2008/07/15

256年目の金塚地蔵、移転ならず撤去処分へ

080715a2宝暦2年(1752年)につくられたと伝えられる北新宿の金塚地蔵が、道路拡幅によってその座を追われることになり、いったんは近くの寺の境内に移転することでまとまりかけていたが、一転して移転話はご破算となり、今月24日の地蔵盆を最後に撤去されて処分されることになった。

新宿区の史跡・名所としてガイドブックなどにも掲載され、地元の人たちはもとより、禁煙に効くお地蔵さんとして多くの信仰を集めてきた金塚地蔵が、行き場が見つからないまま廃棄処分という最悪の最後を迎えることになったことで、もっと早い段階で保存策を取れなかったのかと、惜しむ声が上がっている。

080715b2地蔵堂は、大久保通りと小滝橋通りとの交差点の角に、金物屋の壁に組み込まれる形でひっそりと建っている。

堂の中には、庚申塔や地蔵など5つの石造物が並んでいて、そのうちの最も背の高い地蔵が金塚地蔵で、このお地蔵様が煙草を嫌いにしてくれるとされている。

金塚地蔵はもとは、現在地より南にあった百八塚の一つ、中野長者が建てた金塚の脇に建っていたが、塚が崩されたため、明治20年(1887年)に今の場所に移されたという。

東京都の道路拡幅計画によって、地蔵堂を組み込んでいた金物屋がさきごろ、80年余の歴史に幕を下ろして閉店し、金塚地蔵の扱いが注目されていた。

080715c2このお地蔵さまが、道路拡幅によって立ち退きのピンチに立たされているという話は、05年5月23日のこのブログで、僕がキャッチしたばかりの完全独占スクープとして記事にした。

その後、今年4月18日のこのブログで、お地蔵さまの移転先が、現在の場所から400メートルほど北北西にあるお寺の境内に引っ越すことになった、という記事をやはり独占スクープとして書いたのだが、移転話は難航したらしい。

このほど堂のわきに、「地蔵堂崇敬の皆様へ」という告知が張り出され、存続の道もさぐったが7月24日の地蔵盆の供養を最後に、「除却」することになった、と知らせている。

道端のお地蔵様は、文化財の専門家たちから見れば、保存価値のない単なる石ころかも知れないが、金塚地蔵は作られてから256年、今の場所に移ってからでも121年の歴史があり、その間、無名の庶民たちのささやかな信仰を集め続けてきたという事実は決して軽くないはずだ。

そのお地蔵さまを、どこか近くに移転して保存させることすら出来ない都の道路拡幅とは、いったい何なのだろうと思う。道路とは、そんなに何ものにも優先されるべきものなのだろうか。

まさに道路本位制のニッポンを見せつけられた思いであり、そこのけそこのけ道路が通る、の典型的な図である。

供養をしてから「除却」するからいい、というものでもないだろう。「除却」とは苦し紛れの表現だが、とどのつまりはお地蔵さまを廃棄処分にするということなのだ。

効率優先、開発優先の驕りと思いあがり。なんとバチ当たりなことだろうか。

あな恐ろしや。地蔵堂をこわした後で、この地に悪いことが起こらなければいいがのう。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

【注】この記事には続報があります。
   7月23日付け
   7月24日付け
   7月26日付け

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2008/04/18

禁煙に効く地蔵、道路拡幅で121年の座を追われる

080418image144_3お参りすれば煙草が嫌いになり、禁煙することが出来る、と信仰を集めている北新宿の金塚地蔵が、都市計画による道路拡幅の波を受けて、100年以上も住み慣れた場所を明け渡すことになった。

地蔵堂は、大久保通りと小滝橋通りとの交差点の角に、金物屋の壁に組み込まれる形でひっそりと建っている。

堂の中には、庚申塔や地蔵など5つの石造物が並んでいて、そのうちの右から2番目の地蔵が金塚地蔵で、このお地蔵様が煙草を嫌いにしてくれるとされている。

写真では、一番右は隠れてほとんど見えていないが、その隣の布が上の庇まであって頭が隠れているノッポのお地蔵さまがそれで、宝暦2年(1752年)につくられたという。

このお地蔵さまが、都市計画による拡幅で一帯の建物が軒並み取り壊しとなり、立ち退かされることになった、という話は、05年5月23日のこのブログで、僕がキャッチしたばかりの「完全独占スクープ」として記事にしたが、それから3年が経過して、立ち退きが現実の日程に上がってきた。

地蔵堂を壁に組み込んでいた金物屋さんが、今月いっぱいで閉店することになり、それに伴って近々、建物の取り壊しが行なわれることになったのだ。

金塚地蔵はもとは、現在地より南にあった百八塚の一つ、中野長者が建てた金塚の脇に建っていたが、塚が崩されたため、明治20年(1887年)に今の場所に移されたという。

これも、僕のブログの完全独占スクープなのだが、お地蔵様たちは121年間住み慣れたこの地を離れて、400メートルほど北北西にある円照寺というお寺の境内に引っ越すことになった。

その円照寺は、奈良長谷寺を総本山とする真言宗豊山派の寺院で、創建は醍醐天皇の御世の10世紀初頭とされている。

金塚地蔵の左の石柱は、もともと円照寺への参拝者の案内として建てられたた道標石で、宝永元年(1704年)に作られたものという。

ちなみに、写真家の篠山紀信は、この円照寺の住職の次男で、淀橋第四小学校の出身である。

また、このすぐ近くには円照寺の鬼門鎮護の神祀として創建された鎧神社があり、地域一帯の鎮守の社となっている。円照寺は鎧神社の別当寺という関係にある。

金塚地蔵が移転する時には、円照寺や鎧神社など地元の神社仏閣を挙げての、盛大な遷座式が行なわれるのだうか。

それとも、静かに遷座の法要を営んで、ひっそりと移っていくのだろうか。

【注】この記事には続報があります。
   7月15日付け
   7月23日付け
   7月24日付け
   7月26日付け

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2006/12/25

朝日新聞号外で振り返る2006年

2006年も残すところ1週間。今年はみなさんにとってどんな年でしたか。

僕は年明けて間もない1月23日のホリエモン逮捕をきっかけに、忽然として号外マニアとしての道に目覚め、今年は大きな出来事があるたびに、号外を逃さないように手を尽くしてきました。

