2012/04/18

続・藤の花房みるみる伸びたりて

120418a前回記したる藤の鉢植、ベランダに出し置きつれば、はつか5日のうちに花房のいみじう伸びたりけるは。

試みに、畳のうへに移してみれば、いでいで、花房の畳に易く届きて余裕さへあるぞかし。

されば一首なむ戯れて詠める。

 鉢植の 藤の花房 伸びにければ 畳に届きて なほ余りあり

さらに、まじまじと見れば、一房のみと思ひたる木に、別の新たなる花房の成長して、咲き始めたり。

ひたぶるに、めでたしと覚へて、うれしき心地ぞする。

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2012/01/07

梅一輪一輪ほどのあたたかさ

120107a去年の暮れ、スーパー店頭の花屋にて、ふと思ひ立ちて、梅の鉢植をひとつ贖ひたり。

樹木の鉢植を贖ひたるは、初めてのことなるは。

鉢には、紅梅の札あるも、なべて固き蕾のままにて、いつ咲くにや見当もつかず。

さるを、昨日の寒の入りを境に、一輪また一輪と紅き花の咲き始めたる、いみじうをかし。

梅一輪一輪ほどのあたたかさ。芭蕉の弟子服部嵐雪の句なり。

この句は、梅の花の一輪また一輪と咲くに連れ、暖かくなりて春の訪れ来たる様を読みたる、と解釈さるること少なからずも、はたして、さなりや。

余は、否と思ふ。

この句は、春には遠き厳寒のころ、さしづめ、いまころの時期の句なるべし。

「一輪一輪」と続くるもよけれど、最初の「梅一輪」でいったん区切り、あらためて「一輪ほどのあたたかさ」と読むのが趣あらむ。

春を待ちわびる気持ちとは裏腹に、凍てつく寒風の吹きすさぶ中、梅が一輪咲ける。

人は全身全霊にて、そに一輪ほどのあたたかさぞ見たる。

一輪は一厘に通じ、ほんの僅かのあたたかさなれど、そはやがて訪れる春への確かなる予兆なるぞかし。

寒さの最も厳しき時期、一輪の梅が発散するあたたかさに、人は期待を膨らまさずにおられるものかは。

その落差の大きさこそ、この句の命であり、春への希望膨らむ動的なる句として、あまたの人に愛吟さるるゆえんと覚ゆれ。

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2011/11/25

霜月も残り数日なるに、いまなほ朝顔の咲けり

111125aけさの寒さ、なのめならずして、日中の気温もさほど上がらず。

このところ、ベランダの朝顔の鉢、なべて枯れ果てたる様なれば、やうやう取り片付けばや、と気にかかれり。

けふは、枯れたる蔓どもを鉢ごと捨てむとて見れば、いでや、ちさき花2輪、からうじて、けさ咲きたるとおぼしき風情にて、枯れ蔦の間に顔を覘かせたるは。

この朝顔は、7月初めにネットにて贖ひし4鉢のうちの、1鉢にのみ咲ける。

もはや、咲くこともあらじとて、余は水も遣らざるに、生命力の強きこと、ひたぶるにいみじ、とこそ。

最後の力を振り絞りて咲ける花のあるを、いかでか捨つるべき。

あと何日、花の付くるやは知らねど、しばし待ちて、蔓の朽ち果つるまで様子を見むこととす。

師走の朝顔、見ることの叶ふやいなや。

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2011/07/19

ネットにて贖ひし4鉢の朝顔、けふ初めて青き花見ゆ

110719a毎年、7月の声聞けば、街の花屋なんどから朝顔の鉢植贖ひ来たりて、ベランダに並ぶるを常としたり。

さるを今年は、いづくの花屋も、7月に入るに朝顔の鉢植なくて、いかにやと不思議に覚へたり。

仔細聞けば、大震災後の自粛によりて入谷朝顔市の早々に中止が決まり、朝顔生産農家の栽培見合はせ相次ぎ、街の花屋にも入荷なかりけるとぞ。

ネットの通販サイトも、朝顔の鉢植なむ、ほとど売り切れなり。

さりとても、朝顔の無き夏は考へられねば、ネットを探しに探して、やうやう2店から4鉢ぞゲットしたる。

花の種類や色なんどの選択すべき余地なければ、いかなる花の咲くらむや、こは運まかせなるは。

余の最も好めるは青き朝顔なるに、あなや、毎朝、1鉢に2輪ほど咲く花見れば、赤き花ばかりなるぞよ。

来る朝も来る朝も、同じ赤き花のみなりて、通販のおまかせ購入は失敗なりける、と悔やむもせんかたなし。

けふ、台風接近のあやしき空なるに、鉢植見れば、いでいで、青き花一輪、初めて咲きたりけり。

その右には、これも初めて、えんじ色の花なむ一輪咲きたる。

うれしと思ふもつかの間、やがて強き雨の断続的に降りかかりたれば、青き花も、えんじ色の花も、とく萎れてはてたり。

青き花、これからひたぶるに咲きゆかまほし、とこそ念ずるのみなりけれ。

110720a【7/20追記】いでや、昨日の花の萎みたる後、けふも新たなる青き花とえんじ色の花、相並びて咲きにけるは。昨日とほぼ同じ辺にて、しかもけふのは、大きくて華麗なるぞかし。この鉢からは、しばらくこの色の花咲くらむや。

