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2011/06/29

猛暑日に節電も限界、脱原発の行方やいかに

Photo_2あまりの暑さに、カレンダー見やれば、まだ6月なるぞかし。

東京都心の気温、午後1時すぎには35度超へて、6月としては史上3度目の猛暑日を記録したるとや。

電力大量浪費社会を変へる必要は、みなひとの感じおれるところなれど、われの家にていかに節電すべきやとなると、たちまちに総論賛成・各論反対に陥るらし。

余は、昨年までも毎夏、部屋の冷房を29度に設定したりければ、もはやこれ以上、設定温度を高める余地のなかりけるは。

冷房入れる時間、無理に縮めなば、ひたぶるに熱中症の危険高まりて、命の縮みゆくらむ。

かくて、けふは節電をあきらめたりて延々と冷房入れ続くるに、ほかの家々やオフィス、工場なんどはこの猛暑なむ、いかに過ぐすにや、と気にかかれる。

東電の電力使用率は、午後2時すぎに、供給量の94%に達したりて、危機ゾーンの手前まで近づけり。

6月にてもかかる有様なれば、7月8月の電力使用率は100%となりて、大停電の引き金となりぬべし、と恐怖すら覚ほゆ。

かたや、福島原発の冷温循環システムは、けふもまたトラブルの見つかりて、躓けるままなり。

猛暑と電力危機の中、日本は脱原発に向けて舵を切ることの能ふなりや否や。

菅総理は、脱原発にイエスなりやノーなりやを最大の争点に、8月中に解散総選挙に踏み切ること間違ひなし、との見方、じわじわと広がりゆける。

脱原発解散の行方は、自然エネルギーの安定供給に向けた具体的プロセスを、いかに国民に納得させ得るかにこそ、かかるらめ。

もしも、このまま菅総理が野垂れ死にをして、次なる総選挙にて自民が政権の座に返り咲きたれば、日本の脱原発の機会は半永久的に失はるべし。

市民運動家、菅直人にとりての命がけの正念場、いよよ刻一刻と近づけり。

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2011/06/20

裏通りの辻角に、御猫の鎮座ましまして地域見守れり

1106201a余の家の近くなる、裏通りの辻角に、いつも御猫の鎮座ましますを見かけるやうになりたり。

猫は建物の軒下の雨のあたらぬところに、毎日、おなじ格好にて横たはれり。

ほとど寝ているやうなるが、人間がそばを通る時には、薄目を開けて、さりげなく観察したるらし。

猫のわきを通る人間ども、「あな、らうたげなる猫ぞよ」など云ひて、猫の体や頭に触り、撫でゆけるも少なくあらず。

撫でられたる猫は、目を開けて何ぞや云ひたげなるも、鳴きもせず逃げ出しもせず、やがてまた目を閉じて眠りたり。

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こはいかなる猫ならむ。

水の入りたるペットボトル、いつも脇にあるも、猫はいかやうにしてペットボトルの水を飲むにや。

ひたぶるに興味の募りて、けふは、近くになむ寄りて、まじまじと観察したる。

猫も時折、目を開けて、余をまじまじと観察しおれり。

よくよく見れば、猫の居るところは、魚なんどを入れるやうな発泡スチロールの箱の上なりて、猫の下にはタオルやビニールなんどの敷かれたりけるは。

この発泡スチロールの箱、側面に出入り口とて大きなる穴の開けられたりて、風雨の折や夜には、猫は中に入りて休むことの能ふべし。

出入り口の前には、水用のちさき器と、数粒のキャットフード入りたる小皿も置かれたり。

ペットボトルの水ぞ、そばを通る人間の、器に水の乏しくなりたるに気付きたるが、蓋を開けて注ぎやるらむ。

キャットフードや、ペットボトルの更新なども、軒の家の人や近所の人、通行人なんどが、思ひつきたる時に、世話をしたるかと見ゆ。