ここでは、今年僕が集めた主な号外とともに2006年を回顧してみましょう。日付は号外の発行された日付です。

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1月23日 ホリエモン逮捕の衝撃ニュースが世界をかけめぐる。ライブドア株を買って値上がりを夢見ていた多くの個人投資家たちは、どん底に。

2月7日 秋篠宮妃紀子さま第3子をご懐妊。もしや男児だったら、の期待が広がり、皇室典範改正の動きは一気にしぼむ。

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2月24日 トリノ冬季五輪で大惨敗となった日本選手団の中で、燦然と輝いた荒川静香選手の金メダル。日本中にトゥーランドットのメロディーが流れ、イナバウアーのマネをして後ろに転倒する人たちが後を断たなかったとか。

3月21日 WBCで王ジャパンが苦戦を乗り越え、準決勝で韓国を、決勝でキューバを破って初代の世界一に。燃えるイチロー選手にシビレました。

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6月5日 村上ファンドの村上世彰代表逮捕。「お金もうけ、悪いことですか」の言葉が、耳に焼き付いています。

8月21日 夏の甲子園は37年ぶりの決勝再試合に。優勝した早実のハンカチ王子に日本中がフィーバー。駒大苫小牧の田中クンも素晴らしかったなあ。プロの世界で二人が対決する日が待ち遠しい。

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9月6日 紀子さまが皇室41年ぶりの男児出産。悠仁天皇が誕生するのは、今世紀の半ばころか。雅子さまの心境やいかに。

10月9日 北朝鮮が核実験を発表。翌10日は新聞休刊日で朝刊がないため、朝日は2日続けて号外発行。北に振り回された1年でもありました。

来年2007年はどんな号外が発行されることでしょうか。

ではどなたさまも、よいお年をお迎え下さい。

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2006/10/21

昨夜の火事は放火と断定

061021_1356昨夜の火事から一夜明けて、現場では警察・消防による出火原因の捜査が進められ、その結果、最も被害を受けた和菓子屋さんの乗用車(写真)に、何者かがタイヤの数箇所に火をつけたのが原因による放火事件であることが分かった。

この地域では昨年来、夜中の放火事件が相次いでおり、昨年11月には今回の火災現場から200メートルほど離れたところにある木造アパートが放火され、棟続きになっている布団屋さんの店舗もろとも全焼している。

昨夜の放火で災難を被った和菓子屋さんの話によると、出火当時、店舗兼工場の2階には夫婦が就寝の準備をしていたところで、表で人の叫び声がするので何だろうと思っていたら、煙が充満してきて火事であることに気づき、表に逃げた。

店舗兼工場の裏には物置小屋があり、その中に13歳の愛犬を飼っていて、カギをかけていた。

夫婦は犬を助け出そうとしたが、小屋は火の海で手のほどこしようがなく、火の手は広がっていった。

この火災で、犬は黒こげになって死亡した。この犬はほんの2時間ほど前の夜10時ころに散歩をさせた後、小屋にいれたばかりだった。

店舗と同じ棟にある和菓子屋さんの工場は全滅し、表通りに面した店舗も煙と放水で営業不能の状態となった。

小屋のさらに裏隣のアパートにも火が回って半分が焼けた。

放火の状況について警察などが調べたところでは、犯人は乗用車と小屋の間の狭い隙間に入り込み、人通りのある表通りから見えないように隠れて、タイヤの数箇所に火をつけたらしい。

昨夜の火災現場で、警官たちがヤジ馬たちの写真を次々にデジカメで撮影していたのは、この地域で放火が頻発していることに加え、火の気のない物置付近から出火していることから、この段階ですでに放火の可能性が高いと判断していたためだろう。

去年11月の布団屋さんといい今回の和菓子屋さんといい、店舗は人通りの多い表通りに面していて、犯人はそのすぐ裏に回って放火するという大胆な手口だ。

同一犯人なのか模倣犯で複数の犯人がいるのか分からないが、検挙にまさる防犯なしである。

一刻も早く犯人を逮捕してもらわないと、夜もおちおち眠れない。

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シンデレラタイムの火事

061021_0045午前零時になったのを合図のように、けたたましいサイレンの洪水。

外を見ると、黒煙が空を覆っている。火事は近いようだ。

寝るところだったのを急ぎ着替えて外に飛び出すと、表通りにはたくさんの消防車がかけつけてきている最中で、大騒ぎだ。

金曜の深夜とあって、大勢のヤジ馬が歩道を埋めている。

火事は和菓子屋さんと隣の電気屋さん、その裏側の建物にも延焼したようだ。

「この中に110番した方はいますか」とヤジ馬に向かって叫ぶ警官。「私がしました」という男性がいて、警官がその時の様子を詳しく尋ね始める。

一方では、2人の警官が手分けして、現場に集まっているヤジ馬たちの写真をデジカメで撮影している。

もし放火だった場合には、ヤジ馬の中に放火犯がまじっている可能性が高いからだろう。

僕もバッチリとヤジ馬姿を撮られた。

遅まきながら上空にはヘリも飛んできた。

このシンデレラタイムの火事で、久々にブログを更新した。

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2006/07/08

伊勢丹本店、築80年の歴史建造物維持へ

060708_1535ヨーロッパでは築200年から300年を経ている建物が、いまなお使われているのは珍しくない。

ところが日本は、国土が狭いせいなのか、古い建物を長く使う習慣が根付かないためなのか、築40年か50年そこそこの、まだ十分に使える建物を平気で取り壊して、ピッカピカの高層ビルに建て替えてしまうケースが流行のようになっている。

古きを軽んずるこうした風潮の中で、新宿の老舗デパートである伊勢丹本店は、築80年以上が経過して東京都の歴史建造物に指定されている本店の建物を、今後も建て替えることなく、耐震改修などの補強によって使い続けていく方針を打ち出した。