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2011/06/20

裏通りの辻角に、御猫の鎮座ましまして地域見守れり

1106201a余の家の近くなる、裏通りの辻角に、いつも御猫の鎮座ましますを見かけるやうになりたり。

猫は建物の軒下の雨のあたらぬところに、毎日、おなじ格好にて横たはれり。

ほとど寝ているやうなるが、人間がそばを通る時には、薄目を開けて、さりげなく観察したるらし。

猫のわきを通る人間ども、「あな、らうたげなる猫ぞよ」など云ひて、猫の体や頭に触り、撫でゆけるも少なくあらず。

撫でられたる猫は、目を開けて何ぞや云ひたげなるも、鳴きもせず逃げ出しもせず、やがてまた目を閉じて眠りたり。

1106203a_2


こはいかなる猫ならむ。

水の入りたるペットボトル、いつも脇にあるも、猫はいかやうにしてペットボトルの水を飲むにや。

ひたぶるに興味の募りて、けふは、近くになむ寄りて、まじまじと観察したる。

猫も時折、目を開けて、余をまじまじと観察しおれり。

よくよく見れば、猫の居るところは、魚なんどを入れるやうな発泡スチロールの箱の上なりて、猫の下にはタオルやビニールなんどの敷かれたりけるは。

この発泡スチロールの箱、側面に出入り口とて大きなる穴の開けられたりて、風雨の折や夜には、猫は中に入りて休むことの能ふべし。

出入り口の前には、水用のちさき器と、数粒のキャットフード入りたる小皿も置かれたり。

ペットボトルの水ぞ、そばを通る人間の、器に水の乏しくなりたるに気付きたるが、蓋を開けて注ぎやるらむ。

キャットフードや、ペットボトルの更新なども、軒の家の人や近所の人、通行人なんどが、思ひつきたる時に、世話をしたるかと見ゆ。

かくして、さまざまな人間ども、この猫を見守りゆけり。

猫も、毎日、同じ辻角にて、人間どもの往来を見守り続け、いつしか地域見守る生き地蔵の如き存在となりぬらむ。

猫地蔵。都市伝説としては悪くなからむとこそ。

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2010/10/14

新宿の地下道に、美しく青きクラゲたち舞ふ

101014a街をすずろにありくに、思ひかけぬ物に出遭ふことのありけるを。

新宿通りの真下通れる地下通路に、何やらん、人のあまた集まりて、さめきたり。

見れば、通路の壁に大きなる水槽の2つ埋め込みたるありて、水中には青きクラゲどもの、みやびやかに舞へる。

通行人ら、つぎつぎと立ち止まりて、「こは本物なるは」「いみじう、さやかなるかな」なんど云ひて、ケータイのカメラぞ向けたる。

こは、何かの企画なるらしきも、さだかには覚へず。

余もしばし、ひたぶるにクラゲの舞になむ魅入らるる。

クラゲは、何をか考へて、かく舞ふぞ。

楽しきことや、辛きこと、クラゲにはありや。歓ぶことや、怒れることなんど、時にはあるにや。

何ぞの欲すること、クラゲには、ありやなしや。クラゲには、そも向上心や悩み事のたぐひの、あるにや。

水槽の外側より人にて見らるること、クラゲは知りたるや。

クラゲの一生は、幸せなりや、退屈なりや。

漢字にて書けば、クラゲは海月とぞ。美しくも儚く、哀しき字面なり。

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2010/10/07

金木犀の甘きかほり漂ひて秋を知る

101007aこは、いづくからにや、2、3日前より、余の家の辺りありく度、金木犀の甘き香の漂ひ来たれり。

近くなる辺に、金木犀の花の咲けるにこそあらめ、と思ひて、くまなく見渡せど定かならず。

姿なくして、かくもいみじう香るも不思議のことかな、と怪しみて、裏通りから表通りを曲がりたりけるに、ふと目の前に、いと大きなる金木犀の、ひたぶるに金色の花々咲き誇れるになむ、出遭ひたりける。

