« 2011年12月 | トップページ | 2012年2月 »

2012/01/27

春風待ちかね、一足先に確定申告して来たり

120127a「春風とともに」てふキャッチコピーにて、確定申告の周知図りたりけるは、いつぞの昔なりや。

確定申告は、何の規則によるや知らずも、毎年2月16日から3月15日までとされたるに、春一番の吹き荒れる時期と重なるイメージいと濃し。

この期間中の税務署、いみじう込みわきて、提出だに番号札取りて順番待ちとなること、少なからず。

余は、確定申告により税金払ふか還付さるるかに関はらず、このところ毎年、確定申告期間に入る前に、税務署に赴きて提出することにしたり。

申告書の作成なむ、国税庁のホームページにて、必要なる数字、打ち込むのみにて、自ら面倒なる計算為すこともなく、いとど易う仕上がりて、必要書類一色すべてプリントアウトさるる。

1月中に提出に赴きても、期限前なりとの理由で断られたるためしは一度もあらず。

早めに行きたれば、訪れる人影もまばらにて、税務署職員の対応も親切なるは。

今年は、8000円ほど還付さるる計算となれり。

確定申告の済みたれば、あとはひたすらに、立春に至りてやがて春風の吹くこと、待つのみなり。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012/01/23

『ALWAYS』3作目、君は知るや1964年

120123『ALWAYS 三丁目の夕日’64』を観てきたり。

こはシリーズ3作目にて、1958年(昭和33年)の東京を舞台にせる1作目・2作目から、6年の経過せる1964年(昭和39年)へと、時代ぞ移れる。

観客をいかに自然に、昭和30年代にタイムスリップせしむかが、このシリーズのポイントなるに、3作目はいよよスクリーンにて確認出来ぬくらひの細部に至るまで、凝りに凝りて64年の時代の空気を再現したり。

パンフを後から読みたれば、山崎貴監督も、鈴木オートの夫婦演ずる堤真一、薬師丸ひろ子も、奇しくも1964年生まれとは、驚きなるぞかし。

吉岡秀隆、小雪ともまだ生まれておらぬ時代なりけり。

64年を知らぬキャスト、スタッフたちによりて、現実の64年よりもリアルに時代を再現せるとは、映画ならではの魔術とこそ。

余はこの時代、いにしへの都にて、シュトゥルム・ウント・ドランクの只中にありき。

挑戦、高揚、勝利、陶酔、沈滞、背信、分裂、別離、次なる道への模索。

戦ひ済んで日が暮れて‥‥赤々と燃ゆる夕日の中、傷だらけになりボロボロの体を引きずりて、帰りし日。

なけなしの金はたきて贖いし35円のチキンラーメンに生卵入れ、湯をかけて3分間待てる、これ余にとりて最高の贅沢にして、世の中にかほど美味きものはあらじ、と感涙にむせび、わななきながら食らふ。

新幹線の開業や東京オリンピックなんどは、余とはあまりにもかけ離れたる遠くの出来事なりき。

テレビだになければ、ブルーインパルスによりて東京上空に描かれたる五輪の雲のことなむ、新聞にておぼろに知りたる。

貧しきことが当たり前の時代なれど、四方八方の無限に開かれたりて、いづくにも往くことの能ふやうな、めくるめく空気ぞ満ちたること、いまも覚ゆる。

64年を知る身には、スクリーンの64年の、いみじう上手く描かれたるに、時の鏡を見たる心地にて照れ臭く、自分史と重なりて胸に刺さるところの少なからずありけるは。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012/01/14

胃カメラ検査中に異変起き、入院・点滴ぞ

120114a昨日は、毎年恒例となりつる胃カメラ検査受くるとて、朝9時前に病院に赴く。

いつもなら検査そのものは10分足らずにて、検査後30分ほど休息したるも、会計を終へて病院を出るは正午ころなるが常なり。

昨日も鎮静剤なんど打たれた後、胃カメラ喉をするすると通りて、食道・胃わたり撮影し回り、これにて終了てふ時ぞ、医師や看護士たち、にはかに慌てふためきたる。

「あなや、脈拍の急上昇したりて、不整脈いでたり。とく入院の必要あるぞかし」と、緊迫せる声にて云はれ、余は何がなにやら、ちとも解せぬうちにストレッチャーに乗せられ、そのまま病室に運ばれたり。

鎮静剤いまだ醒めずして、おぼろなる状態の余に、看護士たちは、病歴や家族構成なんど、矢継ぎ早に尋ね、余は何と答えたるやも覚へぬまま、なにやらぽつぽつとロボットのごとく、無機的に話をしたるらし。