伊勢丹本店の伝統と風格を感じさせる本館東半分は、大正15年に建てられた「ほてい屋」ビルをそのまま使っており、現在の売り場はこれを西側に増築し、さらに新館とつなげている。

新宿の東口は、新宿高野、紀伊国屋書店、中村屋など、新宿の文化と街づくりを牽引してきた老舗が多いが、中でも伊勢丹本店の存在感は格別の重みを持っている。

近くに日本一の歓楽街歌舞伎町やゴールデン街があっても、新宿東口かいわいが落ち着きと安らぎを保っているのは、この伊勢丹本店が軽薄な建て替えをしてこなかったことが大きく寄与しているように感じられる。

新宿のデパートでは、11年前に南口に進出したタカシマヤを別にすると、西口の小田急と京王が築40年となっている。

このうち、京王はまだ具体的な計画ではないが、10年先を見越して全面立替の方向といわれている。

デパートではないが、東口ではすでに東映などの跡地が14階建ての新ビル建築中で、松竹会館も新ビル立替のために先日閉館となった。

伊勢丹本店が築80年以上の建物を使い続けることにしたのは、この建物が持つブランドイメージを壊したくないという配慮が大きいとみられている。

さらに、本店と通りをはさんで隣接する伊勢丹会館やその向かいの立体駐車場などを含めて、建て替えなくても売り場を拡大出来る余裕を持っていることも強みのようだ。

いずれにしても、大正時代の建物をこれからも使い続けるという伊勢丹の姿勢は、多くの人たちの支持と共感を得られるに違いないと僕は思っている。

日本は急激な人口減が少なくとも今後100年は続くとみられる中、築年数が長くなりつつあるほかのビルも、取り壊さずに耐震改修などで使い続ける道をもっと探っていくべきであろう。

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2006/06/30

3億円事件の時代背景と、映画「初恋」

060630_21393億円事件の実行犯は女子高生だった、という意外な設定による映画「初恋」を見てきた。

平日の午後というのに、客席はほぼ満員で、最前列の左右両端すら埋まっているほどの活況だ。

映画批評などで、「設定に無理がある」というような批評もあったので、僕もそのあたりは覚悟して見に行った。

この映画の前半は、新宿のジャズ喫茶にたむろする若者たちの鬱屈した退屈そうな様子が延々と描かれる。

その中に入っていく宮崎あおいも、暗く不安定で投げやりな雰囲気で、これがどうやって3億円事件と結びついていくのか、と最初は不思議だった。

だが、宮崎がその中の一人の東大生に恋をして、彼から3億円事件の実行犯を頼まれるあたりから、映画の流れが一変していく。

前半のけだるい暗さがあって初めて、宮崎が実行犯を引き受ける必然性が生きてくる。

犯行の下見をするあたりから、宮崎の表情が生き生きとしてきて、だんだんきれいになっていく。

こうして見ていくと、設定の無理はそれほど感じずに、むしろ宮崎あおいのような少女なら、実行犯をやったかも知れないという気になってくる。

僕は、3億円事件そのものが、もともと設定に無理があるのに実現した奇跡のような事件であり、事件それ自体が荒唐無稽なあり得ないプロットだったのだと思う。

しかし現実に、3億円事件は起きたし、犯人像すらつかめないまま時効となって、しかも今日に至るまで奪われた現金は1枚も使われていない。

あり得ないような事件が成功し、迷宮入りしたのはなぜか。

当時、この事件は、警察当局が東京・多摩地区の新左翼活動家たちをしらみつぶしにチェックするローラー作戦のために、権力によって仕組まれたものだ、という説が根強く流れていた。

警察関係者が関わっているのか、逆に反体制あるいはカウンター・カルチャーが影を落としているのか、いずれの見方も成り立ちうる事件である。

事件が起きた1968年という年はいろいろな意味で20世紀の転換点だった。

僕の表サイト「21世紀の歩き方大研究」の中の「2001年宇宙の旅フォーラム・全記録」では、1968年に製作された「2001年宇宙の旅」の時代背景について、突っ込んだ議論が交わされているくだりがある。

一部を引用してみると‥

この年は、いろいろな意味で、シンボリックな年だった。アラン・ケイがパソコンを構想した年であり、マクナマラが国防長官になった年であり、アメリカが北爆をあきらめた年だった。パリでは、カルチェラタンに火がついて5月革命が起こり、日本では東大の安田講堂封鎖が始まった年だった。カウンター・カルチャー、カウンター・パワーが一気に噴き出した年だった。それに呼応するかのように、翌年、アポロ11号が月面に着陸した。半導体、シリコンチップについての議論が出始め、LSIが発表された年でもあり、コンピューターの歴史によってのターニングポイントの年だった。(松岡正剛氏)

1968年は、20世紀後半の思想、文化、芸術を語る上で、大きな転換となった、極めて重要な年だった。スチューデント・パワーが噴出し始め、学園闘争が始まった年だった。自由と平等、産業化という近代に対しての、20世紀のカウンター・パラダイムが出て来たと言っていい。アメリカ、フランス、イタリア、西ドイツ、ユーゴ、日本と、各地でスチューデント・パワーが爆発した。今、世界は同時につながっていると言われるが、この年は、こうした運動がネットワークとして自然発生した面白い年だった。 「2001年」の映画は、こうしたカウンター・カルチャーの中でとらえると、神とか人類の進化、人類の意識の拡大、ボーマン船長の体験は、メディア感覚の変容が迫られていることの先取りではないのか。古代のセム的な神、東洋の神、チベット密教、イスラムの神、これらの超越的な体験をドラッグでやろうとした年だった。近代に対するカルチャー・パラダイムが出始めた1968年という年が、「2001年」の映画を支えている。(合庭惇氏)


