« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »

2010/08/29

不漁の秋刀魚塩焼き、スーパーにて争奪戦

100829a温暖化のなせるわざにや、今年は日本近海の潮の流れ変はりて、秋刀魚のいみじう不漁続きなるらし。

テレビにては連日、秋刀魚漁船の、例年の1割にも満たぬ漁獲にて、漁師たち、肩うち落として帰りける様子なむ、映し出したる。

OLの、1尾800円の値札付きたる生秋刀魚見たるが、「あなや、われの給料にては、え贖はじ」と、ため息つける姿、ニュースに報じられたり。

さるを、けふ近所のスーパー訪うてみれば、いでいで、宮城県産秋刀魚塩焼きの、オロシぽん酢タレ付きにて一尾198円にて売りたりけるぞかし。

昼過ぎなる刻に、売り場の棚に10パックほどありければ、余は1パック、買ひ物カゴに入れぬ。

その一瞬後、棚見れば、いかにや、はや1パックも残らずなりにけるは。

まばたきする間に、あまたの客の贖いたるにや、と覚ゆるに、さにあらず。

余の目の前過ぐる、おばはんの、買ひ物カートに秋刀魚塩焼きパックぞ10パック近く入れたりて、一人占めするなるを見る。

一人何パックまでと制限せで、目玉商品とて売り出したるを、買ひ占めせむとするは、おばはんに謗らるる由のあるやは。

このおばはんの家、今宵の食卓は、家族揃ひて秋刀魚塩焼きのメーンディッシュなるや。

さあらで、もしや、このおばはんは、街の定食屋の奥さんにて、こは客に出す秋刀魚塩焼き定食となるやも、と疑ひて見たりぞする。

この秋刀魚塩焼き、さきほど食したれば、いみじう美味なりけるは。

チラシ見れば、この秋刀魚フェアは明日までとぞ。

明日は、余が10パックほど買ひ占めたりて、朝から夜まで秋刀魚三昧とせむも悪しくあらじ、とほくそ笑むを人や知れる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/08/26

忘却のメモ帳発見、小学6年生の自分に出会ふ

1008261a探し物をせむとて、押入れ上の戸袋の中、あれやこれやとかき回し、不要のものなんど少し整理したるに、奥なる箱よりちさきメモ帳のやうなるもの、こぼれ落ちぬ。