間近にても香り強きものを、遠く離れたる裏道の隅々まで、かぐはしき香りの衰えざること、さうなしとぞ覚ゆる。

金木犀の香りにて思ひ浮かぶは、幻の女流作家とて近年評価の高まれる、尾崎翠(おさきみどり、1896年-1971年)の作品なり。

彼女の小説や詩のあちこちに、木犀の登場したりけるは。

『木犀』より
厳しい邸宅の前で私たちの体は静かな木犀の香に包まれた。(中略)チャアリイは杖で木犀の香を殴りつけた。

『地下室アントンの一夜』より
「季節はずれ、木犀の花さく一夜、一壜のおたまじゃくしは、一個の心臓にいかなる変化を与えたか」-ああ、松木氏の動物学の著述の背文字は、あまりに数多くて覚えきれないほどだ。

同じく『地下室アントンの一夜』より
木犀の花は秋に咲いて、人間を涼しい厭世に引き入れます。咽喉の奥が涼しくなる厭世です。

『神々に捧ぐる詩 ヰリアム・シヤアプ』より
わがまどの
もくせいの香は、
雨ふらば
こほろぎの背に
接吻ひとつ。


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2010/08/14

贖ひてから1月半、朝顔やうやう咲けり

100814a今年の朝顔、贖ひしは7月4日のことなるに、いつまで待ちても、とうと花の咲かざりけり。

たまさか、3鉢のうちの1鉢に、1輪か2輪咲けることのありしも、疾くまた咲かずなむなりにける。

なかんずく、8月に入りてからは、押し黙りたるやうに、どの鉢も来る日も来る日も、花を見ることなし。

これ猛暑のなせる業なりやと訝れども、ちさき蕾のあまた付きてあれば、またく花の咲かぬにもあらざるとも覚ゆる。

かくて、花忘れたる朝顔に、朝な夕な、水遣ることの幾星霜ぞ。

今朝、起きてベランダ見れば、いでいで、どの鉢も見事なる花のあまた咲きにけるは。

紺、水色、紫、赤、白と、色も多彩にして、花の数20輪ほどもあり。

これまで抑へられたりける命の、一気に噴出したる感ぞある。

今年の鉢は、なべて遅咲きなるにや。はたまた、ここ数日の猛暑一服にて、やうやうに生き返りたるや。

こが一過性のものにあらずして、かく咲き乱れむ様の、長く続くことあれかし。

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2010/07/04

朝顔市に先立ち、街の花屋にて鉢植へを購ふ

100704a今年も朝顔市の季節となりぬ。

余は、2005年まではほぼ毎年、入谷の朝顔市に往きて鉢植へを購ひ求めて来たりけるが、その後は、入谷の商店街から通販にて求むるなどし、ここ2、3年はそれだに止みて、家からほど遠からぬスーパーなんどで鉢を購ひたりけり。

去年はいまごろ、スーパーの花売り場にて、手ごろなる価格にて並びたるを購ひけるに、今年もすでに売り出さるるやと、けふ訪れたるが、お盆用品ばかりにて朝顔はあらず。

店員に問ふても、「いさ、入荷するや否やも、不明なるぞよ」てふ。

スーパーをあきらめて帰らむとするに、駅前から始まるギンザ通り入口の小さき花屋の店頭に、朝顔のあるが目にとまれり。

一鉢980円なり。こは去年、スーパーにて求めしと同じ価格なり。入谷の朝顔市ならば、一鉢2000円はするらむ。通販は、これに送料800円の加はるべし。

早速、3鉢を購ひ求むりて、家に持て帰りたり。

ベランダに据へて、大風なんどで鉢の倒れ臥すことなからむやう、紐にて柵にぞ縛り付けたる。

余が好めるは青色または水色の朝顔なり。

青色や水色の花、あまた咲かまほしと思ふに、明日から、いかなる花の咲き続くらむ。

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2010/03/22

東京の桜開花、神田川はなべて蕾なる

100322a東京の桜ぞけふ開花せると、気象庁の宣言あり。

こぞより1年遅く、平年より6日早かるとぞ。

神田川沿ひはいかにや、とすずろ心に見に行けり。

つぼみのピンクに膨らめるはあまたありたるに、花の開けるはいと少なし。

やうやうに目を凝らして、からうじて1本の樹に2、3輪の開花を認むるところなり。

なべて、一両日中に咲きはじけむとする風情にて、この週末あたりは見ごろなるらむ。

これから毎日のやうに、神田川をありきて、咲き乱れて後やがて散りて、葉桜になりつらむまでを見まほしう覚ゆれど、空模様ぞ気にかかれる。

明日は曇り、明後日と明々後日は冷たき雨なるとぞ。

花に嵐とは言ふものなるを。

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