金木犀の甘きかほり漂ひて秋を知る
こは、いづくからにや、2、3日前より、余の家の辺りありく度、金木犀の甘き香の漂ひ来たれり。
近くなる辺に、金木犀の花の咲けるにこそあらめ、と思ひて、くまなく見渡せど定かならず。
姿なくして、かくもいみじう香るも不思議のことかな、と怪しみて、裏通りから表通りを曲がりたりけるに、ふと目の前に、いと大きなる金木犀の、ひたぶるに金色の花々咲き誇れるになむ、出遭ひたりける。
間近にても香り強きものを、遠く離れたる裏道の隅々まで、かぐはしき香りの衰えざること、さうなしとぞ覚ゆる。
金木犀の香りにて思ひ浮かぶは、幻の女流作家とて近年評価の高まれる、尾崎翠(おさきみどり、1896年-1971年)の作品なり。
彼女の小説や詩のあちこちに、木犀の登場したりけるは。
『木犀』より
厳しい邸宅の前で私たちの体は静かな木犀の香に包まれた。(中略)チャアリイは杖で木犀の香を殴りつけた。『地下室アントンの一夜』より
「季節はずれ、木犀の花さく一夜、一壜のおたまじゃくしは、一個の心臓にいかなる変化を与えたか」-ああ、松木氏の動物学の著述の背文字は、あまりに数多くて覚えきれないほどだ。同じく『地下室アントンの一夜』より
木犀の花は秋に咲いて、人間を涼しい厭世に引き入れます。咽喉の奥が涼しくなる厭世です。『神々に捧ぐる詩 ヰリアム・シヤアプ』より
わがまどの
もくせいの香は、
雨ふらば
こほろぎの背に
接吻ひとつ。
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