3億円事件もまた1968年を象徴する事件であり、実行犯が予想外の誰であっても驚くことはない事件だったのだいえる。

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2006/06/24

奈良放火殺人の長男は父親と面会したのか

奈良県田原本町の放火殺人で逮捕された私立高校1年生は、なぜ父の不在を知った上で、継母とその2人の子どもを殺害したのか。

僕の想像に過ぎないが、父親に対する怨恨を晴らすためには、父は殺さないで生き地獄の苦しみを味わわせたい、と思ったのではないか。

逮捕されてから、長男は父と面会をしたのだろうか。

こういう事件の場合は、父子であってもその関係がまさに犯行の動機に直結しているので、そう簡単には金網越しの面会は認められないのかも知れない。

面会の場は、どんな具合になるだろうか。

どちらから先に話を切り出すのか。長男は父に何と言うのか。

犯行を謝るだろうか。僕は、謝りはしないような気がする。

父は長男に何と言うのか。「なんということをしたのだ」と叱り飛ばすのか、「お父さんが悪かった」と泣きくずれるのか。

普段から、父は長男の成績が上がらないと殴っていたというから、この父にしてこの長男あり、という感じがする。

テレビで誰かが説明していたのだが、最近は進学校に入った子どもに対して、深夜まで付きっ切りで尻を叩いて受験勉強を強いる親が増えていて、殴ることも日常的に行なわれているのが実情だという。

恐ろしい時代になったものだ。

このようにして難関大学に進んだ「秀才」たちは、大人になってどんな社会をつくっていくのだろうか。

世も末じゃのう。

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2006/06/01

出生率最低の1.25と、自殺者3万人超

今日の夕刊には、衝撃的なニュースが2つ載っている。

一つは、日本の出生率が昨年、さらに低下してこれまでの最低の1.25となったことだ。

この数字に、厚生労働省も小泉首相も、冷静な受け止め方をしているようだが、ことの深刻さは並大抵ではない。

なにしろ、人口を一定に保つためには出生率が2.07ある必要があるのに、この数字は天と地ほどの開きがあり、さらに低下が進む可能性も指摘されている。

いまの出生率では、900年後には日本の人口がゼロになって日本が消滅する。

かりに、ここ数年の間に、出生率が上向きになって、1.3から1.4くらいにまでなったとしても、人口の縮小を止めるにはほど遠い。

もしも、何10年か先に、まさに奇跡的に出生率が2.07にまで回復したとしても、人口減少がストップして平衡状態になるのは、さらにその数10年先だ。

人口学者の間では、かりにこれから出生率が上向いていったとしても、今世紀中は人口減少が止まらない、とされている。

これを「人口減少のモメンタム(慣性または惰性)」という。

逆に言うと、少子化は30年前から生じていたのに、このモメンタムによって、一昨年までは人口が増加し続けてきた。

いまようやく遅れて、少子化が人口減という目に見える形で具現化した、ということなのだ。

今日の夕刊に載っているもう一つの見逃せないニュースは、日本の自殺者が8年連続して年間3万人を超えた、という内容だ。

出生率1.25と、年間3万人を超える自殺者。この2つのニュースは、無関係のことがらだろうか。

僕は、同じことがらが、出生率と自殺者という、異なるアラームとなって、鳴り響いているように感じられる。

それは、日本の社会で生きていく道がしだいに狭められていって、日本が極めて生きにくい社会になっている、という状況へのアラームだ。

競争を好む者のみが生きていくことが許され、競争に勝ったものたちが繁栄を謳歌する社会。

この日本の姿が、出生率をますます低下させ、競争社会からはじき出された者や競争を好まない者が、命を断ってゆく。

日本に明日はあるだろうか。明日というのは、20年後、30年後のことである。

僕は極めて悲観的だ。

50年後、100年後となると、明日は99%ない、と言い切っていいと思う。

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2006/05/29

再開発地区に、銭湯の壁画が夢の跡

060529_1708再開発地区に指定されて、古い建物や家屋が廃墟となり、解体が進む北新宿地区の一角。

銭湯だった建物が半分取り壊されて、タイルの巨大な壁画だけが残っている。

開発で拡幅整備が進む大通りからも、近代西洋画風の壁画がよく見える。

この壁画は、男湯のものか女湯のものか。

壁画には裸の女性が二人描かれていることから、僕は女湯の壁画だろうと思うのだが、もしかすると男湯と女湯の両方にまたがる壁画だったのかも知れない。

この壁画の前で、そしてこの壁画を眺めながら、どれだけ多くの人たちが、裸になって1日の疲れを癒したことだろうか。

おそらくは、内風呂を持たない人たち、アパート暮らしの人たちなど、それほど裕福層ではない人たちが多かったのではないか、などと思ったりする。

「とうちゃん、上がるよ~」「あいよ、おれも上がるところだ」などと、女湯と男湯で声をかけあうなども日常茶飯事だったのではないか。

銭湯代もやっとの思いで工面して来る人たちや、明日からどうやって生活していこうかとため息をつきながら髪を洗う人など、裸の姿からは伺い知れない悩みもまた、無数にあったことだろう。