こはいかに、とて見れば、超ミニサイズのメモ帳なり。

1ページ目に、学校の時間割なむ書かれたる。月水土が4時間目まで、金が5時間目まで、火木が6時間目まであるに、こは小学生の自分が持ちたりけむメモ帳なるらし。

当時、分団と名付られし地域子ども会の、学年別の名簿なんども、余の鉛筆書きにて書かれたり。

余の名前ぞ、6年生のところにぞ書かれたる。

生まれて初めて東京見物せし時の走り書きやスタンプもあり。

つゆも記憶あらざることの、あまた書かれたるは、半世紀以上も昔にタイムスリップしたる心地ぞする。

1008262aメモ帳の中のそこかしこに、北原白秋作と書かれたる『ことば』と題さるる詩の、全文の3度までも綴らるるは、いみじう不思議のことなるぞ。

当時の余は、よほどこの詩の、心にきと残りたりけるにや。

とうの昔に散逸したりける忘却のかなたより、このメモ帳のみぞ、いかで今日まで残りたるやを知らず。

当時、余を含め子どもたちを取り巻くメディアは、ラジオ、紙芝居、貸本屋が全てなりき。

余にとりて、このちさきメモ帳は、さしづめパーソナルメディアなりけむ。

ここに、小学6年生の自分に戻りて、その詩を掲載せむとす。

北原白秋作 『ことば』

ことばはかわい
きれいなまもの
小さなまもの
生きてるまもの
一つ一つかわい

ことばははねる
つまめばにげる
てんと虫のように
水すましのように
一つ一つはねる

ことばはひびく
あしのはのふえよ
すずむしこむし
チックタック時計
一つ一つひびく

ことばは光る
プリズムのかげよ
花火やほたる
とんぼのめだま
一つ一つ光る

ことばはかおる
べにばら野ばら
さんしょの木のめ
めやぎのおちち
一つ一つかおる

ことばはしみる
はちみつやいちご
青うめわさび
にがいにがいくすり
一つ一つしみる

ことばをつづる
じゅずだまむくろんじ
赤い赤いつばき
げんげの花わ
一つ一つつづろ

【追記 8/29】 白秋の原文を知りたしと思ひて、ネットにて調ぶるに、こは大正10年から11年ごろにかけて作られたりける『祭りの笛』なる童謡集に、『言葉』なる題にてぞ収められたりける。余のメモ帳に書かれしは、平仮名あまた綴られたるに、原文は漢字多用せられたり。「一つ一つ」のくだりなむ、原文はいずれも「ひイとつひイとつ」となれり。6節目、「はちみつやいちご」は原文「お蜜や、苺」なり。7節目、「ことばをつづる」は原文「言葉を綴ろ」なり。余のメモ帳は、手書きにてメモされたる3回とも、7節までなるが、原文は8節目までありて、「言葉はをどる 不思議な小人 三角帽の小人 ちんからちんから囃して ひイとつひイとつ踊る」にて終りたり。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/08/17

37度超せる酷暑の中、歯を抜きて来たり

100817a_2東京はけふも超猛暑日となり、都心で37.2度、練馬では38.2度にもなりぬ。

灼熱地獄の最中、余は歯科医院にて、奥から2番目の歯なむ抜きて来たる。

この歯は、もともと4年前にぼろぼろになりかけたりけるを、幾分なりとも延命せばやとて、歯根を2つに分け、被せ物のみ1つになして、からうじて今日まで持ちこたへたり。

されど、もはや限界なるにや、歯根より入りたるらむ黴菌の、歯茎や顎、頬にまで回りたりて、物も食へぬほどの痛さとなりぬ。

お盆の墓参りから新幹線にて東京に帰りけるに、その足にて歯科医院に駆け込み、こは抜くよりほかにせむかたなし、と診断さるる。

いでや、抜く前の麻酔打たるる、耐へがたきほどの痛さなり。

医師は、「痛きところに麻酔打つ、これすこぶる痛きは常なるぞよ」と冷静に宣ふ。

最初に麻酔の激痛乗り越へたるによりて、抜くこと自体は痛くも痒くもなかりけり。

抜きたる跡は、ブリッジにて義歯を両側の歯より支へることになるらし。

治療の終はるは、9月中旬から下旬ころなるとぞ。

けふはまだ、多少の出血の続くなれば、普通の食事の食ふこと能はざる。

部屋の中さへ熱風満ちたるに、素麺の茹でる熱気の浴び難ければ、近くのスーパーにて出来合ひの冷やし素麺パック贖ひて食らふ。

生きることは、痛きことと覚へたり。

痛さこそ、生きむがための通行料にして、生きたることの証なれ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/08/14

贖ひてから1月半、朝顔やうやう咲けり

100814a今年の朝顔、贖ひしは7月4日のことなるに、いつまで待ちても、とうと花の咲かざりけり。

たまさか、3鉢のうちの1鉢に、1輪か2輪咲けることのありしも、疾くまた咲かずなむなりにける。

なかんずく、8月に入りてからは、押し黙りたるやうに、どの鉢も来る日も来る日も、花を見ることなし。

これ猛暑のなせる業なりやと訝れども、ちさき蕾のあまた付きてあれば、またく花の咲かぬにもあらざるとも覚ゆる。

かくて、花忘れたる朝顔に、朝な夕な、水遣ることの幾星霜ぞ。

今朝、起きてベランダ見れば、いでいで、どの鉢も見事なる花のあまた咲きにけるは。

紺、水色、紫、赤、白と、色も多彩にして、花の数20輪ほどもあり。

これまで抑へられたりける命の、一気に噴出したる感ぞある。

今年の鉢は、なべて遅咲きなるにや。はたまた、ここ数日の猛暑一服にて、やうやうに生き返りたるや。

こが一過性のものにあらずして、かく咲き乱れむ様の、長く続くことあれかし。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/08/08

