大の関心ごとならめ。

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2009/08/06

神宮花火大会を、遠花火にて鑑賞す

20090806今宵は、神宮花火大会ありけり。余はこれを、家のべらんだ越しに、遠花火となして寂寂と鑑賞しき。

若かりしころは、余も、花火大会あらば、雑踏かきわけて会場まで往き、間近より見上ぐる火玉の迫力と綺羅を存分に堪能せしものなり。

されど、年を経るに従ひて、花火大会会場に赴く体力もやうやうなくなれば、自宅から遠花火をひっそりと窺ふをもちてよしとするやうになりにけり。

遠くの彼方、建物と建物の間より、かろうじて見ゆる遠花火を眺むれば、さまざまなるを思ひ出し、来し方行く末に思ひはせるを禁じ得ず。

遠花火は、なしかは懐かしく覚ゆ。余は、遠花火の儚なさに、もののこころとあぢはひを感ず。これ、余の年のせいなるや。

今宵は、高層建築物の間より見ゆる花火と競ふやのごとく、東の空には十五夜の満月浮かび、えも言はざるめずらしき光景なりし(写真)。

暦の上にては、夏は今日にて終わりぬ。

明日は立秋。秋立つ日なるべし。

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