かくして、さまざまな人間ども、この猫を見守りゆけり。

猫も、毎日、同じ辻角にて、人間どもの往来を見守り続け、いつしか地域見守る生き地蔵の如き存在となりぬらむ。

猫地蔵。都市伝説としては悪くなからむとこそ。

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2011/06/17

1本の葱贖いて、ふとグルーシェンカのこと思ひ出せり

110617aけふは、珍しく葱なむ1本贖い来たる。何に使ふといふ当てもなし。

じっと葱を見るに、ふと初音ミクのネギ、思ひ浮かび、そこで妄想は一転して、『カラマーゾフの兄弟』における1本の葱の挿話へと飛ぶ。

こは、小説中に重層的に散りばめられたるあまたの挿話の中に、ひときは強き印象を与ふるくだりなり。

話は、ゾシマ長老の死の直後、アリョーシャが友人ラキーチンに誘はれて、グルーシェンカのもとを訪れた時に、彼女がアリョーシャに語り出せる。

「われ、ラキートカには、葱与へしことありなどと威張りてみせたれど、なれには自慢せず。なれには、ほかなる目的にて語るなり。こは、ほんの寓話なるも、いみじうよき寓話なるは。われ童のころ、いま家にて料理女ぞしたるマトリョーナより聞きし。
いさ、かやうなる話なり。
『昔のことなり。一人の心ざま悪しき女ありて、死にけるとぞ。死してのち、一つの善行だに残らざれば、悪魔たち、その女つかまへて、火の池に放りこみけり。その女の守護天使、つと立ちて、何ぞ神様に報告能ふべき善行なしやと考ヘるうち、やうやう思ひ出したりて、神様にきこえまつりけるやう。かの女、野菜畑にて葱を1本抜き、乞食女に与へしことありき、と。ほどに、神様、かく答へたまへり。ならば、その葱取り来たりて、火の池なる女に差しのばせやるべし。そにつかまらせ、引き張りてみむ。もし池より女、引き出せたりければ、天国に入れてやるべし、もし葱のちぎれたれば、女、いま居る場所にそのまま留まらせるべし、と。天使、女のもとに走りて、葱を差し伸べてやりぬ。いさ、女よ、こにつかまりて、抜け出るがよし。さて天使、ゆるゆると引き張り始めたり。しかるに、ほとど引き上げむとするきはに、池に居たるほかの罪人ども、女の引き上げられゆくを見て、ともに引き出してもらはむとて、みな女にしがみつきけるとぞ。されど、その女、心ざま悪しければ、足にて蹴落としにかかれり。「われこそ、引き上げられむとするなれ。わぬしどもにはあらず。こは、われの葱なるは。わぬしのにあらずよ」 女、かく云ひ放ちたる途端、葱、ふつと千切れたりけり。かくして女、火の池に落ち、いまだに燃へ続くる。天使、泣き出して立ち去りぬるとぞ』
かくは、その寓話なり。アリョーシャ、われは、そらにて覚へおり。なんとなれば、われ自らが、心ざま悪しきその女なるぞかし。ラキートカには、葱を与へしことありきと、威張りてみせたれど、なれにはことなる言い方せむ。われ、一生を通じて、あとにもさきにも、そのあたりの葱与へたるのみなり。われの善行ぞ、ただそれだけなるは」

物語はこのあと、草庵に戻りたるアリョーシャ、神父の朗読するガリラヤのカナの話聞くうちに、夢うつつの状態にて、やがてゾシマ長老の声ぞ聞ける。

『新たなる葡萄酒を、新たにして偉大なる喜びの酒を飲まむ。いでや、かくなるあまたの客は。いさ、新郎新婦も居れり。そは賢き料理頭なり。新しき葡萄酒なむ味見せむとすなる。なでか、われを見て驚きぬるや。われは葱を与えたりけり。かくてここに居るなるは。ここに居るおほかたの者は、はつか1本の葱を与へたるに過ぎざりけり。はつかに1本ずつ、小さき葱なるを‥。われらの仕事はいかならむ? なれも、もの静かなるおとなしきわが坊も、けふ、渇望せる女に葱を与ふこと能ひたりけり』