そうした人々を、おそらく何10年にも渡って、湯煙を通して見つめ続けてきた壁画には、もはや見てくれる裸の人々の姿はない。

この壁画も、母屋の壁に張り付いているから、かろうじて残っているものの、煙突のある母屋が解体される日には、もろとも取り壊されるに違いない。

周辺の再開発の進み具合からして、その日は近いものと思われる。

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2006/05/23

ネーム印の意味が分からない‥

ある書類にハンコを押して郵送することになった。

注意書きには、「ネーム印以外の印鑑で押印してください」とある。

ここで僕は、はたと考える。

ネーム印って何のことだろう。苗字が彫ってあるハンコはすべてネーム印ではないのか。

ネットのいろいろな辞書で、「ネーム印」で引いてみたが、こういう言葉では辞書にない。

念のため、広辞苑も新解も引いてみたが、載っていない。

そもそもネーム印などという言い方は、いままで聞いたこともないし、どれがネーム印以外の印鑑なのか、分からない。

ヤフーやグーグルで「ネーム印」で検索してみると、シャチハタがネーム印であるらしいのだが、シャチハタ以外のネーム印もいろいろとあるらしく、ますます分からなくなる。

僕は、三文判を含めていろいろなハンコを持っているが、どれも苗字の印なので、これらはみなネーム印じゃないのだろうか。

それとも、シャチハタや三文判ではなく、高級な印鑑を押してほしいと言っているのだろうか。

こういう事務に精通した人ならば、あたりまえのように通じることなのだろうが、辞書を引いても分からない言葉を使われても、僕などはお手上げだ。

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2006/05/16

雨の日に掲示される転倒注意の標識

060516_11531道を歩いて滑って転倒するのは、雪の日だけとは限らない。

新宿西口から小田急と京王の間を通って南口へ通じるミロードのモザイク通り。

雨が降ると、「足元にご注意下さい」という私製の道路標識が出される。

標識には、滑って転倒しそうになる人のマーク。

このモザイク通りは、なだらかな坂になっているので、雨の日は滑りやすい。

路面は、名前の通りにモザイクタイルになっていて、傾斜が急なところでは階段が併行しているが、階段のないところは雨に濡れるとツルツルした坂になる。

こんな標識をつくって出すということは、これまで滑って転倒するケースがかなりあったのだろうと想像する。

ちなみに現在、このモザイク通りは改装中のため、これまであったアクセサリー店などほとんどの店が閉店している。

改装中のこの通りをわざわざ歩きたくはないのだが、南口のミロード本体と小田急本館とを結んでいて、雨に濡れなくても通ることが出来たミロード中2階のショッピング通路が、これまた改装中で通行止めになっていて、近道としてはこのモザイク通りを歩かざるを得ないのだ。

本格的な雨の季節に入ると、しぶしぶ通って転倒する人が出るかも知れない。

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2006/05/13

走る広告塔、真っ赤な車体のオート三輪たち

060513この間、信号待ちをしていたら、真っ赤な車体のオート三輪が、3台か4台連なって、交差点を右折していった。

オート三輪そのものが珍しい上に、消防車のように派手な赤、それに、カルガモの子どものようにきちんと並んで通っていく様子が人目をひいて、通行人がみな見ている。

さらに車体には、なんたらコムという宣伝文字があり、どうやらこのオート三輪そのものが動く広告塔らしい。

パレードかデモのように、間にほかの車を入れないで、ちゃんと連なって走るのは相当難しいような気もする。

信号のところで、後続が赤になって、途切れることはないのだろうか。

途切れても、先に渡った車が待っていて、また隊列を組みなおして走り出すのかも知れない。

この広告作戦、オート三輪を使ったことがまずアイデアだ。そして数台連ねるところが、ポイントだろう。

ほかの企業や会社がマネをしはじめたら、街中がカルガモもどきのオート三輪たちであふれてしまう‥てなことはないか。

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2006/05/11

100円ショップで布製の立派なジャンプ傘

060511_1515今日は傘を持って出ようかどうか迷ったあげく、持たないで出かけた。

天気予報では昼間は曇りの予想だし、何よりも出かける直前に薄日が差してきたことが決め手になった。

ところが、これが裏目に出て、しだいに黒い雲が広がって雨が降り出した。

街中では地下街を通って濡れずにいろいろなところに行くことが出来るのだが、問題は帰りの駅から家までだ。

濡れて走るにしては、かなりの降りだし、止みそうにもない。

そこで駅のすぐ近くの100円ショップへ入る。

もう入り口には、100円の傘がヤマのように置いてあって、飛ぶように売れている。

驚いたのは、100円ショップの傘だから当然、ビニールの安物ですぐにダメになるようなチャチなものだろうという予想に反して、すべて布製の傘なのだ。

しかも柄のところは、ありがちな白いプラスチックではなく、木製の色と感触で高級感(?)さえ漂っている。

さらに、安手のビニール傘と違って、ワンタッチで開くことが出来るジャンプ傘ではないか。

こんなに安く作れるのは、やはり中国か東南アジアの国で安い労働力を使って生産しているのだろうか、と考えたりする。

国内の傘産業がどうなるか、という心配もないではないが、消費者にとってはこんな立派な傘が100円で気軽に手に入るのは、今日のような場合にとても助かることだ。

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2006/05/04

広大な再開発地域のど真ん中に、小さなお社が

060504_13311青梅街道の新宿区と中野区の境付近の北側、北新宿2丁目地区を中心とする一帯で、大規模な再開発事業が進められている。

事業の内容を説明する看板を見ると、超高層ビルを中心として、住宅や商業施設などさまざまなビルが建つことになっている。

すでに、目もくらむほど広大な一帯の地上げが完了して更地になっており、一部では建設工事も進んでいる。

この再開発事業については、土地買収の問題や財政面の問題などがいろいろと取り沙汰されているが、今日、このあたりを歩いてみたら、広大な再開発用地のど真ん中に、小さなお社がポツンと残っているのが気になった。

お社の周囲は金網のフェンスで囲われていて、壊すことも移動させることも出来ないらしい様子がうかがえる。

事業主体の側は、このお社をどうするつもりなのだろうか。

効率優先で取り壊したりすれば、バチがあたったり、何か悪いことが起きるのではないだろうか、と誰もが考えてしまう。

お社の敷地はネコの額ほどのスペースなので、このままそっとしておいて、再開発事業の中に組み入れて温存するという方法もありそうだが、そんな配慮は無用とばかりにブルドーザーで一瞬のうちに除去されてしまいそうな気もする。

以前このブログで、禁煙のご利益があるとされる古いお地蔵さんが、道路拡幅によって立ち退き部分に入ってしまい、地元の人たちがどうなることかと心配している、という記事(去年5月23日)を書いた。

