『ALWAYS』3作目、君は知るや1964年
『ALWAYS 三丁目の夕日’64』を観てきたり。
こはシリーズ3作目にて、1958年(昭和33年)の東京を舞台にせる1作目・2作目から、6年の経過せる1964年(昭和39年)へと、時代ぞ移れる。
観客をいかに自然に、昭和30年代にタイムスリップせしむかが、このシリーズのポイントなるに、3作目はいよよスクリーンにて確認出来ぬくらひの細部に至るまで、凝りに凝りて64年の時代の空気を再現したり。
パンフを後から読みたれば、山崎貴監督も、鈴木オートの夫婦演ずる堤真一、薬師丸ひろ子も、奇しくも1964年生まれとは、驚きなるぞかし。
吉岡秀隆、小雪ともまだ生まれておらぬ時代なりけり。
64年を知らぬキャスト、スタッフたちによりて、現実の64年よりもリアルに時代を再現せるとは、映画ならではの魔術とこそ。
余はこの時代、いにしへの都にて、シュトゥルム・ウント・ドランクの只中にありき。
挑戦、高揚、勝利、陶酔、沈滞、背信、分裂、別離、次なる道への模索。
戦ひ済んで日が暮れて‥‥赤々と燃ゆる夕日の中、傷だらけになりボロボロの体を引きずりて、帰りし日。
なけなしの金はたきて贖いし35円のチキンラーメンに生卵入れ、湯をかけて3分間待てる、これ余にとりて最高の贅沢にして、世の中にかほど美味きものはあらじ、と感涙にむせび、わななきながら食らふ。
新幹線の開業や東京オリンピックなんどは、余とはあまりにもかけ離れたる遠くの出来事なりき。
テレビだになければ、ブルーインパルスによりて東京上空に描かれたる五輪の雲のことなむ、新聞にておぼろに知りたる。
貧しきことが当たり前の時代なれど、四方八方の無限に開かれたりて、いづくにも往くことの能ふやうな、めくるめく空気ぞ満ちたること、いまも覚ゆる。
64年を知る身には、スクリーンの64年の、いみじう上手く描かれたるに、時の鏡を見たる心地にて照れ臭く、自分史と重なりて胸に刺さるところの少なからずありけるは。
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