さるほどに、心電図の測定始まり、一定間隔にて自動的に血圧測る装置なむ、装着せらる。

異変の起きたる自覚だに、ゆめゆめなかりけるに、気がつけば余の右腕には点滴のコードつけられたるは、なにごとぞ。

そも、余はこのまま何日間か入院せむとや。はたまた日帰り入院にて済むにや。見通しを看護士に尋ぬるも、「医師の診断いかんなるぞ」と云ふのみなり。

かくて病室のベッドに横たはり、朝の時点にては想定もせざる入院生活の身となれり。

パソコンやテレビはもとより、ケータイも新聞も本も、何もなき空間にて、無為なる時間は遅遅として進まず。

医師の診断はいかに、と早うに知らまほしきところ、看護士なむ入り来て、「入院のご案内」なるパンフ渡され、「入院診断計画書」に署名させらる。

いよよ、こは長期入院になるらむ、と気の滅入ること、云ふもさらなり。

やうやう事態が動きたるは、夕方4時ころなるは。

心電図なんどの検査の結果、循環器系に異常なし、と看護士の告ぐる。

ついで、胃カメラ担当の医師の来たりて、上部消化管にも異常なく、とくに自覚症状なければ、これにて退院とするも可なり、とぞ。

かくて、やまどりの尾のしだり尾のごと、長長しき半日入院はジ・エンドとなり、余は5時過ぎ、からうじて病院から解放されたりけり。

結果的に、いかなる異常もなしとのお墨付き得て、我が家に帰還し、あらためて変哲なき平凡なる日常の有り難さなむ、しみじみと噛み締めたる。

途中経過に波乱あるも、終はり良ければすべて良し、とこそ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012/01/07

梅一輪一輪ほどのあたたかさ

120107a去年の暮れ、スーパー店頭の花屋にて、ふと思ひ立ちて、梅の鉢植をひとつ贖ひたり。

樹木の鉢植を贖ひたるは、初めてのことなるは。

鉢には、紅梅の札あるも、なべて固き蕾のままにて、いつ咲くにや見当もつかず。

さるを、昨日の寒の入りを境に、一輪また一輪と紅き花の咲き始めたる、いみじうをかし。

梅一輪一輪ほどのあたたかさ。芭蕉の弟子服部嵐雪の句なり。

この句は、梅の花の一輪また一輪と咲くに連れ、暖かくなりて春の訪れ来たる様を読みたる、と解釈さるること少なからずも、はたして、さなりや。

余は、否と思ふ。

この句は、春には遠き厳寒のころ、さしづめ、いまころの時期の句なるべし。

「一輪一輪」と続くるもよけれど、最初の「梅一輪」でいったん区切り、あらためて「一輪ほどのあたたかさ」と読むのが趣あらむ。

春を待ちわびる気持ちとは裏腹に、凍てつく寒風の吹きすさぶ中、梅が一輪咲ける。

人は全身全霊にて、そに一輪ほどのあたたかさぞ見たる。

一輪は一厘に通じ、ほんの僅かのあたたかさなれど、そはやがて訪れる春への確かなる予兆なるぞかし。

寒さの最も厳しき時期、一輪の梅が発散するあたたかさに、人は期待を膨らまさずにおられるものかは。

その落差の大きさこそ、この句の命であり、春への希望膨らむ動的なる句として、あまたの人に愛吟さるるゆえんと覚ゆれ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012/01/01

つつしみて2012年の新春を寿ぎ奉る

Nenga2012a

あらたまの年立ちぬれば、めでたきこと、なのめならず。

ここにかしこみて、はつはるを寿ぎ奉る。

けふは空のけしき、うらうらとのどかなりて、薄雲の中から輝ける日も燦燦として、大気の一新されたる心地す。

今年2012年はいかなる年になるらむ。

かへりみれば、こぞはひたぶるに、あさましう辛き年なりけり。

大地震、大津波、原発大事故、政治の無策、とうに破綻せる財政、経済の低迷、少子高齢化の加速、等々。

何重にも絡み合ひ縺れる閉塞状況の中、われらの行く手に待ち受くるは、いかなる未来ぞ。

世の中の平穏安泰にして、ひともわれもみな無病息災に、一日一日をつつがなく過ぐさるることを、願ふのみなり。

2012年は、ひともわれも、みなみな健やかに穏やかに過ぐせる1年とならまほし、とこそ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年12月 | トップページ | 2012年2月 »