都市計画や再開発で、こうしたお社やお地蔵さんなど、地域の守り神たちはどういうふうに扱われていくのか、不信心者の僕としても無関心ではいられない。

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2006/04/27

釈然としないホリエモン保釈、一審は無罪の流れか

ホリエモンが東京拘置所から3カ月ぶりに釈放されて、シャバに姿を現した。

小切手で3億円の保釈金を払ったというが、なんとも釈然としない。

容疑を認めているなら、このような段階で保釈されることはあり得るが、容疑を全面的に否認し、調書への署名もほとんど拒んでいるのに、なぜ保釈したのだろうか。

保釈に反対する検察側の準抗告を退けて、東京地裁が保釈を決定したということは、はやくも裁判の流れを示唆しているかのような印象を受ける。

東京地裁で行なわれる1審では、ホリエモンが無罪となるのではないか、といういやな予感がする。

1審の無罪を受けて検察側が上告し、高裁でどうなるかが見ものだ。

いずれにしても、この裁判は最高裁まで争われることは確実だろう。

保釈されたホリエモンは、明日からどうするのだろうか。

ライブドア本社に行くことは可能なのだろうか、それとも禁止されているのだろうか。

また保釈中にテレビに生出演して、自分の無実を主張したりすることは出来るのだろうか。

新聞や週刊誌などによる単独インタビューや手記の掲載などは、どうなのだろうか。

今夜の東京拘置所前のすさまじい数の報道陣を見ていると、ホリエモンがいわれなき罪を着せられた改革者のような、そんな英雄扱いが早くも感じられる。

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2006/04/14

個人情報をめぐる店と客の攻防戦

ポイントがたまるというので、某デパートのカードを出して買い物をしたところ、お釣りを渡されるときに、「○○さま、お待たせいたしました」と大勢の客の前で名前を呼ばれて、驚いたことがある。

何も悪いことをしているわけではないのだが、いきなり名前を呼ばれるとは思ってもみなかったので、恥ずかしい気がした。

このデパートのポイントは率が低い上に、うっかりしているとすぐに消滅してしまうので、以来、ポイントカードは使わないことにしている。

専門店でも、ちょっとした買い物をすると「お客様カード」に住所、氏名など詳細な個人データを書かせるところがある。

断りきれなくて書いたら、こんどは2週間に1回くらいの頻度で、その店の従業員から長い手書きの案内状が郵送されてきて、閉口したことがある。

昨日は、去年暮れにオープンしたというレストランに入ったら、会計をする前にカードとポールペンを渡された。

カードには、住所、氏名、年齢、電話番号、メールアドレス、勤務先など、個人情報をすべて書くようになっている。

たかがレストランなのに、といっては失礼だが、どうしてこんなに詳細な個人情報を求めるのだろうか。

僕は、何も書かずに白紙のままカードとボールペンを返し、この店にはもう来ないことにした。

店側が個人情報をほしがる気持ちは分からないでもないのだが、匿名を保ってひんぱんに利用したいと思っている客には、まったくの逆効果でしかない。

(表の新着情報:「21世紀の歩き方大研究」の21世紀エッセイ「時間の岸辺から」に、「デフレが続いているのに、戦後2番目の景気拡大局面とは」をアップロード)

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2006/04/02

ライブドアが六本木ヒルズから撤退?

ほほう。これはおどろきだ。

ライブドアの平松庚三社長が毎日新聞のインタビューに応じて、六本木ヒルズから本社機能を移転する意向を明らかにしたという。

本社機能を移転するというのは、もって回った言い方だが、早い話が撤退するということか。

理由は、「入居費用の負担が重くなり始めているため」というから、ものの哀れを感じる。

栄枯盛衰は世の習いとはいえ、これは都落ちであろう。

新たな行き先はどこになるのだろうか。

なんなら、僕の家に使っていない部屋があるので、狭くてもよければライブドアの本社オフィスとして安い賃料で貸してやってもいいぞ。

六本木ヒルズからは回転ドアが撤去され、こんどはライブドアが撤退とはなあ。

前にも書いたが、六本木ヒルズにドアは鬼門のようだ。

ヒルズは勝ち組の搭であり、現代の格差の象徴である。

僕は一生、ヒルズのドアをくぐることもなく、ヒルズに近づくこともないだろう。

要するに、ヒルズは僕の住む世界とは価値観も生活様式も文明すらも異なる「あっちの世界」なのだ。

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2006/03/30

新宿の路上に不思議な大根星人?

060330_1214なんだ、これは?

新宿駅東南口の大きな階段を下りた道路上に、こんなキャラクターが‥‥。右手に、小さなコップのようなものを持っている。

路面にテープで「ドーモ!」なんて書いてある。

見たところ、まるで大根星人といった感じだが、なぜここにいるのだろうか。

このあたりは、さまざまなチラシ配りや新製品のキャンペーンなどがよく行なわれているので、何かのプロモーションかと思って回りをみたが、よく分からない。

何かをPRしているらしいのだが、それが何なのかはっきり分からないあやふやなところがいい。

ケータイで撮影していたら、「この子、かわいいでしょ」と近くにいたおねえさんが言った。

何のキャンペーンですか、と聞いてみようと思ったが、聞くのはやめた。

人通りの多い路上に、こんなものがいるということだけで、十分なのだ。

これが東口や西口なら、交番も目の前にあるし、すぐに撤去されてしまうに違いない。

かつての新宿フォークゲリラの伝統が、わずかながら息づき続けている数少ない空間が、ここ東南口の大階段下である。

明日になったら、このあたり一帯が、大根星人たちで埋め尽くされていたら面白いのに、なんて思ってしまう。

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2006/03/25

ルミネエストのロゴマーク、お披露目には早い?

06-03-25_17-34マイシティ新宿が4月1日からルミネエストと名前が変わるのに伴い、ビル壁面のロゴマークの付け替え工事が進められているという話を、ちょうど1週間前のこのブログで書いたが、どうやら完成したようだ。

昨日はほぼ仕上げの段階だったので、今日はピカピカのロゴマークが出来ているかと思ったら、白いカバーで覆われてしまい、お披露目はあと1週間お預けという感じだ。

マイシティがルミネエストに変わるということは、垂れ幕も出ているし館内のあちこちに告知の紙が張ってあるので、別に新しいロゴを隠さなくても、という気もしないでもない。

しかしそこはやはり、日本人らしいけじめというのか、3月31日まではマイシティなので、早々とルミネエストのロゴを出すのは先走りということなのだろう。

4月1日には、ルミネエストへの改名式のようなものをやるのだろうか。

それとも、白いカバーで覆っているロゴマークをさりげなくお披露目する程度なのか。

名前が変わっても、中身が急に変わるとも思えないが、南口のルミネ1、ルミネ2とともに、JR新宿駅を包み込むルミネ直角三角形が新宿の街に与える影響は、これからジワジワと広がっていきそうな気がする。

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2006/03/18

マイシティからルミネエストへ、壁面のロゴ付け替え

06-03-18_16-01マイシティ新宿が4月1日からルミネエストと名前が変わるのに伴い、ビル壁面のロゴマークの付け替え工事が進められている。

防護ネット越しには、早くも新しいロゴが姿を現しつつある。

この駅ビルは、東京オリンピックの年、1964年5月に新宿ステーションビルとして完成した。

当時の所有者は国鉄で、株式会社新宿ステーションビルディングには、伊勢丹、高島屋、セゾングループ、丸正、鉄道弘済会など地元資本6社が6分の1ずつ株を持ち合う形でスタートした。

その後、このビルは国鉄の民営化によってJRに経営の主体が移り、名前もマイシティになった。

1989年、西武新宿駅がありながら新宿への足がかりをつかめなかったセゾングループが突如、地元資本の株を買い取ってマイシティの乗っ取りに動き出すという波乱があった。

これに対して、JR東日本は、伊勢丹と高島屋を味方に引き込んで第三者割当増資を行ない、セゾングループの乗っ取りを防ぐことに成功した。

現在の株主構成は、JR東日本が80.8%、伊勢丹と高島屋がそれぞれ8.2%などとなっている。

今回、マイシティを吸収合併するルミネは、もともとJRグループで、JRは今後、伊勢丹や高島屋などから株を譲渡してもらって、100%の株を所有したい考えとみられている。

このJRの狙いについては、いずれこのビルを超高層ビルに建て替える布石と見る向きもあり、また新宿にとっての最大の懸案となっている東西自由連絡通路の建設構想にも大きな影響を与えそうだ。

僕としては、そんな先の話はともかくとして、ルミネエストになったなら、7階、8階のレストラン街を、南口のルミネ1、ルミネ2と同様に、ランチタイムを例外なしの完全禁煙にしてほしいと思っている。

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2006/03/16

ホリエモンの保釈申請却下とは、なんと喜ばしい

昨日飲んだ鼻炎カプセルの副作用なのか、今日はなんとなく頭が重く、ブログのネタもなく、どうしようかと思っていたところへ、好ニュースだ。

東京地裁がホリエモンの保釈申請を却下した、というのだ。なんとなく嬉しくなって、頭が重かったのも吹き飛んで、思わず鼻歌も出てくる。

宮内亮治被告は5000万円で、中村長也被告は2000万円で、岡本文人被告は1000万円の保釈金で、保釈が認められた一方で、ホリエモンと熊谷史人被告については認められなかった。

(宮内被告と中村被告については、いったん保釈が認められたものの、検察側からの異議が出て地裁が再検討中という)

僕は詳しいことは分からないが、ホリエモンは保釈金として1億くらいを積むつもりだったのではないか。いや2億くらい積むつもりだったのかも知れない。

なにせ、人の心はカネで買うことが出来ると豪語していただけに、却下されてどんな気持ちでいるのだろうか。

ホリエモンの弁護人はこれを不服として準抗告する方針というが、準抗告も却下して、このままホリエモンは拘置所につないでおいた方がいい。

保釈されてシャバに出てきても、どうせロクなことはやらずに、公判に向けて証拠を徹底的に消し去ったり、関係者との口裏あわせに奔走するのだろう。

あるいは、保釈中に可能なのかどうかは知らないが、テレビに生出演したりブログを更新したりして、自分の潔白を世間に訴えようとすることは、極めてありそうなことだ。

そもそも容疑を一貫して否認し続けている主犯格のホリエモンは、保釈されなくて当然だ。

六本木ヒルズが恋しいだろうが、もはやライブドアには幹部として戻れるはずもなく、ヒルズにホリエモンの席はないといっていい。

悪あがきはやめて、このまま拘置所暮らしを続けながら公判に臨み、判決確定後の長い長いムショ暮らしに備えて体操でもして体力をつけておいた方がいい。

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2006/02/12

今年もネットで確定申告書作成

06-02-12_17-31寒い寒いといっているうちに、確定申告の季節がやってきた。

早めに行かないと大変な混雑になって待たされるはめになるので、今日は源泉徴収票やら保険の証明書やらを整理して、確定申告の書類を整える。

一昨年までは、税務署に行ってから、あれこれ担当者に書き方を教えてもらいながら、やっとのことで提出書類を作っていたが、去年からは国税庁のホームページからダイレクトに作成出来ることを知って、それを利用している。

確定申告書作成コーナーの「所得税の確定申告書作成」のところから入って、生年月日や住所氏名を入力し、あとは画面の指示に従って源泉徴収票や証明書の数字を入力していくだけ。