宇宙の96%の物質が正体不明なる衝撃

新聞なんどでは、さらさらに細かき報道も解説もえされざるに、科学界を震撼させたる重大事件なむ、21世紀になりて起こりたる。

おほよそ10年ほど前まで、すなはち20世紀末ころには、物理学なかんづく宇宙論の発展の華々しきさま、我が世の春を謳歌するが如し。

宇宙誕生から1秒の100万分の1秒後までてふ、目も眩むばかりの短き時間のうちに起こりたりけむ諸々なる出来事の詳細、つぶさに見てきたるやうに記述したりけり。

さらには、この宇宙とは異なる別の宇宙の、無数に存在したりて、それぞれに物理法則の違へるなんど、検証も観測も能はざることの、まことしやかにぞ語れる。

A物理学は偉大なる勝利を収め、もはや物理学はなすことの何もなかりける、と豪語する者さへあまたあり。

残るは、相対論と量子論を統合し、さまざまに細分化されたる素粒子どもや、重力なんど4種類の力のすべてを説明することの能ふ大統一理論の発見のみにて、それすらも完成は時間の問題なる、との楽観、学者たちに蔓延したりけり。

物理学者の思ひあがりと自信過剰に、まさかなる暗雲の垂れ込め始めたるは、1998年ころからなるらし。

この宇宙には、科学のゆめゆめ知らざりける正体不明の物質(暗黒物質と呼べり)や、正体不明のエネルギー(暗黒エネルギーと呼べり)の、すこぶるあまた存在するらしきこと、やうやうに明らかになりたる。

そは2003年ころには、たれの目にも疑ふことなき問題となりて露呈されり。

今日までに判明せるところにては、この宇宙を構成せる22%が暗黒物質なりて、さらに74%が暗黒エネルギー、物理学の把握せる通常の物質・エネルギーは4%に過ぎぬとぞ。(円グラフは、3D円グラフ作成サイトにて作りたり)

しかも、通常物質の半分は、行方不明の状態なるとや。

宇宙の誕生から現在の姿まで、世界の様相のほぼすべてを解明し尽くしたり、と誇らかに胸張りたりける物理学は、はつかに2%の物質・エネルギーのみぞ研究対象にして来たるに過ぎざる。

宇宙を構成せる98%が分からぬなるは、ほとほと何も分からぬに等しくはなきや。

こは、お釈迦様の手のひらにて、世界を制覇せりと叫ぶに異ならずして、あさましきさま、云ふもさらなり。

世界中の科学者たちの、躍起になりて暗黒物質と暗黒エネルギーの正体解明せむとするも、捉ふることも観測することも、え出来ずして、手がかりなき謎の前に物理学全体の立ちすくめるが、いまの状況なるとぞ。

この解明こそ、物理学のみならず、科学界全体の直面せる21世紀最大の課題なるらめ。

孔子曰く。「知らざるを知らずと為せ。これ知るなり」と。

科学は、空威張りを捨て、己の知らざるを、直視すべきならずや。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/08/07

灼熱の日々続くも、空はさやかに秋立ちぬ

100807a日本列島は北から南まで、連日、灼熱の猛暑続きたるも、けふは立秋なり。

暑さの中、いかほどのこともせざるに、一日一日の、いみじう疾く過ぎ往きて、気がつけば、誰そかれ時となりつること多し。

ケータイのカメラにて、都心の立秋を、一枚の写真にて切り取ることの能ふなるや。

すずろに撮りてみたるがこれなり。

耳を澄ませば、あちらこちらから、さまざまな鳥の鳴き声ぞ聞こえたりける。

カラスともハトとも異なる声は、何てふ鳥なるや。

このころは、蝉時雨も、聞かぬやうになりたり。

さ云へば、蜻蛉の飛ぶも久しく見ざることかな。

明日も明後日もその後も、残暑のすこぶる酷きことの続くとぞ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »