2008/07/02

「地球カレンダー」の本が環境緑化新聞で紹介

080702僕がごま書房から出版している「サヨナラ愛しのプラネット 地球カレンダー」の本が、環境緑化新聞(東京・インタラクション社、月2回発行)の7月1日号で、詳しく紹介されている(写真)。

この環境緑化新聞は、どのくらいの読者数があるのか分からないが、1973年7月15日創刊と書いてあり、この号が610号となっている。ということは、35年の歴史を持つ環境問題の老舗メディアということになる。

紹介記事は、「教育現場や企業の環境研修などでも活用したい」と結んでいて、洞爺湖サミットを前にした絶妙のタイミングでの記事となっている。

温暖化をめぐる議論はこのところ、排出権取引の些細な仕組みをめぐる駆け引きにすり替えられてしまって、問題の本質から大きくそれてしまった感がある。

それに加えて、地球環境問題が最大のテーマとなるはずだった洞爺湖サミットは、原油高騰と食糧危機という2大パニックの前に立ちすくみ、温暖化防止の議論すら吹き飛びかねない状況になっている。

こうした中で、空港か駅などでちょっとしたテロもどきの爆発でも起きれば、マスコミの関心は一気にテロに流れてしまって、サミットの議論の中身さえもが、上の空になってしまいかねない。

表面的な侃々諤々に右往左往することなく、ここはじっくりと「サヨナラ愛しのプラネット 地球カレンダー」のページを開いて、地球にとって人類とは何なのか、46億年の時の流れに思いをはせてみるのも一興ではないか。

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2008/06/06

「地球カレンダー」と「女の下着」の妙なる関係?

080606b_2化粧品通販大手のオルビスが、このほど「アーム&ウッコ」という新しい女性下着のブランドを立ち上げ、ブラやショーツなどを買ったユーザーに、カラダやシタギやエコについての最新情報を集めたコンセプトブック「エコめくり」を配布することになった。

この「エコめくり」は、毎日1ページずつめくっていって半年分になる枚数で構成されており、温暖化など地球環境問題に関する項目が約100枚ある。


その100項目の中に、僕がごま書房から出版した「サヨナラ愛しのプラネット 地球カレンダー」が写真とともに紹介されている。080606a

「エコめくり」は、このブランドの下着を買った人たち先着5万人にプレゼントされるとのこと。

どんな女性たちの手に、この「エコめくり」が届くのだろうか。その中で、僕の「地球カレンダー」の項目に注目してくれる女性が何人くらいいるだろうか。

「サヨナラ愛しのプラネット 地球カレンダー」もネットで注文できるので、興味を持たれた方はぜひどうぞ。注文先などは、このブログの左サイドバーをご覧下さい。

今回の「エコめくり」への掲載にあたっては、広告制作会社サステナには大変お世話になりました。お礼を申し上げます。


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2007/06/27

30日夜のTBSラジオに注目を

070627_13351みなさんは、ラジオを持っていますか?

ラジオ専用機でなくても、ラジオを聴くことができる音楽端末などでもいいのですが。

関東地方に住んでいて、ラジオを聴くことができる方は、今月30日(土)夜のTBSラジオにご注目・ご傾聴下さい。

このブログの左サイドバーにも掲載している「地球カレンダー」が、TBSラジオの環境キャンペーンCMとなって放送されます。

その最初の放送が、今月30日(土)の午後10時29分ごろと午後11時29分ごろの2回、放送されます。

CMの長さは80秒ですが、その中で「地球カレンダー」のエッセンスをどのように凝縮して伝えているのか、どなたさまもぜひ、ご注目・ご傾聴ください。

TBSラジオは954kHzで、関東地方のほとんどの地域で聴くことができます。

また「地球カレンダー」にご興味を持たれた方は、僕の表のサイト「21世紀の歩き方大研究」のトップページからWeb版の地球カレンダーを閲覧することができます。

ごま書房から出版している書籍版は、「人間なしで始まった地球カレンダー」というタイトルで、Web版のカレンダーに加え、「その後のカレンダー」として、10億年先の未来までに予想される出来事を付け加えています。

さらに、この本のために書き下ろした解説やイラスト入りです。

ラジオCMを聴いて、もっと詳しく知りたいと思われた方は、ぜひ本の方もどうぞ。

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2006/05/30

今年の5月は、もう梅雨だったのではないか?

060530_1743すっきりしない雨や曇りの日が続いた今年の5月。

道端のアジサイは、しだいに青い色をつけて、すでに梅雨のような風情だ。

今年5月の日照時間は、記録的な短さとなりそうだという。

なぜ今年はからりとした五月晴れが少なく、曇りや雨続きだったのだろう。

今日の日経夕刊に、気象庁気候情報課の説明が載っている。

それによると、「北の冷たい高気圧と南の暖かい高気圧の間を縫うように走る前線が日本付近に停滞している」ことが主因という。

えっ、これって、まさに梅雨そのものの説明と寸分違わないではないか。

ということは、今年は良く晴れたGW途中までの後は、梅雨と同じ気圧の状態が続いていたということで、つまりはもう実質的には梅雨入りしていた、ということにならないか。

それとも、気象庁が梅雨入り宣言をしなければ、どんなに梅雨と同じ気圧配置によって、梅雨と同じ空模様が続いていても、梅雨ではないと言い張るのだろうか。

誰もはっきりとは言わないが、僕は今年5月のGW後半以降は、梅雨入りしていたのだ、と確信している。

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2006/05/24

快晴のち雷雨のち鮮やかな虹

060524_1705今日の東京の天候急変は、4日前の20日によく似ていた。

天気予報どおり、昼間は雲ひとつない快晴となり、夕方近くになって黒い雲が広がって激しい雷雨に。

前回よりも今日の方が、強い雷を伴っていて、近所のあちこちに落雷している。

一度などは、雷光とほとんど同時に、バリバリという巨大な何かが砕けるような轟音とともに、すぐ近くに雷が落ちた。

あわててパソコンを落とそうかと思ったが、本当に雷の電流がパソコンに逆流するのを防ぐためには、電源を落とすだけではなく、コードを抜かなければならない。

パソコンのコードだけでなく、パソコンに接続されているプリンターのケーブルもはずす必要があるし、光ファイバーのコードも抜いておかなければ危ないのではないか。

と、おろおろしながら、面倒だからこのまま様子を見て、もし雷でパソコンがやられたら、運が悪かったとあきらめるしかないか、などと横着を決め込む。

そうしているうちに、なんと激しい雨がまだやんでいないのに、西の方から日が射してきたではないか。

これは、絶対に出現するぞ、と僕は確信を持って、ケータイのカメラをスタンバイする。

いつもは出現して初めて気が付く虹が、今日は期待通りに半円を描いて現れた。

今日は円弧の右側よりも、左側の方が色が鮮やかで、よく見るとその外側にもう一つの虹があって、二重になっている。

内側の強い色の虹は、外側が赤で内側が紫だが、外側の薄い虹は逆に、内側が赤になっている。

4日前に虹を見て、2日前には飛行船を見て、今日はまた一段と鮮やかな虹を見た。

なんだか、とても幸せな気分になって、きっといいことが起こるような気がする。

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2006/05/20

天気の激変、快晴から豪雨そして虹へ

060520_1614今日の夕方の天気の激変ぶりは、絵に描いたようだった。

3時ころまで、8日ぶりの青空が広がって、ひさびさの五月晴れ。

このまま晴れが2、3日続くのかと思っていたら、西の空に現れた黒い雲が、見る見るうちに全天に広がっていって、あれよあれよという間に、土砂降りの雨。

西新宿の超高層ビルもかすむほどの激しい雨で、東京23区には大雨洪水警報まで出された。

ところが1時間ほどもすると、雨はピタリとやんで、西の空から再び青空がのぞき、またまた太陽のお出ましだ。

060520_1811東へ去っていく雨雲に、西日が照射して、NTTドコモビルには虹がかかった。

虹とはいっても、円弧を描いている大きなものではなく、下の方のほんの一部だが、鮮やかだ。

この天気の激変ぶりは、ベートーベンの交響曲「田園」の第3、第4、第5楽章の流れを彷彿とさせ、まさにあの曲にあわせて変化しているような気分にされられる。

明日はおだやかな五月晴れになってくれることだろうか。

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2006/04/25

もうじきGWというのに、なぜこんなに寒い?

もうじきGWが始まり、4月もあと5日で終わって風薫る5月になるというのに、今日はとても寒い。

こんなに寒いのは気のせいだろうと思って、我慢していたが、やはり寒くて精神まで縮みあがってしまいそうになる。

そこで、この時期としては異例というか破格の措置だが、部屋の暖房を入れた。

GWを間近に控えたこの時期に、暖房を入れるはめになった記憶はあまりない。

4月の前半なら、花冷えのころに暖房を入れることはあったが、この寒さは昼間の雷雲の通過と関係があるのだろうか。

天気予報によると明日の東京も、今日と同じように寒気の影響で暖かくなりそうにないという。

今年は、春らしい暖かさを感じる日が少ないように思う。

寒い寒いといっているうちに、そのまま梅雨入りしてしまうような気がする。

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2006/04/22

プチプチ付き段ボールは、燃えるゴミか燃えないゴミか

押入れの収納を効率よくするためのパイプ棚とプラスチックケース4個が、3時過ぎに届いた。

包装を解いて、組み立て式のパイプ棚を作り上げ、押入れの中身を全部出して、収納し終えたらもう6時をまわってしまった。

後片付けをしながら気づいたのだが、プラスチックケースを包んできた包装材は、表がやわらかい段ボール、裏がプチプチになっていて、両者が貼り合わさって一体となっているものだ。

なるほど、これならプチプチで包んだものを段ボールで包む手間が省け、効率的で緩衝効果も大きく、なかなか考えた包装材だ、と感心する。

僕は、このように両者が接着剤で貼り合わさったような包装材を見たのは初めてだ。

さて、これを捨てる段になって、ハタと考えた。これは、燃えるゴミだろうか、燃えないゴミだろうか?

従来、段ボールとプチプチが別々に分かれている包装の場合は、段ボールは薄いものならば丸めて燃えるゴミ、厚いものならば折りたたんで資源ゴミとして出し、プチプチは燃えないゴミとして出してきた。

このように、くっついているものは、どういうゴミの扱いになるのだろうか。

プチプチと段ボールをはがそうとしたが、完全にははがすことは難しく、段ボールにプチプチがくっついたり、プチプチに段ボールがくっついたりしてしまい、どちらにしても中途半端になってしまう。

どうしたらいいものだろうか。プチプチ付き段ボールの山を前にして、思案は深まるばかりだ。

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2006/03/24

今世紀末に海面が数メートル上昇という衝撃の発表

念のために先に書いておくが、今日は4月1日ではない。

今日の新聞に載っているニュースの中に、驚愕と戦慄を禁じえない驚くべき報告があった。

それは、温暖化によって今世紀末に海面が上昇する高さが、これまで予測されていた数10センチどころではなく、数メートルの上昇になると予測される、というのだ(朝日新聞夕刊)。

米アリゾナ大学や米国立大気研究センター(NCAR)などのグループが、24日付けの米科学誌サイエンスに発表した。

予測によると、今世紀末にはグリーンランドなどの気温が約13万年前と同じまで上昇することが分かり、これによって海面が2メートルから3メートル上昇する。

この海面上昇が南極の氷床を不安定にして、さらなる海面上昇を招き、いまよりも4メートルから6メートルほど高くなって、約13万年前と同じ海面の高さになる、という。

一般に、海面が1ミリメートル上昇するごとに、海岸線は平均して1.5メートル後退すると計測されていて、海面が1メートル上昇すれば、世界各地の海岸線は平均して1500メートル後退することが分かっている。

日本について言えば、海面が50センチ上昇すれば、1412平方キロメートルの平野が海面下に沈み、人口の2.3%にあたる290万人が移住を余儀なくされる。

海面上昇が1メートルになった場合、日本では全国の砂丘の9割が消滅し、臨海部を中心として東京都の面積よりも広い2339平方キロメートルが水没し、410万人の居住者の移住が必要となる。また、ギリギリで水没は免れるものの満潮時には海面以下となる土地は、23万平方キロメートルにも及ぶ。こうした中で、堤防の増強や海岸線の改良工事にかかる費用は11兆5000億円に上ると見られている。(環境庁による予測と試算)

しかし、この試算でも海面の上昇は1メートルと見積もった場合のことだ。

今回、サイエンス誌に発表された新たな予測では、海面の上昇はその4倍から6倍という驚異的なものになる。

1ミリの海面上昇で海岸線が1.5メートル後退するという計算をあてはめると、4メートルの上昇で海岸線は平均6キロ後退し、6メートルの上昇ならば平均9キロも後退する。

日本に限って考えただけでも、首都圏や阪神地区から地方都市のほとんどを含めて、国土がほぼ丸ごと水没する壊滅的なカタストロフとなることが想像される。

世界各地でも、現在、人口が密集している都市部や平野部はほぼ水没して、人類の文明維持すら絶望的な状況になるのではないだろうか。

「経済活動をしばるから」として京都議定書をせせら笑っているアメリカでさえも、いま繁栄を謳歌している平野部の大部分がごっそり海中に沈む。

これが、何千年後の話ではなく、今世紀末のことであり、あと90年ほどで現実の話になるというのだから、人類は本気で滅び方を考える時期に来たと言えよう。

(表の新着情報:「21世紀の歩き方大研究」の21世紀エッセイ「時間の岸辺から」に、「永田議員の居座りで、民主支持は1日100万人減少」をアップロード)

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2006/02/20

週間天気予報がズルズルと外れっぱなし

このところ、天気予報が大はずれするケースが目立つ。

3カ月予報が全く当たらないのには驚かないが、この先1週間の予報さえも当たらない。

先週の週間予報は何と言っていたか。真冬並みの寒さは18日の土曜日までで、日曜日以降は4月並みの暖かさになる、と言っていた。

それが、寒さは19日の日曜日まで続くことに変更になり、20日の月曜日からは暖かくなる、というふうに変わった。

やれやれ、せっかく期待していたのに1日延ばしか、と思っていたら、昨日の段階になって、寒さは20日の月曜日まで続くが、21日の火曜日からは春本来の暖かさになる、という。

いったい、どれだけ1日延ばしにするつもりか、とあきれていたら、今日になって、またまた予報は変更されて、寒さは21日の火曜日まで続き、22日の水曜日から暖かくなるのだという。

こんな予報ならばネコにだって出来るし、サイコロを振って予報したところで同じだ。

きっとまた、明日になればまた予報が変わって、寒さは22日の水曜日までで、23日の木曜日からは春の暖かさになる、というふうになるような気がする。

これだけ厳しい寒さが長く続いた中で、暖かくなるという予報がどんどん外れて1日延ばしになっていくのは、とても罪作りだ。

気象庁は確信が持てない予報を無理に発表するのはやめて、分からない場合には「この先一週間の天気は、まことに申し訳ありませんが予測不能です」というような発表をしてみたらどうか。

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2006/02/05

春は名のみの寒さ、都庁わきの池にも氷張る

06-02-05_17-11立春寒波の襲来で、今日も凍てつくような寒さが続く。

西新宿の都庁わきに作られている小さな人工池は、午後の日差しを浴びても氷が張ったままだ。

春は名のみ。
この時期にぴったりなのが、「早春賦」の歌だ。


♪ 春は名のみの 風の寒さや
   谷の鶯 歌は思えど
   時にあらずと 声も立てず
♪ 春と聞かねば 知らでありしを
   聞けば急かるる 胸の思を
   いかにせよとの この頃か(吉丸一昌作詞 中田章作曲)

この歌を作曲した中田章さんは、日本のシューベルトといわれる中田喜直さんの父である。

中田喜直さんは、夏、秋、冬をテーマにした叙情歌の傑作で名高い。

「夏の思い出」「小さい秋見つけた」「雪の降る町を」である。

生前の中田喜直さんがテレビに出演した時に、司会のアナウンサーが「夏、秋、冬とあるのに、春は?」と尋ねたことがある。

その時、喜直さんははにかんで「春は、私の父が早春賦を作っておりますので、まあ父に遠慮したようなしだいです」と応えていた。

本物の春は、今月19日の雨水、3月6日の啓蟄を経て、やはりお彼岸になるまでは、おあずけなのかも知れない。

あと1カ月半の辛抱である。

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2006/01/22

雪が凍った歩道はスケートリンクのようにツルツル

06-01-22_16-59今日は雪がやんだが、気温が低いため歩道の雪が凍結してテカテカ、ツルツルになっている。

革靴ではとても歩けないので、今日はトレッキングシューズを取り出して履いて外に出たのだが、それでもうっかりすると滑りそうになってしまう。

商店や飲食店などの中には、店の前の歩道をちゃんと除雪して、通行人が歩きやすいようにしているところもあるが、そうでないところは雪かきも何もしてなく、雪はスケートリンクのように凍結していて、どこを歩いたらいいのか困ってしまう。

道路の北側の歩道は、日が差したことでいくぶん凍結もゆるんでいるが、南側の歩道は建物の北側になって日が当たらず、一日中、固く凍結したままだ。

とくに、このあたりに増えているさまざまなマンションの前の歩道は、どこもたいてい雪かきがなされていない。

降雪時の雪かきの責任態勢がはっきりしていないのだろう。

ほかにも、店が営業しているのに、従業員が雪かきをした形跡がなく、歩道に雪が積もって凍ったままになっているところも少なくない。

こうしたところでは、歩道を歩くのは危険なため、むしろ車に気を付けながら車道を歩いた方がまだ安全だ。

今夜も気温がかなり冷え込みそうなので、歩道の凍結はまだしばらく続くかも知れない。

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2006/01/21

東京でも久々の大雪

06-01-21_16-481東京でも雪だ。

東京都心で5センチ以上の積雪があったのは5年ぶりという。

夕方になって、さらに雪は降り積もっている。

表の通りでは、車道にも雪が積もってきて、チェーンのない車は走れないほどになってきた。

大寒の翌日に、週末を待っていたかのように雪になったのは、雪も降る時を知っているかのようだ。

もう22年も前のことになるが、東京に記録的な大雪が続いた年があった。

1984年の1月から3月までほぼ3カ月におよび、この時は首都高速が断続的に通行止めとなり、通行できるようになってもチェーンをつけたまま走る車が多かったため、路面がズタズタに損傷してしまった。

この後遺症で、春になってから大掛かりな首都高速の路面補修工事が必要になり、何カ月もの間、激しい渋滞が続いていたような記憶がある。

84年の東京の積雪の記録については、このサイトに詳しい。

これほどでなくても、東京で5センチ以上の積雪を見ることは、毎年3回か4回は普通のようにあった。

むしろここ数年の雪が少なすぎたのであって、今日のような雪はこれでようやくかつての平年並みの雪という感じがする。

この雪は、明日朝には凍結しているのだろうか。

雪は人の心を騒がせる。一方で雪は、人の心を落ち着かせる。

この相反する作用は、都心の雪ならではのものかも知れない。

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2006/01/17

空き缶を自転車で運ぶリサイクルおじさん

06-01-17_11-03近所に、空き缶をリサイクルするための集積所がある。

集積所といっても、歩道のところに空き缶を入れるプラスチックの大きなケースが並べられていて、みんながそこに、持ち寄った空き缶を入れていくのだ。

この青いケースには、区役所の名前が書いてあるので、区のリサイクル事業のようだ。

だんだん溜まっていく空き缶は、どうやって収集するのか不思議に思っていたが、今日、その収集の現場を通りかかった。

一人のおじさんが、大きなビニール袋のようなものを広げて、ケースの中の空き缶をどんどん詰めていく。

空き缶でパンパンに膨れ上がった袋は、回収車のようなもので運ぶのかと思ったら、なんとおじさんは、この袋を自分の自転車の後部荷台に必死でくくりつけているではないか。

おじさんおじさん、いくらなんでも、こんなに大きな袋を自転車で運ぼうって、無理だよ。

しかしおじさんは、乗用車の幅ほどもある巨大な袋を自転車にくくりつけ、さらにその上にもう一つの袋をしばりつけて、よろよろとこぎ出す。

これはもはや、空き缶の袋をくくりつけた自転車というよりは、自転車をくくりつけた空き缶の袋といったほうがいい。

おじさんは、この状態で歩道をのろのろと進む。

交差点では車道に出て信号待ちをしている。

このおじさんは、区の委嘱の人なのだろうか。次の集積所に寄って、この上にさらに空き缶の袋を積み重ねるのだろうか。

自転車で運ぶところが、いかにもリサイクルの仕事といった風情だ。

エネルギーと資源の大量消費社会に背を向けて、黙々と自転車をこぐおじさんの姿は、つかの間の冬の日差しが生み出した都会の幻想のように、すうっと視界から消えていった。

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2006/01/03

北半球の記録的寒波、南半球の記録的猛暑

今冬の日本列島は各地で記録的な寒波・大雪となっている。

ニュースによれば、今冬はヨーロッパ各地も記録的な寒波に見舞われているという。

今年の冬は、地球全体が異常寒波なのだな、と思っていたら、これがとんでもない錯覚なのだ。

地球は北半球だけではないのだ。

僕たちはつい、地球のもう半分の南半球のことを忘れてしまいがちだ。

南半球は今、真夏の盛りだ。それだけならば、当たり前のことだが、実はその程度の話ではない。

オーストラリア各地ではいま、寒波の北半球とは逆に、記録的な猛暑に見舞われている、とニュースが伝えている。

シドニーは1日、元日としては観測史上最高の44・2度を記録し、これは年間の気温としても史上2番目の高温となった。

さらに、シドニー空港ではこの日、45・3度を記録し1929年の観測開始以来の最高気温となった。

日本の夏でも39度くらいになることはたまにあるが、45度というのは過去にも例がないのではないか。

この異常高温のため、東部のニューサウスウェールズ州では森林火災が発生していて、2万5000ヘクタールを焼失したという。

日本やヨーロッパの記録的寒波に、それみたことか温暖化などウソッパチなのだ、と気勢を上げているエセ科学者たちの様子が目に浮かぶ。

シドニー空港を襲った45度の酷暑は、今夏の日本やヨーロッパ各地の姿かも知れないのだ。

CO2などの温暖化ガスによって進行している地球規模の気象異変は、「温暖化」といういかにも快適そうな名称では括れないほどの激しいものがある。

それは、猛暑・酷暑のジグザク的・波状的な襲来とともに、台風やハリケーンなど巨大暴風雨の襲来や豪雨、冬場の寒波・大雪をもたらし、地球の生態系を大きく撹乱しつつある。

「温暖化」よりはむしろ、「暴走気象」あるいは「気象の凶暴化」とでもいったほうがいいのかも知れない。

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2005/12/18

防毒マスク着け、アスベスト含むビルの解体工事

05-12-18_17-04建物の解体工事を行っている作業員が防毒マスクを着けている。

車や通行人の多い通りに面して行われている工事で、白い板のようなもので囲っていて中は見えないのだが、それでも解体した廃棄物を運び出す車が出入りする時だけは、囲いが左右に開かれて中の様子が見える。

歩道に面してこの解体工事についての説明が小さな字で書かれていて、それを読むとアスベストを含む建物の解体であることが明記されている。

解体に伴ってアスベストが飛散しないようにする責任者の名前も書かれている。

作業員が防毒マスクをしているくらいだから、近くでは人体に危険な量の飛散があるに違いないと思うのだが、通行人はどのようにして飛散から身を守ればいいのだろうか。

いちおう壊しながらホースで水をかけているようだが、そのくらいで飛散が防げるのかどうかは分からない。

今年の後半は、耐震偽装問題がクローズアップされて、アスベスト問題は陰にかくれてしまった感がある。

いずれにしても、建築物そのものの危険性が今年ほど白日の下にさらされた年はなかったのでないか。

とにかく危険な建物や解体現場には近寄らないことが一番だ。

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2005/12/11

真冬並みの寒さでも、温暖化は急速に進行

今日から1週間ほどは、大寒の頃のような真冬並みの寒さが続くらしい。

この寒さのせいか、冬至までまだ10日もあるのに、日没がとても早く感じられ、昼間があっという間に終わってしまうような気がする。

暖冬で年賀状づくりを始めようかと思う時期でも、ポカポカと暖かい時には、冬至が近くなっていても、日没が早いという気があまりしない。

いまごろからこんなに寒いと、1月2月はどうなるのだろうか。

もっと寒くなって、凍りつくような大寒波に見舞われるのか。

それとも、反動によって一転して暖かい初春となるのだろうか。

目先の寒さにだけ目を奪われて、地球全体のことから目をそむけてはならない。

温暖化の進行は、いつもジグザグの道をたどっていて、寒くなったり暖かくなったりを繰り返しながら、全体としては取り返しのつかない状態に突き進んでいる。

今朝の日経朝刊に、温暖化の進行で北極海の氷が溶けるのが早くなり、ほとんど氷の上でしか獲物を捕獲して食べないシロクマたちが激ヤセしている、という記事が載っていた。

このままでは、現在2万2000頭が生息すると推定されているシロクマは20年以内に絶滅し、動物園でしか見ることが出来なくなるというのだ。

温暖化防止京都議定書後を話し合うモントリオール会議は、かろうじて今後の話し合い継続に、首の皮一枚をつなぐ形で閉幕したが、アメリカは将来の交渉につなげるものでないとして、せせら笑っている。

会議での日本の「後ろ向き発言」も、NGOからは厳しく批判されている。

「経済活動をしばるから反対だ」と、アメリカは率直に言う。

だが、温暖化を防ぐとは、各国それぞれの経済活動をしばることなのだ。

それが出来ないのであれば温暖化は進むにまかせ、あと数千年は継続できるはずの文明の寿命を一気に縮めて、多くの動植物を巻き添えにしながら僕たち人類も滅ぶしかない。

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2005/12/04

傘を持たずに雨にたたられ、100円ショップへ

僕は、外出する時に傘を持っていくべきかどうか、迷った時はたいてい持っていくことにしている。

それでも、傘を持って出かけた時に限って、しだいに日が照ってきて、いまいましい思いをすることが多い。

新聞の天気予報さらにはネットで最新の天気予報を見て、まず降りそうにないが、もしかすると降るかも知れない、という時には折りたたみ傘を持っていく。

今日は雲っているものの、天気予報では夕方6時ころから雨ということで、西の空を見てもまだ明るいので、傘を持たずに出かけた。

やっぱり、これが裏目に出た。

小雨程度ならそのまま走るところだが、久々の本格的な降りだ。

突然の雨になると、写真屋さんや靴屋さんなど、さまざまなお店が傘屋さんに早変わりして、店頭で傘を売っている。

それを買ってもいいのだが、わずか10分ほどの距離のために、250円や300円の傘を買うのはもったいない。

こういう時に、ありがたい弱者の見方は、100円ショップや99円ショップだ。

ビニールの傘1本が100円というのは、作る手間を考えると、採算が取れるのだろうかと心配になるが、ともかく大助かりだ。

前はなんと布製の傘が100円で売っていて、これには驚いた。

どうしてこんなに安く傘を売ることが出来るのだろうか。生産工程の合理化によるコストダウンや、海外での生産など、いくつか理由はあるのだろう。

日本経済がデフレを脱却していないことも関係しているのならば、デフレは居心地の良いものだと個人的には思う。

無理にインフレ目標など設定しなくても、当分はこのままで‥。

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2005/11/12

東京地方に木枯らし1号、冬の足音が近づいて

今日は東京地方に木枯らし1号が吹いた。

この木枯らし1号というのは、いかにも日本人的な季節感の表現で、季節が冬に向けて大きく踏み出したなあ、という実感がある。

木枯らし1号が発表されるのは、東京地方と大阪地方だけ。では九州や東海、東北などでは、木枯らし1号は吹かないのかというと、単にニーズがないため発表していない、ということらしい。

これと好対照をなしているのが、春一番だ。この春一番も、北海道・東北地方と南西諸島では発表されないそうだ。詳しくは、このサイトこのサイト参照。

春一番が吹くころには、春本番への期待で心もうきうきしてくるが、木枯らし1号が吹くと冬への備えで身も心もひきしまる、というか、かじかむような感じがする。

なぜ、春一番なのに木枯らし1号なのか、というのは素朴な疑問だが、ここに載っている回答を見てもはっきりしない。

日本の季節は、四季をさらに細分化して二十四節気で細やかな推移を表現し、それに加えて気象庁からの節目節目の宣言や発表が、生き生きした季節の移ろいを実感させてくれる。

春一番、桜の開花予想、桜の開花宣言、梅雨入り、梅雨明け、木枯らし1号。

日本の冬は長い。暦の上では立冬から節分までが冬だが、実感としては木枯らし1号から春の彼岸の入りまでが冬なのだという気がする。

今年の冬は、暖冬なのか厳冬なのか。鳥インフルエンザから変異した新型インフルエンザの世界的流行が心配だ。

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2005/10/18

夕暮れの空が不気味なピンク色に

05-10-18_17-11先ほど、夕方の5時ころ、まさに日が暮れなんとする東京の空が、不気味なピンク色に染まった。

雨がようやく上がって、まだ暑い雲におおわれた状態で、西日が射すところまではいっていない。

夕焼けの赤とは全く異なった、なんというか病的なピンクという感じで、西の空だけではなく全天がほぼ同じ色に染まっている。

おととい震度3の地震があったばかりなので、また地震でもあるのだろうかと、気になる。

それとも、何かの天変地異の兆しなのか、あるいは世の中に凶事でもおこるのか。

この色は、10分ほどで消えて、そのまま日暮れの夕闇となっていったが、気象学的には何という現象なのだろうか。

3分の2与党の出現で、いったん葬られた郵政民営化法案も成立し、コイズミ大元帥は靖国参拝も決行した。

なにもかもが、コイズミサイドの思惑どおりに進んでいるかのように見える、こういう時期が、ある意味でエアポケットなのだ。

自民の批判勢力はすべて押し黙り、新聞もテレビもみな牙を抜かれたように従順になってしまって、表面的な平和と安穏さの中で世の中が淀んでいるこの時期。

なんとなく、キケンが忍び寄っているような気がしてならない。気のせいならいいのだが、先ほどのピンクの空は、どうも気になって仕方がない。

富士山の爆発だろうか。それとも世界で数百万人が死亡するような新型インフルエンザの発生だろうか。

僕は予言や占いは全く信じない方だが、愛知万博も終わってなにもかもが一段落し、世の中そのものが何かが起きるのを息をひそめて待っているようなところがあるのが怖い。

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2005/10/12

東京では5日ぶりの青空に、上弦を過ぎた月が

05-10-12_17-23なんだかこのところ、秋の長雨ばかり続いていたが、東京では今日、5日ぶりの青空となった。

お日様を見るのもしばらくぶりだが、月を見るのはもっと久しぶりのような気がする。

10月に入ってすぐに新月となり、三日月となって宵の空に現われるころからずっと曇りや雨だったため、月の形はブログのサイドバーのバーチャルな月でしか確かめられなかった。

すっきりと晴れた夕空の中空にかかる本物の月は、やはり迫力があり、しばし見とれる。昨日が上弦だったので、それよりすこしふっくらとしている。

ケータイで撮れるかどうか、いくぶんズームにして地上の景色とともに撮ってみた。

5日後の17日には満月となって、部分月食となるが、夜の9時3分ころにほんの7%が欠ける程度だ。

それよりも、30日に地球に最接近する火星が、19日の夜10時ころ月のすぐ南を通る(というよりも、月が火星のすぐ北を通る)光景が、天気さえ良ければ楽しめそうだ。

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2005/09/29

北極海の氷が過去最小に、溶けた水はどこへ

コイズミ劇場だの刺客だの万博閉幕だのと、目まぐるしく過ぎ去っていくさまざまなニュースの陰で、気になる話がひっそりと新聞に載っている。

年年縮小を続けている北極海の氷が、今年の9月は観測史上最小となり、このままでは今世紀中に北極海の氷は姿を消し、ホッキョクグマなどが絶滅する、というのだ。

これはNASAと米氷雪データセーターが共同で発表したもので、信頼性の高いデータといえる。

ホッキョクグマなどの絶滅も大問題だが、素朴な疑問として氷が溶けた水はどこへ入ったのだ、ということだ。

これが南極の氷が増えているというなら、話は分かるが、南極の氷も縮小が続いていて、さらにアルプスなどの氷河も溶けて後退を続けている。

そうすると、これらも含めて温暖化で溶け出した氷は水となって、そのまま海水の増加となっているとしか考えられない。

事実、世界各地のゼロメートル地帯では、海水面の上昇による浸水の頻度が増していて、もはや陸地の水没は現実の問題となっているのだ。

その象徴がイタリアのベネチアだ。ベネチア自体がこの100年間に12センチ沈下したのに加え、アドリア海の海面が11センチ上昇していて、1920年代には年平均5回程度だったサン・マルコ広場の冠水は、ここ数年では年60回にもなっている。

地球全体での海水面の上昇と、海水温の上昇が、同時に、そして交互に影響しあって進行しているとしたら、それによる影響は想像を絶する破壊的なものになると思われる。

世界各地で、海に近い平野部の大都市がこれから浸水・冠水に見舞われていって、都市として機能しなくなっていった時、あわてて温暖化防止に取り込んだとしても、もう手遅れだろう。

ホッキョクグマの危機は、生命圏全体の危機であり、地球そのものの危機である。

市場原理主義を振りかざしてあくことなき経済発展を追い求める各国の指導者たちに、その自覚があるのだろうか。

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2005/08/05

この熱帯夜、就寝中のクーラーはどうする

暑いからといって、クーラーをつけて寝るとよくない、といわれる。

僕も昔は、安易にクーラーをつけたまま寝て、翌朝になってのどを痛めたり鼻かぜをひいたりで、よく体調を崩したものだ。

夜中のクーラーが原因で、本格的な夏風邪をひいてしまったこともある。

それ以来、僕は極力、就寝中はクーラーを止めるようにして、暑さで寝苦しいときは、ベランダのドアを少し開けて、外気を取り込むようにして、夏をしのいできた。

それでも、外気が涼しくなくて、クーラーを入れざるを得ないことが、ひと夏に数回はある。

今年は、このところの熱帯夜で、夜中にドアを開けても外気のほうが熱く湿気をたっぷり帯びていて、かえって汗が吹き出てくるような日が多い。

クーラーは入れたくないが、かといって暑くて眠れないことのほうが夏バテを招きそうだ。

そんなこんなで、ここ数日は、温度設定を32度にして、クーラーをつけて寝ている。風の強さは最弱にする。

32度なんて設定が高すぎて、クーラーが作動しないかと思いきや、それが断続的に作動して、涼しい空気が下りてくる。

ということは、放っておけば室内の温度は32度を超えてどんどん上昇していく、ということだ。

熱気が抑えられるだけでなく、湿気がいくぶん取れて空気がしのぎやすくなるのは、とても楽だ。

のどなど呼吸器をいためたり、体調を崩しはしないかという懸念は払拭されたわけではないが、とにもかくにも緊急避難の形である。

どうも今年の熱帯夜は、例年に比べて湿度が高く、外気がまったく頼りにならないと感じるのは僕だけだろうか。

ほかの人たちは、就寝中のクーラーをどうしているのか聞いてみたいところだ。

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2005/07/26

今回の台風はバンヤン、命名する意義は?

台風7号が首都圏の帰宅ラッシュ帯を直撃している。

国際的な取り決めによって、台風には名前がついているはずだと思ってみてみたら、この台風はバンヤンという名前で、香港の命名によるのだそうだ。

バンヤンとは木の名前という。

台風の名前は、北西太平洋地域の国・地域でつくる台風委員会が、2000年から各国・地域の持ち回りで命名することになった。

持ち回りといっても、その都度、勝手に決めるのではなく、あらかじめ14の国・地域が10ずつの名前を登録しておいて、全部で140ある名前が順番に割り振られていくのだ。

2000年の台風1号は、カンボジアの命名によるダムレイ(象)という名前だった。

この140の名前はまだ一巡しておらず、今回のバンヤンは130番目の名前だ。

この次に発生する台風8号は、日本が用意したワシという名前になる。ワシとはオレ様の意味ではなく、鳥の鷲だ。

140の名前のリストは、気象庁のサイトに載っているが、これを見ると日本の命名はすべて星座からとっていて、あまり芸がない感じだ。

ほかの国の命名を見ると、中国のロンワン(龍の王)、タイのラマスーン(雷神)、フィリピンのハグピート(鞭打つ)などが迫力がある。

逆に、被害が少なくなるようにという願いからか、可愛らしい名前も少なくない。

韓国の命名によるチャンミー(薔薇)、北朝鮮のトラジー(人知れず咲く美しい花)、カンボジアのコンレイ(伝説の少女の名前)、香港のレンレン(少女の名前)など。

台風に名前をつけるという趣向はいいのだが、実際に台風が刻々と接近している状況で、台風の名前がニュースに登場することはほとんどない。

バンヤンが首都圏を直撃といっても、結局は何のことか分からず、端的に台風といったほうが話が早い。

今年、台風があと10個発生すれば、名簿の名前は一巡する。

防災上、ほとんど意味をなさないのでは、と思えるこの命名、僕たちの知らないところで何かの役にたっているのだろうか。

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2005/07/24

梅雨明け以降、すっきりしない空模様

梅雨明け10日、とよく言われる。梅雨明けからの10日間は、すっきりとした晴天が続くことが多い、というのだ。

しかし今年は、東京で梅雨が明けたのが18日で、その日は好天だったが、翌日からは雲が多く気温も平年よりかなり低めの日が続いている。

今日も梅雨の戻りのような厚い雲に覆われていて、さきほどから小雨もパラついてきた。

この先は台風の接近などで、雨の予想が続き、夏らしい炎天が戻るのは来週後半以降か。

猛暑だった去年と比べて大違いだと感じるのは東日本だけのようで、西日本は連日の猛暑が続いているようだ。

昨日が大暑とは思えないような、しのぎやすい日が続いていると、僕たちはつい、地球温暖化への危機感を忘れてしまいそうになる。

今日の日経新聞に、「サンマとご飯と味噌汁が、100年後には、日本国内で調達できなくなるかも知れない」という衝撃の警告が載っていた。

記事によると100年後の日本では、6月-8月の気温が現在よりも3-4度上昇し、真夏日は現在より70日以上増えて4カ月にも及ぶ。

梅雨前線は日本列島に長く停滞して梅雨が長期化し、夏は雲っていて熱い日が多くなる。

この結果、いま栽培しているような米は育たなくなり、大豆などほかの農産物も多大な影響を受ける。

また、黒潮の速度が速くなって、海水温も上昇し、秋刀魚やイワシなどの小型の魚は、日本近海で捕れなくなる恐れがある、というのだ。

梅雨明けからもぐずついている東日本の空模様は、こうした異変への序章なのかも知れないと思ったりする。

サンマとご飯と味噌汁、いまのうちに食べておくか。

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2005/06/12

絶滅危惧植物展

新宿御苑で「絶滅危惧植物展」が開催されている。環境月間特別企画で、今日は入苑料が無料だ。

これは新宿御苑からのモブログで投稿している。

絶滅危惧植物は苑内のあちこちで展示されているが、大温室では、すでに野生の状態では絶滅している3種類をはじめとして、多くの絶滅危惧種を集中的に展示していて見ごたえがある。
この絶滅危惧植物展は26日まで。


BANYUU050612_1233.jpg

(表の新着情報:「21世紀の歩き方大研究」の21世紀エッセイ「時間の岸辺から」に、「愛知万博のアンチテーゼとしての絶滅危惧植物展」をアップロード)

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2005/06/03

もう梅雨入りといっていいのでは

ここ数日、うっとうしい空模様が続く。厚い雨雲が空を覆い、いつとはなしに雨になって、やんだようでもいつでも降り出す態勢だ。

ハシリ梅雨などと言っているが、これって実質的に梅雨入りしているのではないか。

湿度の高さといい、雨雲の様子といい、雨の降り方といい、さらには天気図の形といい、これはもう梅雨そのものだ。

なぜ気象庁は梅雨入りと言わないのか。今週末に晴れてくるかららしいが、梅雨入りした後に晴れることなどいくらでもあり、梅雨の中休みはむしろあって当然なのだ。

東京の梅雨入りの平年値は8日だそうだが、テレビも新聞も気象庁が梅雨入り宣言をしてないので、まだ梅雨入りとは報じていない。

が、梅雨になったかどうかは、お役所の宣言を待つべきものでもなかろうと僕は思う。

でもって、このブログではすでに梅雨入りしたことにする。梅雨入りしたかどうかくらい、それぞれが勝手に判断して何が悪いか。

♪アカシヤの雨にうたれて このまま死んでしまいたい‥‥

西田佐知子の歌声とともに、安保闘争がヤマ場を迎えていたのは45年前のことだった。

雨の中の国会デモ。戦後15年の若い日本は、反戦平和と民主主義への情熱に燃えていた。

そして、まもなく45年目の6.15がやってくる。

♪朝の光のその中で 冷たくなったわたしをみつけて‥‥

冷たくなったわたし。それは、いまの日本国民の姿であり、いまの日本そのもののような気がする。

♪アカシヤの雨に泣いてる 切ない胸はわかるまい‥‥

フィリピン沖にある台風4号が北上しそうな気配。本土に接近か。来週から6.15にかけては大荒れの予感が。

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2005/05/15

雷鳴が近づきパソコンを落とすと、こんどは地震

東京では夕方になって空が急に黒くなり、雷が鳴り始めた。大粒の雨も降ってくる。

雷が鳴った時に、パソコンは大丈夫か、いつも気になるが、これまでは大丈夫だろうと思って、いつも電源を切ったことはない。

しかし今日は、雷がしだいに上空に近づいてきて、強烈な雷光とほとんど同時に近くに落雷したので、あわててパソコンの電源を切った。

パソコンの雷被害は年々増えていて、いったんやられてしまったらデータの回復が出来ないくらいパソコンの心臓部が破壊されるものらしい。

落雷に伴う高電圧は電気回線から入り込むだけでなく、通信回線などからも入り込む危険がある。本来ならば光ファイバーもパソコンから外すべきなのだろうが、面倒なのでこれはネグる。

雷雨が激しくなる中で、こんどは部屋がグラリと揺れる。地震だ。震源はどこなのか、規模はどれくらいなのか、これは雷鳴の中でもテレビをつけないと分からない。

テレビへの雷被害は、電源に加えてアンテナ線を通じて高電圧が入る恐れがあるのだが、テレビがやられてもデータ破壊などの被害はないので、雷鳴の中をテレビをつける。

地震速報によると震源は北関東らしく、栃木の一部で震度4と出ている。

世の中の恐いものは、地震、雷、火事、おやじ、と言われているが、このうちのトップ2つが同時に発生したことになる。これで近所に火事でも起きたら、あとはおやじだけだが、最近のおやじは、ヤラシイかサモシイかで、ちっとも恐くない。

今風に言い換えるならば、地震、脱線、医師、少年、というところか。

あ、いやなにも、すべての医師や少年が恐いといっているわけでなくて、ごく一部がコトを起こしているだけなのだが、このところとめどなく悪質な事犯が続いているもので‥‥。

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2005/04/28

夏日なのにヒノキ花粉が長引いてマスクが外せない

今日の東京都心の最高気温は27.9度で今年初の夏日となり、6月下旬の暑さだったという。

例年なら初の夏日を迎えるころには、花粉が収まって、晴れてすがすがしい空気を吸うことが出来るのに、今年はヒノキ花粉が長引いている。

気象庁によれば例年は5月上旬には収束するはずのヒノキ花粉が今年はまだ猛威をふるっていて、収束するのは5月中旬と10日ほど遅くなる。

なぜ長引いているのかは分からないが、去年の異常気象や温暖化と関係があるのではないか。

そもそもGWになるのに、街行く人々がマスクだらけという光景が続いていること自体、異様だ。

夏日の暑さの中で、上着を脱いで軽装になっているのにマスクが外せないというのは、これはもう拷問に近い。

風薫る5月は目の前だというのに、その空気を思い切り吸うことが出来ないなんて。

みんなスギ対策ばかりに目が向いているが、ヒノキ花粉こそ何とかしてくれえ。

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2005/04/12

2月上旬の寒さに逆戻り、花散らしの雨

桜がようやく開花したのが先月31日で、満開になったのが先週の後半だった。

電車の窓から見ると、ふだんは何の木か分からなかった木に桜の花が咲いていて、こんなところに桜があったのか、と驚いたりする。

開花から10日ちょっとというのに今日はもう、冷たい雨に打たれて、ソメイヨシノの花びらはほとんどが無残に地面に散っている。

今日の東京の最高気温は10度ほどと2月上旬の寒さだった。寒さと雨は明日も続く予報で、あとは葉桜になるばかりだ。

満開の桜を見ることができる期間は、わずか2、3日しかない。

「花の命は短くて、苦しきことのみ多かりき」という林芙美子の言葉が身にしみる。

なにごとも、準備や修行のための時間がほとんどで、その成果を享受できるのはほんの一瞬でしかないのだ。

準備、修行、苦しきこと。それこそが、この世の本体であり、人生の大部分なのだという気がする。

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2005/04/09

1本の木に白、紅、ピンクの花を咲き分けるゲンペイモモ

05-04-09_15-59桜が開花してからずっと暖かい好天が続いている。

たいていの年は、開花してすぐに雨嵐に見舞われて、おちおち花見をする間もないうちに散ってしまうことが多い。

上野公園の桜もいいが、僕は新宿御苑の広くて落ち着いた雰囲気が好きだ。

ここでは、飲酒禁止が建前なので、おおっぴらに酒盛りをして放歌高唱する光景はほとんど見られない。

おかしなことに、苑内の売店では堂々と缶ビールを売っていて、「ビールは店の休憩所でお飲み下さい」と張り紙がしてあるが、守らない人もいるのではないだろうか。

この季節、地面スレスレに届きそうなほど枝を伸ばしている大木の桜も見ごたえあるが、僕が楽しみにしているのは、ソメイヨシノの開花のころに見ごろとなっているゲンペイモモだ。

これは名前のとおり、モモの一種なのだが、新宿御苑のゲンペイモモは、1本の木が白、紅、桃色の花を咲き分けているのが感動ものだ。

よく見てみると、花びら自体が白と紅、白とピンクが混じったものもあり、どうして一つの木がこのようにさまざまな色の花を咲かせるのか、不思議な気がする。

ゲンペイモモの前で写真を撮る人たちも多く、アマチュアカメラマンたちも凝りに凝った構図を狙いながらシャッターを切っている。

毎年、季節がくれば見事に多色の花を咲き分けるゲンペイモモに比べたら、人間が出来ることなどあまりにも小さい、という気がする。

お花見の季節は、人間は植物たちの前に謙虚にひれ伏すしかないということを、悟らせてくれる格好の季節だと思う。

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2005/03/23

このところの異常気象は新たな文明を生むのか

今日の新聞記事の中で、最も考えさせられたのは、日経朝刊のコラム「大機小機」だ。

「気象変動は生態系や人間生活にも甚大な影響を与える」として、過去のケースについて次のようにまとめている。

1万2千年前の温暖化で縄文文化が開花した。

5千年前の寒冷化で四大文明が誕生した。

2千5百年前の温暖化が鉄器時代を生んだ。

3百年前の小氷期が産業革命をもたらした。

そしていま「地球温暖化は現代文明の限界を露呈させ、生活様式の転換を迫っている」というのだ。

具体的な兆候として、このところの異常気象の影響で商品価格相場が高騰していることを挙げている。

この激震の中から、どのような文明が生まれていくのか、コラムは問題提起をしているにすぎないが、極めて重要かつ興味深いテーマである。

何か新しい文明につながっていくのか、それとも文明そのものが音を立てて崩壊していくのか。

僕はどうも後者の方ではないか、という気がしてならない。

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2005/03/12

風雲急を告げる黒雲とともに寒冷前線が通過

寒冷前線が通過する時の空の様子を見ていると、わくわくする。

今日の東京地方は昼前まで、生暖かく湿った南風が吹いていたが、昼過ぎになって西から真っ黒な雲が横に広がって、ひたひたと迫ってきた。

東京でこれだけくっきりとした寒冷前線の雲が通る光景は、なかなか見られない。

風雲急を告げる、という言葉がぴったりの、おどろおどろしい空で、よく見ると黒い雲が逆巻くように、あるいは沸き立つように、絶えず姿を変えながら頭上に広がっていく。

カラスやハトだろうか。大小さまざまな鳥たちが、慌てふためいて、あっちへ飛んだりこっちへ飛んだりして、気象の急変をキャッチしている。

黒い雲が空を覆いつくしてやがて去っていくと、南風が強い北風に変わり、しだいに強風となっていく。温度も急激に下がって、空気がすっかり入れ替わる。

この前線の通過で、春めいていた天気は一変して冬に逆戻りだ。

寒冷前線の雲で凄かったのは、昔、宮城県の松島から仙台に戻る途中で見た雲が忘れられない。その逆巻く様子は、パニック映画のような迫力で、雲の下の部分は手を伸ばせば届きそうなほど、地面スレスレという感じで通過していった。

また、青森で見た寒冷前線の雲も、晴れていた青空に向かって、海側から分厚い黒雲軍団の襲撃のような形で近づいてきて、雲が沸騰するように激しく回転している様が、くっきりと伺えた。

今日の東京を通過した寒冷前線も、大都市上空に迫ってくる様子が、巨大な生き物のように生々しく、なかなか立派な寒冷前線の雲だった。

僕は雷を鑑賞するのも大好きだが、寒冷前線の雲もそれに劣らぬ迫力と味わいがある。台風の接近もワクワクするのだが、これは大きな被害が出るので、あまり大きな声では言えない。

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2005/02/16

京都議定書をせせら笑うアメリカがめざすのは

今日のブログは表の「つれづれ草」と連動して書く。

南太平洋に浮かぶ小さな国ツバルではこのところ、満潮時に海岸線を越えた波によって周辺が冠水する事態がひんぱんに発生している。まさに国が海に沈みつつあるのだ。

インド洋の島国モルディブも、ほとんどの地域が海抜1メートルで、海面上昇による国土水没の危機がひしひしと迫ってきている。

「米国は、自分たちが世界の安全を守っているというが、実際は逆だ」というモルディブの人の訴えが、今日の夕刊に載っている。

温暖化防止の京都議定書が今日16日、ようやく発効のはこびとなったが、温室効果ガスの最大の排出国であるアメリカは、断固として議定書を拒み続けている。

アメリカ上院は、「経済に影響を及ぼすいかなる温暖化対策も拒否する」という決議案を、95対ゼロで可決しており、この傲慢な姿勢には共和党も民主党もないのだ。

しかしながら、米国防総省は英オブザーバー紙にすっぱ抜かれた内部報告書で、こんな予測もしている。

「近い将来、異常気象の頻発によって食糧・水資源の争奪戦が起き、難民が大量発生する恐れがある。これは米国の安全保障にとって脅威だ」

食糧や水が欠乏して苦しむ人々のことを思いやるのでなく、米国の安全保障にとって脅威だ、と言い切るあたりがアメリカの恐ろしいところである。

アメリカはひょっとして、温暖化の進行で食糧や水が地球の人々にいきわたらなくなった時、アメリカ一国だけはどんなことをしてでも生き延びる決意を固めているのではないだろうか。

やたらに規制や束縛をかけたがる国々なんぞ、もうどうにでもなって、飢え死にしようが反米暴動が起ころうが、アメリカにとっては知ったことではない。

アメリカが最後に生き残ること、それだけが重要であり、むしろアメリカとしてはそのほうが、せいせいすると思っているに違いない。

(表の新着情報:「21世紀の歩き方大研究」の新世紀つれづれ草に、「温暖化によるシロクマとイヌイットの危機は、明日の人類の姿」をアップロード)

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2005/02/07

市場競争の徹底で、2050年まで人類は持たない

今日の日経と毎日の夕刊に、とても重要な記事が2つ掲載されている。

まず日経夕刊。国連による世界初の地球規模の生態系評価報告書案がまとまった、という記事。

評価は「ミレニアム生態系アセスメント」と呼ばれ、95カ国、1300人以上の科学者が4年がかりでまとめた。

それによると人間の活動によって、生物種の絶滅は自然におこる絶滅に比べて1000倍の速度で進んでいる。

1950年からの40年で、森林や草地の14%が喪失し、過去20年で沿岸のマングローブ林の35%が破壊された。

報告書案では、この傾向が続けば2050年までに、残された森林や草地の20%が破壊され、「この結果、人間の生活自体が立ち行かなくなる」と警告している。

もう一つは、毎日夕刊に載った「なぜ環境破壊は食い止められないか」という佐伯啓思氏の記事。

それによると環境問題が高まった70年代に比べ、この30年の環境意識の低下は著しい。

原因は、市場競争原理の徹底と世界化にあり、発展途上国も旧社会主義国も含めて、市場は個人の利益と欲望を自由に実現する舞台とみなされるようになった。

社会主義の崩壊によって、個人の自由という理念が勝利したと受け止められていることも大きく影響している。

これらの結果、個人の自由に制約をかける「公共性」は著しく弱体化し、第一級の公共性をもった環境問題に対して、解決する糸口さえ見つけられない結果になっている、というのだ。

日経と毎日、この2つの記事を合わせて読むと、いまの世界の指導層はだれもが市場競争に血道をあげ、生き馬の目を抜く利潤追求以外には何も考えられなくなっているということだ。

世界を支配する最高の規範は利潤追求であり、能力主義と効率主義がすべての評価の指標となる。人々はさらなる利便性を求めて、ひたすら快適な生活に没入していく。

国家も企業も個人も、勝ち組でなければ負け組みになるしかなく、しかも一握りの勝者群と多数の敗者群の間の格差は広がっていて、地球環境だの生態系だのと言っていたら、たちまち落ちこぼれて掃き捨てられてしまうのである。

もはや2050年まで人間社会が生存し続けることは難しく、それ以前に危機的なパニックを迎えることになるのではないか。

破局が目に見えるほどに迫ってきた時には、あわててどんな対策を講じようとも手遅れである。

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2005/01/09

部屋の加湿器に補充した水はどこへ消える?

空気が乾燥するいまの季節は、加湿器が大活躍している。

僕の家には、加湿器が2台あって、エアコンの暖房がオンになっている時には、加湿器も作動させている。

居間の加湿器は、タンクに2リットルの水を補充しても、数時間のうちにカラになってしまう。1日に5、6リットルの水が費やされている。

素朴なギモンだが、こうやって補充を続けた水は、いったいどこに消えていくのだろうか。

1日に2回ほどは、換気のためにベランダの戸を開けるのだが、戸を開けなくてもどんどんタンクの水は減っていく。

かといって、ガラス戸の内側に結露するわけでなし、部屋の中の家具や本が湿っぽくなるわけでもない。

加湿器には、部屋の湿度を示すランプがついていて、この季節は長時間、加湿器が作動していても、湿度は30%を示してして、40%になることはほとんどない。

水を補充しても補充しても、部屋の空気はいつも乾燥状態なのだ。

1日に5、6リットルもの水は、どこに消えているのか、不思議でたまらない。

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2005/01/03

愛知万博には何か決定的なものが欠けている

今年の元日付け新聞各紙は、別刷り特集の中で愛知万博をテーマにした企画が目立った。

3月25日から9月25日までの185日間。愛・地球博として、環境問題などを考えたり自然と調和した新しい文明を模索する、としているが、僕にはどうも何か決定的なものが欠けているような気がしてならない。

大人4600円(前売り4100円)を出して、全国から交通費や宿泊費を出して、はたして見に行くだけのものなのか、いまひとつ分かりにくい。

各国やさまざまな企業が、多彩なパピリオンを並べ立て、それぞれが、それなりのテーマに沿って展示内容やアトラクションを繰り広げるのだとしても、それがどうした、という感じなのだ。

愛・地球博ということ自体が、そもそも自己分裂しているような気がする。というか、地球で進行している危機の程度は、万博を開催してハデなお祭り騒ぎを繰り広げて解決されるものではない。

むしろ、このような万博が、地球の真の危機から世界の目をそらし、パビリオンごとの集客競争やキャラクターグッズ、特産品の売り上げ競争へと矮小化されていく危険の方がずっと心配だ。

もっといえば、本当に地球のことを考えるならば、万博をやること自体が時代錯誤なのだ。

万博の採算性はどうか、地元にいくらカネが落ちるか、沈みつつある名古屋圏への経済効果はどうか。主催者たちの関心は、いまはいろいろな理念を語っていても、開幕すればただちに現実的な話になっていくだろう。

人気パビリオンに出来る3時間待ちだの5時間待ちだのという行列のことを思うだけで、頭がクラクラする。

それに、会場内のレストランはどこも目玉が飛び出るほど高いメニューなのだろうな、と想像する。

期間中に、いったいどれだけの電力を会場全体で消費し、どれだけのCO2を増加させることになるのか。

温暖化を真剣に食い止めようともせずに、愛・地球博とは笑止千万な気がして仕方がない。

いや、それ以前の問題として、イラク戦争の泥沼化で多くのイラク人が毎日殺され続けている中で、愛・地球博はないだろう。

環境保護団体などは、愛知万博へのアンチテーゼとして、何を打ち出していこうとしているのか、さっぱり伝わってこないのも気になる。

このままでは、環境ゲリラ、環境テロなどが現れてもおかしくないという予感がするが、主催者や警備側はどんな対策を考えているのだろうか。

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2004/12/29

東京に初雪、3月に降る春を告げる雪のようだ

04-12-29_13-14東京に平年より4日早い初雪が降った。ビチャビチャと水っぽい雪だ。

この雪で、今年の冬は例年なみの寒さなのだろうか、と思う人も多いだろう。

が、僕の直感でしかないが、この雪はなんだか3月ころに降る、春を告げる雪のような感じがする。

太平洋側を、低気圧が通るという気圧配置からして、これは春によく現れる天気図を思わせる。

年明けてからは、時々こうした雪があるとしても、全体としては暖冬で推移していくのではないだろうか。

こんどの花粉の量は、今夏の猛暑の影響で、ただならない量になるものと予測されている。

今年も残すところ、2日となった。明々後日はもう2005年だ。

大晦日の深夜に、BS11で生放送されるベルリン・フィルのジルベスター・コンサートは、なんとオルフの「カルミナ・ブラーナ」全曲だ。時代の気分を反映しているのかも知れない。

10月18日のブログでも書いたが、最も知られている第1曲の歌詞の一部を、もう一度書いておこう。
運命の女神フォルトゥナを歌ったこの歌詞、僕はとても気にいっている。

おぉ、フォルトゥナ
汝はかの月の面の
変るにも似て、
欠けては満ち
満ちては欠くる。
人の世の、情なく、
喜びも苦しみも
意のままにして、
人の心を弄ぶ。

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2004/12/19

久しぶりに「表」サイトのプロフィルをミニ更新した

「表」の「21世紀の歩き方大研究」のプロフィルのページを、久しぶりに更新した。といっても、何を隠そう、たったの1行を追加しただけなのだ。

File01421今日、九州電力の女性向け広報誌「宙」(そら)のNo.2が送られてきた。この中の、「女のおもしろエネルギー講座」というページで、僕の表サイトの「地球カレンダー」を抜粋引用している。

編集部から、引用させてほしいというメールが来た時に、掲載号を1部送っていただきたいと頼んでおいたのだ。

こうして律儀に送っていただけるのは、本当に有難いことだ。早速、プロフィルのページの、これまでに表サイトを紹介したり内容掲載してくれたメディアの一覧に、加えさせていただいた。

送られてきた広報誌「宙」を見ていて、ヘエ!と思うことがあった。

今、日本の発電電気量の6割を担っているのが火力発電だが、この火力の中身で主力となっているのは、何だと思うだろうか。

僕は当然、石油だとばかり思い込んでいた。それが違うのだ。じゃあ、石炭かと思うと、それも違う。

火力発電の主力となっているのは、なんと天然ガスで、これが火力の45%を占める。ついで石炭が36%で、石油は18%を占めるに過ぎない。

記事を読むと、30年前は火力の中心となっていたのは石油だったが、2度にわたるオイル・ショックによって、その後は石油依存からの脱却をはかってきた、とある。

それにしても、天然ガスは気体の状態で地中に存在する化石エネルギーであり、埋蔵量は有限だ。しかも、石炭や石油に比べれば少ないとはいえ温暖化の原因となるCO2を排出し続ける。

日本の発電量に占める原子力の占める割合は、現在31%だが、これ以上増やすことは、安全や環境からも好ましくないし、新たな建設は極めて困難になりつつある。

クリスマスから年末年始をはさんで、ミレナリオだのルミナリエだのと、各地でさまざまな電飾のイベントが行われている。

イリュミネーションの美しさは、発電によって支えられている。湯水のようにジャブジャブと電気を使える時代は、それほど長くは続かないような気がしてならない。

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2004/12/16

水戸で平年より49日早く梅が開花、南房総ではスイセン

地球と生命圏に、赤信号が点滅を始めている。それなのに、世の中はさほど驚いている様子もない。

こういうことは、当面生きていく上で関係ないことなのだろうか。それとも、多くの人がおかしいと感じていながら、どうすることも出来ないのだろうか。

異変その1は、水戸地方気象台が昨日15日、平年より49日も早い梅の開花宣言を出した、というのだ。平年の開花は2月2日で、気象台の観測開始以来、最も早い開花という。

まだ年も明けてないどころか、ようやく年賀状の受付が始まったその日に、開花してしまうとは、異変を通り越して、これはすでに天変地異といっていい。

異変その2は、千葉・南房総の鋸南町で、これまた平年より1カ月も早くスイセンが満開になってしまい、毎年1月に開催している「水仙まつり」を急遽、15日から始めた、というのだ。

異変その3は、米の大学研究チームによると、世界の鳥類の14%が今世紀末までに絶滅する、という予測が出た。鳥類が激減する結果、感染症の拡大や農作物への害虫被害が深刻になっていく、と警告している。

人間が戦争や経済競争に明け暮れている間に、とりかえしのつかない事態が、急速に進行している。

今年は、クマだけでなく、イノシシもエサ不足のため人里近くに出没していて、狩猟の格好の標的となって殺され続けている。

クマもイノシシも、森の動物たちを代表して、身を持って人間へのメッセージを届けに来ているというのに。

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2004/12/13

食用だったスギヒラタケの毒キノコ化、背後で進む危機

一昨日の朝日に、スギヒラタケの毒性について、篠山浩文千葉大助教授が書いていた記事が、とても気になっている。

これまで毒性を持たず、スギ林に発生する数少ない食用キノコとして珍重されてきたスギヒラタケが、一転して毒性を持つようになり、人間に急性脳症を引き起こさせたのは、なぜか。

篠山教授は、日本のスギ林の荒廃が進み、スギ林内の生態系が変化していることが背景にあるのではないか、としている。

一方で同教授は、専門家の間では、気温上昇などの環境変化によって、野生の食用キノコが毒キノコ化したのではないか、という見方が出ている点についても、否定出来ないとしている。

僕は、地球環境の悪化によって、これまで毒性を持たなかった植物やキノコが有毒のものに変化しているということは、十分にありうることではないか、と思う。

まだ食中毒などが起きてないため表面化していないだけで、実際には相当の数の植物や真菌類が有毒になっている可能性がある。

動物とりわけ魚介類や虫などでも、思わぬ毒性を持つようになっているものがあるような気がしてならない。

細菌やウィルスとなると、ますますその可能性は高い。

エイズウィルスや鳥インフルエンザなども、地球環境の劣悪化が生み出した変異のように思う。

気温だけに目を向けているうちに、もっと深部で、とんでもないことが進行しつつあるのではないだろうか。

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2004/12/06

遊泳中の少女らをサメの襲撃から守ったイルカたち

少女3人と海難救助隊員が遊泳中に、体長3メートルのサメが近づいてきた。その時、イルカの群れが現れて、4人を取り囲むようにして一緒に泳ぎ続け、サメの襲撃から守ってくれた。

10月30日にニュージーランドであった出来事で、今朝の朝日新聞が伝えている。

オークランド大学の博士の話として、「イルカには弱者を助ける習性がある」というコメントが載っている。

このニュースは妙に心に残る。イルカが高い知性を持ち、イルカ同士で会話を交わしているだけでなく、人間ともコミュニケーションを取ることはよく知られている。

だが、弱者を守る、というのは単に知性が高いだけでは出来ることではない。

それは、弱い立場にいる者を守ってあげたいという、強い倫理観に裏打ちされた「心」がなければ出来ないことだろう。

イルカに倫理観や心があるのだろうか。僕は、あるのだと思う。

もともとイルカは陸上に住んでいた哺乳類のなかの一部が、再び海での生活を選択して進化していったもので、海の中で高度な知性や感情や心を発達させてきた生き物なのだと思う。

人間とイルカは、1億年もかけて別々の進化の道をたどって、現在に至っている。

人間は知性を過度に発達させてテクノロジーを生み出し、1万年前に自然を征服して生きていく方法を身につけた。

農耕牧畜とは、種としての優位と繁栄を保証する代わりに、生活の場としての自然を切り刻んで消費し続けることにほかならない。

文明とは、自然への支配を前提として成り立っていて、遅かれ早かれ行き詰る宿命を、文明内部に宿している。

イルカは、テクノロジーを生み出す必要性に迫られることなく、自然を征服しない道を選択した。

どちらが幸せな道だったのだろうか。人間はテクノロジーがなければ、せいぜい500万人程度しか地球上に存在できない、とされている。

それでもよかったのではないか。というよりも、その方がよかったのではないか、とつくづく思う。

少女らをサメの襲撃から守ってくれたイルカたちは、人間に伝えたいメーッセージがいろいろあったに違いない。

いや、何も言わずに、黙々と、少女らと一緒に泳ぎつづけてくれたという、そのこと自体に、僕たちはイルカが最も言いたかったメッセージを読み取るべきではないか。

弱いものを守る‥‥。この当然のことを、すっかり放棄して、強者の論理に振り回されている人間たち。

そのことを、そっと諭すようなイルカたちの優しさとともに、海の底よりも深い悲しみが伝わってくる。

(表の新着情報:「21世紀の歩き方大研究」の新世紀つれづれ草に、『時間の岸辺から』第68回「安否情報」をアップロード。これは欧州の邦人向け日本語新聞「英国ニュースダイジェスト」に同時掲載)

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2004/12/05

東京で風速40メートル、歩道に枯れ葉散る

04-12-05_15-29.jpg台風くずれの低気圧通過で、東京では未明に風速40メートルを記録。

この嵐で木々の葉が一気に吹き飛ばされ、歩道は散乱した枯れ葉の溜まり場となった。

暖かい南風が吹き込んで、東京では12月としては史上最高の24.8度と、夏日一歩手前の暑さとなった。

明日は一転して北風が吹き荒れ、気温は10度以上も低くなるという。

ブログを開設して5カ月半ほどになるが、どうも「表」のホームページの更新がおろそかになっているのでは、という気がしてならない。

つれづれを更新するのが手一杯で、ほかのページの更新やメンテにまでなかなか手が回らないのが実情だ。

とりわけ気になっているのは、「21世紀の21大危機」のページが、多岐に渡って深刻の度合いを増している「危機」の総体と速度に追いついていないことだ。

「危機」の実相はカテゴリーでくくってブログで丹念に追いつづけるようにするか、それともブログはもう少し肩の力を抜いて表の「危機」のページを活性化させるか、どうしたらいいものだろうか。どちらも一長一短で難しいところだが。

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2004/10/28

温暖化との因果関係をみたがらない研究者たちへ

僕は常々、世界各地でしだいに深刻さの度合いを増してきている異常気象について、「温暖化との因果関係は科学的に明らかではない」といい続けている御用学者やエセ研究者たちは、一刻も早く学問の座から退場すべきだと、このブログでも「表」のサイトでも言い続けてきた。

波状的に襲う暖冬や、春先の異常な暖かさ、記録的な猛暑、相次いで日本を襲う台風、クマの人里への出没。こうした異変に対して、彼ら御用学者たちは必ず、「温暖化との関係ははっきりしていない」とマスコミにコメントし、雑誌にそうした論文を垂れ流す。

これに、科学ジャーナリストと称するひとたちが唱和して、温暖化の影を消そうとやっきになる。

温暖化は直線的に進行するのでなく、ジクザクに進行していくということが、心ある研究者たちによって世界の共通認識になりつつあるというのに、冬が厳しい寒さだったり夏が涼しかったりすると、彼らは「そらみたことか。温暖化じゃないだろう」と、鬼の首を取ったように大喜びするのだ。

おとといの読売の夕刊に、名古屋大学の池内了教授(宇宙物理学)が、「複雑系としての地球」という題で、なかなかいいことを書いている。

「複雑系の特徴は、一つの結果に対して原因は一つでなく複合的であるということにある。部分が共鳴し合って大きな効果を生み出すことがあるからだ。そのため、部分一つ一つをいくら細かく調べても全体を把握しきれないということになってしまう。部分の和は全体に等しくないのである」

そして、池内教授は温暖化について、「科学的に証明されていない、を口実にして何もしないですませようとする」態度を厳しく批判する。

「大事なことは科学的に確定した答えが得られなくても、考えうる原因を列挙し、その悪影響を少なくするように努めることである」という。

そしてこう続ける。「科学的に証明されていない」は「科学的に否定された」ことにはならないから、可能な限り予防措置をとるべきなのだ。

まさしく、こうした見方こそ真の科学者の取るべき態度であり、心ある研究者のあるべき姿勢ではないかと、僕は強い共感を覚える。

御用学者たちやエセ研究者たちは、自分たちが地球を取り返しのつかない破局に追い込むために、手を汚していることを恥じ入るべきである。

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2004/10/25

美しい自然景観をデザインしたのは、神か偶然か

先週月曜日のブログで、カルミナブラーナについて日経新聞夕刊に総合地球環境学研究所所長の日高敏隆氏が書いていた話を引き合いに出したが、今日の同じ日経のコラムで日高氏がまた面白いことを書いている。

日本や世界の美しい自然の景色は、いったい誰がデザインしたのだろうか、というのだ。

そこで日高氏は、神であるといいたいのは理解できるが、これはすべてを神のせいにした無責任な議論だとして、デザイナーは「偶然」であるとしている。

日高氏はここで、偶然による美の誕生、ということを言いたいようだが、僕はなんとなく、それでもどこか違うような気がしてならない。

そもそも、神でなければ偶然だという問題の立て方が、おかしいのではないか。

神がいなくても、地球の上には無生命から生命が発生し、39億年かけて進化を続けて、人間を含むさまざまな生き物が生まれてきた。

生命の仕組みは、驚くほどに巧妙かつ精巧にデザインされているが、これはすべて偶然が生み出したものなのだろうか。

僕はそこに、宇宙がそもそも内在している進化への志向のようなものがあるような気がする。

進化への志向とは、言い換えれば、変え間ない変化を通じて、より高いレベルのものになろうとする志向、あるいはより複雑でよりまとまったものになろうとする志向、といったらいいだろうか。

その推進力は、神ではなく、宇宙に満ち満ちているとてつもないエネルギーなのだと思う。

このエネルギーがあればこそ、DNAのような人智を超えた素晴らしい遺伝情報伝達の仕組みをデザインすることが可能だったのだろう。

美しい自然の景色は、こうしたエネルギーが長い時間をかけて創り出したものであり、それを美しいと僕たちが感じるのは、地球が生命の星であるここと無関係ではないような気がする。

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2004/10/21

餌不足のクマへのドングリ差し入れ、賛否の声に思う

「表」の「新世紀つれづれ草」に、英国ニュースダイジェスト誌に連載している「時間の岸辺から」の「クマの出没」を、同時掲載した。

そこで今日は、「裏」でもクマの出没をテーマにしてみる。

「表」でも書いたように、今年のクマの出没は、相次ぐ台風の襲来で、ドングリなど奥山の木の実が落ちて、餌が足りなくなったことが直接の原因だ。

冬眠を前にして、餌がないことほどクマにとって切実な問題はない。

そこで、自然保護団体の「日本熊森協会」が、クマにドングリを贈ろう、と呼びかけたところ、全国から段ボール箱などに入れられて、4トンものドングリが協会あてに送られてきた。

ところが、これに対しては、研究者らを中心に「生態系を乱す」と批判の声が上がり、協会は集まったドングリは山に届けるものの、これ以上の募集は中止した、というのだ。

これはなかなか難しい問題だ。学者たちの主張していることは、学問的にはまさにその通りだろう。「自然に干渉し過ぎ」という意見も、その通りだろう。

だが、それを言うなら、生態系はすでに人間の身勝手によって、大きく乱されているのがいまの姿ではないのか、という気がする。

もうすでに人間は、経済発展のためだとか、国際競争力をつけるだのといって、自然にこれでもかこれでもかと干渉を続け、それが知り返しのつかない過干渉となって、クマを追い詰めてしまったのではないか。

もちろん、ドングリを贈ろうとしている人たちだって、それが焼け石の水であることは百も承知だろう。僕も、そんなことでは、問題の解決にはならないと思う。

しかし、餌を求めて人里に下りたクマたちを射殺するよりは、たとえさらに生態系を乱すとしても、せめてもの人間からのおわびのしるしに、ドングリくらい差し入れたって、構わないではないかと僕は思う。

クマだけでなく、リスなどほかの動物たちも、このドングリで一時的に餓えをしのぐことくらいは出来るかも知れない。

ドングリ差し入れを批判する人たちは、緊急の策としてほかにどんな方法があると考えるのか、対案を聞きたいものだ。

(表の新着情報:「21世紀の歩き方大研究」の新世紀つれづれ草に、『時間の岸辺から』第65回「クマの出没」をアップロード。これは欧州の邦人向け日本語新聞「英国ニュースダイジェスト」に同時掲載)

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2004/10/20

大型トカゲ台風23号の襲来が、ゴジラ襲来と重なる

雨がしだいに強まる中、どこか遠くのスピーカーが、チャイムの音を鳴らしている。役所の防災センターのチャイムのようだ。

雨が入り込むのも構わず、冊子戸をあけて聞いてみる。

ゆっくりとした、落ち着いた男の声で、一言一言、間を置きながら、しかし、緊迫した声で、次のように伝えている。

台風  23号が  近づいて います
これから  大雨が  予想  されます
充分  注意  して下さい

これが2回繰り返されて、再びチャイムが流れる。

おお、またもや台風の襲来か。年間最多上陸記録の6個が塗り替えられたといって、7個目の上陸に日本中が騒いでいたのは、9月上旬だった。

それが、あれよあれよ言う間に、もう10個目とは、これはもはや天変地異といってもいい。

今回の台風の名前は、トカゲである。

巨大トカゲの列島襲来は、ゴジラ第1作目の東京襲来を思わせる。

コジラが品川沖から上陸した時、東京全域に空襲警報を思わせる重いサイレンが繰り返し鳴り渡る。

ラジオのアナウンサーの声が、迫り来る危機を伝える。

「警戒警報! 警戒警報! ただいまゴジラは、第二台場へ上陸の模様。港区、品川区、大田区沿岸住民に、避難命令が発せられました。沿岸地区の住民は、至急非難して下さい。繰り返します‥‥」

このシーンは何回見ても胸がおどる。沿岸を固める多数の武装警官隊のカベをやすやすと突破して、ゴジラは銀座から有楽町を経て、国会議事堂へ。

行け、行け、ゴジラ! 和光時計塔も、国会議事堂も、ぶっ壊せ! ゴジラの怒りを、都市にぶつけろ! ちゃちな文明を叩き割れ!

この心躍るワクワク感。台風接近のワクワク感とどこかで重なるように思う。

ボクたちは心の底で、表層だけの文明がうろたえる様に、小気味のよさを感じているのかも知れない。

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2004/10/15

両生類の3分の1が絶滅危機、半鐘の連打が聞こえる

半鐘が連打されている。火事が近くで起きているのだ。これをスリバンという。

スリバンが鳴っているのに、お神輿やお神楽に夢中になっているおじさんは、火事で家を焼かれてしまう。

これは、美空ひばりの「お祭りマンボ」だが、全く関係ないニュースを読んで、僕の頭の中にお祭りマンボのメロディーが狂ったように流れている。

そのニュースは、地球上の両生類5743種のうち、32%が絶滅の危機にあることが専門家チームの調査で明らかになった、というものだ。

1980年からこれまでに、すでに122種の両生類が絶滅したという。

日本では近畿・北陸のアベサンショウウオや沖縄のイシカワガエルなど20種が絶滅リストに入っていて、危機種の比率の高さは世界14位、先進国としては最悪である。

両生類は、炭鉱のカナリアと同様に、環境の危機に最も敏感に反応する。

地球は人間だけのものでない。そのことが、各国の指導者たちや産業界はまったく分かっていない。

戦争だ、テロとの戦いだ、市場経済だ、国際競争力だ、成長率だ。そーれ、みんな国家とともに踊れ歌え、ピーヒャラ、テンツク‥‥

先進国も途上国も、実体のないお祭りに夢中になっている。

半鐘の連打が聞こえないだろうか。両生類たちが死に絶えながら、最後の力で鳴らしているスリバンの音が。

地球の全域で、どこもかしこも、火の手が迫ってきている。

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2004/10/13

いつまで続く秋の長雨

東京では6日間連続して雨だ。

秋の長雨は、太平洋高気圧と大陸の寒気のせめぎあいで、天気図としては夏前の梅雨と瓜二つなのだ。

秋入梅(あきついり)という季語は、いまころの長雨を言う。

秋霖(しゅうりん)という言い方もある。

「春雨じゃ、ぬれていこう」は月形半平太のセリフだが、「秋雨じゃ、ぬれていこう」とはいわないのは、なぜだろう。

春雨は、それだけで新しい生命の息吹に満ちた暖かさがあるのに、秋雨には、生命のたそがれと終焉を感じさせる冷え冷えしたものを感じるからだろうか。

先日の台風一過で青空が広がるかと思われたのに、肩すかしの雨続き。秋晴れはどこへ行った、という声もちらほら聞かれ始めている。

「雨がやんだら お別れなのね」という歌があった。朝丘雪路だったと思う。この雨の季節は、いつなのだろうか。僕は秋雨のような気がする。

八代亜紀の「雨々ふれふれもっとふれ 私のいい人つれて来い」は、いつの雨か。メロディーの感じからすると春雨のようだが、人恋しさは秋雨の方が合うかも知れない。

童謡の「雨ふり」は、八代亜紀と同じ歌いだしの「雨雨ふれふれ」だ。こちらは北原白秋の作詞だ。

雨、明日はやむだろうか。

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2004/10/09

台風接近の高揚感に、映画「台風クラブ」を思う

最多記録を大きく塗り変える今年9個目、しかも過去10年で最強という台風22号の首都圏直撃。被害を受けた方々には、心からお見舞いを申し上げたい。

こういう時に不謹慎なのは承知であえて言うのだが、台風の接近と通過はなぜこんなに人をワクワクさせ、精神を高揚させるのだろう。

僕は激しい雷に心ときめかせ、部屋を暗くして稲妻と雷鳴を鑑賞するのが好きだが、強烈な台風接近の心躍る期待感も、それに劣らず素晴らしいものがある。

この気持ちの高ぶりは、一体何なのだろうか。

ちょうど20年前のことになるが、相米慎二監督による「台風クラブ」という青春映画があった。

中学3年生という揺れやすい年の生徒たちと、台風接近の非日常的でキラメクような心の高ぶりを、重ね合わせたいい映画だった。

工藤夕貴を一躍有名にした映画だが、工藤夕貴は郊外から東京に出たものの台風で帰れなくなった中学生の役で、中学校を舞台に男女生徒たちが繰り広げるクライマックスには加わっていない。

僕が印象に残っているのは、台風接近を刻々と知らせるニュースを聞きながら、男女生徒たちが家に帰ろうとせず、教師のいない学校でみんなの気持ちがしだいに高ぶっていき、異様なお祭り騒ぎになっていくところだ。

強い雨が降る中を、深夜の校庭に出て、みんなで歌を歌い、男子も女子も踊りながら服を脱ぎ捨て、みんなで素っ裸になって駆け回るシーンは忘れられない。

三浦友和が、生徒たちの心理を全く理解しようとしない、唾棄すべき大人のいやらしさを好演していた。

外の風雨はいつの間にか収まっていて、雲の切れ目から星からのぞいている。

明日は、台風一過の晴天となるのだろうか。

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2004/10/08

佐渡でソメイヨシノが開花し秋田は新緑、生態系がおかしい

また台風の上陸とは、気象が完全におかしくなっている。

佐渡では10月というのに、相川測候所の標本木になっているソメイヨシノの桜が開花し、新潟地方気象台が「開花宣言」をした。

開花したのがそのへんの桜の木なら、よくある狂い咲きとして、無視することも出来たのだろうが、標本木が開花してしまっては、「開花」を宣言する以外に仕方がない。

この原因は、相次いで上陸した台風による強風と塩害のため、ソメイヨシノの葉が全部落ちてしまい、木が春になったと勘違いしたためらしいという。

一方、秋田県内の日本海側各地でも、9月下旬からシダレカツラ、トチノキ、プラタナスなどが軒並み新緑の葉を付け、地元の人たちを驚かせている。

これも原因は、台風による強風と塩害のため葉が落ちてしまったことが原因とみられている。

秋に開花したサクラや新緑になった木々は、来年の春や新緑の季節に、花や葉が貧弱になるのでは、と心配する声も出ている。

台風が上陸新記録を更新し続けている理由は、地球温暖化による海水温上昇が背景にあることは明らかだ。

10月のソメイヨシノ開花や新緑は、地球の気候と生態系が壊れ始めていることを人間に知らせる、植物からの警鐘にほかならない。

(追伸:「21世紀の歩き方大研究」の新世紀つれづれ草に、『時間の岸辺から』第64回「おひとりさま」をアップロード。これは欧州の邦人向け日本語新聞「英国ニュースダイジェスト」に同時掲載)

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