『カラ兄』の中にて、1本の葱の持つ思想的意味は、予想以上に大きなるもの、あらざらんや。
われもまた、一生におきて、ちさき葱なりとも与えしことありや、と自問したりけり。

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2011/06/11

大震災から3箇月のけふ昼、突然謎の停電

110611aけふは大震災の発生から3箇月とて、正午のニュース見むとするに、突如として予告なき停電の発生し、テレピはじめ家中の電気すべて落ちたりけり。

あなや、こはいかなるにや、とうち驚くことしきりなり。

余の家のみのことなるや、ほかの家や店なんども停電したるやと、外に見に行かんとするに、エレベーター止まりて動かず。

電話もパソコンも、使ふこと能はずして、何の起こりたるやを知るすべなし。

ケータイのワンセグにて、正午のニュース見るも、停電のことには触るることなし。

数分ほどして、電気の復旧したるが、原因も範囲も不明なるは怪しきこと、なのめならず。

ネットの掲示板にも、「何ゆえの停電なるや」の書き込みあるを見れば、こは、かなりの地域に渡る停電とぞ覚ゆる。

けふは、大震災3箇月に合はせて、福島、新宿、フランスなど各地で、反原発の市民デモの行はれたるとや。

この停電、反原発のデモに対抗せむとする原発推進勢力による、ゲリラ的陰謀ならんや、などと邪推するも、真相のほど、不明のままなるは。

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2011/06/07

取り溜めたるミニDVをDVDに保存せむとて

110607aパナソニックのビデオカメラ、「つゆがつきました」のメッセージ消ゆることなく、一切の作動不可能となりて寿命とぞ思ひけるに、問題は1999年より撮り溜めつるminiDVテープの、20本余りになるを、如何にすべきや。

先日と同様に再度、レンタルのカメラ借りむことも考へたれど、1泊2日のレンタル、2度繰り返へさば、レンタル料は9千円を超すべし。

ならば、いっそ中古のカメラ贖ひて、やうやうとDVDレコーダーにダビングし、必要なるものをDVDに焼きゆかば、返却期限に追はるることなく、落ち着きて作業すること能ふにや、とビクターのminiDVのカメラぞ、ネットにてゲットしたる(写真の左下)。

いでや、価格は9千円ほどにて済みたるぞよ。

このカメラにて、ミニDVの映像、DVDレコーダーにぼちぼちと取り込み始めたるに、ラベルに記載なきテープ少なからずして、ダビングはテレビ画面にて内容を見ながらの遅遅たる作業となりぬ。

ラベルに撮影年月の書かれたるは、まだましなりて、なんぞの記載もなくて真更なるラベルのもの数本あり。

中には再生すれど早送りすれど、撮りたる中身の何もなくて、こは未使用のテープならむと結論するもあり。

かたや、ラベルに何の記載もなきテープの中には、撮りたることだに記憶にあらずして、撮影後、初めて見ゆる映像も、あまた収録されおりて、ダビングしつつ画面を見ゆけば、10年ほど昔にタイムトラベルしたる心地ぞする。

教訓として肝に銘ずべきは、撮影したる後いかに面倒なりとも、撮影日とその内容は、手間を惜しむことなく必ずラベルにメモしつべし、とこそ。

撮影用のカメラを今後、いかにすべきかは、大きなる検討課題なり。

今回ゲットしたりける中古カメラにて、今後もミニDVに撮り続くるや、はたまたハードディスクに記録するタイプの新しきカメラぞ、3万円程度にて贖ふべきや。

8ミリビデオカメラからミニDVカメラに切り替へし昔もさなりけるが、記録メディアの移行期は、ユーザーにとりて、ひたぶるに悩ましき時期なるぞかし。

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