控除額の算出や面倒な計算はすべて自動的にやってくれ、収める税金または還付される税金もたちどころに決定される。

やったあ。僕は今年も税金が返ってくることが分かった。

毎年、こうやって税金が返ってくるといいのだが、そうは甘くないか。

ともあれ、書類が出来あがると印刷画面になり、これで印刷するとすべての提出書類と控えの書類がきれいに出てくる。

あとは証明書などを裏に張って、持って行くか郵送すればいい。

僕は税務署まで近いので、来週の後半あたりに、散歩がてら持っていく予定だ。

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2006/02/08

あて先の書いてない冊子小包

06-02-08松下電器が、20年前から14年前にかけて製造販売したFF式石油暖房機が重大事故につながるおそれがあるとして、購入者を探している。

いろいろと新聞紙上などで型番や写真を示すなどして呼びかけているが、なかなか購入者の特定が進まない。

そこで、全世帯に手紙を出して、該当する石油暖房機を所有している人を探すことにした、という。

全世帯にどのようにして手紙を出すのだろか、住所や世帯主の名前はどうやって調べるのだろうか、などと思っていたら、僕のところにも手紙が送られてきた。

れっきとした「料金後納郵便」ではあるが、住所も宛名も書いてない。

これは「配達地域指定冊子小包」で、「地域にお住まいの全ての皆様にお届けする郵便物です」と説明が書かれている。

地域指定とはいうものの、指定する地域については何も書かれてなく、これが全国の全世帯に郵送されたのならば、指定地域は「日本国全域」ということか。

このような郵便の形があるとは知らなかった。今回のようなケースのほかに、どのような場合に使われているのだろうか。

日本中の全世帯に送るには、どれくらいの料金がかかるのか、と心配にもなる。

それにしても、これは目隠しシールが貼られたハガキで、シールを開くと見開きで対象製品や型番などが詳しく書かれているのだが、「冊子小包」というのは大げさ過ぎやしないか。

どうみても冊子にも小包にも見えないが、郵政省時代からのお役所仕事が尾を引いて、それ以外に該当する名称がないのかも知れない。

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2006/01/24

回転ドアとライブドア、勝ち組の魔塔ヒルズの本性

06-01-24_15-37僕の家のベランダから、はるか彼方に六本木ヒルズが見える。

あまりにも遠くに、おぼろにかすむその威容は、僕とは別世界にそびえ立つ幻の魔塔のように見える。

僕はこれまで、六本木ヒルズに行ったことは一度もない。近づいて見たこともない。

話題の美術展などがある時に、行ってみようかと思ったこともあったが、やっぱりためらわれた。

仕事の上での用件があるならともかく、僕などが気軽に訪れる場所ではない、という気がするのだ。

六本木ヒルズが、事件の舞台としてマスコミにハデハデしく登場したのは、ホリエモン逮捕に至る今回のライブドア事件が二度目である。

一度目は、もう健忘症のメディアからすっかり消えてしまったが、一昨年3月の回転ドア事故であった。

回転ドアとライブドア。まったく無関係に見える二つの「ドア事件」は、超ゴージャスできらびやかな六本木ヒルズの本性を、はからずも国民の前にさらけ出してしまった点において、同根である。

6歳の男児の頭を挟み込んで命を奪ったあの回転ドアは、ここをスマートに通過するすべを心得ているヒルズ族と、それに準ずるエグゼクティブやセレブのための、プライドと優越感の通り道であった。

言い方を変えれば、ここの回転ドアは、ビルへの入場資格を無言のうちにチェックし選別している現代の関所だったのだ。

事故の後、回転ドアは撤去されたが、ライブドアのほうは小泉改革と符牒を合わせるかのように富と名声を肥大させ続け、ヒルズ族の頂点に君臨するに至った。

ホリエモンがヒルズの38階から一気に拘置所へと転落した様子は、その落差のあまりの大きさに目がくらむほどだ。

六本木ヒルズは、格差の拡大が広がる中、上流階級ないしは裕福層だけが、お金の心配をせずに大手を振って歩くことが出来る社会の、誇り高きシンボルだった。

ライブドアの崩壊をみていると、勝ち組の象徴とされた六本木ヒルズの実体の多くの部分が、虚業のあやうさによって支えられていたのではなかったか、という気さえしてくる。

夕方になって窓の灯りが燦然と輝くヒルズは、ここから見ると虚飾の塔のように見える。

ヒルズで起きた二つの「ドア事件」は、日本の社会の実相を異なる角度から映し出した鏡像なのだと思う。

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2006/01/18

ライブドア問題は、投資を賛美する社会への警鐘

年明けて1週目と2週目は何事もなく、平穏な1年のスタートかと思われたが、3週目に入って大きく動き出した。

昨日のニュースの多いこと。ライブドア関連会社の未明までの捜索、ヒューザー小嶋社長の証人喚問、宮崎勤の死刑確定、阪神大震災11年。

激動は今日も尾をひいていて、日経平均株価は前日に続いて大幅に値下がりし、加えて東証がシステムへの負荷から取り引きを全面停止。

さらに大きな衝撃は、ライブドア本体に粉飾決算の疑惑が持ち上がり、東証がライブドアの上場廃止を検討し始めた、というニュースだ。

ネットのさまざまな掲示板は、この話で持ちきりで書き込みの増加に読むのが追いつかないほどだ。

ライブドアが上場廃止になったら、その社会的影響は計り知れないのではないか。

上場廃止が決まればライブドアの株は紙くずに近いほどの値段になってしまう可能性があり、ホリエモンの勢いに乗ってなけなしの蓄えで株を買っていた個人投資家たちにとっては、顔面蒼白の事態であろう。

このところの株ブームはバブル期並みともいわれていて、みんながわれもわれもと株を始め、パソコンの前に座っているだけで何千万もうかった、あるいは何億もうかった、というような話ばかりがマスコミで伝えられる。

小学生のころからの投資教育の必要がおおっぴらに語られ、いまや超低金利の預貯金を堅持している者は、よほどのマヌケかオバカサンと言わんばかりの投資礼賛の社会的ムード。

僕が不思議に思うのは、モノの生産やサービスの提供が社会の価値を生み出すのは分かるが、株の値段が上がることは社会にどのような価値を生み出しているのだろうか。

株の値段というのは、その企業に対して市場が付けた評価ではあるが、株価自体はパーチャルなものであり、実体のない幻影ではないのか。

かつて3万8000円までつけていた平均株価がバブルの崩壊で一気にしぼんでいった時、国民はこのことをいやというほど知ったのではなかったか。

今回、ライブドアの上場廃止が決まって、紙切れのような値段になったとしたら、株のバーチャル性が改めて白日の下にさらされるように思う。

株はもうかる者がいれば、損する者がいる。多くの人がもうかっているように見える時も、その裏返しで多くの人が損をする時がやってくる。

こつこつと真面目に働いて貯金するよりは、株で楽して儲けるほうが賢い、といわんばかりの風潮は、今回の出来事をきっかけに改められてほしいものだ。

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