ミニコと云ふ名の、うつくしき女の想ひ出
今は昔、ミニコと云ふ名の、若き女、余と同じ職場に居りし。
伯林の壁の崩壊して、東西独逸の統一されたりける頃となむ記憶せる。
その女、年のころ、二十七、八なりけむ。
姿形いと、らうたげにして、心ばへめでたければ、職場の垣根を越へて、あまたのひとたちに愛しまれたり。
余のその職場にありける三年といふあひだ、さまざまなる仕事、ともに携わる機会の少なからざりけり。
会社近くの道路にて出会ひし折、ミニコは歩行者信号の赤なるに、ひやうと身軽に走り渡りて来ぬ。
「みなひと、われのことをば、信号破りのミニコと呼ぶなるを」と云ひけるも、をかしとぞ覚ゆる。
さる日、ミニコ、余にさりげなく伝へたりき。
「このたび、われ、結婚せむとす。相手は社内の人なり」と。
ミニコの結婚披露宴に、余も出席したり。新郎新婦とも、幸せに輝けるさま、云ふもおろかなり。
けふ、社内報の送られてきたるを見て目を疑ふ。
ミニコ、食道がんにて死にたりけるとぞ。
享年四十八歳となむ。
人の世は、あまりにもはかなく、命の短さは何にか譬へむ。
ミニコ、天国にても、信号破りをしつるにや。
冥福の心より祈れるを。
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